第11話 神樹会議

森の中にひっそりと建つ、樹のための邸宅。

邸内、最も良い場所である広間の中央に生える神樹。

その神樹の前にある大きな円卓に、今は、ユイの他に六つの姿がある。


神樹に最も近い席は空席となっており、その反対側、入口に最も近い席にユイが座っている。


ユイは、改めて円卓に座る面々を確認した。


対面となる空席から見て右側に、穏やかな雰囲気の、明るい栗色で緩く波打つ豊かな髪をした美しい女性が座る。

その隣には、暗い長衣を来て目深にフードを被った老人らしき人物。

そしてユイの右隣には、首筋で切り揃えられた、濃紺の髪に動きやすそうな服装の少女。


空席の左側には黒い艶やかな髪を肩まで伸ばし、褐色の肌をした、革の短衣を纏った優しげな青年がいた。

その左隣は肩にかかる栗色の髪を後ろで束ね簡素な服を着た幼女、それに見るからに普段着の、恰幅の良い年嵩としかさの女性がいた。


「皆さん、揃いましたね」


ユイが皆に声を掛ける。

それを聞き、栗色の髪の女性が最初に口を開いた。


「貴方が皆を呼ぶなんて、珍しいわぁ。

こないだの仮契約者の時は、念話で連絡もらっただけだったものね。

久しぶりに呼んで貰えて嬉しいわ」


ほんわかと話を始めた。


二樹にじゅ姉様、ご無沙汰しております」


ユイは礼儀正しく応じる。


「本日は遠方よりご足労いただき、ありがとうございます。

今回、私の管理する器材の使用を皆様に認めていただきたく、お越し願いました」


そう言いながら、全員を見回し、ニコリと笑う。


「ふふ、随分とかしこまったものだね。

それほど気にかけているのかい?」


浅黒い肌の青年が、笑いながら話しかける。


「迷い込んだ非力な生き物、いちど面倒を見たなら、飼い主として最後まで責任を果たさないと、ですわ。

三樹さんじゅ兄様」


微笑みながら、なかなかヒドいことを言うユイ。

完全に由宇をペット扱いしている。


「本来であれば、器材の目的外使用の可能性があるから、慎重に考えなければならないのだけど、マスターも一樹いちじゅ兄さまも居られないから……」


頬に手を添え、溜め息をつく二樹にじゅと呼ばれた女性。

続けて、張りのある声で、恰幅の良い年嵩の女性が発言する。


「まぁ、いいんじゃないの?

せっかく、八樹はちじゅが初めて希望したことなんだから。

どうせ、もう指示はこないでしょうよ?」

「そうよねぇ、私はいいと思うな!」

「あたしも八樹はちじゅちゃんの思いどおりにすればいいと思うの」


少女と、更に幼く見える幼女が同意する。

全体的に、ユイの提案に寛容な雰囲気になりつつある中で、水を差すようなしわがれた老人の声が、注意を促す。


「確かに現在マスターはおらんが、まだ何らかの開示されていない指示がないとも限らぬ。契約は、契約だから、条件は守らねば。

それに抵触する可能性が残されているのに、自らの意思で器材を使用する。

迷い込んだだけの人間に、そこまでしてやる事に価値はあるのか?

わしには理解できぬ」


そう言ってユイを見据える。


「確かに……迷い込んだだけの人間、とも言えますわね。

ただ、直感しなかったとはいえ、感じるものがあったことも事実、ですわ。

もし彼が、あのとき現れなかった私の契約者のゆかりの者である可能性があるなら、助けない方がマスターの意図に反してしまう可能性も御座いますわ。

いかがでしょう、四樹よんじゅ爺様?」


微笑みを絶やさずに、フードで顔を覆った老人に返す。

それに、フンと鼻を鳴らし答える。


「我らの魂に課せられた制約は、相応に強力じゃ。

契約にそぐわない判断は身を滅ぼす。

半端な契約者を見捨てることと助けること、いずれが契約の条件に近しいか、主の頭でも理解できるだろう」


そう言って、ユイを鋭く見据える。


四樹よんじゅの言うことも、八樹はちじゅの言うことも、両方とも分かる。

そしてマスターがいない以上、結論は出ないよね」


ユイと老人の間に緊張が走るなか、わざと緩やかな調子で、三樹さんじゅと呼ばれた若い男が間に入る。


「そしたらさ、やっぱり我々も本人を見て、それで直感に従って決めれば良いのじゃないかな?」


皆を見ながら提案する。

それを聞いて、ユイは隠れて息をこぼす。

まあ、こうなるわよね……


本当は、話し合いで合意に持って行きたかったのだ。

彼女が由宇から感じるのは、本当に微妙な感覚。到底、使者、あるいは契約者と信じられるものではない。

まして、彼女以外は全員契約済みであるのだから、契約者ないし使者の本当の感覚を知っているのだ。

その上で、由宇にどれほどの可能性を見出だしてくれるだろうか。


あの爺い、途中まではいい雰囲気だったのに……!!

慣れない言葉を使ってまで皆の歓心を買おうとしたことへの照れも相まって、腹立たしさも倍増だ。

――そんな懸命な姿勢は、それだけユイが由宇との日常を気に入っていたということだが、そんな自覚もなく、内から湧き出ずる苛立ちを自制する。


まあ、いいわ。

ふぅ、と一息ついて、場所を転移する。


二階の奥の、植物で埋もれた部屋に全員が揃い、由宇の横たわるさやのベッドを見下ろす。

半透明のもやに包まれた傷だらけの由宇が、穏やかな顔で寝ている。


「なるほど、これは……」


言いさして、まじまじと由宇を眺める三樹さんじゅ


「不思議な感覚ね…

確かに僅かに使者に近い感覚はあるけれど、決めるには程遠い……」


二樹にじゅと呼ばれた女性が、戸惑いながら由宇を覗き込む。


「でも、確かに何か、感じるものはあるわね」

「そうだよ、なにかあるよ!

八樹はちじゅちゃん、あるよ!」


少女と幼女は、肯定的に見てくれるようだ。


「確かに、何か感じられるものがあるね…でも、これは一体、何なんだい?

この微妙な感じ……なんて言ったらいいのか……」


年嵩としかさの女性は、逆に迷いが出たようだ。


まずい、かも。

良い反応をしてくれているのは、五樹ごじゅ六樹ろくじゅの子達だけ。

神樹は、契約者と最も縁のある存在を心から読み出し、その存在と知識を自身の魂と掛け合わせて、精神体を生み出す。

だから、素直で心優しい少女や幼女の存在を引き継いだこの子達は、八樹はちじゅたる自分を受け入れてくれている。これは想定内。

だが、成人していても心優しい存在を移した二樹にじゅ三樹さんじゅ、さばけた心根を持つ七樹ななじゅは、もっと理解してくれると踏んでいたのだが、想定よりも揺れているようだ。


予想以上に雲行きの怪しい様子に少し焦りを覚えるユイ。


肯定的に見える女の子二体に白黒をつけかねている三体、そして―――


「ふん、この程度のものでは、とてもゆかりの者などと言えんな」


黒、と断定する老人、四樹よんじゅ


「確かに、感じられる気配は薄く、その相手と断定することはとても叶いません。ですが、少しでも気配を感じる相手であるなら、事情がつまびらかになるまで延命させることに意味はあるでしょう」

「一度、転生を行えば、全ての躯体くたいが解放され、かつ最低でも一年は休めなくては、次の儀はることができぬ。

その懸念リスクを考えれば、この程度の気配を持つ者なぞに使用することは有り得ぬ選択じゃ」

「……そうは仰いますが、私のところにはまだ、それらしき候補者すらも全く現れませんでした。

最後の契約者が現れてから現在までおよそ十年を経たと聞き及びます。

通常の状態を想定するより、可能性の枠を拡げ、不測の事態にも対処できるよう備えたいと考えます」

「馬鹿を言うでないわ。

あの程度の者の持つ可能性なぞ、風に舞う塵の如き。

風に煽られ舞い上がり、人の目に迷い入りて、涙を流させる程度じゃ。

軽い。

八樹はちじゅ、主もその塵に迷わされているのだ。

目を清らかに保て、馬鹿者」

「軽い、などと決めつけられるほど、その者のことをご存知ないでしょう?その者とて、あるいは……」

「だから馬鹿者だというのじゃ。

こんな、背後から獣の牙にかけられる程度の者を庇ってどうする?

ろくな力も持たないことは明白だろうに」

「そんなことは……

この者も、不思議な異界の知識を持ちまして……」

「この者が、その異界の知識とやらで、身を護れていないことこそが、そもそも無力を証明しておるじゃろう。

力ある魔人なら知らず、森の魔獣程度にたおれているようでは、な

儂の言うことは間違っておるか?」

「……」

「やはり、このような胡散臭い人間に、儂ら神樹の力など貸す道理はないだろう。

我々が課された契約に従い、何らかの未知の指示があるかも知れぬという事を踏まえて、そこな人間はあきらめて―――」


四樹よんじゅはそこで言葉を止めた。

驚きに少し目を開いて、気まずそうに視線を逸らす。


ユイが口を尖らせて少し俯き、やや涙目になりなって、四樹よんじゅを睨んでいる。


(反則じゃろう―――!!)


少し視線をずらして、心の中で叫ぶ四樹よんじゅ


涙目で睨まれるという、過去にない事態に狼狽うろたえる。


四樹よんじゅ八樹はちじゅなどの呼び名に振られた数字は、神樹として生を享けた順番。明確な順位付けという訳ではないが、神樹達にも、植物とは言え年長を敬う気持ちや連帯感、歳下を思い遣る気持ちは存在した。

植物たる神樹に性差は関係ないが、末っ子に涙目で睨まれた兄の気分、なのかも知れない。


言葉が継げなくなってしまった。


四樹よんじゅ爺様も、そう杓子定規しゃくじじょうぎにならないでも、少しゆとりがあるのもいいものですよ?

ほら、八樹はちじゅちゃんも、機嫌直して!」

「そうだよ、四樹よんじゅ爺、そこまで性急に結論を急がなくてもいいと思うんだよ、もう少し考えてみよう?」


そう言って必死にユイを宥めはじめる二樹にじゅ三樹さんじゅ

年輪を重ねており、契約者の記憶を引き継いでいるとは言え、本体は世間知らずの魂であり、こういう場面には弱いことが露呈してしまった。


特に計算をしてそうしていた訳ではないユイは、その様子を見て、何か悪いことを学習してしまいそうだ。


結局、気勢を削がれた形になった四樹よんじゅ爺はそれ以上強くいさめず、少女と幼女の後押しもあり、なし崩し的にユイの主張は認められた。


すなわち、由宇を強化転生体へ転生し、再生を行うことが決められたのだ。

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