第482話 進軍開始



View of パルコ=ヒューズモア セイアート王国将軍






 セイアート王国とバゼル王国。


 両国の争いはかれこれ百年以上の歴史がある。


 私の父も、祖父も、曾祖父もバゼル王国との戦いに明け暮れた。


 これはエルディオンの意思によって起こされた戦いだと言う者もいるが、実際に戦場に立ち剣を振るう我々からすれば、そうではない。


 長き戦いによって、我々はお互いを憎むだけの理由を十分過ぎるほど得てしまっている。


 そんな永遠に続くとも思われた戦いだったが、バゼル王国に一人の英雄が現れた事で状況は一変してしまった。


 カイ=バラゼル。


 腕力ではなく小賢しさで英雄と呼ばれる男。


 所謂『英雄』と呼ばれる者達とは違い、武力と呼べるようなものは無い。


 なんだったら一般兵と戦ってもやられる程度の強さだ。


 しかし『英雄』という存在を化け物として見るならば、アレも間違いなくその類の存在だ。


 カイ=バラゼルの出現によって、セイアート王国は尋常ならざる被害を受けた。


 その被害は、有利だった戦況が一転するもので……我々はバゼル王国に再び侵攻するだけの力を失ってしまったのだ。


 それから数年は、かつてない程平和だったと言える。


 侵攻するだけの力を失ったが、セイアート王国軍は職業軍人で編成されており、軍事力は低下せども生産力や経済力は然程失わずに済んだからだ。


 バゼル王国に侵攻の意思があったらそんな悠長な事は言っていられなかっただろうが……幸いというか、バゼル王国は国境を越えてまで我々と戦う事をしなかった。


 だが、そんな状況を許さなかったのが魔法大国エルディオンだ。


 奴等は再三に渡り、バゼル王国を攻めるように圧力をかけて来た。


 当然、小国に過ぎない我々に大国であるエルディオンの要求を跳ね除ける力等ありはしない。


 そんなものがあれば、最初からバゼル王国と戦争する羽目になっていなかっただろう。


 しかし、無い袖は振れず……結果、嫌がらせとも呼べない様な小競り合いをここ数年定期的に起こすことで誤魔化してきた。


 そんな日々は西に生まれた大国、エインヘリアの手によって脆くも崩さった。


 エインヘリアが東進を始め、この辺りの小国を一気に併呑……更にブランテール王国と同盟を結ぶに至った。


 小国三国はエルディオンが近年手を伸ばしていた国で、それを潰されてしまっては面白くないのは分かるし、エルディオンに隣接する中堅国であるブランテール王国がエインヘリアと同盟を結んだことも痛手だろう。


 その皴寄せの結果、バゼル王国への本格侵攻という面倒な事態が引き起こされたわけだ。


 今までであれば、エルディオンは圧力をかけるだけで直接手出しはしてこなかったのだが、厄介な事に今回は三名もの英雄を我が国に派遣してきた。


 しかも、その英雄の所属は完全に我が国とし……戦後も自由に使って良いとのことだった。


 この大盤振る舞いに、我が国の上層部は狂喜乱舞した。


 小国に過ぎない我が国が、突然三人もの英雄を得たのだ。


 いくらカイ=バラゼルが化け物のような存在であったとしても、真の化け物……しかもそれが三人もいれば必ず殺すことが出来る。


 そして、アレさえいなければ……そして三人もの英雄がいれば、バゼル王国如き半年と掛からずに潰すことが可能。


 そのように考えているのだ。


 だが……私はそんな簡単に話が進むとは微塵も思えなかった。


 まるで自分が盤上の駒にでもなったかのような感覚。


 全てを天から見下ろし、敵味方問わず自由自在に動かし望みの結果を生み出す化け物。


 ただの妄想に過ぎない事は分かっているが、カイ=バラゼルと対峙した指揮官の多くが私と同じように感じているのは確かだ。


 ただの力自慢でカイ=バラゼルを倒すことが出来るだろうか?


 いや、多少の小細工を薙ぎ払うだけの力があるからこそ英雄と呼ばれるのだ。


 古今東西、多くの英雄が戦場に立ち、数多の策や軍勢を薙ぎ払いその名を高めて来た。


 知では英雄を殺しきれない。


 歴史がそれを証明して来たが……果たして歴史は繰り返されるのだろうか?


 私の立場からすれば、そうなって欲しいのだが……正直期待よりも不安の方が多い。


「ヒューズモア将軍、随分と難しい顔をしているな!」


「トリバンダル将軍……すみません、顔に出ていましたか?」


 天幕の中で取り留めなく考え込んでいた私に、老境に入っていながらも力強さを感じさせる声で話しかけてきたのは、ギャレル=トリバンダル将軍。


 私の父どころか祖父とさえ轡を並べた事のある歴戦の将で、その豪快な言動に反して武勇よりも指揮能力を誇る在り方は、どちらかと言うと武力を誇った祖父や父よりも私は尊敬していた。


「いや、他の者では気付けるようなものではあるまい。ただ、貴殿は難しい事を考えている時歯を噛み締める癖があるのでな、こめかみのあたりを見ていればなんとなく分かる」


「トリバンダル将軍には敵いませんな」


 幼いころから付き合いのある将軍の言葉に私は苦笑する。


「伊達に歳はとっておらぬということだ。それで、何を考えておった?」


「……今回の侵攻、ここ数年の貯えを全て吐き出すものです。バゼル王国を……カイ=バラゼルを抜けなければ、我々も後がないと思いまして」


「そうじゃな。上層部は英雄を手に入れた事で浮かれておるが、アレはそんな簡単な相手ではないからのう」


 バゼル王国との戦いが小康するよりも以前、私もトリバンダル将軍もカイ=バラゼルには苦汁を……いや、我が国の将であればカイ=バラゼルに苦汁をなめさせられていないものなどいないだろうが……。


 英雄を手に入れたことで、過去に受けた屈辱を返すことが出来ると考えている者が上層部だけでなく指揮官たちの中にもいる事は、頭の痛い問題だと言える。


「英雄の数に合わせて三方面から攻めるとのことじゃが……」


「あの英雄達は……互いに一緒に戦うのに向いていませんし、下策とは言い難いですね」


 渋い表情のトリバンダル将軍に私が宥めるように言うと、大きくため息をつきながら将軍は言葉を続ける。


「エルディオンも、どうせ送り込んで来るならもう少し扱いやすい連中を寄越してくれれば良いものを……」


 忌々しげ言うトリバンダル将軍の様子から、エルディオンに対する不信感……いや、嫌悪感が読み取れる。


 長く将軍として戦い続けたトリバンダル将軍だが、その分エルディオンから無茶を言われた期間が長いという事……当然、良い感情を持てるはずがない。


 逆らえる立場ではないが、エルディオンの無茶ぶりさえなければ我が国はもう少し楽な暮らしが出来ただろう。


 無論、恩恵が無いとは言わないが……。


「扱いが難しい連中を押し付けて来た感じでしょうね。ですが、その力は本物です。並みの相手であれば、適当に暴れさせるだけで十分でしょう」


「並みの相手ならば……のう。あれだけ痛い目を見たと言うのに、上層部も大将軍も覚えておらんのかのう?」


「どちらも戦場とは縁遠い方々ですからね……そんな方々が、あの英雄の暴れっぷりを見れば、楽観視するのも当然かと」


 上層部がカイ=バラゼルの脅威を正確に認識出来ないのは仕方ない。


 彼らは報告の上でしか彼の脅威を知らないのだから。


 紙の上で見る報告と実際の戦場で味わうアレの脅威は……大きな隔たりがあり、それを十全に理解しろというのは無理がある。


 実際に全てを操られたかのような立場にならなければ、あの恐怖は分からないのだ。


 そして大将軍……アレはカイ=バラゼルの総司令という役職に対抗して作られたお飾り。


 いや、お飾りであれば良かったのだが……。


「大将軍のう……アレが就任したのは、バゼル王国との戦いが小康してからじゃし、アレがやった事と言えば嫌がらせの立案くらいのものじゃ。はっきり言って、机上の戦争しか知らぬ者に今回の戦略を任せねばならんことに不安しかないのじゃが」


「それについては私も同意見ですが、軍人である以上、上には逆らえませんよ」


「それで苦労するのは現場の兵達なのじゃがのう」


「すみません……」


「いや、こちらこそすまんかった。歳をとると愚痴っぽくていかんのう」


 そう言って肩を竦めるトリバンダル将軍に私は苦笑してみせる。


 大将軍とは名ばかりの文官の策に従い我々は動かなければならない……これも全てカイ=バラゼルによって有能な将達が減らされたことによる弊害だ。


 武官は力を失い、文官が力をつける。


 本来であればそこで内政を強化するような動きになるのだろうが、エルディオンという後ろ盾がある以上、力を持つ者が変わっても方針そのものが変わることはない。


「お主は何処に回されたのじゃ?」


「私は北側です。トリバンダル将軍は、南でしたか?」


「うむ、流石じゃのう。儂の事まで把握しておったか」


「流石に味方が何処に振り分けられてどう動くのかは把握しておかねば、動くに動けませんからね」


 そんな私の言葉にトリバンダル将軍はバツが悪そうにする。


「お主が大将軍であれば……全軍の総指揮を執ってくれれば、カイ=バラゼルにも対抗出来るじゃろうにのう」


「それは買いかぶりです。私と彼では読みの深さが違い過ぎて、抗するなどとてもではありませんが……」


「そうかのう?まぁ、あの大将軍に任せるより百倍……いや、万倍は安心出来るのじゃがのう?」


 笑いをこらえるようにしながらトリバンダル将軍は言うが……あまり笑い事ではないと思う。


「まぁ、流石にあの方よりはマシだと思いたいですね」


 戦場を知らぬ大将軍の引いた戦略……まぁ、戦略というか……三軍に分かれて北、中央、南の三方向から攻めるというだけのものだが。


 それぞれの軍の連携等は組み込まれておらず、三軍にそれぞれ攻略目標のみが設定されている大雑把なものだ。


「細かい戦術は全てこちらに任せてくれているだけマシですがね」


「いやいや、英雄を最前列に出して突撃させるという戦術を賜っておるぞ?まぁ、向こうにカイ=バラゼルがいる以上、事前に考えたところで一切意味は無いし、ごちゃごちゃ妙な指示を出されるより遥かにマシじゃがの」


 やはりトリバンダル将軍はこれ以上ないくらい鬱憤が溜まっているようだ。


 まぁ、戦場にそう言った余計な感情を持ち込む方ではないし、その点は心配はいらないだろうが……カイ=バラゼルが相手である以上、心配は尽きない。


「トリバンダル将軍、御武運を」


 しかし、若輩者に過ぎない私がトリバンダル将軍を心配するなぞ、二十年は早いというものだ。


 私は万感を込めて武運を祈るに留める。


「ヒューズモア将軍、お主もな。爺より先に逝くでないぞ?」


「はい。バゼル王国の王都で会いましょう」


「うむ……ヒューズモア将軍。儂がお主であればカイ=バラゼルに比肩できると考えておるのは本当じゃ。じゃが、お主は自身を過小評価するきらいがある。お主は、まずお主自身を信じてやれ」


「心に刻んでおきます」


 私の返答に苦笑しながら、トリバンダル将軍は天幕から出て行った。


 将軍の去った天幕は、将軍が来られる前よりも広く感じられたが……私はそんな去就を振り払い、天幕の外で待機していた副官に告げた。


「進軍を開始する」


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