幕間の物語44.ドワーフが移動を始めました

 ドラゴニア王国の中央に位置する王都には王家御用達の鍛冶屋があった。その腕は確かでミスリルやオリハルコン、その他希少金属であればドラゴニア随一の鍛冶の腕前を披露する男がその鍛冶屋にはいた。

 名をドフリック。ずんぐりむっくりで筋肉質な体躯を持つドワーフだった。赤い自慢のモジャモジャの髭を整えつつ、今日も彼は酒を飲む、飲む、飲む。日がな一日を酒を飲んで過ごすのは、希少金属が出回らないからだと彼はぼやく。

 出回っても市場にある物をドフリックが手に入れる事はない。手に入った金はそのほとんどが酒代になってしまい、お金が足りないからだ。

 ドフリックが炉に火を入れて鍛造をするのは王家や貴族から希少金属が持ち込まれた時くらい。日頃、金属を叩いてお金を稼いでいるのは彼の子どもたちだった。

 子どもたちが働いて金を稼ぐから酒を飲んでだらだら過ごせているとも言えるのだが、子どもたちは既に父親がどういうドワーフか知っていたのでもう諦めていた。

 ただ、ドフリックの妻はそうではない。今日も受付のカウンターから彼女の怒号が響く


「ちょっとアンタ! 手紙が届いたって言ってるだろ、さっさと取りに来な! …………聞いてんのかい!」

「……ったく、うっさいのう。希少金属の事が書かれてないなら捨てとけ!」

「アタシが開けられない手紙が来たから取りにこいって言ってんじゃないか! グダグダ言ってないでさっさと取りに来な、酒抜きにされたいのかい!」


 酒が抜きにされては困る。まあ、子どもたちから奪えばいいだけなのだが、後からチクるから続けられるわけもない。仕方ない、といった雰囲気を隠そうともせず、安楽椅子から降りてその短い足でのそのそと廊下を歩いて行くドフリック。

 通りに面した部屋で、彼の妻であるドリアデラから手紙を受け取ると、封蝋を見て納得した。


「国王陛下から来たってサッサと言わんか、クソババア」

「アタシが呼んだって事で察しな、クソジジイ」


 悪態をつきあいつつも手紙を一緒にのぞき込んで中を確認するドワーフ夫婦。

 手紙にはミスリルが今後定期的に手に入る可能性がある旨が書かれていた。


「こうしてはおれんな! 早速ドランに行かねば!」

「ちょっとアンタ待ちな! アンタだけでどうやって行くんだい! 金も持たない酔っ払いが!」

「あの程度の量の酒で酔う訳がなかろう! ドランまで行くから金をくれ」

「ドランまで行ったところでミスリルが確実に手に入るわけではないじゃないか。ここで待ってればいい。何も南の果てまで向かわずとも、国王陛下から依頼がそのうち来るだろ?」

「いーや、待てん! 何より、ドランにはろくな鍛冶師がいねぇ。今ならワシが行けば希少金属の取り扱いはワシの所に持ってくるしかないじゃろう。いろいろ試してみたい事があったんじゃ! 一刻も早くドランに向かわねば! 金の準備と手紙の返事はお前に任せる。ワシは酒をまとめなきゃならん」

「酒だけでどうやって野営をするんだいこの馬鹿は! ドロミー。心配しかないからアンタも行きな!」

「わかったわ、ママン」

「お母様とお呼び!」


 そんな母子のやり取りを気にした素振りを見せる事もなく、自室に戻ったいつも赤ら顔のドフリックは鞄にどんどん酒を突っ込んでいった。




 王都を出発して一週間ほどが経ち、馬車で移動しているドフリックとドロミー。ドランまで丁度半分くらい進んだところにある街で、荷台でだらだらとしていたドフリックが御者をしていたドロミーに話しかけていた。


「ドロミー、酒がなくなったんだが、金をくれ」

「パパン、ドランまであと半分まで来たんだから我慢して?」

「親方と呼べ。親方が干からびて死んでもいいのか?」

「パパン、ドロミーは干からびてないから大丈夫だと思うの」

「親方と呼べと言ってるじゃろ。ドロミーはまだ若いからな。酒が必要ない体なんだ」

「ママンもお酒飲まなくても平気そうだったから大丈夫だと思う」

「あいつは酒を隠れて飲んでるからそう見えるんじゃ。ほれ、あそこに酒場があるじゃろ? ちょっと寄って行こう」

「早くいかないとミスリルが手に入らないかもしれないけどいいの?」

「それとこれとは話は別じゃ。水分補給しないと倒れてしまうわい」

「パパン……一杯だけだよ? 飲んだらすぐに行くからね、パパン」

「親方と呼べと言ってるじゃろ」


 結局、いっぱい酒を飲んで酒場で寝るドフリックをドロミーが転がして馬車に押し込み、ドロミーも馬車で寝た。




「ドロミー、酒が切れた。どこかから持ってきてくれ」

「パパン、それ何度目? もうすぐドランだからちょっとは我慢しよ?」

「親方と呼べ。だからここ数日は水で薄めた酒で我慢していたじゃろ。じゃがそれすら切れてしまったから頼んでいるんじゃ。ほら、次の街は確かドラン公爵領の中でも酒で有名なとこだったはず。そこで酒を買い足そうじゃないか」

「あそこのお酒は高いからダメだよ」

「一杯だけ、一杯だけでいいから!」

「一杯だけ、ってドロミーが言ったのにいっぱい飲酒したのはどこのドワーフ?」

「本当に一杯だけでいいんじゃ! めちゃくちゃ水で薄めればドランまで持つじゃろ!?」

「……パパンは馬車で待ってられるならいいよ」

「親方と呼べ。酒の神に誓おう。馬車から一歩たりとも降りずに過ごすと」


 酒が有名なドラゴーニュに着き、馬車から降りて一杯だけ赤ワインをドロミーが買い、通りに止めていた馬車に戻ると、ドフリックが馬車で酒を飲んでいた。


「馬車から降りてはいないから約束は違えておらんぞーい!」


 ぷつん、と何かが切れたドロミーがドフリックの顔面にドロップキックをした。それは見事なドロップキックだった、と一緒に飲んでバカ騒ぎをしていた街の住人たちが思うほど綺麗なフォームだった。

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