第335話 シャラザ首長国の想い
View of フラギ=エッダ シャラザ首長国首長
パールディア皇国で各国のトップが集まり会合を行った翌日、私はエインヘリア王陛下と共に同盟軍が集結している砦へと向かっていた。
本来、私は砦には向かう予定ではなかったのだが、会合の際に不穏な気配を感じ、急遽エインヘリア王陛下に頼み込み同道させて貰ったのだ。
同道とは言っても、エインヘリアの飛行船による移動なので、送ってもらっているというのが正しいところではあるが。
まぁ、馬車や馬を使った移動と違い、恐ろしく早く、しかも揺れが少なく快適な飛行船は話をするのが苦ではなく、今の私としては非常にありがたい話だ。
「お時間を作って頂き感謝いたします、エインヘリア王陛下」
私は向かい側に座るエインヘリア王陛下に、軽く礼をしつつ椅子へと腰を下ろす。
「構わないとも、エッダ首長殿。何か話したい事があるとか?」
穏やかな表情とは言い難いが、これから戦場に向かう者にしては一切の気負いを感じさせないエインヘリア王陛下の姿は、長い戦歴を物語っているのか、それとも圧倒的な自負から来るものか……どちらにせよ、共に戦場に立つ者としてこれ以上ない程心強い王であろう。
「少し、気がかりなことがありまして……」
私が口にしようとしている事は、本来ならば確証がない限りけして口にしてはいけない物だ。
しかし、私は首長の座に就く前より己の感覚に従って生きて来た。
その勘と経験が、今回の同盟軍には裏があると訴えかけて来ているのだ。
「……ふむ。それは、ヤギン王国のことかな?」
「っ!?……気付いておられましたか」
エインヘリア王陛下の発した言葉に私は一瞬衝撃を受けたが、直接害意を向けられていたエインヘリア王陛下が気付かない筈がないと納得した。
あの会合の場でのヤギン王国の王太子の態度……あからさまにエインヘリアを軽視するものであったし、我々シャラザ首長国やパールディア皇国を見下しているものであった。
おおよそ、対等な同盟国や援軍を送ってくれた大国への態度ではない。
あの場では、あまりに不遜なその態度に思考が怒りに染まってしまったが、後で冷静になってみればあのような態度をすること自体、おかし過ぎるのだ。
だからこそ、エインヘリア王陛下へとその懸念を伝えに来たのだが……余計な事だったのかもしれない。
私があまりにも不穏な発言をしたにもかかわらず、エインヘリア王陛下が先程までと変わらず……いや、若干皮肉気な笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「くくっ……俺達は、この大陸南西部の情報をあまり持っていなかったのでな。先入観なく、洗いざらい三国同盟とスティンプラーフの事を調べさせてもらった。無論、貴国の事もな」
「……それは、当然の御判断かと。無論、面白くはありませんが」
私が苦笑しながらそう言うと、エインヘリア王陛下も当然だと言いながら笑みを深める。
「今はまだその内容について詳しく話すことは出来ないが、安心して欲しい。俺達は必ずスティンプラーフを平定して、貴国に安寧を齎すと約束する」
「……感謝いたします、エインヘリア王陛下。言葉だけではこの想い、とても表すことは出来ませんが」
どうすればこの恩を返せるのか……そう言葉を続けた私に、エインヘリア王陛下はかぶりを振ってみせる。
「大丈夫だ。俺達は、魔力収集装置の設置を許可して貰えただけで充分満足している。俺が求めるのは、シャラザ首長国に住む民が、心を曇らせることなく健やかに各々の生を謳歌することだ。そしてそれを叶えることが出来るのは、エッダ首長殿、貴方を置いて他ならない。非常に大変な仕事だとは理解しているが、我々も出来る限り力を貸す……いや、力を合わせて行きたいと考えている」
「エインヘリア王陛下……」
エインヘリア王陛下から出た言葉が、本当に心からのものであると感じられた私は身震いをしてしまう。
たった一代で、二十にも届きそうな国を滅ぼし自国を大国へと導いた王の言葉とは思えない、民を慈しむその言葉には、一切の嘘も打算もない。
国家元首としてあまりにも甘い理想論……そう切って捨てるには、エインヘリア王は結果を出し過ぎている。
それはエインヘリアから送られた、我が国、そしてパールディア皇国への支援物資からも分かる。
十分、エインヘリア王陛下には感謝しているつもりだった。
十分、エインヘリアという国の慈悲を理解しているつもりだった。
だが、今この瞬間……それらがまだまだ十分な物でなかったことを痛感した。
「それと、エッダ首長殿。これからお互い、国のトップとして長い付き合いになるだろう?俺の事を陛下などと敬称をつけて呼ぶ必要はない。国土や国力は為政者としての格を表すものではないからな」
「……ありがとうございます、エインヘリア王陛下。ですが、どうかこのまま敬称をつけることをお許しいただきたく思います。私は、貴方が大国エインヘリアの王であるから敬意を持っているのではなく、エインヘリア王陛下個人に敬意を抱いているのです」
「……そうか。なら、好きにしてくれて構わない」
「感謝いたします」
私が深々と頭を下げると、エインヘリア王陛下は苦笑したような表情になる。
その表情からも、エインヘリア王陛下が私に本気で敬称をつけないことを望んでいたことが分かり、若干申し訳なくなる。しかし、それでも敬意をもって接したいという想いを抑えることは出来なかった。
「エインヘリア王陛下。私を含め、戦場に国家元首は出ていないのですが……何故、援軍という立場であるエインヘリア軍を、陛下自ら率いられるのですか?」
「これでも戦場で指示を出すことについては一家言あるのでな。それに、最近急激に領土が増えてしまったため、各部署が慌ただしくてな。王である俺が一番暇だったのだ」
そう言って肩を竦めるエインヘリア王陛下。
エインヘリア王陛下が軍の指揮に自信があるのは間違いないだろうが、あれだけの国土を持つエインヘリアの王が暇であるはずがない。
無論、エインヘリア王陛下が何もしない、享楽をむさぼるだけの怠惰な王であるならば話は別だが……目の前に座る人物の引き締まった体からは、常日頃から鍛錬をしている者の気配が滲み出ている。
政務については分からないが……それに関してはこれから交流をしていけば分かる事だろう。
少なくとも暇を持て余している筈がない事だけは確かだ。
それにしても……今後のエインヘリアとの関係は、国に持ち帰りしっかりと考える必要がある。
恐らく、今回の戦……エインヘリア王陛下自らが戦場に出られる以上、エインヘリアは一切手を抜かず、本気で挑むであろうことは想像に難くない。
蛮族共は確かに厄介な相手ではあるが、正面からぶつかればエインヘリアの敵ではないだろう。
無論、奴らは正面からの戦闘よりも小隊による攪乱戦術を得意としているので、エインヘリアであっても簡単には奴等を制する事は出来ないだろう。
下手をすればスティンプラーフの平定には数年単位の時間を必要とする。
今回の侵攻は、あくまでその始まりに過ぎない。
エインヘリア王陛下もそう考えているからこそ、四千という同盟の中でも最小の軍を派遣して来たのだろう。
「……エインヘリア王陛下の手腕、遠くからではありますが、楽しみに拝見させて頂きます」
「あぁ、任せてくれ。といっても俺はあくまで援軍。総指揮を執るのは同盟軍最大規模の兵力を出しているヤギン王国の指揮官だ」
「……大丈夫なのでしょうか?」
私の不安に、エインヘリア王は皮肉気な笑みを浮かべつつ肩をすくめてみせる。
恐らく、多くを語るつもりはないとの事だろう。
しかし……正直、ヤギン王国の動きや態度はおかしい。
あの様子……下手をすればヤギン王国は同盟軍を裏切り、蛮族共と手を結ぶ可能性を否定できない物だ。
もしそれがヤギン王国の狙いだとしたら……浅はかだと言わざるを得ない。
スティンプラーフ……奴等は獣だ。
いや、獣だからこそ飼いならせるとヤギン王国は考えているのだろうが、自分達よりも力のある獣を、果たして真の意味で御すことが出来るだろうか?
それは不可能だ……一見すれば従順に見えようとも、奴らは人には無い爪を、牙を持っている。
そして何より、強い獣性とともに、人としての知恵も持っているのだ。
全ての餌を喰らいつくした後、確実に自らを飼い主であると驕った愚か者共に食らいつくであろうことは想像に難くない。
少なくとも、あの王太子では……御する以前の話となってもおかしくはないだろう。
「エインヘリア王陛下。一つだけお尋ねしても?」
「なんだろうか?」
「ヤギン王は、動きますか?」
「……それはないな。残念ながら」
残念ながら。
その一言に込められた意味を考え……私はそっと目を閉じる。
そして大きく深呼吸をした後で、エインヘリア王陛下に深く頭を下げる。
「お答えいただき、ありがとうございます。エインヘリア王陛下。御武運を」
「あぁ、任せてくれ」
力強く頷いたエインヘリア王陛下の姿は、どれだけ難しい戦いであろうと勝利を確信させるものに見えた。
「エッダ首長、何かあったのですか?」
エインヘリアの飛行船に乗り砦へとやって来た私は、国元に戻る前に今回軍を任せている将軍の元へとやって来ていた。
「すまないな、将軍。忙しいとは思うのだが、どうしても頼んでおきたい事があってな」
「頼み……ですか」
将軍が、若干面倒とでも言いたげな表情を見せる。
まぁ当然だろう。
私もかつては戦場を駆けた者ではあるが、今は完全に文官。
現場責任者として、後方の文官に大きな顔をされて指示を出されるのは面白くないし、混乱を招くだけだと考えているのだろう。
「一つは……ヤギン王国の軍には警戒しろということ」
「ヤギン王国を……?」
「同盟軍という仲間ではあるが……警戒しておくに越したことはない」
「しかしエッダ首長、ヤギン王国との関係は昨日今日に始まったものではありませんが?」
「それでもだ」
寧ろエインヘリアを警戒するべきだとでも言いたげな将軍に、私は念押しする。
「もう一つは……仮にエインヘリアが、いや、エインヘリア王が危機に陥る様な事があれば、全力で救援して欲しい。絶対にエインヘリア王を失うようなことがあってはならない」
「エインヘリアの王を……?それは一体」
「エインヘリアが我が国に膨大な量の支援物資を送ってくれたことは知っているだろう?アレはその場限りのものではない。今後も継続して我々に支援を約束してくれている。その恩を、我等は全力で返さなければならない」
あの救援物資には、多くの民がその命を救われている。
当然将軍もその事をよく理解しているだろう。
「……そういう事ですか。分かりました。確かに戦場では何があるか分かりません。ただでさえエインヘリア軍の数は少ないですし……何かあれば必ず救援に向かいましょう」
エインヘリアの強さであれば、いくら精強と呼ばれている我が軍であっても足手まといかもしれないが……それでも将軍に私の考えを一部ではあるが伝えることが出来たのは、けして悪くない結果を生んでくれるだろう。
少なくとも、エインヘリアを警戒するような考えだけは払拭できたはずだ。
此度の侵攻がどのような結果を齎すのか、私程度では見通すことは出来ないが……あのエインヘリア王陛下であれば、既に結果まで見えているのかもしれないな。
そんなことを考えつつ、私は砦を後にした。
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