第15話 少年
「おい、早く持ってこいや!
ノロマのクズ野郎が!」
引きずると、とたんに鞭が飛んでくるため、抱えざるを得ないのだが、あまりの重さに歩く度に膝が揺れる。
奴隷に落とされてから、既に二週間。
俺と同じようにこき使われている者達もいることが分かった。
ただし、人間ではない。狼だとか、大猿だとか。同じように手枷、足枷に、ゴツい首環を嵌められ、同じように鞭と罵声を浴びて働かせられている。
俺は動物と同じ扱いか。
最初はそう思ったが、どうやらソイツらは普通の動物ではないようだ。
観察している限り、少なくとも人語を解し、個体によっては話しもする。
……この世界に来て、指折りの衝撃。
あれが、魔王軍とやらの所属構成員なのだろうか。
俺を含め、奴隷達は、おしなべて満身創痍かつ衰弱している。働かせるというよりも、わざと使い潰して殺そうとしているようにすら思える。
磨り減らして、衰弱させて、いずれは使い潰す。
そんな陰湿な殺意すら感じた。
と言うことは、俺も遠からず使い潰される運命、ということだ。
くそ、負けてたまるか。
執拗な暴力と、生命を維持にも足りない食糧。気力は落ちる一方だが、心まで折られたらお仕舞いだ。
そんな思いに水を差すように、悲鳴に似た叫び声が耳に届く。
声の方を見ると、遠くで奴隷の猿が倒れているのが見えた。監督が鞭で叩きまくっていたが、もはや動かない。
しばらくして、命じられた別の奴隷が猿を担ぎ上げ、どこかに連れ去って行く。
ここでは、それは日常の光景だった。
***
この砦は西側に道を臨み、小高い丘の上に位置する。
森からの獣の襲撃へ対応するために建造されたこの砦は、俺が通ってきた道を挟んだ反対にある森の方向に備えており、周囲を塀で囲う。西側から北西側にかけては、特に重点的に防備を固めていて、外敵を阻むよう武骨に丸太を組んで塀を強化していた。
その北西部から少し距離を置いた中央部には、この砦で働く人々が住む小さな市街地がある。人口は良く分からないが、市街地の規模から千人以上いるのではないだろうか。
砦の性質上、獣からの襲撃があった場合に備えて、外郭と市街は意図的に離され、その中間地帯には倉庫が立ち並ぶ。中には破棄された小屋などもあり、少々雑多な印象がある一帯となっていた。
俺は、砦の外周、正に防衛の要となる北西の防壁のメンテナンスに使われている。
時折、中間の倉庫地帯に建材などを取りに、使い走りさせられることもある。
体格も良く、知恵も回りそうだと見られるらしく、警戒と利便性から重労働に回されたようだ。
市街の方は、もっと小柄であるとか、力の弱そうな奴隷が回される、と聞く。
監督役が得々としてそんなことを語っていた。
とにかく、従順に。
腹が立つことがあっても、無理な指示であっても、逆らわずに聞く。
監督のニヤニヤした下卑た笑いも気にしない。罵声は聞き流し、鞭も抵抗せず、しかし出来るだけ傷を作らない。
俺の、こうした努力の甲斐があり、少しずつ監督役の関心が薄れて行くのを感じる。
――そして、転機が訪れる。
***
砦の外周工事に従事していた俺は、ある時、監督役に命ぜられて、市街地の倉庫に荷物を取りに行った。
初めて
情報収集のため、街の様子を観察する。
街路は、飛び石のような平たい石と、外の道で敷かれていた芝を粗くしたような芝生で覆われている。
両側には木造の粗雑な家屋が建ち並んでおり、道から外れた地面は剥き出しの土で、簡素な風景。建築様式は戦後を描いた日本映画に出てくるバラックのような造りで、あまり住み心地は良くなさそうだ。
道には側溝があり、中には街の住人の汚物が捨てられていて、ひどい悪臭が漂う。奴隷達は、その側溝のすぐ脇を歩く取り決めになっていて、違反すると監視の兵が飛んでくる。
その監視兵達は普段、治安維持と称して道で突っ立って偉そうにしており、人にも奴隷にもちょっかいをだしている。
お前ら仕事しろ。
心の中で悪態をつく。
道行く人々は、押し並べて質素な服を継ぎはいで着ており、洗濯も不十分なその様子は、生活の余裕のなさを感じさせた。
住民から蔑みの視線を浴びながら歩いていると、人間らしき影が奴隷用の通路を行くのが見えた。
背格好からすると、子供だろうか。
俺の腹くらいの身長で、少し太めの体型のその奴隷は、男の子だろうか。
髪は伸び放題のぼさぼさで、あちこち汚れていて、傷だらけ。手足には、俺のほどゴツくはないものの枷が嵌められているのが見える。
危なっかしい様子で、よろけながら木箱を抱えて歩いている。
あんな小さな子まで、こんな扱いなのか……!
抑えていた感情がざわつく。
その時、その少年が転び、抱えていた荷物が道にぶちまけられる。
木箱に入っていた動物の内臓や腐った果実が、路上にばらまかれた。
ゴミの
それを見た監視兵が動き出した。
少年は恐怖で表情が凍る。
「おぉっとぉ!!」
俺は盛大に荷物を路上にぶちまけた。
「すみません、すみません!」
大声で叫びながら、周囲が呆然としている間に、大仰に駆け回り荷物を拾い集め、ついでに少年の落とした廃棄物も回収する。
いちおう、人間の近くに物が落ちないよう計算してばら蒔いたため、人に危害を加えるようには見えないよう配慮できた、はず。
当然、そのあと、兵にしこたま殴られて、役目を終え戻ると遅いと監督役に更に殴られた。
その夜、重労働から解放され、石畳に藁屑を撒いただけの寝床で、今日の出来事を思い返す。
下手をすれば、あの騒動の中で命を落としていた可能性すらある。
そんな危険な行為ではあった。
でも、どさくさで少年は見逃されたはずだ。少しでも少年の負担を減らせたかも知れない、そう思うことで、少しだけ心が軽くなる。
すり減っていた
自分の心は、まだ人間でいられている。そう思っていいはずだ。
その想いを噛み締めながら、眠りについた。
***
数日後、再び市街に出た。
ひどく重い荷物を抱え、俯きながら歩いていると、どこかから声が聞こえる。
(にいちゃん、にいちゃん!)
あまり顔を動かさずに周囲をうかがう。
あの路地から聞こえるのか?
とっさに周囲を確認し、人通りがなく、監視兵が半ば寝ているのを見て、路地に滑り込む。
案の定、あの時の少年がそこにいた。
(ごめんな、兄ちゃん、呼び止めちまって。でも、ひとことお礼を言いたくて……)
癖のある栗色の髪を伸ばし放題にした少年が、明らかに緊張しながら、
(気にすんな、俺の好きでやったことだ。お前も生きていて、何よりだ)
喋って気づいたが、しばらく話していないと、口がうまく動かない。
少年が
似た境遇の者同士、少し共感を生む。
ろくでもない境遇だが……
(お礼と言っては何だけども、これあげるよ。腐りかけだけど、まだ食べられるから……)
そう言って、幾らか肉のついた骨を渡される。食べ残しだろう。
もし日本にいた頃なら侮辱と思うだろうが、この境遇ではご馳走だ。
(お前が食った方がいいんじゃないか?)
ご馳走だけに、そう言って返そうとする。
(ボクは、食べ物のゴミを捨てる係だから、チャンスはいくらかあるんだ)
なるほど、そういえば先日も食品廃棄物を運んでいたな。
なるほど、確かにそれならそうかも知れない。そして、その時にばらまいたものは何であったか。
(それなら、ちょっと相談があるのだが、いいか?)
そう言って話した内容に、少年はきょとんとした顔で、それでも頷いてくれた。
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