第339話 必死の弁明



 俺達が今後について立ち話をしていると、リオとロッズが召喚兵を数人引き連れて俺達の元へとやって来た。


 後ろにいる召喚兵の肩には簀巻きにされた人物が数名担がれているが……そんな状態にもかかわらず、担がれている人物は随分と元気なようだ。


 エビみたいにびちびち跳ねている……いや、逃げたい気持ちは分かるけど、簀巻きの状態で担がれてて逃げられるわけないじゃん?


 っていうか大人しく運ばれないと危ないよ?アンタ今受け身も取れないんだから。


 俺がそんな風に担がれている人物を心配していると、俺の傍までやって来たリオとロッズが頭を下げる。


「遅くなり申し訳ありません、フェルズ様。少々確認に手間取ってしまいましたが、ヤギン王国の将を捕えてまいりました」


「いや、丁度良いタイミングだった。全て捕えることが出来たか?」


「はっ!クーガーに確認しながら捕虜としたので、一人の抜けもありません!」


 まぁ、リオ達であれば抜かりはないだろう。


 それはそうと、俺の後ろの方でファザ将軍達が動揺しているのが何となく伝わって来る。


 うん、まぁ、言いたい事は分かる。


 あの儀式魔法が放たれてから十分程度で左翼まで突撃して、首謀者たちを捕虜にして帰って来る……しかも第一声が遅くなってごめんなさいだからな……。


 流石の俺でもちょっとおかしいことくらいは分かる。


「よくやってくれた。では、我等に牙をむいた愚か者共と話をするとするか」


 俺がそう言うと、ロッズがバツの悪そうな顔をしながら口を開く。


「あー、フェルズ様。その馬鹿どもなんですが、非常に興奮しておりまして、フェルズ様と話をさせるのには適さないかと」


「くくっ……問題ない。話が通じぬとあらばクーガーに任せるつもりだからな」


「あー、なるほど。了解しました」


 その一言で納得したらしいロッズが身体を一歩横に動かすと、その後ろから簀巻きにされた人を担いでいた召喚兵達が出て来て無造作に荷物を投げ捨てた。


 けして軽くない音を立てて地面に落下したヤギン王国の将軍達は、当然受け身すら取れずに悶絶しているが、幸い頭を打って昏倒したりはしていないようだ。


「さて、それでは話を聞かせて貰おうか……将軍?」


 俺は悶絶する一人のヤギン王国の将軍の前に立ち、見下ろしながら笑みを浮かべる。


 恐らく周りにいる皆には、不敵な笑みに見えているだろう……しかし、俺は内心ひやひやしていた。


 今気づいたんだけど……こいつの名前覚えて無かった。


 格好つけて名前を呼ぼうとして……名前が思い出せないことに焦って言葉に一瞬詰まってしまった。


 流石に覇王が格好つけながら名前を間違えるのはアレなので、とりあえず将軍と呼んだけど……うん、多分セーフ!


「うぐぐぐぐぐ……っ!こ……これは一体!どういうことか!」


 痛みに悶えていた将軍だったが、俺の事をキッと睨みつけると、歯を食いしばりながら叫んだ。


 まぁ、芋虫状態で地面に転がされたままだけど。


「どういうこと?妥当な対応だと思うが?」


「これの何処が!わ、私はこの同盟軍の総大将にしてヤギン王国の将軍!ブランドン=ドリコルだぞ!」


 おぉ……聞いてもいないのに名乗ってくれたぞ?


 ドリコル、ドリコル、ドリコル……よし覚えた。


「無論知っている。だがそれがどうした?」


「そ、それがどうしたではない!」


 ドリコル将軍の名前を心の中で連呼しつつ適当に相槌を打っていたのだが、俺と目線のあったドリコル将軍が俺から視線を逸らしつつ、何やらもにょもにょと口ごもりながら言う。


「い、いえ……その……こ、このような仕打ち……何故でしょうか……?」


 何やらブツブツいっているけど……地面に転がっているドリコル将軍の言葉は聞き取り辛い。


 なんか急にテンションが下がったな。


 とりあえず、簀巻きにしているロープを斬るか……?


 そう考えた俺は腰に佩いている覇王剣ヴェルディアに手を伸ばす。


「ひっ!?」


 ……。


 いや、待てよ?


 こう……ドリコル将軍を縛っているロープを斬ってやるつもりだったけど……俺にそのような器用な真似出来るだろうか?


 ……駄目だ、勢い余ってドリコル将軍も真っ二つにしかねない。というか多分する。


 俺は覇王剣に伸ばしていた手を止め、ロッズの方を見る。


「縄をほどいてやれ。首が疲れる」


「はっ!」


 ロッズにしては真面目な様子で俺の命令に従う。


 というか、普段は微妙に気怠そうなロッズなんだけど、今はびっくりするぐらい無表情とかいうか無感情だな。


 これは……確認するまでもなく、滅茶苦茶怒ってるよね。


 名前を頭に刻み付けようと適当に返事をしていたけど、思い返してみればドリコル将軍の言動はかなりおかしいものだったし……ロッズがブチ切れてもおかしくなかったな。


 若干ロープを解くついでに首をもがないか心配だったけど、ロッズは俺の命令を忠実にこなした後、すぐに後ろに下がった。


「さて、何故このような目に合うか分からない……そう言ったか?」


「……」


 ロープを解かれたドリコル将軍はのそりと立ち上がると、首は動かさず視線をあちこちに飛ばす。


 逃げ道を探っているようだけど……そんなものあるわけないだろに。


「え、エインヘリア王陛下……な、何故私達を捕縛などしたのでしょうか……?」


「あれ程まで完璧に我々を攻撃しておいて、今更お前は何を言っているのだ?」


「あ、あれは……ち、違うのです!あれは、その……誤解……誤解なのです!」


「儀式魔法を我等の頭上に放っておきながら、誤解も何もないだろう?」


「違うのです!お聞きください!エインヘリア王陛下!我等にエインヘリア王陛下を害する気持ちなど一欠けらもありません!」


 とんでもない言い訳を始めたドリコル将軍に、周りにいる者達の怒気が一気に膨れ上がる。


 まぁ、俺からしたら別に脅威でも何でもない一撃だったけど……うちの子達からしたら絶対に許せない行為だし、パールディア皇国やシャラザ首長国にとっては致命的な一撃。当然許せるはずがない。


 というか致命的だろうがそうじゃなかろうが、突然攻撃しといて許されるわけがないよね。


 しかし……ドリコル将軍が何を言うのか気になった俺は、そのまま黙って言い分を聞いてみることにした。


「あの儀式魔法は……そう!何者かの策略なのです!」


 そう!って力強く今思いつきましたって宣言している気がするけど……まぁ乗ってやろう。


「ふむ、策略か」


 俺が話に乗っかると、あからさまにやった!って感じの表情を見せるドリコル将軍。


 こいつ……未だかつて見たこと無い程腹芸が出来ないヤツだぞ。


「その……えっと……何者の仕業か分からぬのですが……儀式を行っている現場にくせ者が入り込んだようでして……何をどうやったか私達も分からないのですが、儀式魔法を友軍に向けて放ったのです!お、恐らくは蛮族の仕業かと!」


 俺が聞いた情報では、儀式魔法ってかなり繊細な物らしくどんな魔法を、どれくらいの威力で誰が放つ……みたいなものは儀式を行う前から決められていて、それ通りに儀式を進めないと発動することは出来ない。


 最終段階で調整できるのは距離や方向……何処に放つかってことくらいらしい。


 つまり後から来た誰かが儀式魔法の制御を奪って発動……みたいなことは出来ず、発動させることが出来る術者は儀式を始めた段階で決まっている。


「蛮族が準備していた儀式魔法を横取りしたと?」


「い、いえ……ど、どうも我が軍内に裏切り者がいたようで……その者が儀式魔法を発動させる権限を持っていた者だったようで……」


「ほう?それは、俺達が捕らえた者の中にいるのか?」


 地面に投げ出された簀巻きたちの方に俺が視線を向けると、ドリコル将軍は揉み手をしながら卑屈な笑みを浮かべる。


 ……リアルに揉み手する人なんているのか。


 どうでもいいことに感動を覚えつつ簀巻きにされている者達を見下ろしていると、調子に乗ったドリコル将軍が言葉を続ける。


「いえいえ、その者はもう既に我々が仕留めました!話を聞き出せれば良かったのですが、抵抗激しく殺す事しか出来ませんでした!」


「……では、その遺体を検分するとしよう。何か分かるかも知れんしな」


「え!?いや、それは……少々難しい……そう!魔法によって消し飛ばしてしまいましたので!」


「……そうか。ところでドリコル将軍」


「はっ!」


「たとえ敵の策であろうと、貴殿等が準備していた儀式魔法は俺を狙って放たれた。そのことについてどう責任をとるつもりだ?」


 俺がそう尋ねると、卑屈な笑みを引き攣った物に変え汗をだらだら流すドリコル将軍。


「そ、それは……」


「一国の王と二国の同盟軍二万以上の命を奪うところだったのだ。ドリコル将軍の責任は……重いなどという一言では済まないな」


「……」


 再びきょろきょろと目を動かすドリコル将軍……だから逃げられんて。


「とはいえ、ここまで軍を共に進めて来た間柄だ。いきなり首を斬るというのも気持ちの良い話とは言えまい」


「……で、では!」


 俺の言葉に、輝かんばかりの表情で相槌を打つドリコル将軍。


「クーガー、いるか?」


「いるっスよ」


 俺が名前を呼ぶと、召喚兵の後ろからクーガーが飄々とした様子で出て来る。


 ……いや、飄々としているけど、普段とちょっと様子が違うな。


 もしかしてクーガーも怒ってる……?


 そんなクーガーに俺は軽い様子で話しかける。


「今後の為にも、ドリコル将軍とはもっと仲良くなっておくべきではないか?」


「そう思うっス」


「ヤギン王国とは後程しっかりと話をする必要がある。その時の為にドリコル将軍の協力は必要だ」


「任せて欲しいっス」


 クーガーが自分の胸に手を当てつつ、恭しく頭を下げる。


「ドリコル将軍、彼はクーガー。エインヘリアの外交官だ。故合って今回従軍させていたのだが……此度の件、流石に無罪放免といかないのは理解してもらえるな?」


「も、勿論でございます!エインヘリア王陛下!」


「では、同盟軍の総指揮権はシャラザ首長国のファザ将軍に引き継いでもらう事とする。また、貴殿の副官等についても、嫌疑が晴れるまで拘束させてもらうが構わないな?」


「勿論でございます!我等に疚しいところはありません!どうぞご随意に!」


「では、今後についてはクーガーと話を進めて貰いたい、我等はこれより蛮族の対応をせねばならんのでな。クーガー後は任せる。しっかりともてなしてやると良い」


「了解っス!ですが、少々人数が多いので……何人かに手伝ってもらってもいいっスか?」


 ……えっと人手を貸してほしいって意味じゃなくて、何人か見せしめにするってことだよね?


「あまり数を持っていかれるのは困るな。パールディア皇国やシャラザ首長国への配慮も必要だ」


「了解っス!では、その辺も踏まえて、しっかりとおもてなしさせて頂くっス!」


「では、ドリコル将軍。暫く隔離させてもらうぞ?あぁ、その前にヤギン王国軍の指揮権を譲渡して貰えるかな?」


「は……はっ!では、第一騎士団の者に一筆書いておくのでそれをお渡しください!」


 三秒に一回くらいの割合でぺこぺことしながら、ドリコル将軍がクーガーと共にこの場を去る。


 簀巻きにされていた者達も、一応はロープから解放されたが、周りを召喚兵に囲まれつつ連れていかれる……。


 そんな後姿を見送った後、訝しげな顔をしながらファザ将軍が近づいてくる。


「陛下!あのような言……まさか信じているとは思いませんが、どうするおつもりですか?」


「くくっ……いや、あまりにも見事な道化っぷりに毒気を抜かれてしまったな」


 俺が冗談めかして言うと、ファザ将軍が呆れた様な表情になった。


「確かにその気持ちは分からなくもないですが……」


「案ずることはない、ファザ将軍。奴等に次に会う時は……全てを洗いざらい話してくれるだろう。そもそも事故だろうと敵の策であろうと故意であろうと……俺達に攻撃を仕掛けておいて、命が助かるわけがないのだからな」


 笑みを浮かべたままそう告げると、ファザ将軍が生唾を飲み込んだのか喉を大きく鳴らす。


「事前に防いだとは言え、それは結果に過ぎない。だが、ヤギン王国を潰すにあたって、もう少し理由が欲しい所だな。奴等の暴走や事故といって言い逃れが……出来ない訳でもないだろうしな」


「エインヘリア王陛下を害そうとしておきながら、それは随分と虫の良い話ではありませんか?原因はなんであれ、このような事態……謝罪で済む内容ではありませんぞ?」


「くくっ……そうだな。だが、ヤギン王国には徹底的に悪になってもらう必要がある。それは対外的な理由ではなく、ヤギン王国の民の為にな」


「民の……?それはどういう?」


 俺の言葉に首を傾げるファザ将軍。


「ことが全て露見すれば、シャラザ首長国の民もパールディア皇国の民も、ヤギン王国の民を許すことは出来まい?自分達を犠牲にぬくぬくと過ごしてきたヤギン王国の民だ……迫害の対象となるのは間違いない」


「……」


「民達はヤギン王国に暮らしていただけ、蛮族と手を組んだのも、周辺国を犠牲としたのもヤギン王国の民ではない。いくらそう伝えようとも、納得は出来ないだろう?だからこそ……憎しみをぶつける相手が必要で、それらは徹底的な悪である必要がある」


「……王太子や上層部をその悪とすると?」


「そうだ。そして、ヤギン王には……英雄になってもらう必要がある。ヤギン王国の民の為に。王太子たちが悪意の押し付けどころであるなら、ヤギン王はその逆、同情を得る為の神輿だな」


 ヤギン王は、悪である王太子たちを止めようと必死で戦っていた英雄……しかし、力及ばず凶刃に倒れてしまった。


 そういうシナリオで行く。


 無論嘘で塗り固められたシナリオではあるけど、悲劇の英雄って話は受け入れられやすく、同情を買いやすいからね。


 当然戦後賠償はがっつりヤギン王国から徴収するし、ヤギン王国の民は今後苦労することになるだろうけど……徹頭徹尾悪者の国とされるよりはかなりマシな状態になるだろう。


「……パールディア皇国とシャラザ首長国には申し訳なく思う。その怒りを飲み込んでもらう見返りと言ってはなんだが、我々エインヘリアが手厚く援助する。どうか、ヤギン王国ではなく、そこに住まう民の為……真実を嘘で塗り固めることを許して欲しい」


「「……」」


 俺の言葉にファザ将軍もヘイゼル将軍も黙り込んでしまう。


 ヤギン王国のしでかしている事を知れば、当然俺の提案を飲み込むことは出来ないだろう……当事者でない俺だからこそ、こんなことが言えるってのは分かっているし、傲慢であることも理解している。


 それでも、今後の大陸南西部の安定の為、理不尽を飲み込んでもらいたい。


「……エインヘリア王陛下の御気持ちは分かりました。ですが、私は一介の将軍に過ぎません。首長や国がどう判断するか、そこに私の意思は関係ないでしょう」


「私もファザ将軍と同じく、それを決められる立場にはありません」


 二人の将軍は、俺の言葉にそう返す。


 まぁ、当然だね。


 現場で決めて良いような大きさの話ではない。


「しかし、自国のみならず他国の民にまで与えるエインヘリア王陛下の慈悲の御心は、必ず国元に伝えさせていただきます」


「同じく、皇王陛下であれば……エインヘリア王陛下の御気持ちを理解して下さるはずです。微力ながら……その判断が良き物となるようにお力添えさせて頂きたく」


「……感謝する」


 怒りを飲み込みそう言ってくれた二人の将軍に礼を言った俺は、前方に布陣する蛮族たちの軍に視線を移す。


「色々と、遠回りをしてしまったが……そろそろ、本番といこうか」


「「はっ!」」


 俺の言葉の意味することを理解したであろう両将軍が力強く頷く。


 ……それはいいけど、指揮はファザ将軍がやるんだからね?


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