第484話 二手目



View of パルコ=ヒューズモア セイアート王国将軍






「相変わらずバゼル王国軍の姿形もなしか……」


 最初の目標であった国境近くの砦で私は焦燥感と共に言葉を吐く。


「まさか砦に一兵の姿もないとは思いませんでした」


「あぁ。罠が無いか入念に調べさせたが……結局何も見つからなかったな。怪し過ぎて砦に入るまでに二日も掛けてしまったが、奇襲も罠も一切なし……」


「この砦であれば、籠城してしまえば常備兵力だけでも数日は持ちこたえられたでしょうし、ただで明け渡す理由が分かりませんね」


 副官の言葉に、私は広げられた地図を見ながら考えを巡らせる。


「……二日とはいえ一兵も失わずに足止めをされてしまったがな」


「それは確かにそうですが……」


「こちらに英雄がいることはバレていると見て間違いない。この砦では英雄を前面に出されれば一日とて守り切れないと考えれば……最大の成果を得たとも見れるな」


 カイ=バラゼルの影に脅えすぎ……そう取られかねないが、副官である彼は私と共にアレの理不尽とまで言える策に何度も痛い目を見ている為、間違いなく考えすぎとは言うまい。


「ということは……この先に、この二日を稼ぐことによって仕掛けることが出来た策が待ち構えているという事ですね」


「そうなるな」


 地図を睨む私の意図に気付いた副官が、真剣な表情で地図を見下ろす。


「渓谷……もしくはその手前の川……」


「あるいは両方……ですね」


 この先に待ち構える要所を指しながら私達は意見を出し合う。


「ここからだと川までは一日、渓谷までは三日はかかるな」


「まずは川まで斥候を出しましょう。今出せば朝までには戻ってこられるでしょうし……」


「手配してくれ」


「はっ!」


 対岸に布陣されると、攻めなければならないこちらとしては非常に厄介だ。


 それに中央軍を打ち破った敵軍……川を挟んで敵軍とやり合っている最中に背後をとられれば、中央軍以上に被害を出すことになりかねない。


「中央を襲撃した軍の足取りが掴めないのが痛いな」


「相変わらず厭らしい手です」


「そうだな。隠した軍をちらつかせることでそちらにも意識を割かせつつ、本命を意識の外に隠す。そう見せかけてそのまま隠した軍を致命的なタイミングで動かす。口で言うのは簡単だが、それを平然と完璧なタイミングでやってのける相手だからな……本当に頭の中がどうなっているか一度見てみたいものだな」


「その場合、頭は開いたまま打ち捨てておいてください。そうすれば今後二度と頭を悩ませる必要もなくなりますので」


「そうだな。それが出来れば最高だ」


 皮肉気に笑いながら悪態をついた私達は、そのまま斥候に出した者達が戻ってくるまで打ち合わせを続けた。






「川の水量が少なかったか」


「はっ。元々あの川はそこまで深い川ではないようですが、私達が調べたところ、一番深い部分でも腰ほどの深さで渡河するのに橋や船を使わなくても問題無さそうです」


「ふむ……」


 私は斥候の者達から報告を聞きつつ地図に目を落とす。


 この川はバゼル王国の中央部……その大事な水源となっている大河へと流れ込んでいる川の一つ。


 水量は決して少なくない……過去には何度か氾濫したという記録もあった。


 カイ=バラゼルが治水工事を行い、以降は氾濫することがなくなったという事だったが、少なくとも歩いて渡河できるような川とは思えない。


 別に日照りが続いていると言うような天候でもないし……雨量は例年通りのはず。


「……明日、砦を発つ予定だったが、一日遅らせるか。次はこの川の上流を調べてくれ。どこかで堰が作られている可能性がある。偵察は慎重に。恐らく守備部隊が配置されている筈だ」


「はっ!早急に調べます!」


 部屋を出て行く斥候の後ろ姿を見ていた副官が、難しい表情をしながら地図に視線を落とす。


「堰ですか……渡河中に水で押し流すということですね」


「半数が渡河した辺りで水が押し寄せれば、被害は甚大……その上荒れた川では引き返すことが出来ず、そこに襲撃を受ければ荒れる川を背に戦う事になるし、本陣である我々は渡河するとしても中頃……下手をすれば押し寄せて来る水にやられるか、渡河出来ずに取り残されるか……」


「渡河した者達は川向うの敵軍、残った者は姿の見えない中央を撃破した軍が……といったところでしょうか?」


「そうなるだろうな。ここで稼いだ日数は堰に水を溜める為……であれば良いのだが」


「そうではないと?」


「いや、斥候が堰を見つけられれば恐らくそうなのだろうが……その先が無いとは言い切れないからな」


 寧ろ簡単に露見するような策は全部囮と考えた方が良いくらいだ。


「だが、疑ってばかりで行軍を止めれば、それこそ向こうの思うつぼだろう。堰だけは調べておかないと致命傷になりかねない……この一日は必要経費として割り切るしかあるまい」


「この川で決着をつける算段でしょうか?」


「さて、それは何とも言えんな」


 私は副官の言葉にかぶりを振りながら地図を睨む。


 この川が決戦の場になるかどうかは分からないが、カイ=バラゼルの策が水攻め一つに頼り切りという事はあり得ない。


 今はまだその策の全貌は見えないが……どう考えもこの虎口に飛び込まねばこの先に進むことは出来ないし、覚悟を決めるしかないな。






 川の上流を調べに行った斥候から齎された情報は予想通り堰を発見したというものと、その堰のある場所が非常に厄介な場所という頭の痛いものだった。


「森の中ですか……」


「しかも堰を守るように陣を構築しているようだ。数を動員することが難しいが、しっかりと陣を築いていて少人数ではとても落とせそうにない。奴の厭らしさが顔を出してきたな……」


「無視は出来ませんし……いかがいたしますか?」


「燃やすか英雄を出すか、二択だが……英雄を出すか」


「よろしいので?」


「ここでカイ=バラゼルに嵌められて英雄を失うなら、それはそれで構わん。大きな声では言えないが……我が国に英雄の存在は無用の長物になりかねないからな。私としては使い潰しておきたい所だ」


 私のそんな言葉に、副官が驚いた表情を見せる。


「将軍……それは……」


「話が通じるタイプなら良かったのだがな。狂戦士がどれだけ強かろうと、中央の軍が自滅させられたように常に厄介事をその身に抱えているようなものだ」


 今日に至るまで、件の英雄とはなるべく話をする様にしてきたが……何時まで経っても戦闘が出来ない事への不満と二言目には殺すと口癖のように言うだけで、結局まともな会話は成り立たなかった。


 しかしここに来て、少数でしか攻められない場所に敵陣を見つけたのだ、これ以上英雄を突っ込ませるのによいシチュエーションはないだろう。


 英雄が失敗すれば……その場合は堰ごと敵陣を焼き払う。


 だが、恐らく……カイ=バラゼルは英雄をおびき出す為に、わざわざ森の中なんて言う弱点の分かりやすい場所に陣を作ったのだろう。


 敵国の森なんぞ、いくら燃やしてもこちらは一切痛手がないからな。


 しかし……英雄という存在を私が持て余している事を見抜いた上で、ここでこちらの英雄を脱落させようという魂胆だろう。


 あの英雄……味方としては頭を抱えたくなる存在だが、敵に回ればとんでもない脅威であることは間違いない……。


 排除出来る時にしておきたいと考えるのは当然だ。


「……そういえば、将軍。中央で消息を絶った英雄は、その後何か分かりましたか?」


「いや、中央の生き残りからは、未だ発見出来ていないという報告しか来ていない」


 副官にはそう答えたが……既に死んでいると見て間違いないだろう。


 夜襲の一つで英雄を殺せたとは考えにくいが……その考えにくいものを成し遂げるのが、カイ=バラゼルという存在だ。


 個人的には……英雄という切り札を失った我々は逃げ帰るように自国に戻り、講和交渉を始める……そんな結果を期待しているのだが、流石にそう都合よく進みはすまい。


「とりあえず、堰を守る敵陣には英雄を派遣。斥候には遠目からその結果を確認するように通達を。万が一英雄が失敗するようなことがあれば、森に火を放て。まぁ、簡単には燃えんだろうが……恐らく火を放てば敵陣は撤退するはずだ」


「畏まりました」


 堰の方はこれでよい。


 問題は我々の方だな。


 カイ=バラゼルとしては、英雄を処理すると同時に軍本隊も削っておきたいと考えている筈だ。


 英雄を失った事を口実に撤退することも可能だが……恐らく我々が背を向けた瞬間、バゼル王国軍は襲い掛かってくる筈。


 それに合わせて堰を切るか?


 いや、そんな都合の良いものが敵の手によって作られている筈がない……十中八九罠だ。


 敵軍は既に渡河を終えてどこかに潜んでいる?


 少なくとも見える範囲に敵軍の姿はない……いや、中央を襲った軍がいたな。


 アレが裏に回り込んでいる可能性はかなり高い……そもそも、中央を襲った軍が少数だったからとその背後に本隊がいないとは限らない。


 奇襲部隊と本体が合流して背後に回っていれば……退却中に前後から挟み撃ちにされるか。


 あの狂戦士が策を理解してくれるなら、背後にいる軍にぶつけたり、この砦に残し追ってくる軍の相手をさせたりといった方法がとれるのだが……。


 ……マズい。


 ここまで慎重に軍を進めてきたつもりだったが、ここに来て急に前にも後ろにも進めなくなっている。


 あぁ、やはりそうだ。


 このやり口……間違いない。


 慎重に、一歩一歩確かめながら進んできたはずなのに気付けば鎖に絡めとられ、動くことが出来なくなっている。


 ……退くのは無しだな。


 我々はもう、前に進むしかない……まずは渡河、そして峡谷を越えれば平野部に出る、そうなればこちらも向かう方向が自由に選択できる。


 そこに辿り着くのがどれほど困難かは言うまでもないが……覚悟を決めるしかないだろう。


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