幕間の物語63.面倒臭がりの一日
シズトに作られた魔法生物であるクーは面倒臭がりだ。
有り余る力をただひたすら楽をするためだけに使っている彼女の朝は、比較的遅い。
シズトが起きる時間でも部屋から出て来ず、全員が朝食を食べ終わった頃に、アンジェラに引っ張られる形で食堂にやってくる。
「クーちゃん! ほら、ごはんたべよ?」
「別にあーし、食べなくても問題ないしー」
魔法生物だから。その言葉は呑み込んで、姿勢悪く座るクー。
仕方ないなぁ、なんて呟きつつアンジェラはクーの前に並べられた食べ物を口の中に運んで行く。
「もがっ! ……ふぅ、面倒臭いなぁ」
「たくさんたべないとおおきくなれないんだよ!」
「アンアンと違って、あーしはこれで完成形なんだよ」
「……? よくわかんないけど、おのこしはだめなんだよ。これでさいご。あーん」
「あーん」
文句を言いつつも、大人しく指示に従って雛鳥のように口を大きく開けるクー。
誰かにやってもらうのはやっぱり悪くない、なんて事を考えながら咀嚼する。
食事が終わると食器を片付ける奴隷たちを尻目に、自分はもう一度惰眠を貪ろう、と部屋に転移しようとしたが、アンジェラが唐突に彼女の手を掴んだ。
「アンジェラといっしょにおべんきょーしよ!」
「いや、あーしそういうの必要ないから」
「ダメだよ、べんきょーしなきゃ! シズトさまのおやくにたてるようにがんばるの! ほら、たって~~~」
床に寝そべり、断固拒否の構えを取るクーの両脇を抱えて、よいしょ、よいしょと引き摺って行くアンジェラ。
面倒な子に絡まれてしまった、と引き摺られながらクーは思ったが、特にこれからやる事もないのだ。きちんと運ぶのなら付き合ってやろう、なんて事を考えて大人しくしていた。
ただ、アンジェラは力が弱いので途中で引っ張るのを諦めてどこかに行ってしまう。
「すぐもどるからまってて!」
その彼女の発言通り、アンジェラはすぐに戻ってきた。
戻ってきた彼女が押すのは、アンジェラ専用の浮遊台車。シズトが力が足りないと不便だろうから、とアンジェラにあげた魔道具の内の一つだ。
その浮遊台車にコロコロとクーを転がして乗せたアンジェラは、書斎を目指した。
「おてほんでアンジェラがよんであげるね! むかしむかし、あるところにゆうしゃさまが、かみさまにみちびかれて――」
浮遊台車の上で放置されたクーは、アンジェラの音読を聞き流しながら、いつ転移しようかと考えていた。
この後も連れまわされるよりかはどこかで寝ていたい。
ただ、逃げた後が問題だった。
この幼女は、クーの主人であるシズトから自由に行動する許可をもらっているため、屋敷内ではその内見つかって捕まってしまうだろう。
クーが本気を出せば、見つかる事なんて起きないのだが、完全にオフモードだった。
「逃げてまた引き摺りまわされるより、おとなしくしてよーっと」
そうと決まれば転移魔法で掛布団を自分の手元に呼び寄せ、布団に包まる。
丁度いい子守歌もある事だし、ちょっとお昼寝でもしよう、とクーは夕焼けのような色の目をゆっくりと閉じた。
すやすやと眠っているクーが浮遊台車で運ばれていく。
振動がないその移動方法の影響か、目を覚ます様子はない。
アンジェラは「しかたないなー、クーちゃんは」とお姉ちゃんぶって運んでいる。身長はクーの方が高いのだが、彼女はこの面倒臭がりな魔法生物を妹のように感じていた。
今まで年上しかいなかった事や、シズトがアンジェラを可愛がっていた事もあり、奴隷たちも彼女を可愛がっていたが、今度は私が可愛がる番だ! とやる気満々のアンジェラ。
今は、おやつをもらうために食堂の近くにある厨房に顔を出した。
そこでは、狐人族のエミリーが食事の準備をしていた。彼女は白くてピンと立っていたモフモフの耳をピクピクと動かすと、振り返ってアンジェラを見た。
「あら、アンジェラ。おやつ貰いに来たの? ……パメラは?」
「パメラちゃんはしらない。クーちゃんのぶんもちょうだい!」
「あら、クー様はお休み中じゃない。お部屋のベッドで寝かしてあげたらどう?」
「ダメ! おそとでげんきにすごさないとびょうきになっちゃう!」
「……まあ、クー様が本気で嫌がってたらこんな状態になってないか。ちょっと待ってなさい、準備するから」
昨夜、ドワーフを転移魔法で飛ばしてしまったのをその目で見ていたエミリーは考えるのをやめた。
彼女は、主人の好物であるポテトチップスをすぐに揚げる事ができるように準備を済ませていたが、その一部を使っておやつを準備する。辛い物が苦手なアンジェラの事を考え、塩を軽くふりかけ、彼女に渡そうと入り口を見ると、いつの間にか黒い翼が特徴的なパメラがニコニコしながら待っていた。
「今日も揚げたてデース!」
音につられてやってきたのだろう。
パメラが来る事も想定していたエミリーは、多めに盛り付けた皿をそのままアンジェラに渡した。
「お皿落とさないように気を付けるのよ」
シズトがアンジェラ用の食器をすべて木材を使って作ったので、落としても割れる事はない。ただ、落ちた物でも食べてしまうおバカな鳥がいたから落とさないように釘を刺すエミリー。
アンジェラは素直にコクリと頷いて、真剣な表情でお皿を受け取り、そろそろとゆっくり歩く。
「パメラちゃん、だいしゃおしてついてきて」
「分かったデース。今日はどこで食べるデスか?」
「いいおてんきだからおそとでたべるの」
ついでにお供えもしてしまおう、とアンジェラは考えて祠の近くでお菓子を食べた。
クーはやっぱり自分で食べる事はせず、アンジェラとパメラにポテチを口に入れられるまで、大きく口を開けて待つだけだった。
鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたりとアンジェラに連れまわされたクーは、夕方頃電池が切れたように地面に寝転がって寝るアンジェラを、隣で寝転がりながら眺めていた。
その周囲にはどこからか紛れ込んでいた小さなドライアドたちが光合成に勤しんでいる。
しばらくそうしていたが、門の方で何か起こっているようだ。
「ん~……」
ムニャムニャ、と顔を顰めて寝返りを打つアンジェラを見て、クーは起き上がった。
それから門の方を見て、眉を顰める。
さっきまでいた場所から、門の近くまで一瞬で移動すると、シズトに向かって何かを言っていたずんぐりむっくりのドワーフに触れる。
「うるさいなぁ、お昼寝できないでしょ~? どっか行って!」
ドワーフのドフリックは瞬時にどこかに飛ばされてしまう。
クーは、ドフリックの行き先なんて気にした様子もなく、一仕事やり終えたから部屋に戻ろうとシズトに抱き着いて運んでもらうのだった。
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