第333話 神ッてる



「エインヘリア王陛下!申し訳ございません!こちらから挨拶に伺うと言っておきながらご足労頂くことになるとは……」


「パールディア皇王殿、気にしないで欲しい。此度の援軍の件、リサラ皇女殿より話を伺った時より俺が率いることを決めていたのでな」


 飛行船のタラップを降りると、パールディア皇王が慌てた様子で先頭に立ち俺に声をかけて来る。


 俺は今、パールディア皇国の皇都……そのすぐ近くに来ている。


 スティンプラーフへの進軍開始まで後五日、本日はパールディア皇国の皇都に三国同盟の王達とエインヘリアの王である俺が集まり、決起集会的な物をやるらしい。


 因みに、スティンプラーフを攻める同盟軍は皇都に集まっておらず南の方にある砦に集結しているので、ここでの決起集会が終わったら俺達は軍に合流するために移動しなくてはならないのだが、それは明日になるだろう。


 しかし……事前にシャイナからパールディア皇王の外見とかを聞いておかなかったら、商人のおっさんか何かかと思うような風貌を皇王さんはしているな。


 少なくとも今まで会った事のある王様……ヒューイを含めても一番威厳がない。


 それと俺に慌てて近づこうとして、同じく近くに来ようとしていた皇女さんを押しのける様な形となって、ちょっと皇女さんムッとされてましたよ?


「まさかエインヘリア王陛下自ら援軍を率いられてこられるとは……なんとお礼を申し上げればよいのか……」


「援軍という立場上、兵の数は抑える必要があったからな。その中で最善の手であったというだけだ。気にする必要はない」


 俺がそう言うと、いっそう恐縮したような表情となる皇王さん。


 その様子は……うん、普通のおっさんといってもいいくらい素朴で、裏表を感じさせない物だ。


 これでめっちゃ腹黒だったりすると凄いんだけど……ウルルやシャイナからの報告で、この皇王さんがそういう人物でないのは知っている。


 この人は見た目のまま……人の良いおっちゃんらしい。


 服装こそしっかりしている物の、頬は痩せこけているし、手の甲も骨が浮き上がっているように見える。


 食糧事情が良くない中、王であっても相当切り詰めているのだろう……皇女さんが健康的なのは、エインヘリアに送るために少し前から食事量を増やし、旅の間も相当気を使って健康管理をしていたからのようだ。


 その分のしわ寄せが、皇王さんの方に来ていたのかもしれない。


「それと、パールディア皇王殿。俺に敬称をつける必要はない。まだ正式に同盟を結んだわけではないが、これから国交を開き仲良くやって行こうという間柄。同等の……王として接して欲しい」


「それは……いえ、分かりました、エインヘリア王殿。ですが、口調だけはどうかこのままにさせて頂きたい。我々パールディア皇国は貴国に対し、これ以上ない程感謝しているのです。それは、王侯貴族はもとより、詳しく事情を知らない民達も同じです。そんな大恩あるエインヘリアの王に対し、同等の立場の様に振舞えば……私は民達から石を投げつけられてしまいます」


 困ったような笑みを浮かべながら言う皇王さん。


「分かった。俺も、パールディア皇王殿を忘恩の徒にしたいわけではないからな」


「感謝いたします、エインヘリア王殿」


 そう言って深々と頭を下げる皇王さん。


 うん、それは全然構わないんだけど……娘さんがさっきから、とても綺麗な笑顔のままめっちゃ睨んでますよ?


「陛下、エインヘリア王陛下は長旅で疲れていらっしゃるでしょうし、いつまでもこのような場所で立ち話を強いるのはどうかと」


「そ、そうでした!申し訳ありません、エインヘリア王殿!馬車を用意してあります、どうぞこちらへ……」


 とてもにこやかだけど、そこはかとなくどすの効いた雰囲気で皇女さんに指摘された皇王さんが、慌てた様子で俺を馬車へと案内してくれる。


 王様が案内役って……いいのかしら?


「申し訳ありません、エインヘリア王殿。到着早々このような事を頼んでしまい……」


 馬車の横に立った皇王さんが、再び恐縮した様子で謝って来る。


「問題ない。国民の士気を向上するには悪くない手だ。俺にそれほどの力があるかいささか疑問ではあるが……」


「いえいえ、民達は陛下の事を救国の英雄と言う様に認識しておりますので……」


「くくっ……随分と買いかぶられたものだな」


 皇王さんが謝る理由は、案内してくれた馬車にある。


 その馬車は俺が今まで乗ったことのある箱馬車とは違い、屋根が無く壁もかなり低く作られており、更に座る場所は随分と高い位置にある。


 所謂パレード用の馬車というヤツだ。


 若干横に広いのは、俺達が並んで座れるようになっているからだろうが、かなりしっかりした造りなようで馬二頭で牽いていくらしい。


「買いかぶりなどではありません。あれだけの支援物資……しかもほんの数日で国内全ての集落にそれらを配って頂き、更に病や怪我の治療まで行っていただいたのです。既に城下では英雄どころか、エインヘリアを神の国だと語る民もいるそうです」


「くくっ……それはまた随分と大げさな話だ。ぼろが出ない様に気をつけなくてはならんな」


「お戯れを。陛下の御姿を見て、見惚れるものこそあれど、侮ることが出来るものなどいる筈もありますまい。しかし……本当によろしいのですか?」


 前半は俺の軽口に笑みを浮かべながら話していた皇王さんだったが、後半は窺うようにしながら、やや心配そうにちらりと傍にいる皇女さんに視線を向けながら言う。


 彼女はこの馬車に俺達と同乗することになっており、皇王さんはそれを聞いているのだろう。


「あぁ、構わないとも。エインヘリアが援軍、そして支援を決めたのは、リサラ皇女殿が我が国に助けを求めたからだ」


 皇王さんと同じように、ちらりと皇女さんに視線を向けた俺は言葉を続ける。


「我が国がやるように、飛行船で一日もあれば辿り着くというような気楽な旅ではない。馬車で一か月以上もかけ、国交すらなかった国に援軍を求めなければならない。無事にエインヘリアに辿り着けたからと言って、目的を叶えられる可能性は決して高くない……しかし、それが能わなければ国が滅びる可能性が高い。その重圧に耐えながら我が国までやって来た。生半可な覚悟や国への想いで出来ることではない」


 そこまで言った俺は、一度言葉を切り皇女さんへと向き直る。


「その在り方は実に見事なものだ。俺はリサラ皇女殿を尊敬に値する人物だと考えている。その心意気に答え、国内外を安定させる一助として存分に利用してくれて構わないと俺は考える」


 流石に、俺が皇王さんと皇女さんの二人とパレードの馬車に同乗する意味くらいは分かる。


 国民にエインヘリアとパールディア皇国の関係が良好だとアピールするのは当然、今はシャラザ首長国とヤギン王国のトップがこの国には来ているからね。


 俺と皇女さんが懇意にしていると印象付けるのは、非常に良い手と言えるだろう。


 俺がそんなことを考えつつ皇女さんの事を見ていると、皇女さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 いかん、じっと見過ぎたな。


「我が娘をそこまで買っていただけているとは……感慨深いものがありますなぁ」


「へ、陛下……」


「おっと……エインヘリア王殿にも快諾いただけたことだし、そろそろ出発しないといけませんね」


 そう言って、馬車の横に設置された階段を登って行く皇王さんとそれを追いかけるようについていく皇女さん。


「フェルズ様。私は馬車のすぐ傍に控えさせていただきます」


 そんな二人を見送った俺に、リーンフェリアが近づきそっと耳打ちをして来る。


 流石にパレードの馬車には同乗出来ないリーンフェリアは、馬車の傍で護衛をしてくれるみたいだ。


「騎乗するのか?」


「はい。パールディア皇国が馬を用意してくれるそうで」


「……そうか。クーガーも動いているから大事はないと思うが、頼んだぞ」


「はっ!」


 リーンフェリアが騎乗するのは、移動力や戦力としてではなく完全に見栄えの為ではあるけど……パレードの護衛として、見栄えは非常に大事だもんね。


 それにしても……厄介な事だ。


 本来であればそこまで神経質に守りを固める必要は……いや、王族の警護は常日頃から全力でやらないといけないものか。


 パレードなんてめっちゃ暗殺されやすそうだし……。


 でもまぁ、今は平時とは言い難いので、普段以上に力を入れないといけないんだよね。


 面倒な事をしてくれたもんだ。


 俺はこの場に居ない人物に対して大きくため息をついてから、階段を登りパレード用の馬車へと乗った。


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