第133話 王を知ろう・結



View of グラハム=ヨド=フレギス 元フレギス王国国王






 一目見た時から、ただ者ではない事は分かっていた。


 だからという訳ではないが、少々相手を挑発するように話をして相手の真意を探ろうとしたのだが、この王の言葉は終始真っ直ぐな物だった。


 身にまとう覇気とは裏腹に、幼子の様な理想を王の道と語り、しかもそれが出来て当然というように己や臣下、自国を誇る。


 だが、そこに狂信や驕りのようなものは一切感じられず、ただ圧倒的なまでの自信と信頼を見せつけられた。


 俺は、民とは導いてやらねば迷い戸惑い弱き存在だと考えて来た。


 いや、それは今でも変わらない、だからエインヘリア王の目指す道が実現できるとは到底思えなかった。


 しかし、現在上に立っている者とただの民にの間にある違いは、お互いの環境だけだと言われた時、俺は胸の内に苦いものを覚えた。


 民と貴族……いや、エインヘリアでは貴族制を廃しているので、国の要職に就く者達と一般の民の違い、それは改めて言うまでもなく知識の差だ。


 為政者たちは知識を有するが故に為政者として立ち、知識なき者達の上に立って差配を振るう。


 それは偏に天より与えられたモノではなく、歴史の積み重ね、そして独占によるものだ。


 良く言えば統治を円滑に行う為、悪く言えば既に上に君臨した者達が利益を独占する為。


 人は誰しも利己的で、既に権力を有している者程その思いは強い。


 そんな既得権益を王自ら、あっさりと手放そうとしている……いや、もし本当に万人に知識を与えることが出来たとしたら、その国は途轍もない発展を遂げるかもしれない。


 幼き頃より勉学に励み、体を鍛えることを是とする貴族達であっても、やはりそこには歴然とした才能の差という物が存在する。


 貴族だから誰もが優秀等と言う事はあり得ず、無能の烙印を押される者も少なくはない。


 だが、縁故や家名という力によりそういったものが要職に就き、愚かな事をしでかすのは……どんな国であっても起こり得る問題だろう。うちの国でも良くあることだしな。


 しかし知識を国全体に広げることで、より大きな分母から優秀な者達を選出して国を富ませる……理想的な形でそれが実現すれば、確かに凄まじい結果を得られるだろうが……その分、現在の為政者たちにとってはリスクが大きい。


 今まで取るに足らない筈であった者達が、一気に自分達を脅かしかねない存在へと変わるのだ。


 それを良しとする為政者が、一体どれだけいるだろうか?


 少なくとも、俺にその器量はなかった……いや、考えすらしなかった。


 自らを脅かしかねない存在を、自らの手で生み出そうとしながらも、絶対の自信をもって上に立つと言ってはばからないエインヘリア王を、俺は面白いと思った。


 そんな自信過剰とも言える王が、民を先導するといいつつもあっさりと敗れた者に力を貸して欲しいと頭を下げた。


 王の頭は軽いものではない……しかし、エインヘリア王は、王の頭が軽いものではないという常識にこそ、利用価値があると考えているのではないだろうか?


 そのくらい気安く、力を貸せと言ってのけたのだ。命令ではなく、俺自身の意思を以てだ。


 傲慢とも取れる言葉だが、不快な物は感じず、正直その時点で俺はエインヘリア王の力になっても良いと考えていた。


 だが、折角だからこの王の個人的な武力を見てみたいと思ったのだ。


 どう見てもこの王は自ら剣を取って戦うタイプ……そう思ったのだが、実際訓練場に来た後でエインヘリア王が妙に渋り出した。


 腰が引けているという訳でも無いし、戦うのが嫌いと言った様子でもない。


 何故俺と剣を交えることを避ける?その疑問の答えなのか分からないが、エインヘリア王は自分の配下を相手に体を温めると言って剣を交え始めた。


 最初はゆっくりと、丁寧に剣を打ち合わせていたのだが唐突にエインヘリア王が蹴りを放った後から様子が変わる。


 激しさを増した剣戟は目で追うのがやっと……いや、この距離であってギリギリと言ったレベルだが、それを事も無げに対応している二人の技量に不覚ながら見惚れてしまった。


 だが、それはそれとして……自らが仕える君主の顔面に、下手をしたら殺しかねない様な突きを放つのは色々な意味で大丈夫なのだろうか?


 ……いや、あの突きは確かに模擬戦で放つには危険な物だったが、その後にエインヘリア王が詠唱もせずに放った魔法の方が問題かもしれない。


 剣であっさり斬り払われたが……いや、参ったな……魔法を剣で斬った事を驚くべきなのか、あの魔法を驚くべきなのか……混乱して来た。


 そんな風に余裕をもって考える時間が得られたのは、二人がその直後に動きを止め、仕切り直しをしたからなのだが……混乱しながらも俺が理解出来たのは此処までだった。


 再び動き出した二人の動きは……なんというか、常軌を逸していた。


 先程放たれた魔法が児戯であるかのような大火の壁や走る稲光。


 その間隙を縫うかのように繰り広げられる攻防は、とても目で追えるような速度ではなく、断続的に鳴り響く剣を打ち合う音がその激しさだけを伝えて来る。


 それだけ激しい打ち合いを続けながらも先程の様に二人は距離を開けることなく、剣の間合いを保ったまま、入れ代わり立ち代わり体を入れ替え、時に魔法を交えながら剣を振り続ける。


 ただその剣速が速すぎて、足捌きからなんとなく把握しているだけだが……これは、俺の剣では触れる事さえ出来ないな。


 俺は傍らに突き刺した模擬剣に、ちらりと目線を向ける。


 王に武力は必ずしも必要ではない……いや、どちらかと言えば必要のない能力だろう。


 勿論、ある程度自衛出来る程度の嗜みは必要だが、個人の戦闘能力は全く必要がない。


 たとえ、王が戦場に出ることがあったとしても、自ら剣を振るうような愚を犯す者は……まぁ、俺以外いないだろうしな。


 俺は戦場でも先頭を駆ける為に、訓練を欠かさず体を鍛えた。


 フレギス王国で最強とは言わないが、それでも五指に入る腕前だと自負している。


 だが、それでもこの王の足元にさえ及ばないだろう。


 剣の修練は一朝一夕とはならないが、エインヘリア王はおよそ信じられないレベルでそれを収めている。そして、それ以上に驚くべきは、エインヘリア王が魔法も習得している事だ。


 魔法使い達が剣を持たず動きやすい革鎧で従軍するのは、魔法という強い武器を持っているからではなく、純粋に剣や槍で戦う膂力がないからだ。


 それは、彼等が兵として訓練が足りないという話ではない。


 魔法の習得、そして習熟には並々ならぬ努力と時間を有する……その分見返りは相当なものではあるが、逆にそれ以外の事に手を伸ばす余裕がない。


 魔法の効果は絶大だ。


 射程こそ弓に及ばない物の、その効果範囲や応用力はただの武器の枠を超える。戦時であっても平時であっても有用な技術、それが魔法だ。


 だからこそ各国は魔法使いの育成を国が主導で行い、育てた魔法使いを国で囲う。


 魔法使い一人を育てるのに兵卒を千人育成出来ると言われるほど、魔法の習得は困難で金がかかり、その上才能に左右される。


 その魔法をあれ程の発動速度で事も無げに行使するエインヘリア王は、間違いなく魔法使いとしても一流……いやそれ以上だろう。


 そもそも、詠唱を必要としない魔法の行使なんて俺は聞いたことがない。


 剣の腕に魔法……それらを一流以上の腕前で操る王……エインヘリア王は間違いなく英雄の類だ。


 そして、そんな人物を相手に剣のみで対応……いや、互角以上に戦っているあの剣士も恐らく……。


 つい数か月前まで名前すら聞いたことも無かった国に、二人の英雄……?


 少し前の俺なら、どんな戯言だと笑い飛ばしていた所だが……目の前で起こっている事態がそれを許さない。


 ……エインヘリア王と戦うのは無謀だったな。


 こうしてエインヘリア王の戦いっぷりを見て理解出来た。何故エインヘリア王が俺と戦うのを躊躇っていたのか。


 恐らくだが、本当に手加減が苦手なのだろう……俺との実力差を考えれば杞憂の様な気もするが、エインヘリア王の剣はお座敷剣術ではなく間違いなく実戦の為の剣。


 力を抜いたり寸止めしたりといった事に慣れていないのだろう……エインヘリア王が今手合わせをしている相手は、恐らく王よりも剣の腕は上……何の気兼ねも無く全力をぶつけることが出来る相手と稽古をしているが故の弊害といったところか。


 あの一撃を体感してみたいという気もするが……エインヘリア王のそれは、下手したらその一撃で命ごと終わらされかねない。


 ……しかし、こんな戦いを見せつけられて体を動かさないと言うのもな……。


 可能であれば、エインヘリア王が手合わせをしているあの剣士に、一手お願いできない物だろうか?


 そんな風に考えながらエインヘリア王の模擬戦を眺める。その勢いはとどまる事を知らず、激しさは増していくばかりだった。






View of フェルズ 手加減の出来ない覇王







 なんだかんだとジョウセンとの模擬戦に熱が入ってしまったが、終わりの時はあっさりとやってきた。


「ちっ……」


 ジョウセンの一撃を受け損なって、俺の手にしていた模擬剣が砕けたのだ。


「ふむ、一本でござるな」


「魔法ありでも、ジョウセンには届かないな」


「はっはっは!拙者は殿の剣。仕えるべき主君に後れを取っている様では恥ずかしくて名乗れなくなってしまいまする」


「そうか……俺の剣が頼もしいのは嬉しい限りだ。これからも頼むぞ」


「御意」


 あれだけ激しく打ち合ったというのに全く疲れを感じさせない顔で、ジョウセンが頭を下げる。


 まぁ、俺も人の事は言えないか。


 精神的な疲れはともかく、肉体的には全く疲れていないし息も上がっていない。


 ほんと、素晴らしいスペックだね。


 そんなことを考えながら、砕けた剣を片手にグラハムの所に向かう。


「待たせてしまったな。見ての通り負けてしまったが、体は温まった。どうする?グラハム」


 出来れば辞退して貰いたいけど、やりたいと言うのであれば、俺は防御のみって条件を付けてやるとしよう。


「……見事な戦いぶり……と言いたい所だが、すまんな。二人の剣が速すぎて、途中から殆ど何をしているのか分からなかった」


 そう言って嘆息するグラハム。


 これは実力差を分かってくれた感じだろうか?


「あんなものを見せられてしまっては、流石に実力差は痛い程分かった。俺程度の力量では百回挑んでも百回殺されて終わりだろう。手加減が苦手というのは……本気なのだな?」


「……あぁ、馬鹿にする意図は一切ない。俺の未熟故の言葉だ」


 分かって貰えたことに安堵しながら、俺は至って真剣な表情で頷く。


「未熟という言葉については異論をはさみたいが……しかし、良き物を見せてもらった。感謝する」


 そう言った後、グラハムが徐に地面に片膝をついた。


「エインヘリア王陛下、貴方の理想を叶える一助として、このグラハムの力、如何様にもお使い下さい。王の器、国としての力、王個人の武力、臣下の実力、どれを取っても当代随一であることは疑いようもなく、その全てに感服いたしました。遅ればせながら先だっての非礼を詫び、許されるのであれば、エインヘリアに絶対の忠誠を誓わせていただきたく存じます」


「お前の謝罪、そして忠誠を受け入れよう。このエインヘリアが為存分に働いてもらうぞ、グラハム」


「はっ!」


 いきなりここまで従順になったのはびっくりだけど……とりあえずフレギス王国方面の人材をこれで使えるようになったわけだし、実力見せつけ作戦は大成功と言えよう。


 キリクやイルミットに良い報告が出来そうだ。


 さて、それはそうと……。


「ところでグラハム」


「はっ!」


「なんか気持ち悪いから喋り方は元に戻せ」


「……」


 片膝をつき頭を垂れていたグラハムが顔を上げるが……その顔は若干不満そうだ。


「あれだけ不遜に振舞っておいて今更だろ?俺が許す、お前は普段通りのまま俺と接しろ」


「……王や国ってのは、見栄とはったりで殆ど完結するんだぞ?」


 立ち上がりながら膝についた砂をパンパンと払うグラハムが、不満たらたらと言った様子で言う。


「そういう肩がこりそうなヤツは、外向きに必要な時だけで十分だ。寧ろ、お前はそういうのに賛同してくれると思ったんだがな?」


「……俺は初めて、俺の態度に臣下が苦言を呈してくれていた気持ちを理解したぜ。なるほどな……こういう気持ちだったか」


 何やら遠い目をしながら呟くグラハム。


「とりあえず、俺の事は呼び捨てにしてみるか?」


「……俺に色々命令されてた奴等の気持ちがどんどん分かる……あぁ、アイツらはあの時こんなこと考えていたのか……悪い事をしたぜ」


 どんどん遠い目が深くなっていくグラハム……何やら配下に対する理解が深まって行っているようだが、俺の事を無視するのはどうなん?


「あ、フェルズ。ジョウセン殿だったか?あの剣士と手合わせさせてくれないか?遠く及ばないだろうが、是非頼む!フェルズと違って手加減の出来る御仁なのだろう?」


 遠い目をしていたわりに、あっさり俺の事呼び捨てにしたな。


 まぁ、こういう切り替えの早さは、なんか非常にらしく感じるが……。


「ジョウセンなら手加減はしてくれるだろうから、安心してボコボコにされて来い。ジョウセン!グラハムの相手をしてやってくれ!」


 俺が許可を出すと、嬉しそうに両手剣を抱えてグラハムがジョウセンの元に向かう。


 俺を呼び捨てで、ジョウセンに敬称をつけるのはなんかおかしくないか?


 そんなことを考えたが、俺が呼び捨てを命じたせいなんだろうなと納得することにした。


 とりあえず、これで元フレギス王国に関しては問題解決したと考えて良いだろう。


 やっと次の事に取り掛かれそうだ。


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