第483話 最初の一手



 View of パルコ=ヒューズモア セイアート王国将軍






 北側から進軍する我が軍は総勢七千。


 他国に侵攻するにはけして多いとは言えない数だが、現在我々は軍を三つに分けている為、これ以上の数は望むべくもない。


 しかし、今回の遠征に動員された兵数が二万程度であることを考えれば十分な兵力が与えられているとも言える。


 実際、南を攻めるトリバンダル将軍のいる軍は四千五百しかおらず、三軍の中でも一際数が少なくなっている。


 これは、南側は旨みのある拠点が少ないからという考えから来たものだろうが、戦略的に見るならば中央こそ制圧する必要のない拠点が多い。


 文官の視点であれば、中央こそ欲しい土地というのも理解出来るが、交易拠点であったり穀倉地帯であったりと利便性は高いが、同時に非常に守り難く……例え拠点を奪ったとしてもすぐに取り返されてしまう可能性が高いのが中央だ。


 それよりも、南北にある軍事拠点を落とし、そこから支配地域を広げていくというやり方が正道と言えるだろう。


 無論私の考えは英雄という存在を考慮に入れていないものなので、大将軍の引いた英雄を最前線に出し力押しで攻めると言うやり方が間違っているわけではないし、旨みの多い中央に兵を多く配置し、制圧をスムーズに進めるというのも正しいと言えるだろう。


 南北の軍にも英雄を配置しているので、軍事拠点を攻めるには十分な戦力と言えるし、常識に照らし合わせて考えれば隙の無い布陣と鼻を膨らませながら語っても変ではない。


 小国相手に英雄を三人……はっきり言って過剰戦力と言えるが、それでも私は不安を拭えない。


 あのカイ=バラゼルであれば……間違いなくこちらの軍容……英雄がいることは見抜いているだろう。


 その上でヤツがどんな戦術を繰り出してくるか……トリバンダル将軍は私であればあの化け物に比することが出来ると言ってくれたが、はっきり言って全く自信はない。


「帝国やエルディオン……それにエインヘリアのような圧倒的軍事力があれば、さしものカイ=バラゼルも流石に厳しいだろうが、それでも何らかの形で勝利を収めそうな怖さがあるからな」


「将軍?何かおっしゃいましたか?」


 考えていたことが思わず口から出てしまったようで、私の隣で馬に乗っていた副官が尋ねて来る。


 行軍中でそれなりに騒がしい故、その内容までは聞こえなかったようだ。


「いや、本格的な侵攻は数年ぶりだからな。色々と考えていたのだが、どうやら口に出してしまったようだ」


「ははっ、そうでしたか。ところで、そろそろ国境付近に到着しますが、何か指示等ございますか?」


「もうそんな所まで来ていたか……すまん、少し早いが今日の行軍はここまでだ。明日からはかなりきつくなるからそのつもりでいてくれ」


「はっ!全軍に停止命令!野営の準備を始めるように!」


 考え事をしていたせいで少々指示が急になってしまったな。


 これから攻め込まれると分かっていても、カイ=バラゼルは頑なにこちらの領土を侵そうとしない。


 直接本人から聞いたことがある訳でないが、自分は守護者であるという信念によるもの……巷ではそう言われている。


 だからこそ国境を越える前にじっくり休むことが出来る最後の機会を与えるのは、対バゼル王国戦の常道とも言える戦術となっていた。


「それと、英雄は今夜歩哨に混ざってもらう」


「ほ、歩哨をさせるのですか?それにまだ国内ですが、必要でしょうか?」


「今回の戦は今までの戦いとは別物になる。そして相手はあのカイ=バラゼルだ。国境を越えてまで攻撃してこないという常識をこちらに染み込ませておいて、ここぞという時に最大の効果を得る。あの者であればその程度の仕込み、やってもおかしくないだろう?」


「……畏まりました。ただ、あの者に歩哨に立てといって理解するでしょうか?」


 私が考えを伝えると、表情を一気に引き締めた副官だったが、次の瞬間忌々し気な面持ちに変わる。


 その気持ちは分からないでもないが……。


「北側の一番外に天幕を用意してやれ。そこが一番危うい、敵が攻めて来たら叩き起こしてやればよい」


「……そのように手配します」


 エルディオンから派遣された英雄は、凄まじく好戦的だが、戦略や戦術等を聞き入れる頭が無いのかこちらの話を一切聞こうとしない。


 何を言っても、早く戦わせろ、戦いはまだか、殺すぞ……大体この三つくらいしか返してこない。


 特に最後の台詞は……もう会話が成り立っていないとしか思えない台詞だ。


 いざ戦争が始まれば、突っ込んで来いの一言で済むのかもしれないが……そんなあからさまな使い方をすれば、確実にカイ=バラゼルの策に絡めとられるだろう。


 見通しの良い平原あたりの決戦で投入すれば最大の戦果を挙げることが出来るだろうが……こちらが最大の戦果を挙げられると考えているということは、奴は必ずそういった場所は避けるだろう。


 まぁ……英雄についてはどうでも良い。


 いざという時まで大人しくしてくれていれば……。


 それにしても、本当に面倒だ……戦とは自分の得意を押し付け、相手の嫌がる事をするものだが、あの男と戦うのは本当に気が重い。


 今回我々に有利な点は、英雄が自軍に三人いる事。


 そして戦線が三つあるということ。


 カイ=バラゼルにとって三つの戦線全てで謀をすることは大した負担ではなさそうだが、その全てに英雄が存在しているとすれば……さしもの化け物であっても苦しい……筈だ。


 カイ=バラゼルの処理能力を越えられるかどうか……それがこの戦い……大将軍の戦略の肝となる。


 だからこそ、我々三軍は足並みを揃え、同時にバゼル王国へと攻めかかる……その約定の日が明日だ。


 ……今日より暫く夜はゆっくり寝られないな。


 野営の準備を眺めながら、私はこれから始まる気の抜けぬ日々にため息をついた。






 バゼル王国領内に入ってから二日目、慎重に斥候を出しながら進む我が軍だったが、今の所不気味なまでに敵の反応が無かった。


 だが、それはバゼル王国が……カイ=バラゼルが動いていないと言う話ではない。


 寧ろ、何かしらを企み動いている事の証左とも言えた。


 そしてこの日……斥候からではなく、中央を攻めた軍から届いた早馬によってカイ=バラゼルの最初の一手が知らされた。


「まだ一度も槍を交えていないと言うのに、ここまでこちらを追い詰めて来るか……相変わらず動くときは苛烈だな」


 伝令が告げた内容……それは、中央を攻めた軍の壊滅だった。


 三軍同時侵攻の為、自国領内で最後の野営を行っていた中央軍に越境したバゼル王国軍が夜襲。


 完全に気を抜いていた中央軍は夜襲に対応出来ず一気に崩され、更に夜闇による同士討ちが方々で起こったとの事。


 それだけであれば、一度の夜襲で壊滅とまでは行かなかったのだろうが、悲劇は奇襲後……同士討ちで混乱する軍にあてられたのか、英雄が当たり構わず暴れ始め中央軍は甚大な被害を被る。


 結局夜明け前に瓦解した軍は散り散りとなり、そこを更に奇襲後付近に潜んだままだったバゼル王国軍に刈り取られていったそうだ。


 最終的に、夜が明けた時生き残っていたのは、全軍の五割にも満たない数だったという。


「将軍……どうされますか……?」


「……斥候の数を増やす。中央軍を夜襲した軍のその後の動きが分からぬからな。引き上げたか、それとも北か南の裏をとったか……斥候は全方位に出して、仮に戻らぬ斥候がいた場合はそちらに注意を向ける。中央がすでに敗走している以上、いつこちらも攻められるか分からん。それと中央に居た英雄はどうなったか、調査を急ぐように中央に伝令を走らせろ。それと本国にもだ」


「はっ!」


「それと、この辺りであれば地図があっただろう?それを持って来てくれ」


「直ちに!」


 行軍開始前に早馬が来たのはタイミングが良かったと言うべきか……。


 慌てて天幕を出て行った副官の後ろ姿を見送った私は、中央から受け取った情報を基に思案に暮れる。


 今まで自国の外にカイ=バラゼルが兵を出してくることはなかったが、今回は遂にそれを破った。


 私の読み通りではあったが、我が軍の方に夜襲が無かったのは……私がそれを警戒していることを読んだのか……それとも、この先の地で必殺の策を用意している故か……。


 攻めている立場だと言うのに、そして、一度も交戦していないと言うのに……本当に苦しい戦いだ。


「将軍!地図をお持ちしました!」


 息を切らせて戻ってきた副官に礼を言い、纏わりつく息苦しさを振り払うように地図を勢いよく広げた私は、大将軍の戦略ではなく私の策を遂行する為に全力で頭を働かせた。


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