第433話 っていう夢を見たんだ

 


View of ザンバール=リンダーエル ブランテール王国事務官






 ……。


 ……。


 ……?


 ……。


 ……。


 ……?


 ……あぁ、なるほど。


 夢か。


 偶に夢の中で夢であることに気付くというアレだな。


 明晰夢とかいったか?


 いかんな……早く起きて準備をせねば。


 今日はルフェロン聖王国からエインヘリアへと向かう日。


 ルフェロン聖王国では街道整備が進んでおり、国境から王都までの道のりは中々快適なものだったし、馬車の移動速度も整備されていない道に比べ速かった。


 どうやらこれはエインヘリアから国家事業として言い渡されているらしく、エインヘリアとルフェロン聖王国の王都を繋ぐ道を最優先で整備したらしい。


 エインヘリアとは真逆にある東側への街道整備もかなり進んでいたことを考えれば、エインヘリアへ向かう道の整備は完了していると見て間違いない。


 昨日お会いした王女殿下からもそのように聞いているしな。


 それにしても……王女殿下から聞いたエインヘリアの話は、一言で言うと理解の埒外にある物だ。


 いや……それは、初めてソイン子爵からエインヘリアの話を聞いた時からそうか。


 国境を越えた瞬間、自国の者ですら名前を把握していない情報部の者の名を呼び、観光案内を始めるとか……他国の最重要会議の内容を普通に把握しているとか……属国の生活レベルを中堅国である我が国の王都よりも上に押し上げるとか……もはやどこから突っ込めば良いのか分からない。


 だというのに……王女殿下から聞いた話によると、大陸南方では蛇蝎の如く忌み嫌われているゴブリンを重用しており、そのうち一人を重臣としている……いや、これは別によい。


 どんな種族でも優秀な者は優秀だし、エインヘリアではゴブリンを保護するという方針なのは、以前より伝え聞いていたことだしな。


 しかし、空を飛ぶ船だとか、民から徴税を殆どしないだとか、王自らドラゴンを討伐したとか、この世のものとは思えぬほどの美食が存在するとか、どんな大怪我も一瞬で治療する薬があるとか、国内にスラムが存在しないとか、貴族制を廃しているとか、失った毛を取り戻せるとか……正直王女殿下の言葉でなければ一笑に付していただろう。


 しかし、王女殿下がこのような荒唐無稽な話で我々を謀る筈もなく……ソイン子爵と私は最後まで話を聞き、それを信じ……礼を言って御前を辞するしかなかった。


 それから私達は……迎賓館で出された料理に舌鼓を打ち、湯あみをしてから明日に備え就寝した。


 あぁ、問題ない……鮮明に覚えているな。


 そして……朝、目が覚めて朝食を取り、王城から迎えが来て……魔力収集装置というエインヘリアが建築した魔道具の元へと案内され、何かよく分からない説明を受けて……一瞬目の前が真っ白になり、次の瞬間周りの街並みが一瞬前とは全く別のものになる……という夢を今見ている訳だ。


 私はゆっくりと空を見上げる。


 心なしか空の色も先程と変わっているようだし……やはり夢は荒唐無稽だな。


 一瞬前の空は確か青かったはずだが……今の空は普通に青い。


 ……変わってないか?


 いや、先程は曇り空だったか?


 今は晴天だな……。


 ということは変わっているな……よし、問題ないな。


 まぁ、夢に整合性を求めても仕方ない。


 時間や場所がバンバン飛ぶのは夢ではよくある事、夢に文句を言っても仕方ないのだ。


 よし、じゃぁ、今日も忙しいしそろそろ起きるか?


 しかし……ここまではっきりした明晰夢は初めてだし、どうやって目を覚ましたらよいのか分からないな。


 ここはやはり……人に尋ねてみるのがいいか。


「ソイン子爵。夢から覚めるにはどうしたら良いのでしょうか?」


「ん?簡単な事だよ。現実を直視すれば良いだけだよ」


「分かりました。今度試してみます」


 そうか現実を直視……夢の中ではどうあがいても出来そうにないな。


「うん、全く現実を直視できていないね。ザンバール君、気持ちは分かるけど、そろそろ現実を見ようか?僕達がさっきまでいたのはルフェロン聖王国、そして今いるのはエインヘリア……その王都だよ」


 さっき聞いた説明ではねと言いながら肩を竦めるソイン子爵。


「ソイン子爵……いくらなんでもそれはないでしょう。いくら私が無知でも、エインヘリアの王都があるという龍の塒の位置くらい知っております。ルフェロン聖王国の王都からはどれだけ馬車で急いだとしても、軽く一ヵ月以上はかかる距離です。以上の事から考えて、これが夢である事が立証されたかと存じます」


「いや、されてないからね?ここが現実……っていうか現実に帰って来てくれないと色々マズいよ?ここはもうエインヘリアなんだから」


「……ソイン子爵。本当に、エインヘリアに来てしまったのですか?ほんの一瞬前まで私達はルフェロン聖王国に居たのですよ?」


「最初に説明してもらった転移というものでしょう?とても信じられない話だったけど、こうして実際に体験してしまった以上信じるより他ないよねぇ」


「しかしこんな……」


 これでは国境どころか……拠点防衛の意味すら……。


 ……いや、落ち着こう。


 これが現実であるならば、私には成すべき役目がある。


 それは、ここで頭を固くして現実を受け入れない事ではない。


「……失礼しました、ソイン子爵。もう大丈夫です」


「それは良かった。エインヘリアの方々からすれば見慣れた反応かもしれないけど、だからと言って呆けていて良いわけじゃないからね。まぁ、現実逃避をするザンバール君の姿は、見ていて非常に面白くはあったけどねぇ」


 そんなことを言いながら肩を竦めるソイン子爵を見て、心からスッと冷静になれたのを感じた。


 ソイン子爵の部下……護衛の兵や御者は驚いたようにあたりを見渡しているけど……ここ数か月の付き合いから、三人が冷静に状況を見極めている事が分かる。


 ……混乱していたのは私だけ……の筈はないか。


 説明されていたとはいえ、こんなとんでもない現象を目の当たりにして慌てない者はいないだろう。


 だが、彼らは冷静に……すぐに状況に適応してみせた。


 今何が一番大事なのか、それを理解し実践出来ているのだ。


 ……経験なのか、それとも資質なのか……少なくとも、私がソイン子爵を含めた四名に劣っているのは間違いないし、その事を心の底から不甲斐なく思う。


 しかし、だからと言ってそこに甘んじ、これ以上の不様を晒すわけにもいかない。


 勿論この場で私に出来る事なんてほとんどない。


 情報収集は情報部の方々に遠く及ばず、交渉や駆け引きはソイン子爵の足元にも及ばない。


 そもそも私は文官としてソイン子爵のサポート……雑事をこなすことが仕事だ。


 ならば、今私がすることは……。


「ソイン子爵。すぐにエインヘリアの方々へ挨拶をなさいますか?それとも混乱を理由にもう少しだけ時間を貰いますか?」


「うんうん、ザンバール君のいいところは、そうやってすぐに切り替えて先の事を考えられるところだね。とりあえず、挨拶を優先しよう。相手はエインヘリアの重鎮……僕も動揺が無いとは言わないけど、待たせて良い相手じゃないからね」


「畏まりました」


 目を眇めながら言うソイン子爵に頷いて見せる。


 流石に浮名を流しているだけあって、非常に慣れた動きだし、魅力的だとは思うが……私は男色のケはないのでそれ以上の感情は掻き立てられない。


 ……いや、そのおどけた態度によって肩の力が抜けた気がするので……やはり効果はあったと見るべきか。


 そんなことを考えていると、少し離れた位置にいた女性が、穏やかな笑みを浮かべながら我々の方に近づいて来た。


 彼女の後ろにはそこはかとなく眠たげな様子の女性……少女?が付き従っている。


 しかし、その少女がただ者でない事は、その背中に背負っている巨大な斧が物語っていた。


 間違いなく彼女は護衛だ。


 そして、そんな少女を連れた女性もまた……間違いなくただ者ではないだろう。


 いや、王女殿下より事前に聞いた話から、あの女性が誰なのかは分かっている。


 エインヘリア内務大臣、イルミット。


 エインヘリアの政治を司る女傑にして、エインヘリア王の右腕。


 王女殿下が言うには、エインヘリアで絶対敵に回してはいけない人物の一人にして、味方となればこれ以上頼もしい相手はいないという人物。


 その評価とは裏腹に、非常に若く穏やかな人物に見えるが……いや、これがソイン子爵の言っていた、本心を隠すのが上手いということか。


 一見すれば美しく穏やかで優しげにしか見えない女性だが、当然その地位に相応しいだけの狡猾さや強かさを持っているに違いない。


「ようこそおいで下さいました~ブランテール王国の皆様~。私は~エインヘリア内務大臣の~イルミットと申します~」


「初めましてイルミット殿。私はブランテール王国にて子爵位を頂いておりますランバル=ソインと申します。エインヘリア最高の頭脳と謳われるイルミット殿に出迎えて頂けるとは恐悦にございます」


「ふふふ~最高の頭脳なんて行き過ぎた評価ですよ~。エインヘリア王陛下に比べれば~私如き~子供のようなものです~」


 にこにこと笑みを浮かべながら、なんとも間延びした口調で話すイルミット殿。


 毒気を抜かれそうになるが……これは計算?


 いや……落ち着くのだ。


 交渉相手が見ているのは相対している者だけではない。


 そう教えられたばかりではないか!


 しかし……無表情を装っても、ソイン子爵にはバレバレだったし、恐らくエインヘリアでもトップクラスの知者である彼女を誤魔化しきれるわけがない。


 ならばいっそのこと……話を聞かない?


 いやいや、文官としてそれはマズいだろう。


 話は聞く……だがとりあえず今は聞いて記憶するだけ、色々と考えるのは後にするんだ。


 そして、出来得る限り観察することに意識を回す。


 ……出来る気がしないが、失態ばかり犯していては流石に自分を許せない。


 今出来ることを最大限……それしかあるまい。


「ソイン子爵がエインヘリアを訪れるのは二度目ですが~王都に来たのは初めてですよね~?」


「えぇ、そうですね。話には聞いていましたが、妖精族の方がとても多いですね」


「はい~。エインヘリア王陛下は種族の垣根無く民を愛されますので~。最近は~北の方から~魔族の方々も移住していらっしゃってますよ~」


 ……会話を記憶するだけ……会話を記憶するだけ……。


「北から……ですか。それは知りませんでした。やはり、エインヘリア王陛下は懐の深い方ですね。人族、妖精族、魔族……これほど多くの種族が穏やかに共生することが出来る国は、エインヘリア以外にはありえませんね」


 ……会話を記憶するだけ……エルディオンの血統主義の連中に聞かせてやりたい……。


「ふふふ~……エインヘリア王陛下にとって~常人の考える不可能は~片手間で成し得る程度の仕事ですから~」


「……この国を知れば知る程、その言葉が大言などではなく、ただの事実であるということを実感できますね」


「エインヘリアは無謬の楽土~全ての民に安寧を齎すことが約束された地です~。そしてそれは~エインヘリア王陛下の名のもとに~確実に成されるでしょう~」


 ぞくり。


 会話を記憶することだけに集中しようとしながらも……その言葉に込められた狂気に背筋が凍る。


「さて~立ち話もなんですから~そろそろご案内いたしますね~。エインヘリア王陛下は~皆さんがこの地に来ることを~とても楽しみにしておられましたから~」


 そう言ってイルミット内務大臣がくるりと背を向け、聳え立つ王城の方へと歩き出す。


 最後に底知れぬ不安を与えた彼女に続き、私達も王城に向かって足を踏み出した。


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