第225話 非公式会談
View of ディアルド=リズバーン 至天第二席 轟天
「お疲れ様です~リズバーン殿~。エインヘリア城に到着いたしました~」
イルミット殿ののんびりした声を聴きつつ、目の前に聳え立つ流麗なら城を見上げながら儂は思った。
疲れるも何もなかったんじゃが……?
ほんの一瞬前まで国境沿いの砦に居た儂は、一瞬で全く知らぬ別の場所に来ていた。
これが、報告にあった転移……この場所が本当にエインヘリアの王城なのかは分からぬが……少なくとも、儂の知っている周辺国家の城にこのような城はないので、これが壮大な幻術という事でもなければそういうことなのだろう。
「ほっほっほ、これは驚きましたな。本当に一瞬なのですなぁ」
年を取ると外面ばかり取り繕うのが上手くなるが……果たして今の儂はちゃんと動揺を隠せているのじゃろうか?
はっきりいって、驚いたなんてものではない……儂が育てている若者たちの言葉を借りるなら……マジかーって感じじゃな。
儂が教え子たちの前で魔法を実演するとよく言われる台詞じゃが……儂がそっちの立場になる事があるとはのう……。
正直、教え子たちが思わずと言った感じで呟いてしまう気持ちが分かってしまった。
「はい~どんな場所でも一瞬で~何人でも~というのがコンセプトですね~。やはり~大きな国を運営するとなると~移動速度というのは大事ですから~」
「なるほどのう。羨ましい限りじゃ」
本当に……心の底からそう思うのじゃ。
これがあれば、儂等帝国の悩みは大部分が解決するじゃろう……陛下の心労も少しは減る……じゃろうが、多分あの陛下であれば次の悩みの種を見つけてしまうのじゃろうな。
「ふふっ……それではご案内いたしますね~。一応注意しておきますが~決してはぐれないようにお願いいたします~」
「うむ、この年で迷子にはなりたくないからのう、しっかりと後を追わせてもらうのじゃ」
「ふふっ、置き去りにはしないのでご安心を~」
そう言って歩き始めるイルミット殿と妖艶な女性。剣を持った青年は儂の後ろをに回るようじゃが……儂を警戒しておるのかのう?
あの砦で感じた様な重圧は感じないものの、どこかピリッとした空気が辺りを漂っておる。
あまり近年味わう事の無かった緊張感じゃが……ふっ、懐かしいのぅ。
先代や先々代の御世ではこういったこともよくあった……違うのは儂の年齢と相手の実力じゃな。
それにしても……外だけではなく内装も美しい城じゃ。
城の装飾や構造もさることながら、隅から隅まで磨き上げられたような……本来あり得ぬことじゃが、汚れや傷が一切見当たらぬ。本当に人が使っておる城なのかのう?
人が使う限り、どれだけ気をつけようと傷や細かな汚れが出来てしまうのは当然なのじゃが……新品と見まごうばかりの城じゃな。
そんな風に、不躾にならぬ程度に城の様子を観察しながら歩いているが、一切人とすれ違わぬ。恐らく儂が案内される道を人払いしておるのじゃろうが、警備の兵すら一切居らぬとはのう……じゃが、人の気配はする。
しかも、見られておるのう……一人や二人と言った数ではなく、城全体が儂に注目しておる様な……。
「すみませんね~リズバーン殿~」
「む?何がかの?」
前を歩くイルミット殿が肩越しに振り返りつつ謝って来たので、儂は首を傾げる。
その台詞に、内心心臓が握られたかと思う程ドキっとしたのじゃが……この御仁、どこまでも心臓に悪い方じゃな。
「いえ~うちの者達が~随分御無礼を働いているようなので~」
「ふぅむ?ここまで非常に丁寧に対応して下さっておるし、身に覚えがないのじゃが?」
「あら~そうでしたか~。それは失礼いたしました~」
最初に会った時から一切変わらぬ笑みのまま再び謝ったイルミット殿は、そのまま視線を前に向け変わらぬペースで歩き続ける。
この御仁……どう考えても儂の心を読んでおるとしか……そういった特殊技能持ちかのう?
確かに特殊技能であれば……訳分らん能力を持っていたとしても不思議ではないが、心を読むか……確かにそんな能力があれば、政治や交渉においてこれ程有利なものはないだろう。
若くして大臣という要職についておるのも頷ける……まぁ、あくまで儂の予想に過ぎぬが、先程からあからさまに儂の考えを読んでくるからのう。
ブラフという可能性もあるが……それにしては的確過ぎるというか、会話が成り立つレベルでそれをやるのはただの勘や読みというには少々無理があるのじゃ。いや、その能力が本当にあるとして、それを教えるような真似をするような人物とも思いにくいが……はぁ、いかんのう。
この思考はダメじゃ。
この時点で相手に良いように操られておる。
五十近く年の離れた相手にここまで翻弄されるとは……うちの陛下やリカルドもそうじゃが……今の若いもんはとんでもないのう。
いや、陛下は若者と言うには若干とうが立って……あ、イカン。なんか寒気がしたからこれ以上考えるのは危険じゃ。帝国に帰れんようになりそうじゃ。
しかし……陛下は今後ずっとこの国を相手にしていかねばならんのか……これは、キツイのう……。
手を取り合う事が出来れば心強い相手なのじゃが……どうなるかのう……アホ貴族共が余計な事をしておらねば良いのじゃが……。
「リズバーン殿~、もうすぐ陛下がお待ちなっておられる部屋に到着いたしますが~今回の会談は~あくまで非公式なものとなります~」
「うむ、心得ておるよ」
「ですので~部屋の中での会話は一切記録に残しません~どうぞお気軽に話をなさってください~」
「ほっほっほ、それはありがたいのう」
「陛下はとても寛大なお方ですので~多少の無礼も笑って許してくださいますし~本音であればあるほど真剣に対応される方です~。リズバーン殿にとっても実りある会談になる事を祈念いたしますわ~」
「感謝するのじゃ。そうある事を儂も心より祈っておるよ」
儂が礼を告げると軽く振り返り、やはり変わらぬ笑みを浮かべているイルミット殿……正直この笑顔がだいぶ怖くなって来たんじゃが……この先もとんでもない物が待ち構えておるんかのう……。
儂がそう考えた瞬間、より一層笑みが深まるイルミット殿……勘弁してほしいのう。
そのまま会話が途切れ、儂等は暫く無言で歩いてゆき……やがて、一枚の扉の前で立ち止まる。
「陛下~、ディアルド=リズバーン殿をお連れしました~」
イルミット殿がそう告げると同時に、部屋の中から物凄い気配が膨れ上がる!
な、なんじゃこれは……!?
イルミット殿が陛下と呼んだ以上、この部屋の中にいるのはエインヘリア王であることは間違いないじゃろうが……一人という事はあるまい。
しかし、何故か儂は、この気配の持ち主がエインヘリア王であると確信してしまった。
先程砦で感じた気配よりも濃密な……物理的に体を押さえつけて来ているのではないかと思えるほどの圧倒的な重圧。
この部屋に一体何が居るんじゃ……本当に人族か?ドラゴンの王でもおるんじゃないかの?
少し冷静さを取り戻した儂じゃが、放たれている気配は抑えられる様子はない。
「入れ」
「失礼します~」
正直、自らの王相手でも間延びした喋り方は止めないんじゃなとか、思う所はあるのじゃが……今は他所に気を散らしている場合ではないのう。
ゆっくりと開かれた扉に、イルミット殿ともう一人の女性が神妙な様子で入っていき、続いて儂は部屋に入る。
最後に儂の後ろにいた青年が部屋の中に入り、静かに扉を閉め部屋が外界から切り離された。
最初から部屋の中にいたのは三人……一人は文官然とした青い髪の男。
一人は金髪の女性騎士で、部屋の一番奥にいる人物を護衛している事が分かる。
そして最後の一人……他を圧倒する濃密な気配をまき散らしながらも悠然とした態度でこちらを見る人物……確認する間でもない。この人物こそ、このエインヘリアを統べる王。
「よく来たな。『至天』第二席、ディアルド=リズバーン」
「はっ!御初御目にかかります。ディアルド=リズバーン、お目通り叶いましたこと大変恐縮にございます」
「良い。帝国の武の象徴『至天』の最高位に当たる人物の事は気になっていたし、良い機会だと思ってな。遠路はるばる、すまなかったな」
「いえ、陛下からお声掛けいただけるとは、光栄の極みにございます」
「そうか……まぁ、とりあえず座り給え。イルミット、カミラ、ジョウセンご苦労だったな」
「「はっ」」
部屋の中央には長机が置かれており、儂がエインヘリア王の正面の席に座ると、イルミット殿はエインヘリア王の傍の席に座り、カミラ、ジョウセンと呼ばれた二人は部屋の扉の脇に立つ。
うむ、殺気や罠の感じは全くせんが……生きて部屋を出られる気がせんのう。
「さて、リズバーン。帝国の生き字引と言えるお前にここに来てもらったのは、当然茶飲み話をする為という訳ではないが……まずは雑談といこうではないか。私としては肩の力を抜いて話がしたい、改まった言い回しや面倒な礼儀は好みではないからな」
「よろしいので……?」
「構わん。どうせ他国の王に向ける礼儀なぞ表面上だけの物。こちらを馬鹿にするつもりなぞなかろう?普段通り、気楽な感じで話すが良い。俺もそうさせてもらう」
「御高配痛み入ります。では、お言葉に甘えさせていいただきますわい」
儂はそう言って肩の力を、苦心しながら抜く。
相手の望みに答えるのは必要な事じゃが……これだけの覇気をまき散らしながら相手に肩の力を抜けというとは……中々酷な人よのう。
「さて、まずは挨拶と行こうか。俺がエインヘリアの王、フェルズだ。まぁ、今更だとは思うが念の為な。俺には威厳と言うものが欠如しているから、こうやってちゃんと名乗っておかないと気付いて貰えぬからな」
「ほっほっほ、御冗談を。陛下を侮る様な者がおるとしたら、そやつの頭の中には脳の代わりに石でも詰まっておるのじゃろうて」
「くくっ……それは随分と硬そうな頭だな」
エインヘリア王はそう言って含みありげに笑うが、周りの者達からは一切何も感じられない。
何というか……湖面のような静けさというよりも、噴火直前の山を彷彿とさせる感じじゃが……。
「次は……キリク」
「はっ。私はエインヘリアにて参謀を務めさせて頂いております、キリクと申します」
イルミット殿の向かい、エインヘリア王の傍に座る青髪の青年がこちらに顔を向けつつ小さく頭を下げる。
参謀……宰相ではないのか。
内務大臣に参謀……恐らく外務大臣も居るのじゃろうが……椅子に座っておるのはエインヘリア王を除けばイルミット殿とキリク殿の二人だけ……若干不思議な感じじゃが、正式な会談でないことを考えれば分からんでも無いかのう。
「他の者は護衛故、挨拶は省かせて貰おう。キリクにイルミット、この二人がエインヘリアにおける内政や外交の責任者となる。貴国とのやり取りは、基本的に彼らが担う事になるからよしなに頼む」
「ご丁寧にありがとうございます。キリク殿、それにイルミット殿。今後ともよろしくお願い申し上げる」
エインヘリア王の捕捉に儂が頷き、頭を下げると二人も小さく頭を下げて来る。
「さて、リズバーン。お前には是非聞いておきたい事がある」
「何でございますかな?」
儂は若干身構えたのじゃが、エインヘリア王は気にした様子も無く、至って気楽な感じに口を開く。
「お前は空を飛ぶ魔法が使えると聞く。人の身でありながら空を飛ぶというのはどのような感じなのだ?」
「そうですなぁ……」
エインヘリア王は興味深そうに尋ねて来るが、この手の質問は儂にとってはされなれた物なので特に言い淀むことはない。
「空を飛ぶのは……はっきりいって寒いですな。防寒はとても大事ですじゃ。それと高速で飛ぶときは風が凄まじく、対策をせねば息が出来ぬ程ですのう」
「くくっ……そうであろうな。私としては飛行魔法にはその辺りの対策も組み込んでいると考えていたのだが、違うのか?」
儂はエインヘリア王のその言葉に小さく驚きを覚える。
こういった返事をすると、大半の者がそういったことを聞きたいのではないといった顔をするか、意味が分からないと言った表情をするのじゃが……エインヘリア王は空を飛ぶことの弊害を当然のことだと言った様子で、その先について話をしている。
「ふむ……飛行魔法その物に寒さや風への対策を組み込むですか。それは考えたことがありませんでしたな」
「そうなのか?当然の備えだと思っていたが……」
「儂は別途別の魔法を発動しておりました。というのも、飛行魔法はただそれだけで魔力を大量に消費しますからな。どちらかというと効率化を目指した研究を進めておりますな」
「ふむ……確かにそれも大事だろうが、常時魔法を複数発動させるのは簡単な事なのか?」
「ある程度の技量のある者であれば可能です。技量が無い者だと余分に魔力を使ってしまったり、制御が甘くなったりしますがのう」
「空を飛んでいる時に制御が甘くなって墜落等となったらと思うと、ぞっとするな」
「ほっほっほ、儂は若い頃に何度かやりましたのぅ……」
人は皆、簡単に空を飛べて羨ましいなどと言うが……あれはあれでかなり苦労するものという事を分かっておらん……ここまで共感してくれたのはエインヘリア王が初めてじゃなかろうか?
随分と空を飛ぶという事に対して造詣が深いというか……真剣に考えておる節があるのう。
「恐ろしい話だ。しかし、魔法として既に確立しているのであれば、帝国で飛行魔法が一般化されていないのは何故だ?軍事機密だとしても、寡聞にしてリズバーン以外の遣い手が居ると聞いたことがないのだが」
「今の所、儂以外で飛行魔法の発動に成功した者はおりませんのう」
「『至天』にはリズバーン以外にも魔法使いはいるのだろう?その者達でも無理なのか?」
「そうですな。儂が死ぬまでにはなんとかしたいと思っておるのですが、何分生い先短い爺故……」
この件に関しては機密でも何でもない……そもそも、飛行魔法について研究を進めておらんとは何処の国も思っておらんじゃろうしな。
「リズバーンであれば、百年後でもそうやって飄々とやっていそうだがな?」
「ふぅ……どうして皆、老人を労わってくれぬのか。爺はいい加減隠居して、のんびりと川の流れでも眺めていたいというのに」
「くくっ……馬鹿な事を。有能な人材は灰になった後でも使えるのだ、ましてや生きている内に楽をさせるはずがないだろう?当然、貴国の皇帝も俺と同じように考えている筈だ」
「本当に……王というのは酷い方々ばかりですな。少しは敬老の精神を持ってもらいたいものですがのう」
儂がそう言うと、エインヘリア王は肩を竦めながら口を開く。
「恨むのであれば王ではなく、有能な自分を恨むのだな」
「理不尽じゃのう……」
「知らなかったのか?王とはそういう者だ」
小気味良くそう言って笑うエインヘリア王は、まさに王者に相応しい姿じゃ。
これ程の王が、一年前まで全く姿を見せなかったというのは、一体どういうことなのかのう?
龍の塒……ルモリア王国の中程にあった、ドラゴンが住まうと言われていた土地じゃったが……ここにずっと潜んでおったということかのう。
「有能な者は非常に貴重だ。育てるには非常に手間暇がかかるし、才ある者を育てたからと言って有能になるとは限らんからな。だが、無能は簡単に作ることが出来る。いや、作ろうとはしていないのだが、放っておくと雨後の筍のように次々と生えて来るからな。貴国の様に広大な国土を持つと、そういった者を管理しきれないであろう?」
「……」
雑談をしていた時と雰囲気を全く変えず、しかし明確に話題を変えてきたエインヘリア王。
……どうやら本題のようじゃな。
「確かに、頭の痛い問題ですのう。そのような者でも使わねばならないというのは」
「有能な敵よりも無能な味方の方が恐ろしいと言うが……これ程真理をついた言葉はないな。ごくごく稀に、無能がとんでもない功績を上げることもあるが、機会が一万回あったとして一回そんな奇跡があれば良い方だな。大抵は味方が発狂する程の事をしでかす。無能な働き者程恐ろしいぞ?」
「……そうですな」
まさに今、そのしりぬぐいの為に奔走しておるわけじゃが……心臓が痛いのう。
正直、今心臓が止まってしまった方が色々楽かもしれん……。
「リーンフェリア」
「はっ」
エインヘリア王が呼びかけると、護衛の騎士が書類を手にこちらに近づき、儂の前へと置いた。
「これは……?」
「うむ、先日我が国に訪れた貴国の使者が俺に渡したもの……その写しだ」
「失礼、拝見させていただきます」
そうは言ったものの……全力で見たくないのじゃ。
しかし、見ぬわけにはいかぬ……一体何が書かれておるのか……。
儂は目の前に置かれた書類に素早く目を通し……やはり心臓を止めておけばよかったと後悔した。
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