第252話 帝国軍本隊
View of ウィッカ=ボーエン スラージアン帝国侯爵 好戦派派閥筆頭
エインヘリアとの開戦直後、何故か西方貴族達に任せた遊撃部隊がエインヘリア軍に突撃……接敵後、冗談のように弾け飛んだ。
いや、かなり遠かったし、私のいた高台からあまりはっきりと見えた訳ではないのだが、なんか……部隊が弾け飛んだのだ。
しかも、それだけの勢いで衝突したというのに、エインヘリア軍の布陣が揺らいだ様子は見えなかった。
というか……ツッコミどころが多すぎてどれから処理すれば……。
……確かに、西方貴族達を固め遊撃を任せ、ある程度自由に動ける裁量権を与えたが……いや、あれはないだろう?
六万相手に五千程度で正面から突っ込んで何をするつもりだったとか、守り勝つという策の何を聞いていたとか、裁量権の範囲を過大解釈し過ぎだとか、そもそもなんで弾け飛んだとか……はぁ、まぁ良い。
元々当てにしていなかった者達が早々に退場してくれたのだ、妙な動きをされて変な事態を引き起こされるよりは、開幕早々壊滅してくれた方が後の厄介事が無くなって良いという物だ。
それよりも問題なのは、今回の戦、リズバーン様の支援が受けられないという事だ。
開戦直後、上空から戦場を俯瞰し敵の動きを知らせてくれていたリズバーン殿が、敵陣深くへと向かわれた……。
これにより我々は空からの目を失い、素早く敵軍の動きを察知することが困難となってしまった。
しかし、元々今回の戦いは、敵英雄をどれだけ素早く倒せるか……つまり、『至天』の動きにかかっている戦いなのだ。
だからリズバーン殿は『至天』としての動きに注力する為、こちらへの援護は最低限になると一度戻って来た時に告げられた。戦場に来ているエインヘリア王を確認出来た事で、一層『至天』の働きが重要性を増したからだ。
それでも開戦直後、敵方の進軍ルートをいち早く教えてくれたおかげで、こうして迅速に陣形を整えることが出来ているのだから、リズバーン殿には感謝するより他はない。
「閣下、正面および左側の守りが厚くなるように予備軍を動かしました。それと方円の外に配置した遊軍も、敵攻め手に対し回り込むように移動を開始しております」
「良し。儀式魔法の方はどうだ?」
「順調です。恐らく先制の一撃を放てるかと」
よし!
飛行船対策として準備していた儀式魔法だったが、飛行船が何故か戦場を離脱してくれたので敵軍に向けて放つことが出来る。
準備している儀式魔法は広範囲に嵐を巻き起こす魔法で、大火や爆発などを引き起こす魔法に比べると殺傷能力には劣るが、それでも儀式魔法の名に恥じぬ威力で敵軍を蹂躙してくれるだろう。
「よし、発動可能になったら即時敵軍に向けて放て。接敵までに間に合わなければ敵軍後方に撃つしかないが……間に合うか?」
「敵軍が速度を上げず、今のまま行軍してくるなら十分間に合います」
「難しい所だな……ある程度距離が詰まれば突撃してくるのは間違いない。問題はそのタイミングだな」
見たところ、敵軍との距離はまだかなりある。
方円の中心に存在する本陣からは、高台に登った上で物見筒を使ってようやくその姿を視認出来るといったところなので、私の目ではまだ敵軍の姿は影のようにしか見えない。
儀式魔法の準備には半日近くの時間が必要にも拘らず、このタイミングで発動することが出来るというのは、神懸っているとしか言いようがない。
この幸運、絶対に生かさねばなるまい。
「こちらが用意している儀式魔法は三発。二発目以降はまだ発動まで時間がかかるとは言え、これを全て敵軍に打ち込むことが出来れば、かなり有利がとれるだろう。よしんば敵との距離が詰まり効果的に魔法を使えなかったとしても、敵はこちらの儀式魔法を警戒するはず。特に嵐の魔法を見せられては、軽々しく飛行船を使う事は出来なくなるだろう。今は戦場にいないとは言え、いつ戻って来るか分からん。アレに自由に動かれては、一方的に蹂躙されかねんしな」
「戻って来るでしょうか?」
不安げに空を見上げながら副官が言う。
「アレを戦場で使った時の有用性を、エインヘリアが知らぬはずはない。それをわざわざ見せつけるように離脱させたのには、何か理由があると見るべきだ。先にも言ったが、我々の開幕直後の儀式魔法を警戒したとか、我々の油断を誘う為とかな。特に儀式魔法は連発することは出来ない代物だ、開幕の一撃を安全な場所で過ごし戻って来る……その可能性は捨てられんぞ?」
「……」
「最初の儀式魔法を放った後、すぐに飛行船が戻ってくるようであれば、次の魔法発動までなんとしても儀式を執り行っている魔法使い達を守らねばならん。だが安心せよ。もし飛行船が引き返してくるようなことがあれば、リズバーン殿が最優先で手を貸してくれる手筈となっている」
敵英雄を抑えなければならないリズバーン殿だが、飛行船だけは最優先で対処してくれる。
アレを自由にさせては、恐らく帝国軍は成すすべなくやられてしまう。
まぁ……我々が全滅したとしても、この戦場には十六名もの『至天』が来ているからな。
帝国軍が敗れたとしても、この戦争自体負けることはない。
それに……この戦での我等帝国軍の役目は、エインヘリア軍の強さを知ることにある。
『至天』による敵英雄の排除と帝国軍十五万を使った威力偵察……無論、十五万の兵を散らせるつもりはないが、戦の本番は後詰が戦場に到着してからだ。
可能であれば、飛行船は後詰到着前に落としておきたかったがな……。
「リズバーン様が……それならば安心ですね」
「うむ」
あからさまにほっとした様子を見せる副官に私は頷いて見せるが……実際リズバーン様が飛行船の対応に力を貸してくれたとしても、事はそこまで簡単な話ではない。
飛行船……落としてはおきたいが……戦場に戻ってきてほしくないとも考えてしまう。
奇跡的に儀式魔法が放てるタイミングや、リズバーン殿が軽く落としてくれるというのであれば問題ないのだが……戻って来た飛行船が再び六万の兵を連れてきたりしたら……あぁ、ダメだ。エインヘリアという存在が、余りにも得体が知れなさ過ぎて悪い方にばかり想像が膨らんでしまう。
「閣下!エインヘリア軍の動きが速くなりました!」
物見筒を見ていた部下が声を上げる。
来たか……!
「儀式魔法はどうだ!?」
「恐らく後少し……いや、間に合いました!閣下!儀式魔法が発動します!」
儀式を執り行っている方角を見た副官が、興奮しながら叫ぶ。
その声に釣られ私が視線を向けると、地面に描かれた魔法陣が発光し、巨大な光が天に向かって立ち上って行く。
戦場で見るこの光の柱の何と頼もしい事か……まぁ、敵陣から立ち昇った時はこれ以上腹立たしい光はないが。
そんなことを考えつつ、私は光の柱からこちらに向かってくるエインヘリア軍へと視線を移す。
なんという神懸ったタイミングなのだろうか?
まるで誰かが空から覗き見ながら最高のタイミングを計っている様な……儀式の完成と敵の進軍が重なるという、あまりに出来過ぎた流れにそんな事を考えてしまうが……今はそれよりも儀式の効果を確認しなければならない。
以前、対飛行船の実験時にこの魔法を遥か上空にはなった時は、雲をどんどん巻き込んで巨大な渦を空に作ったが、地表近くに放つとあまり変化が分からないな。
恐らく凄まじい暴風が巻き起こっているのだろうが、土がむき出しの平地では揺れる物が殆ど無く変化が……いや、違う!
突如すさまじい勢いで土煙が巻き起こり……幾条もの細長い竜巻が作られていく!
いや、距離がある為か細く見えるが、自らの近くにアレが生まれれば相当な恐怖を覚えることは想像に難くない。間違いなく儀式魔法はエインヘリアに甚大な被害を与えた事だろう。
「視界は悪いが、エインヘリア軍の動きに注意せよ。嵐の範囲を迂回してくる筈だ。儀式魔法を発動させた位置から推測するに、左方に迂回してくるだろうが……逆を突かれた場合は予備軍を急ぎ動かさなければならなくなる。絶対に相手の動きを見逃すな!」
そんな風に私が指示を出すと同時に、儀式魔法で嵐が巻き起こっていた辺りを包み込むように巨大な竜巻が発生した。
「な、なんだ?アレは儀式魔法の効果か!?」
私が驚きながら副官へと問いかけると、目を丸くしながら竜巻を見ていた副官が首を横に振る。
「いえ、今回発動した儀式魔法であのような巨大な竜巻を起こすことは出来ません!」
「ならばあれは一体っ!?」
そう叫んだ瞬間、突如として巨大な竜巻が掻き消え、更に儀式魔法によって引き起こされた嵐も何事も無かったかのように消えていた。
「なっ!?」
そのあまりの光景に言葉を失うが、続けて聞こえた報告に我を取り戻す!
「エインヘリア軍およそ三千、速度を上げてこちらに向かってきます!進軍ルートは……正面です!真っ直ぐこちらに向かって来ています!」
「正面ならば厚く陣を構えている!問題ない!」
「は……速いです!とんでもない速度でこちらに向かって来ています!既に弓の射程範囲内!」
「騎馬兵か!?」
次々と上げられる報告に私が声を荒げると同時に、大量の矢が我が軍から放たれる!
前方を任せた指揮官は、先程の竜巻を見てもしっかりと兵を統率出来ているようで実に頼もしい。
方円の外には馬の突撃を防ぐため、柵が幾重にも作られており、駆け抜けて突撃が出来ないようになっている。
設置されている柵は互い違いになるように配置されていて、簡単には突破することが出来ない。
その間こちらは柵を避けて移動する相手に矢の雨を降らせることが出来るし、柵を大回りした遊軍が、進軍に手間取っている敵軍の後背を突くことも出来る。
特に馬は足を殺され、無防備な姿を我々の前にさらすことになるだろう。
「違います!騎兵ではありません!全軍が歩兵……ですが、凄まじい速さです!」
遠目に砂煙を巻き起こしながら疾走するエインヘリア軍の姿が見える……確かに物凄い速度だが……あれで歩兵だと?
矢の雨を浴びせられながらも、勢いを緩めず柵地帯へと突入していくエインヘリア軍……柵をなぎ倒しながら進む姿には恐ろしい物を感じるが、正面で盾を構える兵達の事を思えばそんな事とは言ってられない。
「左に回した予備軍を中央に移動させろ!敵の動きが想定以上に速く突撃を緩められそうにない!勢いのまま正面が抜かれてはマズい!」
私の指示に高台の周りが一気に騒がしくなる。
遊軍が後ろに回り込んでくれれば正面への圧も弱まると思うが……あの速さはこちらの想定外……恐らく後ろを取るのは間に合わん……。
「それと、先程の巨大な竜巻について儀式魔法を行っていた者に話を聞きたい!敵の儀式魔法かもしれんが……エインヘリア軍がこの戦場に来てから儀式を行ったにしては、発動までに要した時間が短すぎるし、規模も大きすぎる!情報が欲しい!」
儀式魔法を使った魔法使い達は、基本的に魔力が空っぽになり暫くは魔法が使えなくなる。
少なくとも今日はもう戦力として数えることは出来ない。中には気絶してしまう者もいるらしいが、話が聞ければ問題ないだろう……そんなことを考えた瞬間、高台が倒れるのではないかと思う程の大きな揺れが辺りを襲う!
地震か!?
私は手すりにつかまりつつ揺れが収まるのを待とうとして……突如目の前に現れた岩山に視界を塞がれる。
「な、なんだ!?」
「か、閣下!突然山が!」
それは言われずとも分かる!
混乱しているのは分かるが、もう少し意味のある報告を行ってくれ!
いや、そんなことを考える私も、目の前の光景に混乱しているのだろう。
一瞬前まで見通しの良い平地だったというのに、今は高台の上からも視界が通らない程の岩山が高台の周囲に出現している。
この光景を見て混乱するなという方が無理はあるが、今はそれ所ではないことも確かだ。
間違いなくこの状況を作り出したのはエインヘリア……そしてそのエインヘリアは今まさに帝国軍に襲い掛かってきている。
指揮を執らねばならない我々の視界が塞がれているのは、かなりまずい!
「周囲の状況はどうなっている!周辺確認を急げ!我々の周りだけがこうなっているのか!?」
「確認中です!今しばらくお待ちを!」
「急げ!こうしている間にも敵は攻めてきているぞ!」
もはやこの高台にいる意味はないが……それでもここが司令部である以上、各所からの伝令が集うのはこの場所だ。
一瞬で目を潰されてしまったが……我々が目を潰されただけなのか……それとも、軍全体が分断されたような状況なのか……それに、突撃して来たエインヘリア軍はどうなった?
くそ……今リズバーン殿が上から状況を知らせてくれれば……そんなことを考えつつ空を見上げるも、当然ながらそこにリズバーン殿の姿は無い。
ない物ねだりをしても仕方がないのは分かっている。それでも助けを求め空を仰ぎ見てしまった……恐らく今高台にいる全員に、私が空を見上げた理由はバレてしまっただろう。
「閣下!この状況は高台の周囲だけではありません!少なくともこの辺り一帯に岩山が出現しており、連携が寸断されております!」
やはりそうか……各所が寸断された状態で、軍が体裁を保てるわけがない。
これがエインヘリアの儀式魔法か?しかし、そうなると最初の竜巻は……いや、それよりもこの状況どうするべきか。
この状況を正面から覆すには……『至天』の力が無ければ無理だろう。
だが今その力には頼る事が出来ない。
「一度北に退く!確かに軍が分断されているが、攻め込んで来た軍は三千。分断されているとはいえ、十五万を倒しつくせる数ではない。一度この岩山が出現した地帯から抜け出し、北で軍を再集結させる。幸い今エインヘリア軍本隊の方には『至天』が攻め込んでいる。本来であれば混乱している我等に全軍で追撃をかけるところだったのだろうが、今向こうはそれ所ではない筈だ!」
エインヘリア本隊が混乱しているというのは、希望的観測ではあるが……リズバーン殿や『死毒』によって混乱が引き起こされているというのは見込みの甘い考えではない筈だ。
「それでは退き太鼓を!」
「急げ。自分達が何をするべきか分かれば……本陣からの指示が出れば混乱も収まりすぐに動けるだろう」
私が指示を出すと副官たちはすぐに動き出す。
既に接敵している部隊は、足止めをして貰わねばならんが……この状況で犠牲も無しに立て直すことは不可能だ。
この岩山を出現させた魔法による被害と、攻め寄せて来ているエインヘリア軍による被害……おそらく万単位で死傷者が出ているだろう。
まだ致命的という程ではないだろうが、開戦直後の一撃としてはかなり大きな被害と言える。
私は高台から降りながら、被害や今後の動きについて考える。
方円陣ではエインヘリアの攻めを防ぐことが出来ない……こうなると軍をある程度離して配置するか……逆に横陣を数列並べる様な密集した陣を取るか……。
そこまで考えた私は、未だに退き太鼓が鳴らされていないことに気付く。
「退き太鼓はまだか!?迅速に行動せねば被害は増える一方だぞ!」
「あらぁ?もしかして、この状況でまだ逃げられるつもりだったのぉ?」
突如聞こえた初めて聞く女の声……。
少なくとも本陣にこんな声の女性士官はいなかったはずだ。
聞こえて来た声の方に視線を向けると、そこには以前帝城で見たエインヘリア王の護衛の一人が立っていた。
「貴様は……」
「私はカミラよぉ。エインヘリアの宮廷魔導士を拝命しているわぁ」
……馬鹿な、早すぎる。
エインヘリア軍が我が軍とぶつかったのはこの岩山が出現する直前の筈。
いくら混乱していたとは言え、指示を出し、高台から降りてくるまでの間にこの場まで辿り着けるはずがない。
「今回はぁ、逃がす必要はないのよぉ。だからぁ、逃げ道なんか残してあげていないわよぉ」
「……つまりこの岩山は、隙間なく我が軍を囲んでいると?」
「理解が早くて助かるわぁ。それじゃぁ、投降して貰えるかしらぁ?」
「断る」
私は剣を抜き構える。
戦場には似つかわしくない服装の、ぞっとするほど美しいカミラと名乗る女。
あのエインヘリア王が軍を任せる女が、ただ綺麗な訳はないだろう。宮廷魔導士というからには……魔法使い系の……恐らく英雄ということだ。
……恐らく、我々はここで終わりだろう。
申し訳ありません、陛下。
ドリュアス伯、リズバーン殿……帝国を、お願いします。
「おおおおおおお!!」
私は、副官たちと共にエインヘリアの将へと斬りかかった!
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