第338話 ほんとどうする?



 空に向かって翳していた手を俺はゆっくりと下ろす。


 つい先程まで上空に存在した巨大な火の玉はもうどこにも存在しない。


 ヤギン王国の放った儀式魔法は中々派手な感じだったけど、俺は雷属性専用魔法『神雷』によってそれを吹き飛ばした。


 『神雷』は極太の雷というか、レーザーを真っ直ぐ放つ魔法でゲームでは一直線の貫通魔法って感じだったけど、うまい事敵の儀式魔法をぶっ飛ばすことが出来て良かった。


 カミラがいればもっと確実に対処してくれただろうけど、まぁちゃんとかき消すことが出来たから問題ない……いや、全て計画通りだ。


「さ、流石はエインヘリア王陛下。本当に一撃で儀式魔法をかき消してしまうとは……」


「ん?ファザ将軍、信じていなかったのか?」


 空を見上げていたシャラザ首長国のファザ将軍が呆然と呟いたので、俺は普段通りの笑みを見せつつ声をかける。


「い、いえ!そのような事は!申し訳ございません!」


「くくっ……冗談だ。儀式魔法を何とか出来ると信じていたからこそ、俺達の策に乗り全軍をこの場に残してくれたのだろう?」


 慌てた様に頭を下げるファザ将軍に、俺は肩をすくめてみせる。


 もし俺達が儀式魔法を打ち破ることが出来るという話を信じて貰えなければ、ヤギン王国を泳がすという策を認めてはくれなかったのは間違いない。


 魔法を防げなかったら自分は愚か、一万以上もの自国の兵も道連れにしてしまうしね。


 簡単な決断ではなかっただろう。


「それは……確かにそうですが……しかし、この光景は想像以上だったというか……」


「ふむ。まぁ、何にしてもこちらは予定通りだ。次に移るとするか」


 そう言って俺は『鷹の声』を起動してリオとロッズに声をかける。


『二人とも準備は良いな?』


『はっ!』


『すべて滞りなく』


『よし。ならばヤギン王国軍の上層部をここに連れてこい』


『はっ!』


 リオとロッズの返事を聞いた俺は『鷹の声』を切ってからファザ将軍、そしてもう一人パールディア皇国のヘイゼル将軍へと声をかける。


「今三千の兵をヤギン王国軍に向けて進めた。すぐに奴等の上層部を捕えて来るだろうが……二人とも、自分の軍の方は大丈夫か?」


 今回の件、全て予定通りではあるけど、その予定を知っているのはうちの子達を除くとパールディア皇国とシャラザ首長国の将軍とその側近だけ。


 一般の兵達からすれば突然友軍から儀式魔法をぶっ放されたこの状況、間違いなく大混乱といった感じだろう。


 将軍達がここに居て大丈夫なのだろうか?


 そう思って聞いてみたのだが、二人とも抜かりはないという様に頷いて見せる。


「側近には此度の件既に知らせておりますれば、今は兵達の動揺を抑えるために動いているでしょう」


「我が軍も同様にございます。しかし、陛下。ヤギン王国軍は二万……儀式魔法の失敗で動揺しているでしょうが、流石に数が少なすぎるのでは?」


 というか、逆にヘイゼル将軍の方が心配そうに尋ねて来る。


「くくっ……問題ない。向こうは攻め寄せられるとは夢にも思っていないだろうしな。まぁ、心構えがあろうがなかろうが、俺達にとってヤギン王国軍を倒すことなぞ造作もないことだ」


「さすがは名高きエインヘリア軍ということですか……申し訳ありません、陛下。エインヘリア軍を侮るつもりはなかったのですが」


 ヘイゼル将軍が深々と頭を下げようとするのを俺は止める。


「気にする必要はない。弱兵とは言え六倍以上の兵力差は大きいからな。とは言ってもヤギン王国軍はヤギン王国軍で、俺たち同様この作戦を末端までは知らせることは出来ない……当然だな。万が一にでも俺達に作戦内容がバレれば、即座にヤギン王国はエインヘリアによって攻め滅ぼされる。作戦を知らない以上、こちらの攻撃にも迅速には対応出来ないだろう」


 まぁ、全力でバレていたんだけど……。


「それが分かっていながら、何故ヤギン王国軍は陛下に牙をむくような真似を?」


「奴等の考えは……ここで俺達を殲滅して各国の戦力を削り、蛮族たちにパールディア皇国とシャラザ首長国を攻め滅ぼさせるといったところのようだな。更にその後でエインヘリアと手を組み蛮族を滅ぼして……最終的には大陸南西部をヤギン王国が統治する……そんなことを夢見ていたらしい」


「何度聞いても都合がよすぎる話です。本気でそんな策……いえ、妄想が上手くいくと考えていたのでしょうか?」


「くくっ……それは流石に俺の知る所ではないが、こうして儀式魔法を俺達に向かって来て放ったところを見ると、本気なのだろうな」


 俺は左翼に布陣しているヤギン王国軍の方に顔を向ける。


 俺達が今いるのは物見台でもなければ高台でもないので、当然左翼に布陣しているヤギン王国軍の事は見えない。


 しかし、今ヤギン王国軍に向かって騎兵を鼻で笑うような速度で三千の軍が突撃している最中。エインヘリア軍の突撃してくる姿を見たヤギン王国軍は……さぞかし混乱している事だろう。


 十分もあれば、リオ達は向こうの将軍達を捕虜として帰って来てくれるはずだ。


「正気の沙汰とは思えませんが……」


「正気であれば、自分の父親を弑してまで実権を握り、同盟軍を裏切るような真似はしないだろうな」


 俺はパールディア皇国の皇都で見た王太子の姿を思い出す。


「ヤギン王国で謀反が起こっていようとは……」


「表向き、ヤギン王は病気により療養しているとなっているがな。此度の同盟軍敗走の責をヤギン王に負わせ退位、王太子が王位を継ぐ。その後王は療養空しくそのまま没する……といった筋書きだったようだな。万能薬を送ると言った時の王太子の狼狽えぶりは……中々見物だったぞ?」


 病気で寝込んでいる事にしているのに万能薬で治せるよ、すぐに飲ませたいだろうから飛行船で送ってやるよ……とか言われれば、そりゃぁあんな風にもなろうよ。


 実際は既に殺しちゃっている訳だしね……。


 それにしても、あの王太子は中々のクソ野郎だな。


 ヤギン王国自体、あまり褒められたものではなかったけど……それでもヤギン王は現実が見えていないタイプではなかった。


 それは、俺達エインヘリアが同盟軍に手を貸すと言いだした時の対応で分かる。


 長年進めて来た策を捨て、実質エインヘリアの傘下に加わるという条件を飲むってのは……まぁ、中々判断出来るものではない。


 それを飲み込むだけの器がヤギン王にはあったのだろう。


 それに対して王太子は短絡的過ぎる。


 間違いなく、深く考えもせずに他国の支配は受け入れられない!みたいなノリで動いたのだろう。


「王を弑逆した王太子を戴くとは……ヤギン王国の者共は一体何を考えているのか」


 嫌悪感を剥きだしにしながらファザ将軍が吐き捨てるように言う。


「ヤギン王国の上層部は、ヤギン王にかなり反感を持っていたようだからな。王太子を担いだのか王太子が扇動したのかは知らんが……まぁ、現実が見えているとは言い難いな」


「ヤギン王は相当独裁的であったと聞いたことはありますが……抑圧されていたものが暴走しているという事でしょうか?」


「……きっかけとなったのは俺達の存在だろうがな。今まで強気に独裁を進めていたヤギン王がエインヘリアに膝を屈したことで、王太子や家臣達が王を見限り暴走を始めてしまったわけだ」


 ヤギン王国の事を調べていた外交官見習いから詳細は届いているけど……まぁ、中々の暴走っぷりが聞こえてきている。


 なんというか、暗躍していたヤギン王から考え無しの馬鹿へとヤギン王国主権が移ってしまった事は、まぁ、俺達としては良かったのか?


 油断ならない相手よりはやりやすい……でも代官としては使えないよなぁ。


 ヤギン王国が滅びるのはもう確定事項だけど、その後の統治はどうしたもんかねぇ……立地的にはパールディア皇国に任せたい所だけど、今のパールディア皇国の国力でヤギン王国まで面倒見るのは不可能だよな。


 シャラザ首長国はまだ余裕があるかも知れないけど、飛び地の管理が出来る程ではないだろう。


 それにスティンプラーフの管理もあるし……くそっ……王太子が馬鹿な事をしたせいで、俺の計画に暗雲が立ち込めまくっている。


 マズいな……ヤギン王国が悔い改めてくれるようであれば、暗躍していたことはパールディア皇国とかには黙っておくつもりだったんだけどなぁ。


 まぁ、今更だな。


「ヤギン王国への対応、そして蛮族との戦い……面倒事は山積みだな」


「今後はどのようにお考えなのですか?」


 ヘイゼル将軍が難しい表情で俺に尋ねて来る。


「ふむ。ヤギン王国への対応はともかく、この同盟軍に関して俺は口を出すつもりはない。指揮権はファザ将軍が継ぐのが良いだろう」


「わ、私がですか?」


 俺そう言うとファザ将軍が慌てた様に声を上げる。


「ヤギン王国軍の次に大規模な軍を出しているのはシャラザ首長国だからな。その将軍であるファザ将軍が指揮を執るのが妥当だろう?」


「お、お待ちください、エインヘリア王陛下。確かに兵数であれば我々の軍が一番多いですが、この場にいる誰しもがエインヘリア王陛下の指示に従う事に異論はないかと」


 そう言いながら同意を求めるようにヘイゼル将軍の方を見るファザ将軍。


 見られたヘイゼル将軍も異論はないという様に頷くけど……。


「俺はここに援軍として来ているからな。総大将の地位は相応しくない。これはあくまでお前達の戦い……俺は手を貸しているに過ぎない。そうだろう?」


 ここで俺が前に出てしまっては、色々と問題がある……いや、今更な気もするけど。


 チラッとそんなことを思ってしまったが、ファザ将軍は俺の言葉に真剣な表情で頷いて見せた。


「……確かに陛下のおっしゃる通り、これは我等の戦いです。分かりました……今後の指揮は私が執らせて頂きます。ヘイゼル将軍もそれで良いだろうか?」


「問題ありません。ですが……このまま継戦するのですか?」


 ヘイゼル将軍の問いかけにファザ将軍が難しい顔で考え込む。


「ヤギン王国軍を欠いた我等は半数近い兵を失ったということです。今正面にいる三万の蛮族共が動いてくれば防ぐどころか、混乱により戦いにすらならないでしょう。もはや撤退するしか……」


「撤退するのは構わないが、ヤギン王国軍の事はどうする?俺が部下に命じたのは奴等の上層部を捕虜とすることだ。当然二万の軍は健在のまま……二万もの捕虜を抱えて撤退するのは……危険ではないか?」


 考え込んだファザ将軍に訴えかけるようにヘイゼル将軍は言葉を続けるが、俺は待ったをかける。


 まぁ、俺達がいればどうにでも出来るのだけどね……。


「……では、ヤギン王国軍は捕虜とせず、この場に残して撤退してはどうでしょうか?ヤギン王国の兵は現在混乱しているでしょうし、上層部さえ押さえてしまえば統率を失うだけで我々に襲い掛かってくることはないでしょう」


「ふむ、であれば撤退は可能かもしれないが……撤退したとして、その後はどうする?ヤギン王国がどうなろうと蛮族共の脅威は残ったままだぞ?」


「そ、それは……」


 ヘイゼル将軍としては撤退したいようだけど、先の事を考えるとパールディア皇国やシャラザ首長国としては、ここで撤退した所でジリ貧となるだけだ。


 っていうか、ヘイゼル将軍は俺達が複数の英雄を連れてきている事を知っている筈だけど、かなり弱腰だよね。忘れてる?


「……エインヘリア王陛下。エインヘリア軍でヤギン王国軍を抑えることは出来ますか?」


 俺達の会話に口を挟まずに考え込んでいたファザ将軍が、顔を上げて俺に尋ねて来る。


「不可能ではないな」


「……エインヘリア王陛下、それにヘイゼル将軍。私なりに今後の動きについて考えを纏めたので聞いて頂けますか?」


「あぁ、聞かせてくれ。だが……それを聞く前に来客のようだ」


 決意を秘めた表情で顔を上げたファザ将軍だったが、俺はこちらに向かって歩いてくるリオ達を見つけ一度話を中断させる。


 俺の予想通りというか、やっぱり十分も要らなかったみたいだね。


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