第88話 強者の特権

 同時刻、アメリカでキングが襲撃されている時に執務室で仕事をしていた覇王のもとにれいの不審者が姿を現した。


「やれやれ、今は仕事の真っ最中なのだがね……」

「何、安心してくれ。すぐに済むさ」

「ところで……扉の前には私の部下がいたはずだが?」

「ああ……。それなら殺した」

「そうか……。戦士であるならば覚悟はしていた事だ。しかし、主として部下の仇は討ってやらねばな」


 覇王は作業机を思い切り蹴って不審者に向かって吹き飛ばす。

 弾丸のように真っすぐ飛んでく机を不審者は片手で受け止める。

 ローブに顔をすっぽりと隠しており、表情は窺えないが間違いなく得意げに笑っているだろう。

 しかし、粉々になった机の木片が視界を遮った瞬間、目の前に覇王が迫っていた。


「砕けろ!」


 ブオンッっという風切り音と共に覇王の拳が振るわれ、不審者を扉を貫いて彼方へ消え去った。


「……手応えはあったが」


 壊れた扉の方を見ながら覇王は何度も手を開いたり、閉じたりして先程の感触を思い出していた。

 殴り飛ばしはしたがまるで分厚いゴムタイヤを殴っているような感触であった。

 恐らく、吹き飛びはしたがダメージはないだろうと覇王は鋭い目を不審者が飛んでいった方へ向ける。


「一応、日本から情報は貰っているが、どうやら予想を上回る強さらしい」


 日本もとい一真から宗次を襲撃した犯人はもしかすると、かなりの実力者なので注意するべし、と聞かされていたが、まさか自分よりも強いとは思ってもいなかった。

 だからといってすぐに白旗を挙げるなど言語道断であるが。


「久しぶりに全力といこうか……!」


 身体強化と倍加の異能で覇王は自身の身体能力を全力の百倍にまで上げる。

 身体能力だけなら世界一であろう覇王はビルが沈むほどの威力で踏み込み、不審者が飛んで行った方へ駆けだした。


「やれやれ、大事な一張羅が埃まみれだ……」


 覇王が吹き飛ばした不審者は壁に激突し、崩れ落ちた瓦礫をどかして立ち上がる。

 真っ白なローブには瓦礫の破片がついており、少しだけ汚れていた。

 破片や埃を払うようにパンパンとローブを叩いている不審者のもとに覇王が迫ってくる。


「真っすぐに向かってくるとは……大胆と言えばいいのか、無謀だと言えばいいのか……」


 勇気があるのは結構な事だが実力が伴っていなければ、それは無謀でしかなく、無意味なものだろう。


「戦闘力2800の雑魚が私に敵うはずなどないのに……。無知とは罪なものだな」


 最初に会った時、すでに戦闘力の計測は済んでいた。

 覇王の戦闘力は2800。対して不審者の戦闘力は14万5千。

 圧倒的な数値の差に普通なら戦うという選択肢など生まれないのだが、覇王には相手の戦闘力を計るものなど持ち合わせてはいないのだ。


「今度のは痛いぞ」

「さて、どうかな?」


 目の前まで来た覇王と言葉を交わし、激突する不審者。

 覇王の容赦ない殴打が不審者を壁際まで追い詰めていく。

 何の抵抗もなく不審者は覇王の攻撃を受け止め、最後は背後の壁が崩れ、高層ビルから真っ逆さまに地上へと落ちていった。


「……バカげた防御力だな」


 高層ビルから真っ逆さまに落ちていった不審者を壁に出来た穴から見下ろす覇王はボロボロになった自分の手をさする。


「反撃をしてこないのは余裕からか……。ふっ、面白い。一泡吹かせてやる」


 勝ち目は薄く、絶望的な状況であるが戦闘狂である覇王にとってはまさに絶好に機会であった。

 一真と戦った時と同じく、闘争心が昂ぶり、血が滾る覇王は久しぶりに感じる命の危機に酷く興奮している。

 かつて、暗黒街で底辺を這いつくばり、生きるか死ぬかの瀬戸際を常に渡っていた時代を思い出していた。


「強者との戦いこそが俺を強くする!」


 事実、紅蓮の騎士との戦いでさらなる飛躍を果たした覇王。

 今回の敵は残念ながら、純粋な殺し合いを望んでおり、明確な敵である。

 本来ならば立場のある覇王は後方に控えているべきなのだが、標的にされているのは誰の目に見ても明らか。

 であるならば、撤退はなく、前進あるのみだ。


「一方的にやられすぎたか? 下手に希望を持たせてしまったかもしれないな……」


 地上に落ちた不審者はビルを見上げ、こちらを見下ろしている覇王を見つめる。


「ククク……。仮初の希望を打ち砕いた時、どのような顔をするのか楽しみだな~!」


 ローブの奥に隠されていた不審者の顔が醜く歪む。

 勝てるかもしれないと小さな希望を抱いた覇王が勝てないと分かった時に、どのような顔をするのか楽しみで仕方がない。

 早く、絶望に歪む顔が見たいと不審者は興奮するのであった。


 不審者が落ちてきたビルの穴から真っ逆さまに覇王が降りてくる。

 アスファルトの地面を砕き、華麗に着地した覇王は不審者と相対し、ゆっくりと拳を構えた。


「随分と余裕そうだな?」

「ふふ、そうだね……。もしかして、勝てるとか思っちゃってる?」

「……いいや、そこまで愚かではないさ。先の戦闘ですでに分かっている。俺ではお前に勝てないとな」

「なんだ、もう理解してたのか。つまらないな~。勝てると思ってるから、健気にも戦おうとしてるのかと思ったのに」

「だが、ただで負けるつもりはない」

「へ~……。勝てないって分かってるくせに、まだやる気なんだ」

「そうとも。それが男の性分だろう?」

「よく分からないけど……楽しめるならなんでもいいよ」


 次の瞬間、覇王が踏み込み、不審者に肉薄する。

 轟音を鳴らし、衝撃波を生み出す覇王の拳が不審者に吸い込まれていく。

 防御どころか避ける素振りすら見せない不審者に覇王は一切の慈悲なく拳を叩き込んだ。


「渾身の一撃だったのだがな……」

「ちょっと、痒かったかな? まあ、でも、無駄な努力ご苦労様」


 覇王に殴られた胸のあたりをさする不審者はダメージを負っている様子は見られない。

 渾身の一撃が一切通じなかった事に覇王はショックを受けるも、予想していた事もあり、そこまで動揺はしていない。

 とはいえ、やはり自身の全力が全く通じなかったのは愚痴の一つでも零したくなるものであった。


「それじゃあ、今度はこっちの番かな」

「ッ!」


 不審者が軽く拳を振り上げ、子供の喧嘩みたいに腰の入っていないパンチを繰り出す。

 咄嗟に両腕を交差させて覇王は不審者の拳を受け止めるも、尋常ではない力に押され、ビルの方へ吹き飛んだ。


「防御した上でこの様か……」


 ビルの壁に激突し、ガラガラと崩れ落ちてくる瓦礫の下で覇王は自身の弱さに嘆く。

 たった一撃。しかも、本気ではない遊びのようなもので覇王は満身創痍となっている。己の非力さに嘆きたくなるのも無理はないだろう。


「よかった。死んでないね! 中途半端にしぶとくてよかったよ。これなら、もう少しだけ楽しめそうだ!」

「いたぶるのが趣味とはな……。下衆な奴だ」

「君が弱いのが悪いんだよ?」

「ふっ……。その通りだな。何も言い返せん」


 自嘲する覇王は嬉しそうな足取りで向かってくる不審者に顔を向ける。

 獲物をいたぶるのが趣味だからだろう。その足取りは軽快ではあるが鈍重である。

 だからこそ、覇王に猶予が生まれ、保険を使うだけの時間が出来た。


「私では勝てそうにない。だから、後は任せよう」


 そう言って覇王は懐に忍ばせていた一真印のお守りを握り締めた。

 その瞬間、お守りから光が溢れだし、淡い光が覇王を包み込む。

 異変に気が付いた不審者だが完全に油断していた事もあり、覇王が光に包まれるのを黙って見ている事しか出来なかった。


「一体何が……!?」


 光が収まると、そこには見覚えのない漆黒の騎士が立っていた。

 一瞬、覇王が変身したのかと思った不審者であったが、漆黒の騎士の背後に結界に包まれている覇王の姿を確認し、目の前の人物が別人である事を理解する。


「助っ人かな? まあ、僕の敵ではないだろうけどね」


 すかさず不審者は漆黒の騎士の戦闘力を計測する。

 そして、表示される数値は5というゴミのような数字。

 これには不審者も驚きのあまり、笑いが止まらない。


「アハハハハハハハッ! 助けに来たのが戦闘力たったの5のゴミだなんて! こんなに面白い事はないよ! 僕を笑わせてくれる天才かな?」

「好きに笑っていればいい……。その男を侮っていると痛い目を見るのはお前だ」

「へ~。随分、信頼しているんだね。じゃあ、その希望を打ち砕いてあげよう!」


 嬉々として漆黒の騎士に襲い掛かる不審者。

 助けに来てくれた漆黒に騎士が目の前で無残に殺されれば、覇王もその顔を惨めなものに歪めるだろう。

 不審者はそれを想像してしまうと、口元が自然と歪んでしまう。

 だが、次の瞬間、顔面に衝撃が走ると、アスファルトの地面を何度もバウンドして無様に倒れていた。


「へ……?」


 一体何が起こったのかと理解出来ない不審者は呆然と空を見上げていた。

 すると、そこへ現れたのは漆黒の騎士。

 不審者の視界一杯に漆黒の兜が映され、驚きの光景が目の前に広がる。

 突然、視界一杯に現れた漆黒の兜に目を見開く不審者は体を動かそうとしたのだが、指一本動かない事に気が付く。


「な、なんで!?」


 必死にこの場から逃げ出そうと藻掻くが、クモの巣に捕まった蝶のように不審者は身動きが取れない。

 そうしていると、どんどん漆黒の兜は近づいてきて、恐怖心が煽られる。

 このままでは成す術もなくやられてしまうと怯える不審者は真っ黒な篭手が降ってくるのを最後に意識を失った。


「殺したのか?」


 漆黒に騎士に回復してもらっていた覇王がこちらへとやってくる。

 顔面が首から上がアスファルトに埋まっている不審者を横目にしながら漆黒の騎士へ声をかける。

 漆黒の騎士は覇王の問いに対し、首を横に振って否定して不審者が生きている事を示した。


「そうか。そいつに関してだが私は負けてしまった以上、口出しする事はない。君の判断に任せる」


 覇王の言葉を聞いてサムズアップする漆黒の騎士であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る