第223話 すべて計画通り、ただし感情は別



 なんかすげぇ斬新な使者が来たなー。


 いや、事前にキリクから聞いてはいたんだけどね?相手はとにかく的外れな事を言ってくるって。


 開戦の理由作りの為に、キリクとイルミットが色々と外交官や見習い達を使って情報操作しまくっているのは知ってたんだけど……やりすぎじゃね?


 的外れどころか、的に背を向けて逆向きにぶっ放してた感じだったよ?


 うちの参謀と内務大臣は混ぜるな危険だな……外務大臣も混ざってるか。


 まぁ、うちの頭脳二人に何でもできる外交官達が手を貸せば、やりたい放題なのは分かるけどさ……。


 情報が歪んでるどころの騒ぎじゃないでしょ、あれ。


 帝国から秘密裏に来た……と思わされている子爵。


 彼は既に帝国への帰途についているはずだ。今頃は、やってやったぜ的な感じで馬車の中でほくほくしている頃だろう。


 彼の上役であるなんとかいう伯爵に宛てた書状、それを開くまでは夢心地気分で浮かれていられるだろうね。一ヵ月くらいは夢を見られるんだから、某夢の国より浸る時間を与えてあげられたのだがサービス精神旺盛と言える。


 まぁその後は見るのは、悪夢と言う名の現実だろうけど。


「フェルズ様、失礼いたします」


「失礼いたします~」


 俺がそんなことを考えていると、キリクとイルミットの二人が部屋に入って来た。


 今俺がいるのは、ソラキルの王城ではなくエインヘリア城にある俺の執務室だ。二人は先日の謁見以降ソラキル王城に詰めてあの……えっと、名前は覚えていないけど子爵の相手をしてくれていた。


 あれ?男爵だったっけ?


「無事、エッセホルド子爵を送り出しました」


「ご苦労だったな。特にイルミット、アレの相手は大変ではなかったか?」


「ふふっ……」


 俺のねぎらいの言葉にイルミットは微笑みを浮かべたが、それ以降何も言わない。


 これ……もしかして、イルミットさんめっちゃ不機嫌なのでは?


「……大丈夫か?イルミット」


「ふふっ……」


 いや、めっちゃ怖いんだが……?


 あとね……?


 あの謁見以降……俺の護衛をしてくれている子がね……もうなんていうかね、凄いんですよ。


 昨日とか、訓練所でジョウセンが盾でぼっこぼこに殴られてたからね……剣聖もびっくり。


 その子ね?リーンフェリアさんって言うんだけどね?もうね?すんごいピリピリしてらっしゃるのよ……でもね?俺が話しかけるととても普通なのよ……もうね、怖いのなんのって……。


「まずは予定通りだな」


「はい。ですが、その為にフェルズ様をご不快にさせた事、大変申し訳なく……」


「キリク!あれは!あれはいったい何なのですか!」


 キリクの謝罪と同時に、俺の傍で護衛として立っていたリーンフェリアさんが爆発した。


 突然の大声に、身体をびくりと反応させなかった俺の覇王力、マジぱねぇ。ここ最近で最大のファインプレーだと思う。


「あんな無礼者と呼ぶことさえ憚られるような……あの、アレは!」


 リーンフェリアさんの語彙が死んでる……。


「リーンフェリア、貴方の気持ちはよく分かります。私もあの謁見の時、何度自害しようと考えた事か……」


 キリクがいつも通り眼鏡をクイっとやりながら、とんでもない事を言い出す。


「二人とも、落ち着け。元々あの様な物が来ることは事前に分かっていたのだ。その上で俺はキリクの作戦に乗った。ならばあの者の言動は、道化としての役割を見事にこなしたものと言えるではないか。正直俺は、玉座に座りながら笑いをこらえるのに苦労したものだ。それこそ、キリクの罠であったのではないのかと疑う位にな」


 俺が皮肉気な笑みを浮かべながらそう言うと、キリクは恐縮したように頭を下げ、リーンフェリアも大きく深呼吸をした後俺に向かって頭を下げる。


「申し訳ありませんフェルズ様。事前に聞かされてはいましたが、どうしても怒りを抑えることが出来ず……」


「構わん。あの場ではしっかり我慢していたからな」


 正直あの時一番ヒヤヒヤしたのは、書状をリーンフェリアに受け取らせに行った時だ。


 徐に真っ二つにしないかめっちゃ心配しましたよ……後から考えたら、別にイルミットに受け取りに行ってもらっても良かったんだよね?


 なんとなくいつもの癖でリーンフェリアに頼んだけど……俺もテンパっていたという事だな。


「まぁ、あの場に我々しか居なかったのは良い差配だったな。下手をすればあの場で全員死んでいたかもしれん」


 勿論あの使者たちが……だけど。


 キリク達の進言で、あの謁見の間にうちの子達は呼ばなかったのだ。


 玉座に近い位置で俺を守るリーンフェリアならぎりぎり止められるかもしれないけど、うちの子達が謁見の間に並んでいたら……まぁ、止める間もなくやっちゃってただろうね……。


 そういえば、この世界に来てすぐの頃、エイシャがルモリア王国の騎士だかにぶち切れて地面に頭めり込ませたりしてたよな……足で踏みつけて。


 あいつらの場合は、俺の事を王と知らずに横柄な態度をとったわけだけど……今回の相手は俺を王と知った上であれだからな。


 首チョンパで済めば良い方だったかもしれん。


「その分~私達は~とても辛い時間を過ごしましたわ~」


 ようやく喋ってくれたイルミットだったが、そのにこやかな表情とは裏腹に溜まりに溜まった鬱憤を感じさせる。


 何かしら労ってあげた方がいいかもしれないけど……どうしたもんか……やはりいつもの手か?


「ふむ……そうだな、三人にはいつも苦労を掛けている。慰労と言ってはなんだが、何か俺に出来る事であれば何でも聞こう」


「……ふぇ!?」


「……それは~以前オトノハやレンゲが頂いた権利と同じという事ですか~」


「あぁ。本来であれば、お前達が望む物を俺から提示してやれれば良いのだがな」


「そ、そ、その……な、なんでも、宜しいのでしょうか!?」


 ……なんか、キリクとは思えないどもり具合とテンションで詰め寄られたんじゃが……。


「あぁ、俺に出来る限り要望に応えよう」


「あらあら~それはそれは~とても楽しみですね~」


 にっこりと微笑むイルミットに奇声を上げて固まったままのリーンフェリア。


 冷静さを取り戻し、自分の先程の態度を恥じたのか若干顔を赤くしながらも目を瞑り、眼鏡をクイっと上げるキリク……ちょっと手が震えているのは緊張か興奮か羞恥か……。


 三者三様ではあるが、多分皆喜んでくれていると思う……リーンフェリアは硬直しているから分かんないけど……多分大丈夫、だと思う。


「とてもやる気が出ましたし~そろそろ打ち合わせをしましょう~」


「そうですね。いっそのこと明日……いえ……二週間で帝国を落としてしまいましょうか」


「待てキリク。急くことはあるまい?ここまで計画通り進んでいるのだ。色気を出して計画を差し替える様な真似はするべきではない」


「申し訳ありません。おっしゃる通り、軽々に計画を変更するなどと……」


「予備プランをいくつも用意して、何があっても大丈夫なようにしてあるのだろう?キリクならば、大枠を変えたとしても上手く計画のうちに納めることが出来るのだろうが……くくっ、今のテンションでそれをやるのは止めた方がいいだろうな」


「……お恥ずかしい限りです」


 キリクが俺に諭され、恥ずかしそうに俯くというレアシーンが見れました。


 うん、まぁ偉そうに言ってみたけど……ここで方針とか計画を変えられたら、俺がついていけないって言うのが一番大きいんだけどね?


 キリクなら多分ノリで言っているように見せかけて、かなり綿密に今のプランと変更点について考えて発言している筈だ。


 なんせ最初にノリみたいな感じで明日って言った直後に、二週間って言い直したからな……。


 多分……あの一瞬で帝国を二週間で落とすプランを考えた筈だ。


 止めたげて……?


「キリクならば上手くまとめるのだろうがな。さて、この話はここまでだ。キリク、話を進めてくれ」


「はっ!まずはここまでの状況と成果について。今回の相手スラージアン帝国ですが、皇帝の方針もあり、今まで通り相手に先制攻撃を仕掛けさせるというのは非常に困難でありました。故に、こちらが宣戦布告するに足る、大義名分を作ることにいたしました。その為に、まずは帝国の耳目を無力化……自国内に監視の目が行き渡りにくくしました」


 キリクの説明を俺は黙って聞く。


 この辺りの事は事前に説明されているし問題はない。


 帝国の弱点である中央と地方の確執、劣等感や虚栄心を転がして暴走させる策……中央への徹底的な情報封鎖と地方への欺瞞情報の流布と思考誘導……はっきりいって、俺がこんなもん仕掛けられたら、それはもう上手に踊る自信がある……。


 そのくらい、地方貴族達にゆっくりと浸透していく毒をキリク達は流し込んでいた。


 自分達が自分達の意志で集めた情報から、完璧な答えを導き出し……功名心によって暴走……結果、国の頭越しに他国へ干渉。


 まぁ、良いように操られているとは言え、他国の王に初対面で属国になれとか居丈高に言えてしまうあの男爵だか子爵だかがダメなんだが……帝国の皇帝さんも苦労してそうだな。


 体が大きくなりすぎて目が行き届かないと、何処からともなく脳の足りてない奴が湧いてくる……これは他人事じゃない。


 確かに俺達には、他国にはない通信技術や移動手段があるけど……だからと言って各集落を管理している代官達を完全に統率出来る訳ではない。


 そもそも通信や移動技術が凄いから完璧に管理できるって言うなら、とある国でそういった連中が汚職で捕まったり、不用意な発言かまして辞任したりなんてことにはなってないだろう。


 文明がどれだけ発展しようが、教育をどれだけしっかり施そうが、無能や阿呆が要職に就くことは防ぎきれるもんじゃないってことだね。


 だからこそ社会システムだとか法律だとかが大事なんだろうけど……うん、キリクとイルミットには今後も頑張ってもらいたい。


「……フェルズ様、質問してもよろしいでしょうか?」


 先程まで固まっていたリーンフェリアが、珍しく質問の許可を求めて来る。


 え……?なんだろう?難しい質問には答えられないよ?


「なんだ?」


 最悪キリクにスルーパスをだそう。


「その、今まで相手から攻めさせたり、今回の様に戦争の理由を相手に作らせたりしていますが……それらは必要なのでしょうか?昔は……その、こちらから宣戦布告して即戦争という感じでしたが……」


 昔って……ゲーム時代かぁ。


 うん、あの頃は宣戦布告しちゃえば好きに進軍できたしね……開戦の理由付けとか必要なかった……。


「ふむ……簡単に言うと、戦後の事を考えてこのようにしているのだ」


「戦後……ですか?」


「うむ。大義名分という奴だな。責任の所在を戦う前から明らかにしておくことで周辺国への言い訳が立つ……という理由もあるが、一番の理由は何故戦争が起きたのか、誰が悪いのかという単純な話を民に理解させる為だ」


「……」


「我々は、極力民に被害が出ないように戦っているが、戦争である以上肉親や友人知人が兵として出兵し死傷する事は避けられない。その恨みは当然エインヘリアへと向けられるわけだが……戦争の原因が相手にあるとすることで、ある程度憎悪の向きを変えることが出来る。今までであれば……そもそも侵略したのは自分達の国である、という風にな」


 勿論、やったからやり返したという理由であっても、恨みは十分に買う。


 当然だね、己の身に降りかかる不幸は全て理不尽なものと考えるのが人ってもんだし……例え自分が暮らしていた国に原因があったとしても、民にとってはそんなの知ったこっちゃないって感じだよね。


 でも、だからこそ……怒りのやり場は、馬鹿な事をしでかした自分達の国に向けて貰わないといけない。余計な爆弾は抱え込みたくないからね。


 エインヘリアはとにかく自国民に優しい国なので、民の不満は最小限に抑えられていると思うけど……最小限ではあってもゼロには決してならないのだ。


「それに、俺の目的はこの大陸中に魔力収集装置を設置することだ。世界を統一するわけじゃない。恨みは少ないに越したことはない。ただ、魔力収集装置を設置させるには、ぶん殴って言う事を聞かせねばならないがな」


 そう言って俺が肩を竦めると、キリクとイルミットが苦笑する。


「実に無駄の多い事だとは思うがな。しかも理由作りの為に、今回はお前達に心労を強いてしまったのは……申し訳ないと思う」


「い、いえ!申し訳ありません!」


 謝った俺に対して、何故かリーンフェリアも謝る。


 俺は小さく苦笑してから手を組み、背もたれに身を預ける。


「大きな理由はそんなところだ。それで、キリク。次の客人の到着予定はいつなんだ?」


「二日後です」


「問題はないな?」


「私と~ジョウセンと~カミラで~迎えに出る予定です~」


 ジョウセンとカミラか……あの二人であれば大丈夫だな。確実にイルミットを守ってくれるだろう。


 しかし、やっぱり他国からの客人を迎えるのは、外務大臣じゃないんだな……。


「次は謁見ではなく会談か……その後の手筈は既に整っているな?」


「はい~オトノハとドワーフ達で抜かりなく~」


「よし、ならば明日の件についての打ち合わせを始めるとしよう」


 次の会談の相手は、この前の相手みたいに気楽な感じでやれる相手じゃないらしいからね……敵対予定の相手と会談という形で会うのは初めてだし……あぁ、今からもう緊張してきたんだけど……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る