93.事なかれ主義者は夜食が食べたい

 ジャガイモの収穫をした後、エミリーが用意してくれたお昼ご飯をのんびりと食べた。ホムラとユキはサイレンスで働いているからいないので、その分詰めて座っている。いつもと違う席順でちょっと新鮮な気分。

 ただ、ドーラさんにいつも一方的に話をしていたレヴィさんが、標的を僕に変えてきた。ちょっといつもよりもご飯を食べるスピードが遅いのは許してほしい。

 ご飯を食べ終わると同時に食堂の中にモニカが入ってきて「準備が整いました」と告げてきたんだけど、どっかで様子を窺ってたのかってくらいタイミングが良すぎた。


「メイドの嗜みです」

「メイドって大変なんだね」

「セシリアもタイミングいつもばっちりなのですわ!」


 レヴィさんが張り合うかのようにそう主張してくるのを置いておいて、仕事部屋兼寝室に向かう。

 最近はダンジョンに行っていたため使う機会が少なかった作業台の近くにはなんかキラキラしている腹巻や、ブラジャー用の布等が分けて積まれていた。


「どのくらい依頼が来てるの?」

「二桁は軽く超えてます」

「そんなに!?」

「少しでも娘の見目を良くして良い縁を掴みたい。そう考える当主は多いでしょう。セットで大金貨10枚、片方だけで大金貨6枚という魔道具の相場で考えても高めな値段設定の様ですが、何とか手に入れようとされているようです。どちらかというと育乳ブラの需要が高いので、そちらを多めに作るのがよろしいかと」


 大金貨って、1枚あれば猫の目の宿三カ月くらい余裕で暮らせるものだったよね?

 ……考えるのをやめて言われるまま作ろう、と作業台の椅子に座ってとりあえず育乳ブラを多めに作っていく。


「サイズとか気にせず作ってっちゃって良いの?」

「購入希望者には事前に付与をしてほしい衣服を準備してもらったので問題ないかと」

「……これ、どう見てもぐちゃぐちゃに積まれてるけど順番とか大丈夫?」

「爵位で分けて準備してありますので、ここにあるものは特に気にせずバンバン付与してもらって大丈夫です。事前に魔道具師は気まぐれだから、と断りも入れてあります」

「順番とかでなんか恨まれそうでやだなぁ」

「そのようなご心配は不要かと思いますが……」

「なんか言ってきたら私が黙らせるから大丈夫なのですわ!」

「レヴィさんが言うと本当に黙らせようとしそうだから怖いなぁ」


 口を動かしながら流れ作業のようにブラジャーに【付与】をしていくんだけど、ふと作業の手を止めて気になった事を尋ねる。


「そういえば、これって魔石を使うタイプにする? それとも魔石なし?」

「そうですね……育乳ブラも激痩せ腹巻も魔石はありにしましょう。爵位が上の方のご令嬢でも加護持ちでない事が殆どですので、魔力はそう多くないでしょうし。魔法使いの家系であれば使っているでしょうけど、その場合はそちらの鍛錬が優先なので……」

「なるほど」


 まあ、僕としてはどちらでもいいんだけどね。

 毎日毎日限界ギリギリまで魔力を使い続けたおかげでたくさん魔道具を作れるようになったし。

 育乳ブラを十個作っても魔力はまだ余裕がある。

 世界樹を育て始めた時期から魔力がさらに増えやすくなったんだけど、何か関係あるのかなぁ。

 まあ、セイクリッドサンクチュアリの様な上位の魔法の付与じゃないからって可能性もあるんだろうけど、加護による魔力消費が一定じゃないのが付与の厄介な所だよね。それで時々倒れたし。

 加工と生育に関しては一定の消費だから分かりやすくって助かるわぁ。




 その後、無心でせっせと魔道具を作り続け、気が付いたら魔力切れで倒れた様でベッドで寝ていた。安眠カバーを使っていなかったみたいで、途中で起きる事ができたのかな。

 外は既に日が暮れてしばらく経っているようで、夕食時の時間も過ぎてしまっていた。

 この魔力切れの気だるさには慣れる事はないんだろうなぁ、なんて思いつつだらだらと大きなベッドから這い出して、浮遊ランプを起動する。

 室内には誰もおらず、静まり返っていた。

 皆もう寝ちゃってるよなぁ。でも、お腹空いたし、調理場に行けば何かあるでしょ。

 そう思ってスリッパを履き、外に出る。

 皆を起こしてしまわないように静かに移動しよう、と思いつつそっと扉を閉める。

 勝手についてくる浮遊ランプの光を頼りに屋敷の中を移動するんだけど、普段とは雰囲気が違ってちょっと薄気味悪い。この屋敷の元々の外観がホラーゲームとかに出てきそうな古びた屋敷だったし、そういうの本当に出てきそう。そう思ったらなんか無性に怖くなってくるんだけど、腹の虫が飯をよこせとうるさい。

 恐ろしいほど静まり返った屋敷の中を歩き、階段を下りていく途中でふと誰かに見られているかのような気がして後ろをバッと振り向くが、誰もいない。


「……ご飯、諦めて寝よう、かな」

「お腹空いてるんじゃん、シズト様?」


 いきなり真後ろから声をかけられて飛び上がるほど驚き、バランスを崩した。ここ階段だったじゃん。

 階段を踏み外して後ろに倒れそうになったけど、途中で柔らかな感触と共に抱き留められた。温かく柔らかいという事はつまりそれは幽霊ではないという訳で。


「ごめん、そんな驚くとは思わなかったじゃん」


 申し訳なさそうな表情で、シンシーラが僕の顔を後ろからのぞき込んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る