第336話 同盟軍の作戦会議



View of ラゴウ=ファザ シャラザ首長国将軍






「斥候の情報では、ここより半日ほど南下した場所に蛮族共が大規模な軍を展開しているとの事。当然我等としてはこれを見過ごすことなぞ出来ぬ。故に進路はこのまま予定通り南だ。幸い戦場となる場所の地図は既にある故、この場で布陣について決めておくべきだろう」


 ヤギン王国の将軍、ブランドン=ドリコル殿が妙に胸を張りながらそう宣言する。


 同盟軍内において最大の兵力を供出しているヤギン王国、その総大将であるドリコル将軍は同盟軍においても総大将の地位についていた。


 その事自体には特に異論はない。


 異論はないのだが……節々から見える自己顕示欲の強さに内心辟易としているのも確かだ。


 恐らくそう感じているのは私だけではないのだろうが、誰も異を唱えたりはしない。


 まぁ、しかし……この場にはかの大国、エインヘリアの国王陛下がいるにもかかわらず、このような態度を続けられるのだから……ある意味大物と言える。


 尊敬はしないが。


「敵蛮族の数は約三万。我等より一万以上も数は少ない!撃破するのは容易い事だ!」


 大仰な身振りを交えながら熱弁するドリコル将軍だが、果たしてそれはどうだろうか?


 確かにここにいる兵力は合計すれば四万四千。


 しかしその内実は、連携訓練を一度すらしたことのない烏合の衆。


 連携の甘さは勿論の事、兵一人一人の質にもかなり差がある。


 我々シャラザ首長国の騎兵であれば、奴等蛮族に対し有利に戦う事も出来るが、ヤギン王国やパールディア皇国の兵では蛮族一人に対し、二人でかかっても恐らく伍することは出来ないだろう。


 エインヘリア兵の力は分からないが……戦争を繰り返しているエインヘリアの兵が弱兵とは思えないが、それでも同盟軍の中で数は最も少ない四千だ。あまり当てにして良い数字ではない。


 従って、数の上で有利と言えるかといえば……それは否だろう。


「我々が布陣するならば、この位置が良いだろう。そして陣形だが……左翼を我々が、中央をシャラザ首長国の軍に、右翼をパールディア皇国とエインヘリアの軍に任せようと思う」


「中央が我等?」


 我等の強みは機動力。


 広い戦場でこそ力を発揮出来るのがシャラザ首長国の軍だ。


 しかし、中央に布陣するという事は、背後にある本陣を守らなければならない訳で、どちらかというと守りが役目となる。


 とてもではないが機動力を生かす立ち回りが出来る位置ではない。


「うむ。貴公等の主力が騎兵で、その機動力こそが大事というのは分かるのだが、本陣を守るために中央に我等の中で一番屈強なシャラザ首長国の軍に任せたいのだ」


 確かに筋は通っているか。


 一局面で勝利を収めたとしても、本陣が潰されてしまえば軍は簡単に瓦解する。


 その為中央に精兵を置くのは当然ともいえるだろう。


 我等の主力は騎兵ではあるが、下馬したからと言って戦えないという訳ではない。


 馬に乗らなかったとしても、恐らく三国同盟の中で一番武力が高いのは我等だろう。


「了解した。我等が中央で守りを受けもとう」


「パールディア皇国とエインヘリアは問題ないだろうか?」


「俺は構わない」


「私共も右翼で問題ありませんが……エインヘリア王陛下、後程連携について相談したいのですが、よろしいでしょうか?」


「あぁ、構わない。その時にこちらの将も紹介しておこう」


「感謝いたします」


 エインヘリア王陛下とパールディア皇国の将軍はそれぞれで連携について打ち合わせをする様だ。


 兵の数が少ないせいで同じ右翼に配置される彼等には、連携は非常に大事な要素となる。


 それに……若干失礼な考えではあるが、数も少なく質も低いパールディア皇国のサポートを、精強と考えられるエインヘリアが担ってくれるのは、非常に助かる。


 少なくともパールディア皇国が崩されて、右翼から全軍が崩されるという事態は避けられるだろう。


「蛮族がこれ程の数を揃えて来るのは非常に珍しい。故に、ここで蛮族共を逃がさずに殲滅することは、今後の展開をかなり楽なものとするだろう」


 ふむ……確かに蛮族共がここまで数を揃えて行動することは珍しい。


 ここで蛮族共の数を大きく削ることが出来れば、今後が楽になるというのは確かだろう。


 しかし、蛮族共は非常に逃げ足が速い……殲滅するのは非常に難しいと言える。


 かと言ってこの兵数差では包囲するのも難しい……何か良い手は……。


「それで、作戦なのだが……守りを固め、二日耐え忍ぶ。そうすれば、ヤギン王国の秘伝の儀式魔法で蛮族共を焼き尽くすことが出来るだろう」


「儀式魔法で?焼き尽くすと言ったが、一撃で数万の蛮族を倒す程の規模の儀式魔法を使えるのか?」


 ドリコル将軍の言葉に私は首を傾げる。


 確かに儀式魔法は戦局を一発で変えるほどの効果を持つ物は少なくないが……数万の兵を焼き尽くす程の物……しかも敵軍に届くほどの射程のある魔法となると聞いたことすらない。


 そのような儀式魔法、田舎の小国に過ぎないヤギン王国が所持しているだろうか?


「ヤギン王国の王家に伝わる秘伝なので、詳細は伝えられないが……此度の戦の為に王太子殿下より使用許可を頂いたものだ。発動さえさせられれば確実に勝利することが出来る。蛮族共を逃がさず、一気に殲滅するにはこの方法が一番だろう」


 一撃で敵を屠る事が出来るのであれば、蛮族が散り散りに逃げることを防ぎ殲滅することも可能だろう。


 しかし……二日か。


 儀式魔法は準備に時間のかかるものが多いが、その中でも長めに属するもののようだが……それでも守り切れない程の長さではない。


 しかし……ヤギン王ではなく王太子から使用許可をもらったというのは何故だ?


 いや、それは今はどうでもよいか。


「現地に到着してから二日、こちらからは攻めず守りに専念するという事だな?」


「うむ、それで此度の戦は我等の勝利だ。どうだ?」


「……基本的に少人数で動く奴等を纏めて潰すには良い方法のように思う」


「えぇ、陣地を構築する余裕はないかもしれませんが、野戦であっても二日であれば守り切る事は可能でしょう」


 ドリコル将軍の策に私が同意すると、パールディア皇国の将軍も緊張した顔を見せながらも同意する。


 ドリコル将軍が黙って話を聞いていたエインヘリア王陛下の方に顔を向けると、エインヘリア王陛下は小さく頷いてから口を開く。


「策に異論はない。しかし、蛮族たちは小隊規模での攪乱戦術を得意とするのだろう?そちらへの対応はどうする?仮に潜り込まれて、儀式を行っている魔法使いが直接潰されてしまっては元も子もないだろう?」


「魔法使いの護衛に関しては、我が国の精鋭をつけます。敵の攪乱戦術に関しては、誘いに乗らずどっしりと構え迎撃することで、被害を抑えることが出来るでしょう。戦功を焦る必要はありません。誘いにさえ乗らなければ蛮族共の戦術なぞ恐るるに足らずです!」


「……分かった。此度の戦、我々は援軍という立場だからな。そちらの作戦に従おう」


「感謝いたします、エインヘリア王陛下」


 あっさりとドリコル将軍の策を受け入れたエインヘリア王陛下は、以降も特に口を出すことはなかった。


 確かにエインヘリアは援軍という立場ではあるが、それにしても王自ら兵を率いて戦場に立っているとは思えない程聞き分けの良い態度だ。


 エッダ首長からエインヘリア王陛下の事は絶対に守るように言われているが、守り主体の策であれば、こちらとしても何かあった時に動きやすいだろう。


 若干右翼側に厚めに布陣するようにしておけば対応も素早く出来る。


 最悪パールディア皇国を見捨ててでもエインヘリア王陛下を救わねばなるまい。


 私はそう決意を固めつつ、広げられた地図へと視線を落とす。


 ここより半日の距離であれば、明日の昼頃には現地に到着する。


 到着後はすぐに陣形を整えねばならないし、この距離であれば蛮族共の奇襲も警戒する必要がある……戦は既に始まっているのだ。


 ありとあらゆる事態に備えられるように、万全を期さねばならない。


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