第4話 新世界の日常
「へぶしっ!」
徐々に冷え込んでくる明け方の冷気に、少しでも温めようと体をさすりながら目を覚ます。
寝床にしている木の洞から顔を出して外を覗いたが、相変わらず木々に緑が残っていて、この冷気とのギャップがすごい。
あれから一週間が過ぎた。
少しずつ寒くなって行くこの気候は問題ではあるけれど、そのことを除けば、予想以上に衣食住に不満はない。
冬に差し掛かっているだろうに、森の恵みは彼を飢えから護ってくれている。
木の洞も、小さめのテントくらいのサイズがあり、風もそれほど吹き込んできたりしないので、なかなか暖かいのだ。
虫よけに使っているハーブ類も、期待以上の
簡易住居は予想外に快適だった。
現在のねぐらを起点として、周囲を探索しつつ、少しずつ行動圏を広げる。
森を構成する植物類に注目して探索すると、普通の草木と混じって、様々な不思議植物が見つかった。
ホームセンターに置いてありそうなほど、不自然に真っすぐな枝。
まるでプラシートを思わせる、木から奇麗に剥がれる美しい白い樹皮。
風が吹き込まない場所に群生している、綿のようにふかふかな謎の草。
こういった、今までの常識では考えられない植物を見ていると、ここが自分が住んでいた世界のどこか違う場所かもしれない……という儚い希望も砕かれる。
そう、ここは、異世界なんだな。
ちくせう、責任者、出てこい。
俺の希望を砕いてくれた不思議植物だけど、これら新素材を使用して俺の仮設住居に手を加えると、驚くほど住みやすくなった。
恐れていた野獣も、あれきりその痕跡を見ない。
兎とか、栗鼠とかいった小動物は、それなりに見かける。
ただ、押しなべて発育が良い。
たぶん、この森の恵みが、それらを育んでいるのだろうなぁ。
優れた森の恵みが草食動物を肥え太らせ、それを糧とする肉食動物は、より
そう考えると、かなり恐ろしいのだが。
今のところ、そういった獣は見かけていないのが、せめてもの救いだ。
そんなことをつらつらと考えながら、ぱき、ぱき、と小枝を踏みしめて歩く。
日課の探索は、半径を広げながら、少しずつ進めていた。
今日も、また未探査の領域に足を踏み入れる。
小さな家ほどもありそうな幹を持つ木々の間を歩きながら探検を続けていると、徐々に霧が出てきた。
視界が悪いな、と思いながら進み続けると、あっという間に乳白色の濃密な霧に視界を覆われ、進むべき道を失う。
なんだ、これは?
手で霧をかき分けると、手のひらにねっとりと
しかし、手をこすり合わせても、手がべとついているわけでもない。
いやむしろ、結露もしていない?
気持ち悪い霧だ。
前後左右も良く分からず、方向感覚もすぐにおかしくなった。
手探りをしたくとも、周囲に何もないのか、空ぶるばかり。
止む無く勘を頼りに歩いて行く。
ふと気が付くと、あのねっとりと濃い霧が、いつのまにか奇麗になくなった。
あれ?と不思議に思えるほどに唐突な変化。
視界は完全に取り戻している。
というか、後ろを振り返っても、霧が視認できないんですけど。
先ほどまでの霧はどこへ行ってしまったのだろうか?
不思議現象である。
思い返してみると、妙な現象は、実はこれだけではない。
夜中に浮遊する光る靄のかたまりだとか、風もないのに木の枝が動いただとか、怪奇現象と言っても差し支えないものを、この一週間だけで何回か目撃している。
なんかホラー。
映画なんかで、そういった演出がありそうな気がする。
あるいは、ここは現世ではなく、死後の世界であるとしたらどうだ?
あの羽交い絞めにした謎の存在が死神か何かで、俺は既に死んでいて、魂が死後の世界であるここに辿り着いた、とか?
そんな普段ならば飲み会のネタにしかならないような空想の類いが、ひどく身近に思えてくる。
ぱき、ぱき。
小枝の折れる音に意識を現実に戻す。
正直、こんな話す相手もいないところで、暗い想像をしていると、気が滅入るどころではなく、普通に恐怖を感じる。
意識的にメンタルコントロールを心掛けないと、恐怖に心を持っていかれそうだ。
歌でも歌った方がいいのかな?
どうせ誰が聞いているわけでもないし、恥ずかしくもないし。
無理やりに思考を切り替え、再び、森の探索を続ける。
いつまでこんなことを続ければ良いのか?
考えてはダメだ、考えては。
ぱき、ぱき。
踏みしめる小枝の音を聞きながら、この世界を歩き続ける。
***
それから、更に二週間が過ぎた。
目の前には、お手製の不格好な石包丁とまな板、それに動物の肉。
そう、狩りをしてみました!収穫ありました!
以前から見かけていた、発育の良い小動物達。
これを放置する理由はない。
森に落ちている石などを使い、手製のナイフを作り、木の枝に
罠は見様見真似であるが、試行錯誤の末に、なんとか形になってきた。
何しろ、時間はあるのだ。
その努力の結果、肉を得ることができた!
そして、毛皮……とはとても言えないが、それらしきものも試作中。
動物の皮をはぎ、皮脂とか肉とかをこそいで、石で叩きまくり、ハーブの葉で燻して…
と、半端な知識を使って試行錯誤している。
肉と、毛皮。
越冬に向け、本気で準備を考えなくてはならない。
心に蓋をして押さえつけ、とにかく作業に没頭したい。
でないと、孤独と不安で死にたくなる。
ずっと、頭の中から離れないのだ。
今日、寝たら、もう二度と目覚めず、このうすら寒い森の中で朽ち果ててしまうのだろうか?
このまま、文明の欠片にも巡りあえずに、消えてしまうのではないか?
もう二度と、それこそ死ぬまで誰とも会話することも叶わないのではないか?
嫌な考えばかりが、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
この、文明をかけらも感じることのできない世界で逝くと考えるだけで、たまらない恐怖を感じる。
明日こそは、何かが見つかる。
そう、この世界にだって、文明があったっていいじゃないか。
何しろ、これだけ恵まれた植物に囲まれているのだ。
むしろ、元の世界よりもはるかに優遇されているのではないか?
だったら、人間だって文明を育んでいたっていいはずだ。
そう、きっと、まだ見ぬ文明が俺を待っていてくれる!
明日こそ、それが見つかってくれるといいなぁ。
そんなことを無理矢理に信じこもうとしながら、獣臭の抜けない毛皮のツギハギをかぶって、体を丸めて眠りにつくのだった。
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