幕間の物語71.侯爵令息は抗議した

 ユウト・フォン・ドラコは、ドラコ侯爵の長男としてこの世に生を受けた。

 両親とは異なる髪と目の色で驚かれたが、長い侯爵家の歴史の中で、勇者の血が混じっていたのでそういう事もあるだろう、と受け入れられた。ドラコ侯爵はたいそう喜び、元々つける予定だった名前をやめて、昔いた勇者の名前をそのまま彼につけた。

 加護も無事に授かっていて、幼少期は上手くコントロールできなかったそれも、周りのサポートもあり今では完璧に制御する事ができている。

 そんな彼が幼い頃、親に連れられてある可愛らしい女の子と会う機会があった。

 彼の住んでいる家よりもはるかに大きな城に住むその可愛らしい女の子は、ある時を境に親に連れられて出席するパーティー以外では部屋からでなくなってしまったらしい。それは加護が原因だと言われていた。

 それを聞いたユウトは、彼女に同情した。彼自身もその頃は上手く加護をコントロールできていなかったから。

 白亜の城の、大きな廊下を歩き続け、通された広い部屋の真ん中で、ちょこんと座っている小さな女の子。

 金色の髪はくるくると巻かれ、大きな目は落ち着きなく部屋を彷徨っている。肌は日に当たった事がないのかと疑うほど白く、綺麗だった。

 可愛い、とユウトが思うと、女の子は驚いた様子でユウトを見て、それから頬が一気に赤く染まった。

 その時のユウトは、目が合ったから恥ずかしがってるのだろう、と捉えていた。


「お初にお目にかかります、ユウト・フォン・ドラコです」


 女の子の前に立ったらすぐに跪いてそう言うように、と何度も繰り返し指導されていたおかげですらすらと名乗りを上げる事ができた。幼かった彼にしては上出来だ。

 その先の事はどうなるか分からないからといろんなパターンを練習させられたのだが、正直目の前の可愛い女の子の事で頭がいっぱいだったユウトは、何も考える事ができなかった。

 跪いたまま床を眺めるユウト。どれくらい時間が経ったのか分からないが、女の子が動く気配がして彼は固まった。


「レヴィア。レヴィア・フォン・ドラゴニア、ですわ」


 可愛らしい声だ、とユウトは彼女の声に全神経を傾けていた。だからレヴィアがさらに顔を赤くしたのに気づかなかった。


「お、お父様に言われてきたのですわ?」

「………は、はい! 父に言われてきました」


 レヴィアとしては彼女の父親である国王に言われて来たのか、と聞いたつもりだったが、彼の心の中に浮かんだのは彼の父親だけだった。思った事をそのままいう彼がなんだか面白くて、くすくすと笑うレヴィア。

 ただ、何かに気づいた彼女は、部屋の隅で静かに控えていた彼女よりも少し年上に見えるメイドを見て、それからユウトを見た。


「……あ、そうですわね。顔をお上げになってほしいのですわ」

「ハッ」

「セシリアがお茶の準備をしてくれたのですわ。一緒に飲むのですわ。美味しいお菓子もあるのですわ!」

「ハイ」


 裏返った声で緊張した様子のユウトを見て、またくすくすと笑うレヴィア。

 ユウトは、彼女の笑顔を見て、頬を赤く染めた。




 そんな初々しいやり取りを聞いて、早々に親同士が結婚の取り決めをしてしまった。

 ただ、その頃の何も知らなかったユウトは胸を躍らせた。

 あんな可愛い子と結婚できるなんて夢の様だ。それに、彼女の地位も将来の自分よりもはるかに上。加護を持って生まれた事を彼は神に感謝した。

 ただ、その夢の様な日々も長くは続かなかった。

 ある日のパーティーで、彼女の噂を耳にしたからだ。

 なんでも、心の中をすべて見透かす加護らしい。胸に秘めた淡い恋心も、内に秘めたどす黒い感情も、彼女の前では隠す事などできない。

 貴族ともなると疚しい所の一つや二つ、誰にでもある。その秘密を勝手に暴いて、彼女の父に告げ口などしているのではないか、等と貴族たちは噂し合っていた。

 レヴィアがパーティーに出ると、大人たちは彼女を避けた。その様子を見て、子どもたちも彼女を避ける。

 一人ぼっちで佇む彼女を見て、ユウトは一瞬迷った。気後れしただけだったかもしれないが、人ごみの中にいた彼のその思いは、はっきりと彼女に伝わってしまったのだろう。

 バッと彼を見たその時のレヴィアの表情を、ユウトは忘れる事は出来なかった。


「こんなに離れていても心が読めるなんて」


 ただ、その時のユウトは何も考えずに、そう言ってしまった。

 呆然としていた彼は、周りの大人たちが驚いた様子でユウトとレヴィアを見ている事に気づかなかった。

 それから、レヴィアがパーティーに出る事はさらに減っていった。

 たまに出てきても、腫物を触るように扱われ、彼女は暗い表情のままじっとしていた。見かねたメイドに引き連れられて、会場を後にするとヒソヒソと話し合う者たちの会話に、ユウトもいつしか混ざっていた。

 婚約者である彼は、最初の頃は頻繁にレヴィアの部屋に訪れていたのだが、その頃になると数カ月に一回親に連れられて会うくらいになってしまっていた。

 その時の様子を話してどれだけ彼が苦痛に耐えているのかを取り巻きの者たちに大げさに話していた。


「お前たちも知っての通り、どんどん見た目も悪くなっていっていて、ぶくぶく太っていってるんだよ。幼い頃の可愛らしさは今じゃもうなくなってんだよ。昔だったら見た目だけでも自慢できたのに、今じゃ王女ってことくらいしか自慢できる事ないわ。お前らもそう思うだろ?」

「思います。親同士が決めた事だから仕方ないですが、あんな見た目じゃ世継ぎを作るのも大変そうです」

「そこら辺はもう考えてあるから問題ないな。側室は珍しい事じゃないし、いい子の目星はもうついてっから」

「さすが、侯爵令息様!」

「どんな人かお聞きしたいです!」

「俺と同じ先祖の血を色濃く引き継いだ女でな。俺と同じ黒い髪に黒い目で、なにより加護もあの女と違って戦いに有用だ。その事を話したら父上も側室くらい許してくれるだろ」




 そんな会話があってから数年経ち、彼に一つの報せが届いた。

 お互いのために婚約解消をしたい、という申し出だった。

 ユウトは大いに喜んだ。心の中で常に秘めていた悪態などが効いたのかもしれない、と思ったが手紙にはその件について触れられていない。


「これでようやく本当に愛してる人と結婚できる!」


 そう思い、意気込んで彼は父親に話をつけに行った。

 ただ、彼の予想とは違う反応が、ドラコ侯爵から返ってきた。


「この愚か者が! 貴様のせいで、王家の血筋を我が家に取り入れる事ができなくなってしまったではないか!」

「で、でも、優秀な加護を持つ者の血を入れる事ができます!」

「そんなもの、侯爵家の長い歴史の中で、はるか昔から取り入れ続けている! お前には散々言い聞かせてきたというのに……呆れてものも言えんわ。お前を王女殿下の婚約者にするために、どれだけ苦労したか、お前には理解できないんだろうな」


 はぁ、とため息をついたドラコ侯爵は自分の息子を冷めた目で見ていた。


「もうお前の好きにすればいい。お前が見つけた最愛の人とやらに慰めてもらえばいいし、結婚したければすればいい。どうせもう格上どころか、同格の貴族相手でも婚約者は見つからんだろうしな。ただし、我が侯爵家に迷惑をかけるような行動は禁ずる。また、この侯爵家の跡継ぎの候補からお前を外す」

「は!? 長男であり、加護も授かっていて、勇者の血を色濃く受け継いでいる俺以外に、次期侯爵に適任な人物がいると思っているのですか?」

「加護なんぞ持ってはいなくても、優秀な次男だけでなく領民たちに好かれている三男もおる。お前にこの家を任せたら碌な事が起きないのが目に浮かぶようだ。そんな者に、長い歴史を持つ我が侯爵家を任せる事なんぞできんわ! 話は終わりだ、さっさと出て行け!」


 出て行けと言われても、ユウトは出て行かず、諦めずにドラコ侯爵に話しかけ続けたが、取りつく島もない。

 自室で散々暴れた彼は、気分を紛らわそうと、彼の最愛の人の元へと馬車で向かったのだった。

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