第218話 二人の王



 んあー、大帝国が色々仕掛けて来る的な想像をしてたんだけど、思ったよりもかなり平和だなー。


 ソラキル地方に大帝国の諜報員が何度か潜り込もうとして、うちの子達に追い返されているって話を初めて聞いたのは……もう二か月以上前の事じゃないだろうか?


 やっぱ今までに比べて相手も滅茶苦茶デカいし、一つ一つの動きに時間がかかるんだろうな。


 うちは魔力収集装置のお陰で情報の伝達速度が速くて正確だけど、この世界の技術力じゃそうはいかないし月単位で時間がかかるのも仕方ないだろう。


 オスカーに話を聞いたことがあるけど、遠距離通信するための魔道具とかって、今の所実現はおろかその理論すら発表されていないっぽいし。


 まぁ、各国でそういった研究はされているらしいけど、実現していたらそこが覇権とってそうだよね。


 少なくとも大帝国や商協連盟がその手の技術を有していないのは確かだ。


 キリクの話ではこちらが動くのは相手が次の動きを見せてからってことだし……それまでは国内に注力するとのことだった。


 しかし、国内に注力といっても、大雑把な方針は既に示しており、細かい部分はイルミットや代官達がしっかり頑張ってくれている。


 現状、俺が殆どすることが無いのは……国内が安定しているって証拠なんだろうし、良い事なんだろう。


 それに殆どであって、一切何もやる事がないという訳ではない。


 これでも一応午前中は書類仕事で潰れるし、直に各所からの報告を聞いたりすることもある。


 オスカーやドワーフ達と便利グッズとかを考えたりすることもあるし、魔物討伐に出向くこともあるし、戦闘訓練やうちの子達との交流だって立派な仕事だ。


 とはいえ。書類仕事以外は毎日かかりきりという訳でもないし、今日みたいにぽっかり時間が空くこともある訳で……すっかり対帝国に対する緊張感を失った俺は、いつものように自室のベッドの上でまったりごろごろと……緊張感のある時間を過ごしている最中だ。


 因みにルミナをもふってはいない。ルミナがどうしているかって?ふっ、ルミナなら俺の手の中で寝ているぜ?


 つい先程までは俺の手にじゃれて遊んでいたルミナだったのだが、遊び疲れたのか、俺の掌を枕にして眠り出したのだ。


 これには覇王もきゅん死する……。


 すぴすぴと寝息を立てるルミナの寝顔を見ながらニマニマしているのが、エインヘリアの王だ……とまぁ、そんな幸せな時間を過ごしている我覇王であるが、幸せそうな光景とは裏腹にそれなりに緊張感のある時間を過ごしていたりする。


 なんせ、ルミナが枕にしているのは俺の掌……俺が少しでも手を動かせば、たちどころにルミナは起きてしまうだろう。


 無論、んがわいぃよぉぉぉぉ!等と叫ぶことも出来ない。


 そんな訳で右手をルミナに捧げつつ、緊張感のあるまったりした時間を過ごしている訳だが……こういう状況になると、人は余計な事を考えてしまう悲しい生物だ。


 そう、すなわち……尿意についてである。


 始まりは、なんてことはない……ルミナが俺の掌枕で寝ちゃって動けないなーそう言えば俺、最後にいつトイレに行ったっけ?そんな感じである。


 一度頭に浮かんでしまったモノは、意識して忘れようとすれば忘れようとするほど鮮明に考えてしまう。


 始めのうちは別にトイレに行きたくも何ともなかったのだが……意識し続けてしまえば当然行き着く先は……。


 そんな訳で覇王は今、ルミナを起こさずにベッドから抜け出す方法を思案中である。


 幸い、決壊寸前という訳ではない……まだまだ俺のダムは貯水率八割九分九厘といったところだ……まだいける。


 身体の内に集まる我が兵には、拙速よりも巧遅を尊んで欲しいと思う。


 そのまま、若干もじもじしつつ三十分程過ごした後、目を覚ましたルミナがあくびをしながら伸びをするのを愛でてから、俺はトイレに駆け込んだ。






View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






「以上がエインヘリアにて交易をおこなった商人からの情報になります」


「……概ね、最初に見た報告書の通りと言った感じだな。いくつかの商会に確認しても概ね似た様な話ばかりだし、最初の報告書も与太話の類ではないと考えるべきではないか?」


「確かに税率や景気、治安の良さに関しては間違いないようです。しかし、この税率に関しては占領地の人気取りと考えて良いのでは?いくらなんでもこの税率で国が持つはずがありません」


「国内向けの税率はとんでもなく低いが、関税に関しては結構高めですね。特に食料品の持ち出しはかなりの税率。これは見た目ほど国内の食料に余裕がないと見て良いのでは?」


 大会議室にて貴族達が意見を交わし合っている姿を、私は普段通り静かに眺めている。


 今の議題はエインヘリアに関してだ。


 最初の報告書が提出されてから既に一か月半程が経過しているのだが、その間かの国に関する情報は恐ろしいまでに集まらなかった。


 資源調査部が機能不全を起こしているというのが非常に痛い問題だが、それ以上に相手の防諜力がこちらの想定をはるかに上回っているのだ。


 資源調査部の者の中で、敵と内通をしていないと確信できる数名をエインヘリアへと何度か送り込んだのだが、その悉くが失敗……いや、最初の報告書に書かれていた内容までは調べ裏を取ることが出来るのだが、その先に一歩でも踏み込もうとすると即座に捕捉されるのだ。


 いや、踏み込もうとする以前から捕捉され泳がされているだけなのだろうが……それにしても心を読んだかの如く動き出そうとした瞬間に捕まり、強制送還となるのだ。


 諜報員が他国で捕らえられ、尋問されるわけでもなくあっさりと国境で解放される……はっきり言って意味が分からないが、全て事実だ。


 相手の狙いは……一体何処にある?


 諜報員を無傷で解放するということは、事を荒立てる意志がないという事?


 表向きの情報は全てつまびらかにし、その裏にあるモノは徹底的に隠す……もし事を荒立てたくないと向こうが考えているなら、その行動は納得いくものがある。


 しかし、こちらも向こうも裏の組織という訳ではない。


 表舞台に君臨する国同士だ。


 友好的に振舞いたいのであれば、使者を送って来るなりして国交を結べばよい。


 それをしてこないのは何故?


 いや、こちらからも友好の使者を送っていないのだから考えは分かる。


 恐らく相手に先に動いて貰う事で、優劣を決定づけようとしているのだ。


 こちらとしては、それ以上に相手の情報が少なすぎて慎重に動かざるを得ないというものもあるが……確実に相手はこちらの情報を多く握っているはず。


 しかしそう考えると、相手の行動にも説明がつく。


 わざわざこちらの諜報員の事を分かっていると告げて来たのも、表向きの情報を案内して見せつけたのも、とんでもない技術を事も無げに明かしたのも、送り込んだ諜報員を捕え無傷で送り返している事も……全て自分達が、我がスラージアン帝国よりも上回っていると見せつける為のものだ。


 そういう意味で、帝国は既に相当後手に回っている。


 相手の開示した情報に右往左往しながらも己の身体の大きさ故、迅速な対応が出来ないでいる……なるほど、確かに一年足らずでここまで急成長しただけの事はある。


 真正面から戦うよりも、こういった搦め手を得意とするタイプの国という事かしら……?


 いえ、そうと決めるのは早計ね。


 いくら謀略に長けていたとしても、この短期間でここまで領土を拡大するには軍の強さが不可欠。エインヘリアという国は、剛と柔を併せ持つかつてない程の強大な国と言える。


 少なくとも謀略や情報戦において、帝国の一歩も二歩も先に行っているのは間違いない。


 そして、非常に頭の痛い事だけど、我が帝国はそっち方面の戦いに弱い……いや、皆の頭が溶けてるだとか脳筋だらけという意味ではなく……そういう奴が多いのも事実だけど、それ以上に問題なのは、肥大化した領地の運営を任せる為に生まれた派閥の多さだ。


 広大な土地を管理する為にはそうせざるを得なかったし、今まで帝国に対してそういった事を仕掛けてくる相手も……数年前の商協連盟くらいしかいなかった。


 あの後、商協連盟にはしっかりとカタをつけさせてもらっているし、それ以降その手のちょっかいを出されることはなかったのだが……ここに来て商協連盟以上に厄介な国が生まれてしまったという訳ね。


 この手の搦め手を使って来ている事自体、正面からスラージアン帝国の力を受け止める事の出来ない証左である……そう考えることが出来ればどれだけ楽な事か……。


 そう考えた時、ふと胸中に黒い影のようなものが走ったのだが、それが何か考える前に私は宰相であるキルロイから声をかけられた。


「陛下、エインヘリアについてどうされますか?」


 どうやら、私が考えに没頭している間に重鎮達のやり取りは一通り落ち着いたようだ。


「うむ……」


 マズい、会議の流れを全然把握していない……私は軽く瞑目し、意見を纏めるフリをする。


 すると私の傍に控えているラヴェルナが私の耳元に口を寄せて、大まかな会議の流れを要約して教えてくれる。


 このやりとりは普段から多々ある事なので、私は冷静かつ迅速に今聞いた話に結論を出す。


「確かに今のエインヘリアの施策は、戦後の人気取りの為の一時的な物である可能性はある。食料の件も含めてな。それに、商協連盟と大口の取引をしている可能性も否めないだろう、ドワーフ製品は、大量生産出来ないにしても単価は非常に高いし利益率も良い。だが、それらは今得ている情報からの推論に過ぎない。我々には深度と確度の高い情報がまだまだ必要だ……故に、相手の北側から攻めるのではなく、東に目を向ける」


「東というと……ルフェロン聖王国ですか?」


「そうだ。エインヘリアの属国であるあの国であれば、本国よりも守りは薄く情報も得やすいだろう。問題は距離がかなりある事だが、手間暇を惜しんでいては今日までに得た情報以上の物を手に入れることは難しいだろう」


 それに資源調査部の者が使えないのであれば、代役が必要だ。


 『至天』の情報も割れている可能性はあるし、ディアルド爺に育成機関から出せる人材がいないか確認しておくか……。


「畏まりました。それでしたら、商人達を通じて西側にも探りを入れてみましょう。商協連盟と取引をしている様であれば、何かしらの情報が得られるかもしれません」


 キルロイの言葉に私が頷いて見せると、キルロイはエインヘリアの件について纏めを述べた後、次の議題へと話を進める。


 エインヘリアの件については目下最大の頭痛の種ではあるが、帝国の問題はそれだけではない。


 休む間もなく噴出し続ける問題に辟易としながらも、私は皇帝としての姿を崩さずに頭を働かせ続けた。


 やがて、高かった日も暮れ、大会議室にいる面々に疲労の色が濃く見え始めた頃、ようやく本日の議題がつき会議は終了と相成った。


 長らく座り続けた体は凝り固まっているし、働かせ続けた頭は熱を持っているかのように感じる。


 何より熱を帯びた頭とは対照的に、腰や足が冷えてかなりつらい……そんなことを考えつつ、私は椅子から立ち上がったのだが、そんな私にウィッカが周りに気付かれぬように合図を送ってきた。


 ……どうやら緊急では無いが早めに話をしたいという事らしい。


 私はウィッカに対し了承の合図を送ると大会議室を後にした。


 今日はまだまだ休めないみたいね……。


 私は内心ため息をつきつつ、執務室へと向かった。


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