第332話 大丈夫だ問題ない
「では、フェルズ様今回の戦は……」
「あぁ、俺達は同盟軍の指揮に従う」
今回の援軍派遣に関する会議の場で俺はそう宣言する。
キリク達は不満なようだけど、今回は基本的に俺達エインヘリアは裏に回ろうと思っている。
というのも、最近俺達は領土を一気に拡大したことで、結構国内は慌ただしい感じだからだ。
皆が一生懸命あちこちに飛びまわり多くの問題を処理している事は知っているし、色々な裁可を求められることも多い。
色々な施策や問題への対処が行われているけど、それらは全て俺がエインヘリアという国を運営していく上で決めた、基本的な方針に沿って進められているもの。俺の所に裁可を求めに来ている時点で確実に通るものばかりであり……俺の仕事は許可を出すだけだ。
俺はともかく、皆は今でさえそんなに忙しい状態だって言うのに、今回の戦争で大活躍なんかしちゃったりして、大陸南西部の三国やスティンプラーフがベイルーラみたいに併合して欲しいとか言ってくるような事態になったら……かなり大変なことになるのは間違いない。
小国三国とスティンプラーフ……元々二国を潰してその領土を飲み込んでいる訳だから……実質六国分くらい管理地域が増えることになる……ついこの前十か国以上手に入れて、そっちの処理で大忙しって時に更に六国?アホなの?
しかし、キリクやイルミットにそんなこと馬鹿正直に伝えよう物ならば、問題ありませんと二つ返事で言って……次の日には六国手に入っている……的な事になりかねない。
故に今回は俺自ら出陣して、程よい感じに戦況をコントロールしつつ、いい感じに三国同盟軍に活躍してもらう予定だ。
まぁ、といっても敵さんは三十万はいるらしいし、簡単にはいかないと思う。
しかしそこはなんというか……臨機応変に、ガッと行く感じでなんやかんやしてみようと思う。
「でしたら……なにもフェルズ様が軍を率いられる必要はないのでは?」
「俺が戦場に出る事自体はそんなに珍しくないだろう?それに、元々俺が出ると以前の会議で話していたと思ったが?」
「それはそうなのですが……」
先程からキリクはこのように渋い顔をしていらっしゃいます……俺が軍を率いることは何も問題ないのだろうけど、他国の指揮に従うと言っているのが不満なのは……尋ねるまでもなく明らかだ。
まぁ、援軍という立場ではあるけど、大国の王である俺が他の国の指揮下に入るというのは……中々ないよね。
しかし、キリク達の不満も分かるけど……援軍を他の子達に任せたら、間違いなくエインヘリア単独の力でスティンプラーフをぼっこぼこにしちゃうだろうからな。
そういう風に圧倒的な力を見せつけると……ヤギン王国はともかく、パールディア皇国とシャラザ首長国はベイルーラ王国みたいにかなり厳しい状況みたいだし、戦後にいきなり「併合してちょ」とか言い出すかもしれないもんね。
二国分くらい大丈夫かな?ってちょっと思っちゃうあたり、俺も相当おかしくなっている気がする……二国って、国二つよ?全然大丈夫ちゃうわ!
というわけで、本日の覇王のお仕事は……キリク達を説得することです。
かなりの高難易度ミッションのようにも思えるし……一言強権を発動させれば終わる簡単なお仕事にも見える。
まぁ、強権発動は最終手段……難しいとは思うけど、何とかキリク達には納得してもらいたいのだ。
それが色々至らない俺の……俺なりの誠意だと思う。
「キリク、それに皆も。お前達が俺を第一に考え、何よりも忠誠を誓ってくれている事は嬉しく思っている」
「「っ!?」」
まずは皆に感謝を伝えたんだけど……俺の言葉に会議室に居た皆が驚いた表情のまま硬直した。
「皆がどれだけ俺を立て、俺の願いの為に動いてくれているかは理解しているつもりだ。その俺が、他国の指揮下に入るという屈辱……その気持ちが分かるとは言わん。恐らくその想いは筆舌に尽くしがたい程のものであろうし、仕えるべき主を持たぬ俺では理解しきれぬ想いであろう」
「「……」」
「だが、それだけの想いを抱いてくれている事だけは理解しているつもりだ。それでも俺はこの一手を進めたいと思う。これはエインヘリアの為に必要な一手だからな。無論お前達が受け入れられないというのであれば、別の手を考えなければならないが……」
そこまで話した俺が一度言葉を切ると、皆が硬直が解けた様に一瞬目配せのようなものをしたのを感じた。
「お前達の意見……想いを蔑ろにしてまで推し進めたい策という程ではない。だから、正直に言ってくれ。皆が正直な想いを話してくれるなら、俺にとってそれは無上の喜びだ」
我慢できることと出来ないことがあるのは当然だからね。
……まぁ、最悪領土が増えてしまった場合は……申し訳ないけど皆に頑張ってもらうことになる。
うん……何にしても皆に全力で迷惑かける感じだよなぁ。
パールディア皇国の援軍要請を受け入れたのは失敗だったか?
「フェルズ様、申し訳ございません。フェルズ様の優しさに甘え、我々は忠誠の何たるかを見失っていたようです。自分達の感情ばかりを優先し、フェルズ様の策に異を唱えるなど愚の骨頂……」
「待て、キリク」
「はっ!」
ちょっとキリクが危ないことを言いだしたので、俺はその言葉を慌てて止める。
駄目よ?覇王の策に盲目に従い続けるとか……とんでもないことになるよ?
船頭一人なのに船が山登るよ?
「感情であろうと何であろうと、俺の策に異を唱えることは間違いではない。俺が求めているのは様々な角度から見た多様な意見だ。その事だけは忘れてくれるな。俺は皆の意見を……そして諫言を聞き入れぬような愚王にはなりたくない」
俺の言葉を受け、少しだけ考えるそぶりを見せたキリクが再び口を開く。
「……畏まりました。では、何故そのような策を取られるのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
うん、当然の質問ですね。
大丈夫……この質問は想定内だ。
「今回、我々は既に魔力収集装置を設置するという条約を締結させている。言うまでもなくこれは胸襟を開くどころの話ではない……既に三国のはらわたを食い破っているに等しい状態だ。そうだな?」
「はい。対外的には他国の領土ではありますが、魔力収集装置を設置している以上、我々はいつでもその集落を占拠することが可能となります」
一応、変なことしない限りこっちもしないよとは言ってるけど、あちらさんは「じゃぁ大丈夫だわ」とは思ってないでしょうしね。
「そうだ。これは以前、エインヘリアの存在した世界では出来なかったことだ。しかしこの場では違う。魔力収集装置を使う国はエインヘリアしか存在しない訳だからな。つまり、我等の領地ではなくとも魔力収集装置を置いてしまえば、それは支配しているとも同義といえるだろう」
「……ですがフェルズ様。そこに住む民達は、エインヘリアの民ではありません。彼等もエインヘリアという楽土で、フェルズ様という唯一絶対の王を戴くことが何よりの幸福ではないでしょうか?」
……それはどうだろうか?
いや、エインヘリアの民の幸福度が高いってのは同意するけど、フェルズを戴くのはあんまりお勧めしませんね……。
エインヘリアの幸福度の高さは、偏に君達が頑張ってくれているからよ?
ってことを今伝えてもなぁ……どうしたもんか……。
「くくっ……多様性というのは大事なものだぞ?先程俺は、多様な意見を求めていると言ったな?他国の目というのはそれの最たるものだ。一つの枠に押し込んでしまっては見つける事の出来ない何か……そういった刺激が、エインヘリアをより上へと押し上げるのだ」
ちょっと、何言ってるのか分かんなくなって来たな……大丈夫か?
「それに……幸福というが、それはルフェロン聖王国を見れば十分だろう?あの国に住む民はエインヘリアの民ではないが、聖王の元のびのびと暮らしているではないか。パールディア皇国やシャラザ首長国は……今は確かに苦しい日々を送っているだろうが、我々の支援があればそう遠くない内に、ルフェロン聖王国のような満ち足りた生活を送れるようになるだろう」
エインヘリアは……確かに安全だし、税も低いし兵役もない。
仕事は多く、スラムが潰れる勢いでどこもかしこも人手が足りないくらいだ。
それに凶作とは無縁だし、食事も美味しい。
この世界の基準で見るならば楽園と言っても差し支えないだろう。
だけど、いくら何でも短期間に領土を増やし過ぎだ。
うちの子達は皆が皆超人ではあるけど、この世界に来た当初から開発部や外交官は人手不足だし、それは今も完全に解消されたとは言い難い。
それなのについこの前、商協連盟をまるっと平らげてしまったのだから……この時期に更に追加領土のお替りはどうかと思うんだよね。
支援はしてあげるから、そっちはそっちで頑張って運営して欲しいと思う。
「ルフェロン聖王国……多様性……二国への支援……飛行船……」
俺の言葉を聞いたキリクが、何やらぶつぶつと呟きながら考え込むようにしている。
キリクの向かい側に座るイルミットも呟きこそしていないものの、口元に手を当てて考え込んでいるようだけど……そんな考え込む様な事俺言ったかしらん?
「……ヤギン王国……援軍……指揮……蛮族……寡兵……フェルズ様自ら……?」
キリクの呟きは止まらない……しかし……これ大丈夫だろうか?
この後「なるほど……そういう事でしたか」とか言われたら……俺確実にどういう事?ってなるよ?
「つまり今回の策は……」
何かに気付いたようにハッと顔を上げたキリクと、同じタイミングで口元から手をどけたイルミットの目が合う。
何やら目で会話をしているようだけど……二人はそのまま同じタイミングで笑みを浮かべながら小さく頷くと俺の方に顔を向けた。
「ありがとうございます、フェルズ様」
何が?
「以前よりフェルズ様がご教示くださっている新しいやり方、それを模索し続ける事こそ肝要だと言われ、日々邁進してきたつもりでしたが……自分達の至らなさに恥じ入るばかりです」
「商協連盟の時もそうですし~今回の件もそうですし~やはりフェルズ様には遠く及びませんね~。少しでもお役に立てるようになるのは~いつになるのでしょう~」
いや、イルミットは現在進行形で役に立ってる……というか覇王的には頼り切りですよ?
って言うか、ちょっと待って?
え?俺がこの策を進めると、どうなってしまうん?
そんな俺の動揺は他所に、キリクとイルミットは何やらしたり顔で話を続ける。
「しかしそうなるとヤギン王国は……」
「そういうことでしょうね~」
「……恐ろしい……いや、違うか、これが本当の策というものか」
恐ろしいのこっちだよ!?
何が起こるの!?
いや……二人の様子からして、エインヘリアにとって悪い事は起きないんだろうけど……どぅなるの!?
覇王力を全開にして荒れ狂う胸中を表に出さない様に頑張っていると、キリク達は俺に畏敬の眼差しを向けながら言葉を続ける。
「御説明頂きありがとうございます、フェルズ様。此度の策、成就する時を楽しみに待たせて頂きます」
……どうしよう。
全力で中止したくなって来たんじゃが……あ、お腹痛くなってきた気がする。
「ところでフェルズ様。援軍の際誰を供とするのでしょうか?もしよろしければ、供の者達には私から概要を説明しておきますが……」
うん、概要じゃなくって詳細をここで解説して欲しいです。
とは言えないよなぁ……。
「くくっ……そうだな。アランドールが適任ではあるが、元商協連盟領の治安問題があるし、そちらの責任者を今動かすわけにはいかんからな。リオとロッズ、それからシュヴァルツだな」
俺が三人の名前を告げると、末席に座っている黒髪の男……シュヴァルツが弾かれた様に俺の方に顔を向ける。
その口元は小さく歪んでいるが、あまり表情は分からない。
何故なら……彼の両目はマスクで覆われていて隠されているのだ。
彼の名はシュヴァルツ。我がエインヘリアにおいて、唯一個人戦闘でカミラに勝つことが可能な男……弓聖だ。
因みに、目をマスクで覆っているけど……彼の目には一切の異常が無く、普通に見えている子です。
黒髪に銀の目を持ち、服装は黒系でまとめられていて……屋内でも屋外でも、暑くても寒くても、黒いロングコートを着ていて……手には指ぬきグローブを装着している。
名前や格好に……俺は特に何も言うつもりはない。
言うつもりはないが……色々と思う所はある……言わんけど。
「……俺でいいのか?」
「あぁ、期待している」
「……」
口数少なくシュヴァルツは頷き、俺から視線を外す……マスクで視線がどこを向いているのか分からんけど。
でもまぁ、シュヴァルツが驚いた様子を見せるのも分からなくはない。
他の武聖には色々と仕事を頼むことはあったけど、シュヴァルツには帝国との戦争時くらいしか大きな役目を任せていなかったからな。
指名されて驚いている……いや、心なし喜んでいるように見えるな。
目は見えないけど、口元がさっきからちょっと緩んでいるようだし……。
「後はクーガーと外交官見習いを何人か連れて行く。まぁ、表には出さないがな」
シャイナは英雄を四人出すって言って、援軍の数が少ない事を納得させたみたいだけど……俺とリーンフェリアを入れれば英雄級は六人だな。
クーガーは隠すからぱっと見は五人……まぁ、問題ないだろう。
そもそもうちの子達は英雄とは名乗ってないしね。
「では今回フェルズ様のお供をするのは、リオ、ロッズ、シュヴァルツ、クーガー、リーンフェリア以上の五名ですね?」
「あぁ」
リーンフェリアは呼ばなくても数に入っているのは、キリクに取っても当然のようだね。
俺はキリクの確認に頷きながら考えを口に出す。
「召喚兵は、リオ千五百、ロッズ千五百、シュヴァルツ千……クーガーは外交官見習いを十人だ。召喚出来る時間制限の事を考えて、リオ、ロッズ、シュヴァルツの三人は召喚の日にちをずらす。今回は、俺達が主導する戦いじゃないから長引く可能性があるからな。召喚期限が切れそうになったら拠点に戻る必要がある。そのタイミングだけは間違えない様に注意が必要だな」
「畏まりました」
俺の言葉にキリクが頷く。
さて……色々と上手く回せるといいなぁ……そしてこの戦争によって色々とどうなるのか心配だなぁ。
キリクとイルミットは何が見えたんだろうか……?
そんなことを考えていると、ウルルが立ち上がり口を開いた。
「ヤギン王国で……動きがありました……」
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