第18話 誰が為に

 先に動いたのは楓だった。彼女は二人へ距離を詰めて念力で吹き飛ばす。だが、二人はビクともしなかった。それどころか目を疑う光景が映る。


「ヒャハッ!」

「ッ!?」


 狂気じみた笑みを浮かべた井上が楓の背後へと回り込み、彼女を殴打したのだが念力で楓は防いだ。しかし、驚くべきは楓の念力ではなく身体強化したとしか思えない速さで動いた井上だった。


「嘘!? 井上ってシングルでしょ! 火の異能しか持ってないのに、なんであんなに速いの!?」

「わ、わかんないよ! とりあえず、楓のフォローに!」

「おいおい、お前等の相手は俺だろ」


 井上の動きに驚いていた二人の後ろに田村が現れた。

 突然の事に驚いた二人は咄嗟に後ろへ跳んで距離を取るが、田村の異能は土操作。身体強化の異能者と同等の速さで動く田村に詩音とマリンの二人は遅れを取る。


「遅いんだよ!」

「「きゃあッ!!!」」


 田村が地面を操作して二人を攻撃する。アスファルトを突き破って出てきた土の棘に二人は傷付けられる。制服が破れて、子供には刺激の強い格好になってしまうが二人はそれどころではなかった。


「くッ……! 田村も井上と同じ感じなの!?」

「絶対、おかしいって! シングル異能者がデュアルになるなんて聞いたことないもん!」

「お前等の知らない世界があるんだよ!」


 攻撃を受けて地面に転がっていた二人のもとへ田村は近づき、再び地面を使って攻撃を繰り出した。

 詩音とマリンは戦闘科ではあるが、その異能は電撃と重力操作。つまり、接近されると上手く戦えないのだ。

 それに加えて、ここは現実世界。いつものようにVR空間での訓練ではない為、攻撃を受ければ普通に痛いのだ。それが彼女達の動きを鈍らせる。


「づぅッ!」

「あうッ!」

「ハハハハハッ!!! 楽しいな~! 弱い奴をいたぶるのはよぉ~!」


 完全にイカレてしまっている。クスリでも決めているのではないかと思うような田村。もっとも、詩音やマリンは知らないが田村は本当にクスリを決めている状態だ。


 その時、サイレンの音が鳴り響き、警察が介入してきた。詩音だけでなく近隣住民が通報したおかげで割と早い到着であった。

 これで形勢逆転かと思いきや、田村の土操作によって完全に周囲を封鎖されてしまう。警察も助けに向かうことも出来なくなってしまった。


「井上ッ! さっさと片づけるぞ!」

「もうちょっと楽しませろや!」

「警察来たんだから仕方ねえだろ! 道は塞いだけど、いつまでも持つわけじゃねえ! とっとと、ぶち殺して逃げるぞ!」

「分かったよ! さくっとぶっ殺すわ!」

「調子に乗らないで……!」


 二人の会話に腹を立てた楓が念力で宙に浮かび上がる。戦闘科一年生最強の名は伊達ではない。彼女は二人を拘束しようと念力を向けた。

 楓の念力によって体が動かなくなった二人はこのまま捕まるかと思いきや、彼女の念力を力で振り解いた。


「ッ……!」

「ハハハッ! もうお前なんて敵じゃねえんだわ!」


 井上が跳び上がり、楓を叩き落す。彼女は念力で自身を守り、地面への激突をやわらげた。

 しかし、その衝撃は全て受け流しきれず、彼女はダメージを負ってしまう。


「うぐッ……」

「へえ~。よく耐えたじゃん。まあ、でも、これでトドメだ」


 地面に倒れている楓に向かって井上は特大の火球を放った。

 咄嗟に楓は念力で火球を防いだが、火球が爆発したことによって彼女は勢いよく吹き飛んでいく。飛んで行った先は一真が丁度レジで会計をしている所だったのだ。


 ◇◇◇◇


 時は戻り、一真は火傷を負い、怪我をしていた楓の体を回復魔法で治した後、店の外へ出て行く。一体、外では何が起こっているのだろうかと一真が外に出た時、視界の先で井上と田村の二人から暁達を守っている詩音とマリンの姿を捉えた。


「皆、逃げて。あーしらが時間稼ぐから……」

「ギャハハハハ! 時間稼ぐってお前どうやってだよ!」

「こうやってだよ! 重力十倍!」

「うおッ!?」


 マリンが手をかざして重力を上げる。突然、重たくなった体に井上と田村は動きを止めてしまうが、慣れればどうという事はなかった。


「なんだ、この程度か」

「楽勝じゃん」

「じゅ、重力二十倍!」


 ズンと重たくなるが動けないほどではない。二人は少し鈍い動きであるがマリンの重力下から抜け出そうとしていた。そうはさせまいと詩音が電撃を二人に向かって放つ。

 二十倍もの重力で動きが鈍っている今なら当たると確信していた詩音だったが、信じられないことに二人はまだ本気ではなかったのだ。


「流石にそれはやばいな」

「だな。これ受けたら不味いわ」


 軽いノリで話している二人はマリンの重力下から簡単に抜け出してみせた。驚愕の光景にマリンは目を見開き、詩音は茫然としていた。先程までは確かに動き辛そうにしていたのだ。彼女達の反応もうなずけるだろう。


「そいじゃ、死ねよ」


 井上がマリンの懐へ踏み込み、拳を放った。全く反応出来ないマリンは井上の拳を防ぐことも避けることも出来ず、直撃を浴びてしまうのであった。


「ガッ……ハッ……!」

「マ、マリンッ!」

「おい、人の心配してる場合か?」

「え?」


 殴られて吹き飛ぶマリンを見て叫ぶ詩音の傍に田村がいた。いつの間にか傍にいた田村に間の抜けた声を出す詩音に向かって田村は回し蹴りを彼女の横っ腹に叩き込んだ。


「死ね、オラァッ!」

「ぎぃッ!?」


 苦悶の声を上げて詩音は横に吹き飛ぶ。滑るように飛んだ彼女はゴロゴロと地面を転がった。


 その光景を見ていた暁達は恐怖に震える。頼みの綱である戦闘科の女子が一方的に蹂躙されてしまい、逃げ道もない今、完全に希望が断たれてしまった。


「あ……ああ……」

「こいつら、どうするよ?」

「殺せばよくね? ペラペラしゃべられても困るし」

「ひッ!」


 そもそもここは市街地である。暁達を殺した所で意味はない。すでに監視カメラに二人の凶行はバッチリと撮られている。だから、口封じのために目撃者を殺しても意味がないのだが、二人は正常な思考をしていない。


「や、やめろ……」

「殺すなら、私達からにしなさい……」


 マリンと詩音が地面に倒れ伏し、苦悶の表情を浮かべながらも暁達を守ろうと必死に二人を自身へ目を向けさせようとしていた。


「くくく! 泣かせるね~。じゃあ、言葉通り、お前等から殺してやるよ」

「ハハハハ! ドラマチックだな! 映画で見たことあるぜ。こういうシーンはよぉ!」


 井上と田村の二人は暁達から視線をマリンと詩音に移した。二人はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて倒れている二人のもとへ近づく。

 二人は無防備にも近づき、マリンと詩音へ手を伸ばそうとした時、二人は「かかった」と笑みを浮かべて異能を発動する。


「重力三十倍ッ!!!」

「サンダーボルト!!」


 マリンが井上にかかる重力を三十倍にし、詩音が田村に向かって電撃を放った。

 二人は油断をしていたために避けることが出来なかった。井上は三十倍の重力に押しつぶされ、田村は電撃を浴びてしまう。


 これで勝ったと思ったが現実はそう甘くはなかった。井上は立ち上がり、田村は痺れただけで普通に動いたのだ。マリンと詩音は異能が全く通じなかったことに目を見開いた。


「そんな……あーしの全力だったのに」

「ハハハハハ! アレが全力って雑魚すぎだろ」

「ああああ!」


 笑っている井上は倒れ伏しているマリンの髪の毛を掴んで無理矢理立たせる。強く髪の毛を引っ張られているマリンは痛みに悲鳴を上げて目に涙を浮かべていた。


「そうだ。お前、俺の女になれよ。生意気だけど顔と体はいいからな。そうしたら、許してやってもいいぜ」

「だ、誰がお前みたいな下衆の女になるかっての!」


 ペッと井上の顔に唾を吐いて悪態を吐くマリン。それに対して井上は我慢ならなかったようで空いている手に火を灯した。


「そうか。じゃあ、その綺麗な顔を燃やしてやるよ!」

「お前等なんか国防軍に捕まるのがオチなんだから!」

「遺言はそれだけか。じゃあな」


 時同じく、詩音も田村に殺されそうになっていた時、一陣の風が戦場を駆け抜けた。

 思わず、目を瞑ってしまった井上と田村。先程の風は何だったのだろうかと思いながら目を開けると、マリンと詩音の姿がどこにもなかった。

 一体どこへ消えたのかと首を動かして周囲を見回すと、そこには二人を抱えている白銀の騎士が立っていた。


「ああ? なんだ、テメエは?」

「…………」

「おい、なに無視してんだ!」


 質問に答えなかった白銀の騎士に対して切れた井上が特大の火球を放った。

 白銀の騎士はマリンと詩音をゆっくりと地面に降ろすと、火球に向かって手を向ける。


 それだけだ。それ以上のアクションを白銀の騎士は起こさない。誰もが息を呑む。特大の火球が白銀の騎士にぶつかった。

 大爆発を起こし、白銀の騎士を木っ端みじんに吹き飛ばしたと、その場にいた全ての者がそう思っただろう。


 しかし、爆煙が晴れるとそこには無傷の白銀の騎士が佇んでいた。


「はあッ!? 無傷だと? バカな! アレを受けて無傷なんてあり得ねえ!」


 動揺する井上は目の前の光景が信じられず大声で叫ぶが、どこからどう見ても現実であった。


「死ね」


 今度は田村が動いた。白銀の騎士に向かって異能を発動し、彼の足元から土の棘を生やして攻撃する。確実に直撃すると思われていた土の棘は白銀の騎士に当たる直前、彼が腕を振るっただけで粉々に打ち砕かれた。


「な……ッ!?」


 またしても信じられない光景に田村も目を見開いた。先程の一撃は間違いなく本気だったのだ。それを腕を振るっただけで防がれるとは思いもしなかったのだろう。田村は動揺を隠せないでいる。


「気高き戦士たちよ。後は私に任せるといい」

「あ、貴方は……?」

「だ、誰なんですか?」

「名乗るほどでもない。誇り高き戦士たちよ。今は休んでいてくれ」


 白銀の騎士こと一真は静かに怒っていた。必死に怒りを抑え込み、マリンと詩音に回復魔法と睡眠魔法を使い、傷を癒し眠りに就かせた。そして、彼女達にこれ以上被害が及ばないように結界を張り巡らせてから、井上と田村へと振り返った。


「お前達は決して許さん。覚悟しろ」


 久方ぶりに一真は激昂していた。

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