第337話 俺の玉が……
View of ブランドン=ドリコル ヤギン王国将軍 同盟軍総大将
俺は各国の軍が布陣を終えたとの報告を本陣で聞きながら、思わずこぼしてしまった笑みを取り繕う為咳払いをした。
「まずは、迅速に布陣出来たと安心して良さそうだな」
「そうですな。蛮族共の気質からして、襲い掛かって来ると思っていたのだが、随分と大人しい様子で少々肩透かしを食らった気分だ」
内心を押し殺して言った俺の言葉に、シャラザ首長国の将軍が同意してくる。
この将軍の名前は……憶えていないが、特に問題はないだろう。どうせ短い付き合いだ。
多少不審に思われたり反感を買ったりしたところで、死んでしまえば関係ないのだからな。
無論、作戦の障害とならぬようにある程度気を使う必要はあるが。
「蛮族共が動かぬ理由は分からぬが、斥候は広範囲に放っている。奴等に何か動きがあればすぐにこちらに情報は伝わってこよう」
「本当に我が軍の斥候を出さずとも良いのか?情報の伝達は我が軍の方が素早く行えると思うが」
「いや、取り決め通り斥候は我等が受け持つ。シャラザ首長国軍は正面の敵に集中してもらいたい」
「……了解した」
斥候なぞ出されてしまっては、蛮族共の動きがバレてしまうしな。
今夜は奴等が我々以外の軍に夜襲をかけて、食料を奪う手筈となっている。
まぁ、嫌がらせ程度の物ではあるが……この夜襲によって多少は三国の軍も守りを固めるようになるだろう。
あまり前に出られて蛮族共と全力でぶつかられると厄介だからな。
いくら儀式魔法で蛮族共を殲滅すると我々が言おうと、功を焦って突撃する馬鹿がいないとも限らない。
極力暴走しない様に目を奪っておいた方が良いだろう。
「蛮族側の動きはどうなっているのでしょうか?」
シャラザ首長国の将軍が黙ると、今度はパールディア皇国の将軍が質問をして来る。
シャラザの将軍に比べれば扱いやすいが、それでも一国の将軍。
その腹の内でどんな腹黒い事を考えているか分かったものではない。
「大きな動きは確認出来ていない。こちらの方が数が多く、尻込みしているのではないか?」
「……そうでしょうか?そもそも蛮族共は寡兵でありながらも戦うことを恐れません。この状況で陣に縮こまっている様な者共ではないと思うのですが……」
……面倒な事を言いだしやがる。
「では……将軍はどう考えておられるのか?」
俺がそう尋ねると、パールディアの将軍は少しだけ考えるようなそぶりを見せた後、やや自信なさげではあるが口を開く。
「蛮族共が動かないのは何かしらの策があると見るべきではないかと」
「策……?蛮族が?何を馬鹿な!奴等は蛮族……考える頭を、知性を持たず、暴れるしか能のない獣。そんな奴等が策だと!?馬鹿馬鹿しい!」
「ドリコル将軍。確かに奴等は蛮族……獣と呼ぶにふさわしいだけの獣性を秘めた者共です。ですが、こと戦いに関して、奴等は野蛮ではあっても無能ではありません。それは長年奴等から襲撃を受け、幾度となく槍を交えた我等が一番よく理解しております」
……厄介なことを。
確かに蛮族共は戦いに関してだけはそれなりに頭が回る。
しかし、今それを指摘されるのは……ぬぅ、どう答えたものか。
「例えば……大規模な軍を展開して我等をここに足止めしておき、その隙に我等の後方に別の軍を集結させ挟み撃ちにする。もしくは、我々の国に大規模な軍を送り込む等……目の前の敵軍は三万程度ではありますが、蛮族共の総数から考えればほんの一部に過ぎません」
「う、うむ……確かにそのような動きをすることも考えられなくもないが……」
ちっ……阿呆のように呆けているばかりだと思っておったが、存外頭が回るようではないか。
しかし、この程度であればまだ反論できる。
「あー、後方に軍を回されるとのことだが……それに関してはこちらの斥候がしっかりと見張っている。斥候が気にしているのは目の前に布陣している軍だけではなく、全周囲だからな。当然、後方に軍が集結するような事態になれば、即座に連絡がくるだろう。蛮族共の移動手段は徒歩。儀式魔法の準備が完了するまでの間、我等の元まで来られるような位置に蛮族共が集まれば、即座に発見出来る」
「……なるほど」
「それと、もし我等の軍をすり抜けて、三国のいずれか……もしくは三国全てに蛮族共が攻め寄せたとして……それは我々が対処する事ではない」
「見捨てるというのですか!?」
パールディアの将軍のその反応を見て、俺は内心喜ぶ。
望んだとおりの反応だ……。
「結果としてはそうなるが、何も積極的に見捨てるという訳ではない。将軍、落ち着いて考えて欲しい。我等がここに来たのは何をする為だ?」
「……蛮族の脅威から民を救う為です」
「その通りだ。その為に我等は同盟を組みこの地に送り込まれたのだ。その役目は、攻撃であり守りではない。国元では我々の仲間が、民の為に身を盾にして蛮族共の攻撃を防いでいる。ここで我々が下がってしまっては、救える民も救えなくなるであろう?防ぐだけでは勝利は得られないのだからな」
「それはそうですが……」
「将軍。国が、民が脅威に晒されているかもしれぬ時に、この場で守りに徹している事に憤りを覚える気持ちは理解出来る。だが、私はそれ以上に国を守る兵や将達を信じている。ここで我等が焦って動き、敗北するようなことがあれば……それこそ国や民への裏切りとなるのではないか?」
「……」
俺の言葉に、パールディアの将軍は言葉を失い黙り込んだ。
こう言っておけばもう何も言えまい?
ふっ。
「申し訳ございません、ドリコル将軍。感情に流され大局を見ていない物言いでした」
案の定生真面目な様子で頭を下げるパールディアの将軍に、私は若干気を良くしつつ言葉を返す。
「いや、国や民を心配するそのお気持ち、痛い程理解出来る。ですが……だからこそ、ここは今しばらく我慢いただけるよう願いたい。二日後の昼過ぎ……儀式魔法にて敵軍を粉砕するその時まで」
「畏まりました」
「エインヘリア王陛下も、宜しいでしょうか?」
相変わらず、水を向けられなければ一切言葉を発しないエインヘリアの王に向かって俺は確認する。
その威圧感のある佇まいからかけ離れ、茫洋とした態度を貫くエインヘリアの王だが、恐らく今回も問題ないというようなニュアンスの言葉を返してくる筈。
「問題ない。ここに来る前から策は決まっていたことだしな」
やはりというかなんというか、実にあっさりと異論はないという返事をするエインヘリア王。
これが瞬く間に十数か国を併呑した国の王の態度とは、とてもではないが思えない……いや、その身に纏う雰囲気だけは凄まじいものだが。
まぁ、何にしても時が来るまで何も動かないでくれれば、こちらとしてはありがたい。
以降は特に異論をはさまれることなく打ち合わせは進み、そろそろお開きといったところでエインヘリア王がシャラザの将軍へと声をかける。
「あぁ、作戦とは関係ないのだが……ファザ将軍。後で中央と右翼の連携について相談したいのだが、時間をとってもらえるか?」
「はっ!問題ありません!でしたら、私の方から陛下の所にお伺いさせて頂きます。いつ頃向かえばよろしいでしょうか?」
「一度陣に戻り指示を出してからで構わない。特に急ぐ必要も時間を空ける必要もないぞ?将軍の良い時間に来てくれ」
「畏まりました」
「では、俺は先に失礼する」
そう言ってエインヘリア王は天幕から出て行く。
途端に天幕の中の空気が軽くなったように感じるが……天幕にいる者達の様子を見る限り、そう感じたのは俺だけではなさそうだ。
エインヘリアの王は間違いなく化け物の類だな……正面から戦えと命じられなくて心底ほっとするぜ。
エインヘリア王に続いて天幕を出た俺は、儀式魔法が行われている方角に顔を向ける。
あと二日……何事もなければ良いのだが。
そんな風に考えていたのだが……あっさりとその時はやって来た。
何かやらかすのではないかと懸念していたシャラザ首長国も実に大人しい物であったし、エインヘリアの王も不気味なほどこちらの指示通り動いていた。
蛮族共の食糧や武装を狙った襲撃は、一度たりとも成功せず、あっさりと撃退されていたが……まぁアレは牽制だし、我々としては成功せずとも別に問題ない。
厄介なのは捕虜となった蛮族だったが……幸いにして捕虜は秘密裏に我等の方で処理したため、ヤギン王国と蛮族共が繋がっているという情報は漏れていない。
この事は、王太子殿下から絶対に気取られない様に注意しろと言われている……下手に漏れたら本国に連絡を取られかねないからな。
特にエインヘリアに漏れると非常にマズい……今後の計画が一気に破綻してしまうだろう。
「ドリコル将軍!準備はすべて整いました!」
「やっとか。決して長い時間ではなかったが……流石に疲れた」
「お疲れ様です、ドリコル将軍。各国の軍を押さえる大役、さぞ大変だったかとお察しいたします」
「なに、これも我等ヤギン王国の為よ」
儀式魔法の準備が出来た事を報告して来た副官に、俺は肩をすくめてみせる。
私は今、軍中央にある本陣ではなく、ヤギン王国軍が布陣している左翼に来ていた。
今頃他国の軍の連中は、朝餉の準備でもしている頃合いだろう。
奴等には、儀式魔法の完成は今日の昼頃と伝えているからな。
だが実際には伝えていた予定よりも半日程早く儀式は完成し、後は俺の合図で魔法は放たれる……あまり長い事待機状態には出来ないからな、急ぎ現場に向かうとしよう。
俺は副官と共に急ぎ儀式魔法を行っている現場へと向かう。
今から放たれる儀式魔法の目標は、当然蛮族共ではない。
我等以外の同盟軍を儀式魔法にて一掃すること、それこそが今回の戦の目的である。
それ故、我等の軍は左翼に配置し、中央と右翼に他の軍を固めたのだ。
奴等は簡単に騙されてくれたが、そもそも数万もの蛮族を殺しつくせるような威力の儀式魔法が、敵陣まで届く様な射程を得られる筈もないだろうに。
やはり無知というのは罪だな。
知らなければ部下諸共死ぬことになる……それを目の前で披露してくれるのだから、その点は奴等に感謝しても良いだろう。
いや、俺の出世のために死んでくれるのだから、もっと感謝してやってもいいか?
特にエインヘリアの王……奴の死は言うまでもなく俺の出世に大きく影響を及ぼす事だろう。
それを思えば、この数日の心労なぞ軽いものだ。
「儀式魔法発動後の手筈は分かっているな?」
「はっ!すぐに撤退準備を整えて撤退致します!」
「蛮族共もある程度追撃をして来る手はずだ。殿には第二騎士団の連中を回せ。あぁ、奴等が撤退してくる道には兵を伏せておけ。もし第二騎士団の連中が無事に逃げて来たらそこで殲滅しろ」
「はっ!畏まりました!」
王太子殿下から、第二騎士団の連中は今後障害となり得るので可能な限り削るように命じられているからな。
俺としても口煩いアイツらが死んでくれるのであれば文句はない。
王太子殿下の立てた策は、ここでエインヘリアの援軍と同盟軍を儀式魔法にて殲滅……運よく儀式魔法を受けなかった我等は蛮族共に敗れ、その猛追を受けながらも命からがら自国へと逃げる。
蛮族共には、俺達が敵軍数万を滅ぼしてやったという土産を渡し、ヤギン王国には攻め入らぬように約定している。
その後蛮族共はパールディア皇国とシャラザ首長国に攻め入り奴等を攻め滅ぼす。
当然、王を討たれたエインヘリアは、間違いなく蛮族共を殲滅するために動き出すだろう。
そのタイミングによってはパールディア皇国とシャラザ首長国は滅ぼせないかもしれないが、いくらエインヘリアであっても王が死ねばいくらか混乱するに違いない。
その時間を稼ぐためにも、エインヘリアを外交でどうにか抑える手筈だが……ここは俺のような武官ではどうすることも出来ない話だ。
蛮族共には、多少強引にでも二国の王を討ってもらう必要がある。
そこさえ上手くいけば、後はエインヘリアと共に蛮族共を殲滅。その後南西部の統治をエインヘリアに認めて貰えば、ヤギン王国は大陸でも有数の領土を持つ国へと至ることが出来るだろう。
魔力収集装置とやらは、今回の援軍が敗北した以上条約を飲む必要もないし……エインヘリアとしても、一度敗北しておきながら同じ条件を突きつけることなぞ出来ないだろうしな。
いずれにせよ……この儀式魔法から全てが始まる。
「将軍、そろそろ限界です」
儀式の場に着いた俺に、責任者である魔法使いが進言してくる。
「よし、儀式魔法を放て!敵軍を焼き尽くし、ヤギン王国の未来を照らす導とせよ!」
俺の掛け声と共に、地面に書かれていた魔法陣が強烈な光を放ち、続いて空へと向かって強烈な一条の光が立ち上って行く。
そして次の瞬間、左翼と中央の軍の中間辺りの上空に巨大な炎の玉が出現する。
儀式魔法の発動は初めて見るが……太陽が地上に降りて来たかのような迫力だ。
この儀式魔法の名は……何だったか忘れたが、あの巨大な火球はすぐに地上へと落ち、辺り一帯を焼き尽くす。
圧倒的な力……これが儀式魔法か。
あの火球の下にいるシャラザ首長国、パールディア皇国、エインヘリアの軍は確実に全滅するだろう。
これは第一歩……ヤギン王国はこれから非常に難しい策を進めていくことになる。
だが、王太子殿下であれば必ずや成し遂げるだろう。
いや……次にお会いする時は国王陛下か。
そんなことを考えながらゆっくりと下降してくる火の玉を見ていると、左翼の方から先程の儀式魔法以上の光が起こった。
「な、なんだ!?」
一瞬……稲光のようなものが地上から天へと轟音と共に向かって伸びていったように見えたのだが……次の瞬間、圧倒的な存在感を発していた火球が、吹き散らされた様に掻き消えた。
「……は?」
思わずそんな声が出てしまう。
いくら左右を見渡しても何処にも火球は存在しない。
空は何処までも広く青かった。
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