第334話 四か国会談
View of ノックス=アルアレア=パールディア パールディア皇国皇王
予めリサラから話は聞いていたけど、本当にこんな人物がこの世にいるとは思わなかった。
事前に話を聞いていなかったら、最初の挨拶も出来ずに腰を抜かしていたかもしれない……私はそう考えたところでハタと気付く。
……私、最初の挨拶しただろうか?
第一声で謝罪を告げ……そのまま何も挨拶をしなかったような……。
その事に気付いた私は、自分の血が一気に下がったような音を確かに聞いた。
心なしか視界も暗くなっていく様な……。
「御父様?どうされたのですか?震えていらっしゃるようですが、体調が悪いのですか?すぐに人を……」
私がどうしたものかと震えていると、険しい表情をしたリサラが声をかけて来る。
何でもない……そう言えれば良かったのだが、とんでもない失態をしてしまった。
「い、いや、問題はあるが……体調は問題ない」
「どうされたのですか?」
「……エインヘリア王陛下に……とんでもない非礼を……」
「エインヘリア王陛下に……?」
「エインヘリア王陛下が飛行船より降りてきた際……そのお姿を見てパニックになり、挨拶を全くせずに話しかけてしまったのだ」
「あ、あぁ……確かにそうでしたね。おもむろに話しかけ謝罪を始めたので、私も呆気にとられたのですが……そうですか、気付いておられなかったのですね」
「あ、あぁ……ど、どうしたら……」
「……御父様、過ぎてしまったものはどうしようもありません。ここは正直に謝ればよろしいかと。それと、恐らくですが、エインヘリア王陛下は気にもされていないと思います」
「そ、そんなことはないだろう?援軍を請うた立場である私から挨拶をするのは当然……それを怠ったのだぞ?」
エインヘリア王陛下の姿に動揺していたとは言え、いくらなんでもあり得ない失態だ。
対等の王として接して欲しいとエインヘリア王陛下はおっしゃって下さったが、対等の王相手だとしてもとんでもない失礼というもの。
しかも相手は、崩壊する寸前だった我が国に手を差し伸べてくれた慈悲深き王……本気で私は民に石を投げられてもおかしくない気がする。
「いえ、エインヘリア王陛下は気にされない……気にされていないでしょう。あまりそういった礼儀等を重視される方では無いので、後程一言、真摯に謝ればお許し頂けるかと」
「……大丈夫だろうか?」
「エインヘリア王陛下はとても器の大きな方です。確かに御父様の落ち度ではありますが、その失敗を許されないような方ではありません」
「……うぅむ」
「寧ろ、そんな狭量な方だと考える方が無礼だと思いますよ?」
涼やかな笑みを浮かべながら、リサラはそんなことを言う。
その姿は、数か月前……エインヘリアに送り出した時とは明らかに違う。
「ふぅ……エインヘリアへの旅が成長を促したのか、それともエインヘリア王陛下という稀代の人物に触れたことが良かったのか……リサラ、随分と頼もしく、逞しくなったな」
「御父様、それは褒められているのでしょうか……?」
不満あり気に言うリサラを見て、私は苦笑してしまう。
確かに、女の子への誉め言葉にはならないか……。
「……うん、そろそろ時間だね。私は会議に行くとしよう」
「……」
私はこれから四か国会議……我がパールディア皇国、ヤギン王国、シャラザ首長国、そしてエインヘリアの代表が集まり会議を執り行うことになっている。
まぁ、会議と言っても既にスティンプラーフに攻め入る為の軍は出立しており、その内容はどちらかといえば顔合わせの懇親会といったものだ。
我が国に余裕があれば、夜は晩餐会を開けたとは思うが……エインヘリアから援助して頂いた食料で晩餐会というのも……エインヘリアの気持ちを裏切ることになるだろう。
この件に関しては、シャラザ首長国やヤギン王国には既に理解してもらっているので問題はない。
恐ろしく冷ややかな笑みを浮かべたリサラを部屋に残し、私はそそくさと会議室へと移動する。
なんか……逞しいというか、妙な迫力を身に着けている様な……。
私は娘の成長に、背中に冷たいものを感じながら会議室へと急いだ。
「本日は、我がパールディア皇国にお集まりいただき感謝いたします。ですが国の状況が状況故、歓待が十分に出来ず本当に申し訳ない」
「気にする必要はない、パールディア皇王殿。我々は、そんな現状をどうにかするために集まったのだからな」
私が先んじて三人の王に挨拶をすると、会議室に用意した円卓で私の真向かいに座るエインヘリア王陛下が、先程パレードをした時よりも威圧感を増した様子で言う。
リサラ……やはりエインヘリア王陛下は、怒っておられるのでは?
「うむ……我が国以上に蛮族共に攻め寄せられていたのだ、誰も文句など言うまい」
続いてシャラザ首長国のエッダ首長殿が、エインヘリア王陛下に同意するように言う。
「エインヘリア王殿、エッダ首長殿……ご理解いただき感謝します」
「そ、そうだな!いや、此度の戦が勝利に終わった際、盛大に宴をすれば良い!我が国は比較的被害が少ない……食事は十分に用意いたしますぞ!」
お二方に続くように、最後の一人……ヤギン王国の王太子、ルドルフ殿が若干緊張した様子で声を上げる。
「ありがとうございます、ルドルフ王太子殿。その時は是非」
「ま、任せるが良い!しょ、食料は十分ある故、盛大にもてなそう!」
何故か胸を張りながらルドルフ殿が言うと、エッダ首長殿がその言葉で思い出したという様に立ち上がり、エインヘリア王陛下に向かって深々と頭を下げる。
「御挨拶が遅くなり申し訳ございません、エインヘリア王陛下。私はシャラザ首長国にて首長を任されております、フラギ=エッダと申します。此度はエインヘリアからの膨大な量の支援物資と御慈悲を賜った事、心より感謝申し上げます」
「少しでも助けになったなら何よりだ、エッダ殿」
「少しなどと……あれだけの量の支援物資、更にはその輸送までやって頂き……国民一同、エインヘリアに足を向けて寝ることなぞ出来ません。我々でお力になれる様な事があるのでしたら、どのような事でも構いません、是非我が国に声をかけて頂きたく存じます」
普段は寡黙で、こういった場でもあまり長い事言葉を語らないエッダ首長殿が、エインヘリア王陛下に最大限の礼を尽くしつつ言葉を重ねている。
その姿からは、深い感謝と敬愛を感じ取ることが出来る……その想いは我が国も負けてはいないと思うのだが……最初の挨拶を失敗した今の私には非常に眩しく、そして羨ましい姿に見えた。
「エインヘリア王殿は、パールディア皇国とシャラザ首長国に支援物資を送ったのでしたな?」
軽い様子で放たれたルドルフ殿の言葉に、私はギョッとして思わず呆けた表情になってしまう。
な、何を言っているのだ?
超大国であるエインヘリアの国王陛下に、小国の王太子がそのような物言い……。
そう感じたのは当然私だけではない、深々と頭を下げていたシャラザ首長殿も勢いよく顔を上げ、ルドルフ殿を睨みつけるようにして見ている。
その眼光は……私だったら腰を抜かしそうなほど恐ろしげな物であったが、ルドルフ殿はエッダ首長殿の正面に座っていながらもエインヘリア王の方を見ていて、その視線には気づいていないようだ。
「くくっ……あぁ、パールディア皇国とシャラザ首長国は苦労している様だったからな。勝手ながら物資を押し付けさせてもらった。ヤギン王国の方は必要なさそうだったので省いたが、問題なかったかな?」
しかしエインヘリア王はそんなルドルフ殿の失礼な態度を一顧だにせず、軽く笑いながら話を続ける。
「えぇ、勿論ですとも。我が国は蛮族共を十分防いでおりますれば、支援物資なぞ必要御座いません」
そんなルドルフ殿の返答に、シャラザ首長殿が目を血走らせながら睨みつけていたが、やがてゆっくりと自分の席に腰を下ろし目を瞑った。
る、ルドルフ殿、もう少し言葉を選んでいただきたいのだが……私は内心ハラハラしながら二人の会話を見守る。
「そうか、それは結構な事だ。ところで、ヤギン王はどうされたのかな?今日の顔合わせには各国の代表が集まると聞いていたのだが?」
「あぁ、その事は大変申し訳なく思っております。実は、つい先日……父が病で寝込んでしまいまして。今日は国王の代理として私が参上させて頂いた次第です」
そう。
ルドルフ殿がこの会合に参加している理由は、ヤギン王殿が突然病に倒れたかららしい。
先日お逢いした時は壮健そうであられたのだが……。
「それは心配だな」
「えぇ、なにぶん陛下は全てをお一人で処理しようとなさって、寝る間も惜しんで政務に励んでおりました。此度の同盟の件が決まり、安心されたのか日頃の心労が一気に噴出したらしく……」
なるほど。
張っていた緊張の糸が切れたということか……。
ヤギン王殿は優秀な御方だから、多くの事を抱え込んでいたに違いない。
我が国であれば、私が倒れたところで国家運営は困らないが……ヤギン王国は相当混乱しているだろうな。
そのようなタイミングで会合を開くことになったのは、大変申し訳なく思う。
「ふむ。ならば貴国には、我が国から万能薬を進呈しよう」
「……ば、万能薬ですか?」
凄まじい名前の薬がエインヘリア王の口から飛び出す。
その名に驚いたのは私だけではなく、先程怒り心頭といった様子で目を瞑ったエッダ首長殿も驚いたように目を開いてエインヘリア王陛下の方に顔を向ける。
「あぁ。その名の通り、いかなる病、呪い、毒、麻痺……ありとあらゆるバッドステータス……状態異常……まぁ、健康体にしてくれるという代物だ」
「そ、そのような薬があるので?」
「あるぞ。今の所治癒できなかった病はないな。腹痛にはポーションの方が効く場合が多いが」
「……」
「なに、遠慮する必要はない。それとも薬の効果が心配か?我がエインヘリア内では治療院で普通に使っているものだ。小瓶一つでたちまちヤギン王も健康体に戻るだろう」
「い、いえ、エインヘリア王殿の言葉を疑う訳ではないのだが……」
そう言って難しい顔をして黙り込むルドルフ殿。
「対価は特に必要ないぞ?そうだな、土産とでも思ってくれれば良い。自分達だけがと心苦しいのであれば、パールディア皇国とシャラザ首長国の分も用意しよう」
あらゆる病を癒す薬を土産で!?
「そ、それは、我が国にもよろしいのですか?」
「問題ないとも。何かあった時の為に一本持っておくと良い。邪魔にはなるまい」
私が尋ねると、何でもない事だとでも言うように肩を竦めながらエインヘリア王陛下は言う。
「感謝いたします、エインヘリア王殿」
「そのお気持ち、ありがたく頂戴いたします、エインヘリア王陛下」
「あぁ。ルドルフ殿も遠慮せずに受け取ってくれ。そしてヤギン王に飲ませてやると良い」
「は、はぁ。ありがとうございます」
微妙に気のない返事をルドルフ殿はするが……私とシャラザ首長殿が深々と頭を下げているのを見て、続くように小さく頭を下げているようだ。
「それと……そうだな。ルドルフ殿が国元に戻るのは大変だろう?こちらに連れて来た時と同様に、飛行船で送ってやろう」
「い、いや!それは!」
「一刻も早く薬を飲ませたいだろう?遠慮することはない」
恐縮するルドルフ殿を安心させる為か、エインヘリア王陛下が笑みを浮かべながら言葉を続ける。
しかし、失礼ながら……その笑みは、ちょっと意地が悪そうな笑い方に私には見えた。
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