第272話 フィリアとフェルズ



View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






 エインヘリアが執り行った式典は中々派手なもので、広く両国間の友好関係を知らせると共に、エインヘリアの国力をこれでもかという程分かりやすく内外に知らしめるものであったと言える。


 しかし、開催が急だったせいか各国の来賓等はおらず、唯一他国の来賓と言えるのはルフェロン聖王国の者達だけであった。


 ルフェロン聖王国はエインヘリアの属国だし、恐らく魔力収集装置も置いているのだろうが……それでも聖王自ら式典に参加しているというのは驚きではあったわね。


 しかし、気のせいかもしれないけど……なんか、随分と聖王とエインヘリア王は親しげでなかったか?なんだ?アイツ幼女趣味か?


 そんなことを考えつつ、微妙にもやもやしたものを覚えていると部屋の扉がノックされる。


「陛下、今よろしいですかな?」


「ディアルド爺か?構わんぞ」


 外から聞こえて来た声に私が応えると、扉を開いてディアルド爺が部屋へと入って来た。


「陛下、名乗らなかった儂が言うのもなんじゃが、少し不用心に過ぎませんかの?」


「こんな場所に私を害する者は入ってこれぬし、仮にエインヘリアの者が私を害そうとするならば、抵抗を試みるだけ無駄であろう?」


 私が今いるのはエインヘリアの飛行船の中。


 ここに侵入できるような者がいるのであれば、もはやどうしようもないだろうし……エインヘリアの者がそのつもりなら、とっくの昔に私は死んでいる。


「まぁ、そうですな。実に潔い……っと、今はそんな自虐を聞いている場合ではありませんでした。エインヘリア王陛下がお茶でもどうかとお誘いですが、如何なさいますか?」


「む……それは、行かねばなるまい」


 私は椅子から立ち上がる。


「おや?色々と文句を言われるかと思ったのですが、随分と素直に動かれますな?」


「……」


 ディアルド爺の指摘に私は動きを止める。


「……他国の王からの誘いを断れるわけないでしょ?しかも相手はこの飛行船の持ち主であるエインヘリア王。断るなんて選択肢があるわけないじゃない」


「ほっほっほ、おっしゃる通りでしたな。エインヘリア王陛下は既にサロンにてお待ちになっておられます。すぐに向かわれますか?」


「そうね……」


 私は部屋に備え付けられている姿見の前に立つ。


 既にセレモニー時に来ていたドレスからは着替えており、今は簡素な服装となっているけど……さりとて人前に出られないということはない。


「……」


 いえ、もう少しちゃんとした物に着替えるべきかしら?


「……」


 鏡の前で色々な角度を確認しつつ考える……。


 衣装はそんなに持って来ていないはずだけど、このままというもの……でも、サロンで会うとのことだからアフタヌーンドレスは少し重たいわね。農地を確認する時用に軍礼装も持って来ているけど……それもちょっとね……カジュアルって持って来ていたかしら?


 ラヴェルナの事だから抜かりはないと思うけど……そうね、確認してみましょう。


「ディアルド爺。着替えてから向かうので、エインヘリア王にそう伝えて貰えるかしら?」


「畏まりました。女官を部屋にお呼びしても?」


「えぇ、お願い」


 ディアルド爺が一礼してから部屋を出ていく。


 流石に髪をセットする時間はないわね……鏡を見ながらそんなことを考えていると、ディアルド爺が呼んでくれた娘達が部屋に入って来る。


 妙ににこにこしている女官たちの姿に、そこはかとなく不安な物を感じたけど……多分ディアルド爺が余計な事を言ったのでしょうね。


 私は内心ため息をつきつつ、希望を告げた。






「呼び立ててしまったようですまなかったな、スラージアン皇帝殿」


「構わないとも、エインヘリア王。貴殿の誘いであれば喜んで応えよう」


 手早く着替えを終えた私は、迎えに戻って来たディアルド爺と共に、エインヘリア王の待つサロンへとやって来た。


 そこには寛いだ様子のエインヘリア王が居り、私がサロンに入ると同時に立ち上がって出迎えてくれる。


「我等が相対す時は公的な立場として立つ必要があったが、良ければ今この場では私人として接することを許してもらえないだろうか?」


「っ……」


 私を先程まで座っていたテーブルへとエスコートしながら、エインヘリア王が笑みを浮かべつつそんなことを言ってくる。


 いや、言っている意味は分かるし、国同士だけでなく個人的にも友好関係を築く必要がある以上、エインヘリア王の申し出は当然の事と言えるけど……なんかサラッと言ってくる辺りむかつくわね。


 とは言え、断る意味はないけど。


「……勿論構わないとも。私も貴殿とは友好を深めたいと思っていた所だ」


「感謝する、スラージアン皇帝殿。私の事はフェルズと呼んでくれると嬉しい」


「……分かった。私の事もフィリアで構わない、フェルズ殿」


 ……随分と手慣れているようだが……いや、立場を考えれば当然だな。


 寧ろ私のように王という立場で、異性に慣れていないという方が稀有と言える。


「では私的な場ではフィリア殿と呼ばせていただく。そうそう、先程の式典の際に着ていたドレス姿も目を奪われたが、今のシンプルながらも品の良い華やかさは、見事なまでにフィリアの美しさを引き立てているようだ。フィリア付きの侍女達は着飾らせることが楽しいであろうな」


「っ!?……彼女達にその言葉を伝えておこう」


 い、いえ、ただの社交辞令……分かっているわよ?


 聞きなれた賛辞だというのに、何か調子が狂うわ。気に入らないわね。


「さぁ、座ってくれ。食事の時間にはまだ少し早いので軽い物を用意させて貰った」


 そう言って椅子に座りながら笑みを浮かべるエインヘリア王。


 その笑みはいつものように皮肉気なものではなく、どこかぎこちなさのある笑みを浮かべる。


 ……エインヘリア王……いや、フェルズも緊張しているのだろうか?


 この太々しい王が、私と私人として付き合う事に対して緊張しているかもしれないという話は、私の中にあった緊張を解きほぐす。


 よし、少しだけ私の方からも歩み寄ろう。


 彼との関係が帝国の今後に大きく影響を与えるのは、改めて言うまでもない事なのだから。


「感謝する……いや、ありがとう、フェルズ殿。エインヘリアの食事は簡単そうなものに見えても非常に美味しいから、とても楽しみね」


「そう評価してもらえると嬉しいな」


 一瞬驚いたような表情を見せたフェルズは紅茶に口をつける。


 私が口調を変えた事に驚いたのだろう。意外と感情が豊か……いや、そういった隙をわざと見せているだけ?


 駄目ね。


 油断は出来ないけど、もう暫く付き合ってみないと……相手の事をしっかりと知らないと、どんな判断も下すことは出来ないわ。


「このお菓子……とても綺麗ね。色々な果物が使われているみたいだけど……これは何というお菓子かしら?」


「それはフルーツタルトだ。フィリア殿はエインヘリアの果物を気に入っていると聞いたのでな、きっと気に入ってくれると思う」


 自信ありげなのはいつものことだけど、普段より鼻につかないのは少しだけ穏やかさを伴っているからかしら?


「それは楽しみね。今回の農業協力でそちらから提供してもらう果物も非常に美味しかったから。そういえば、エインヘリア料理のレシピも、いくつか提供して貰っているって聞いたけど……」


「あぁ、食というのは生きる上での大事な活力だからな。美味い物を食べて明日に備え、更に美味い物を追求する。俺達が渡したレシピも帝国で新しい料理を生み出す礎となる……そうやって生み出された美味い物を、今度はエインヘリアの民が楽しむ。良いサイクルだろう?」


「ふふっ……人の欲望には果てが無い。恐らく貴国が帝国に伝えたレシピは、私達が死した後も多くの民達を喜ばせ発展して行くのでしょうね」


「そうであると嬉しい限りだな。その為にも、良ければ帝国の料理を教えてくれるか?」


「えぇ、勿論構わないわ。エインヘリアの手でどのように私達の料理が変化するのか楽しみだわ」


 私が笑みを浮かべつつそう言うと、フェルズが今気づいたというような表情を浮かべながら忠告をして来る。


「そうそう、自分達の料理に誇りを持っている者達の中には、自国の料理をアレンジされることを毛嫌いすることもある。だからと言ってどうだという訳ではないが、あまり民達の感情を逆なでせぬように留意した方が良いだろう」


 軽い様子で放たれたフェルズの言葉にハッとさせられる。


 話を聞いていた時には思い至らなかったけど、その料理を愛している者達や苦労して生み出した者達からすれば、他国の者の手でレシピを変えられるという行為は自身を否定されたような思いを覚えてもおかしく無い。


 私としては、他国の文化を取り入れて発展していくことは当然だと思う。


 だが、為政者である私達と民達の考えはすれ違ってしまう事が少なくない……いえ、違うわね。


 恐らく、私であっても自分達の文化を他国に浸食されたような感覚に陥るんじゃないだろうか?取り込むのと取り込まれるのでは大きな違いだ。


「……そうね。帝国は十数年前まで侵略を繰り返し、他国の文化をその身に取り入れて来た。だから外から受け入れる事には慣れているけど、外に出してそれを改変されるというのは……帝国の民にとっては業腹な事なのかもしれない」


 今まで帝国は異文化を取り入れてはきたし、他国が我々を模倣することはあった。


 でもそれがより優れた文化を持つ国に取り入れられ発展させられるというのは、今までになかったこと。


「これは理屈ではなく感情だからな。帝国には元々対等と言える相手が居なかったから余計に……こういった感情には慣れていないだろう」


「なるほど……確かに、帝国臣民は自分達が大陸の覇者であるという自負が強い。そういった思いはこういったところにも出るという事ね」


「あぁ。それはフィリアの治世において……国を一つに纏める為に必要な物だっただろうし、間違っているとも思わない。だが、エインヘリアという同格の存在が出て来て、そのアイデンティティが揺らいでいるというのは、民達に取ってもあまり良い話ではないだろうな」


 今はまだ顕在化していない問題……確かにフェルズの言う通り、そこは懸念すべき点だし、既に上層部……貴族達の間でそういった感情は既にあるようにも感じるけど……。


「……ふふっ、美味しい食事の話をしていた筈なのに、いつの間にかこんな話になるのは……私達、私人としてダメなのではないかしら?」


 思わず笑ってしまう。


 結局お互いに王としての振舞いも考えも隠しきれていない。


「くくっ……確かにそうだな。すまなかったな、無粋な話をしてしまって。今はのんびりと美味い物を食してもらい、友好を深めるべきだが……ふむ。何か話題をと考えてみても、やはり互いの国の話になってしまいそうだ」


「お互い、仕事ばかりでは駄目ということね」


「……そうだな」


 私の言葉に苦笑……というよりも、若干気まずそうにしながらフェルズが頷く。


 恐らく今も国で働いている臣下の事を考えているのだろう。それを一切忘れるというのは、はっきり言って難しいどころではなく、不可能と言えるレベルだ。


 フェルズも私と同じ、王としての自分が強すぎて肩の力を抜くという事に慣れていないのだろう。その事に気付き……なんとなく、フェルズの事を身近に感じてしまった。


 私にはラヴェルナという公私に渡り支えとなってくれる存在がいるけど……フェルズにはそういった相手はいるのかしら?


 王としての自分ではなく、フェルズ個人として付き合える存在……もしかすると、フェルズはそういった相手を求めているのかもしれない。


 エインヘリア王の……フェルズの心の内が見えた気がして、私は少し嬉しくなる。


 いえ、だからと言って急に絆されたりするつもりはないけど……もしかしたら……もしかしたら、私に興味があると、対等な存在となって欲しいというあの言葉の裏には、そういった想いも込められていたのかもしれない。


 無論、私達の間には国境という簡単に越えられることの出来ない物がある……その線を踏み越えた存在になるには、障害があまりにも多く容易な事ではない。


 しかし、フェルズは……あの、初めて会った時から私にそれを求めていた。


 そう考えるのは、うぬぼれではないと思う。


 王としての孤独を知り、その上で対等となれる存在……帝国が帝国である以上、私自身それを外に求められるとは思っていなかったけど、相手がエインヘリアの王、フェルズであるならそれも可能であるかもしれない。


 ……。


 ……。


 ……いえ、何度も言うけど、いきなり心を許すつもりはない。


 王として、抜け目なく帝国の全てを操って見せたあの手腕。


 あれだけの物を見せつけられて、無邪気に手を握れる程私は純情ではない。


 そう、私にはスラージアン帝国を率いていく皇帝なのだから。


 私はその事を強く思いながらも……ほんの少しだけこの空間を心地良く感じ始めていた。


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