幕間の物語76.辛党侍女はどこまでもついて行く

 ダンジョン都市ドランにある元愛妾屋敷の浴室で、レヴィアはセシリアに髪を洗われていた。その隣ではドーラが自分で髪を洗っている。

 魔改造された浴室は、魔力を少し流すだけで適温のお湯がシャワーから出てくる。

 桶に少量の水と石鹸を入れて魔力を流せば、もこもこの泡がすぐに出来上がる。

 美顔ローラーとシズトが呼んでいる不思議な魔道具や脱毛タオルもあったが、それらはまとめて隅に置かれていた。

 セシリアはレヴィアの髪を洗い終わると、今度はレヴィアの体を洗うために石鹸を泡立て始めた。


「良かったのですか? シズト様に縁談の申し込み相手全てを教えてしまって。中には他国の姫君もありましたが……」

「いいのですわ。隠し事をしない、と誓いましたもの。それがなかったとしても、私の判断だけで行動するのは良くないって分かったのですわ」

「私も、反省」

「今日はドーラの発言を気にしている様子はなかったのですわ」

「そうですね。シズト様はお顔に出やすいので、分かりやすいです。お背中、失礼します」


 セシリアは泡をレヴィアの背中につけた。

 レヴィアの背中の真ん中に黒い何かが広がっていたが、それを白い泡が塗りつぶしていく。


「そう言えば、邪神の信奉者の方は進展あったのですわ?」

「特にないようです。踏み込んだ時にはすでにもぬけの殻だったようで。どこかから、情報が漏れていたのかもしれません」

「私の時もたった一人を見つけるだけで結構時間がかかったのですわ……? 焦らず詰めていきたいところですけれど……」

「まだ呪われてない、呪われない事優先」

「龍の巣の時には徹底的にシズト様の髪など、痕跡を除去しました。条件が揃っていないと思うので、まだ大丈夫だと思いますが……それとなくそういう魔道具を作れないかシズト様に進言してみてはいかがでしょう?」

「もう作ってるのですわ。シズトへの謝罪と一緒に、背中に残ったコレについて話したらくれたのですわ。肌身離さず着けるようにって言われたのですわ」


 左手首に着けたミサンガにそっと触れるレヴィア。それは今も微量の魔力をレヴィアから自動的に吸収して効果を発揮している様だ。

 セシリアはレヴィアの体にお湯をかけて泡を流していくと、再び真っ白な背中の真ん中に異様に広がる黒い文様が現れた。

 それを見て、セシリアは昔の事を思い出し、顔を顰めた。




 レヴィアがまだ幼い頃の事だった。

 彼女の加護を恐れた貴族の一人が、彼女を殺そうと画策した。

 その男は不正をしていたため、バレるのを恐れたらしい。まだ幼い彼女がそんな事を理解できるか分からなかったが、男には邪神の信奉者との伝手があったらしい。

 幸い、レヴィアが生活していた部屋は幾重もの防御結界が張られていたため、即死は免れた。だが、熱にうなされ、体中に黒い文様が広がっていた。

 蛇のように動くそれが、自分にも移るんじゃないかと恐れた者たちがいる中で、セシリアはレヴィアの看病をやめなかった。


「セシリア……移っちゃうのですわ」

「移りません」

「でも、移るかもって、皆が思ってるのですわ」

「そうですか。でも私は思わないので、やめません」

「……仕方がない人ですわ。でも、辛い物を食べても治らないと思うのですわ」

「治るかもしれないじゃないですか。辛い物は体にいいって本に書いてありました。呪いにも効くかもしれません」


 そんな話をしながら看病を続けていると、ある日を境に文様が広がらなくなった。

 どうやら、ドラコ侯爵が邪神の神官と名乗る者を殺したからのようだった。

 その日から熱にうなされる事もなく、室内を歩き回る事ができるようになるまで回復したレヴィだったが、黒い文様は体に残ったままだった。

 ドラゴニア国王がありとあらゆる手段を使って、背中から体全体に伸びていた文様を消した。だが、呪いの核となっていたからか定かではないが、背中だけには残ってしまった。

 娘の事を思い、この件に関しては箝口令がしかれ、無事完治したと周知された。

 だが、呪われた事があるというのは多くの貴族が知っていて、自分の身を守るために、さらにレヴィアと関わろうとするものが減っていった。

 忌々しいその文様を睨むように見ながら、セシリアはそっと嘆息した。


「これについても、話してしまいましたね。呪いの恐ろしさを説明するためとはいえ、わざわざ自分に不利になる事まで全部話す必要はなかったのでは?」

「そうですわね。でも、知っておいて欲しかったのですわ。今は特に何ともないですけれど、体に悪影響が残っているかもしれない事も、今後触れたら移ってしまうかもしれないと言われている事も、その他の事も全部。……でも、話した時のシズトの反応には何とも言えない気持ちになったのですわ」

「刺青」

「シズトの世界には、不思議な文化もあるのですわね」

「今後、同じように生き残った人たちが堂々と生きていくためのカモフラージュとして広めてみるのもいいかな? とか仰ってましたね」


 くすっと笑うレヴィアの横で、ドーラはもこもこと泡で遊んでいた。

 体を洗われ終わったレヴィアは湯船に浸かる。片づけを終えたセシリアがその後に続いた。

 入浴魔石によって良い香りがするお風呂を楽しみながら、レヴィアは考える。


「ただ、私が選ばれなかったら……その時は城で植物でも育てようかと思うのですわ。すっかり日課になっちゃって、今日も結局土いじりできなくて調子が出ないのですわ」

「左様ですか。では、その時には私も一緒に唐辛子を育てますね」


 にっこりと笑うセシリアを見て、レヴィアは苦笑を浮かべたが、二人そろって、のんびりと静かな入浴を堪能したのだった。

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