132.事なかれ主義者は迫られる

「ま、勇者たちの事は置いといて、もう一つの目的を果たそうじゃないか」

「目的?」

「あそこでずっと酒を飲み続けているドワーフの事だ。ドフリック! 酒を飲み続けてないで、いい加減話に加われ」


 赤ら顔のリヴァイさんが視線を向けた先には、僕が部屋に入ってからずっと酒を飲んでいるずんぐりむっくりな男がいた。モジャモジャの赤い髪と髭が特徴的で、これがドワーフです! って感じの見た目だ。

 その男の目の前には、料理ではなく酒瓶がずらりと並んでいる。

 ワインは色も関係なく瓶に口を付けて飲んでいるし、ビールも豪快に飲み干していた。

 あの飲みっぷりを見ていると、お酒っておいしいのかなぁ、なんて興味が湧く。まあ、飲まないんですけどね。法律が許しても僕の中の常識がなかなか許さないので。大人しくぶどうジュースを飲む。

 ドワーフのドフリックさんは、ワインの瓶から口を離してリヴァイさんを見て、大きな声で言い返した。


「お主が話の間は酒を飲んで黙ってろって言ったんじゃろうが。ワシはそれを守ってラグナが渡してくる酒を飲み続けてただけだぞ?」

「パパン、限度っていう物があると思うの」

「酒の事で限度なんてないわい」


 ドフリックさんの隣にちょこんと座っている小柄な女の子が困ったような声音で注意している。

 座った時の頭の位置と髪の色くらいしか似ていないけど親子なんだろう。ショートヘアーの赤い髪は、彼女の目を隠している。彼女は小さな手でナイフとフォークを持って、食事をしていた。ゆっくり食べているからか、それとも口が小さいからか、皆が食べ終わってもまだ食べていた。


「あやつはドフリック。俺の幼い頃から王家から依頼を受けている鍛冶師だ。腕前だけで言ったらドラゴニア王国で一番の鍛冶師だな」

「なるほど……」


 酒とかで問題を起こすんですね、分かります。


「どこかの貴族が主催したパーティーに呼ばれた際に、ワインセラーの中身をすべて飲み干したとかそういう事はあったが、酒で暴れたとかはないから安心してくれ」

「ああ、王家御用達の鍛冶師とコネを作ろうとした新興貴族か。まあ、武器を作らせたらドフリック殿の右に出る者はいないからな。分からんでもない。俺もたまに依頼する」

「そんな事、あったかの?」

「新しく貴族になる者たちがでたら、だいたいどいつかがやらかすから風物詩みたいなものだな」

「後は代替わりした者の中で、うまく引き継げなかったやつか。いずれにしても、ドフリックの噂をろくに知らんような奴らだな」

「覚えとらんわい」


 眉間に皺を寄せて首をひねっているドフリックさん。

 本当に覚えていない様子で、リヴァイさんとラグナさんが何とも言えない目で彼を見ていた。


「お酒の問題じゃないなら、何が問題なの?」

「ドフリックはな……希少金属でしか物を作らないんだ」


 ……まあすごい職人って原材料とかこだわるって言うもんね。

 ただ二人の反応を見ていると、良い事ではないのかな。


「くず石で物を作って何が楽しいんじゃ」

「と、こんな感じでな。近衛兵の装備は全てドフリックの手によるものだが、一般の兵にミスリル製の装備を供給できる程、今までは採掘できていなかったんだ」

「鉄で物を作っても最高品質の物になるのは間違いないんだがな。装備は命に関わるから少しでも品質の良い物を身に付けさせてやりたいが……」

「息子たちが作ってるから数には問題ないじゃろ? まだまだ未熟だが、品質も人間の鍛冶師よりよっぽどよいはずじゃ。作ってる間に息子たちもワシの域にまで至るじゃろ」

「一体何十年後の話をしているんだ、ドフリックよ……。まあ、こんな感じだから、希少金属を扱わせたらドラゴニアで一番の腕前なんだ」

「なるほど。……そのドフリックさんを僕に紹介するって事は何か作って欲しいって事?」


 単純に考えて魔剣を作れ、とかそんな感じなんだろうか。

 いや、それとも加工を使ってドフリックさんの作った物の複製品を作るとか? ……うまく作れるかなぁ。

 あ、世界樹も希少な素材ではあるのか。でも鍛冶とは関係ないような気もする。

 心当たりがいくつもあって絞り込めず、首を傾げているとリヴァイさんもラグナさんも首を横に振った。


「いや、シズト殿は自由に過ごしていてくれて構わん。ドフリックを連れてきたのは、今後シズト殿が希少金属を手に入れる可能性が高いからだ」

「不毛の大地の亡者の巣窟の件もある。シズト殿なら集めようと思えば大量にミスリルを採掘できるであろう?」

「なんだと!? 聞いとらんぞ!?」


 ガタンッと椅子を倒して立ち上がったドフリックさんだが、二人は事前に説明していたようで呆れた様子で見ていた。

 リヴァイさんが深くため息をついてからドフリックさんに話し始めた。


「ちゃんと伝えたはずだ。亡者の巣窟の採掘エリアへの直通通路を作ったのはシズト殿で、善意で俺たちにも使わせてもらってるんだとな。それに、世界樹の騒動で周辺諸国からの詫びの品が送られてくる。その中には希少金属もあるはずだ」

「オリハルコンやアダマンタイトもか!?」

「中にはあるかもしれんな。そこら辺の交渉は俺は関与しとらん」


 ドフリックさんの視線が僕に移り、ずんずんと近づいてくる。縦には小さいけど筋骨隆々だからちょっと怖い。


「おい、小僧!」

「小僧!?」

「希少金属が届いたらワシに回せ。ワシ以外には回すな! いいな!? ワシ自ら鍛冶をしてやるんじゃ。有難く差し出せ!」

「えぇ~~~」

「なんじゃ、構わんじゃろ!? それとも他に当てがあるんか。そいつにワシの名を出して見ろ。涙を流してワシに譲るじゃろうな。そやつにも、見学くらいならさせてやっても構わんぞ?」


 どうしよかなぁ……。なんか面倒そうな人だしなぁ。悩む。

 加工なら自分できるし。

 そう僕が悩んでいると、今まで黙って様子を見ていたレヴィさんが爆弾を投下した。


「あなたはお呼びじゃないのですわ。だって、シズトは自分で加工できるのですわ!」

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