幕間の物語30.魔法生物の新しいお店
ダンジョン都市ドランにいつ頃からか、魔道具ばかりを取り扱っている露天商がいると噂が冒険者と街の女性中心に広まっていた。いつも決まった場所で店を出しているわけではないので探すのが少し手間ではあるが、沸騰魔石と入浴魔石の廉価版も取り扱っていて、ちょっとした贅沢で買っていく人が多かった。
そんな露天商をしていたホムラが店を持ったらしい。その噂はすぐにホムラが餌付けをしているストリートチルドレンによって広まっていった。
中央通りから少し外れた北西の住宅街の中に紛れ込むかのようにある自己主張の少ない建物。外からは中の様子が分からず、通行人が少ないその狭い通りで、メイド服を身に纏った女性が周囲を気にしながら建物を眺めていた。
(本当にここがそうなのかしら? 看板には確かに『サイレンス』と書かれてるけど……)
通りに面した唯一の出入り口にはお店らしいものがなかった。営業中なのかもわからず、一見するとただの家のようにも感じる。ただ、見上げると申し訳程度にサイレンスと書かれた看板があった。
彼女が入ろうか悩んでいると、中からぞろぞろと子どもたちが出てきて彼女は目的の店だったと確信した。
鉄の棒を咥えた彼らは一仕事をやり終えた、という様子で店から出てくる。
使用人の女性はたくさんの子どもたちと入れ替わりに入る。
店内には見慣れたとんがり帽子を被った女性がカウンターの奥に座って使用人の女性を見ていた。目深に被られてたとんがり帽子だが、その神秘的にも感じる綺麗な紫色の瞳がまっすぐと女性を視界に捉えている。
「ホムラさん、開店おめでとう! 魔道具をたくさん取り扱ってるし、その内お店を始めそうだと思ってたけど、こんなに早くとは思わなかったわ」
「ありがとうございます。今後もご利用いただけると嬉しいです」
ふんわりと営業スマイルをする彼女に見惚れた使用人の女性だったが、すぐにハッとして「ホムラちゃん、表情柔らかくなったね!」と褒めた。神秘的な紫の瞳で見られているからか、心臓の鼓動が早くなったような気がした彼女は、気を取り直して机の上に並べられていた商品に目を向ける。
カウンターの外側のスペースの真ん中に大きな机が置いてある。その上には所狭しとノエルが作った魔道具が種類ごとに分けられ並べられていた。
熱めのお湯を作る事ができる沸騰魔石の廉価版や、香りづけ飲料に使われる事が多い入浴魔石の廉価版等、日常で使う事ができる魔道具がまとめられている。浮遊ランプの様な冒険者向けの魔道具は店の隅の方に置かれていた木箱の中に乱雑に詰め込まれていた。自由に漁って好みの見た目の廉価版の魔道具を買っていけ、という事の様だ。
「こっちがいつものね!」
「ええ、そうです。効果が強い魔道具は私に直接言ってください」
ホムラの後ろには壁一面を覆いつくすかのような大きさの棚があった。天井ギリギリのその棚を魔法で運び込んだのだろう、と使用人の女性は特に気にした様子もない。
「あら、新しい香りのものが出たのね!」
「はい。ミントの香りに近かったです」
「試しに使ってるわ。あら、この筒みたいなものは何?」
「発光筒です。魔石を使って、筒の先から光を出す魔道具です」
「あっちの浮遊ランプじゃダメなの?」
「懐にしまっておいて、必要な時に使えると魔道具師の助手が言ってましたね。あとは全方向ではなく、特定の方向だけを照らしたい時があるなら便利かもしれませんね」
「私には不要ね。とりあえずこれだけお願いしてもいいかしら?」
「ありがとうございます」
支払いを終えた使用人の女性はふと気になった事をホムラに聞く。
「そういえば、小さな子たちが鉄の棒を咥えて出てきたけど、アレって何なの?」
「あれは『なくならない飴』という甘味を感じることができる魔道具です」
「甘味って事は……あれ、甘いの!? それっていくら? あんなちっちゃな子たちが持ってるって事は安いの?」
「あれはお金では買えないものです」
「だったらどうしたら手に入れられるの?」
「情報を持ってきてください。大した事じゃなくても構いません」
「それで飴が貰えるのね?」
「ええ。ただ、情報によって有効期限が異なります。重要性の低そうだと思ったものは甘いと感じる日数が少ない物しか手に入らないのでそこら辺は理解したうえで話をしてください」
「わかったわ。それじゃあ――」
「待ってください。お話をする前に、こちらの水晶に手を置いてください」
「これは何かしら?」
「嘘発見水晶です。嘘をついた場合は真っ赤に染まってしまいます。試しに、私は男です」
ホムラが目の前に出した水晶に手を置いた状態で明らかに嘘だと分かる事を言うと水晶が真っ赤に染まった。それを見て使用人の女性はなるほど、と頷いた。
「それで嘘の情報を持ってきた子には渡さないって事ね」
「まあ、本当の事だと思っている事に対しては反応しないんですけどね。それでは、こちらに手を」
「分かったわ。これでいい?」
「大丈夫です。それでは、飴と引き換えに貴女は何を私に教えてくれるのでしょうか」
「そうね。……旦那様が、最近太って嘆いているのを見かけた、というのはどれくらい貰えるのかしら?」
水晶を確認したホムラはコクリと頷いた後、側に置いておいたメモ用紙に聞き取った内容を書き写しながら杖を一振りした。
すると、いきなり彼女の後ろの棚の一番左下の引き出しが勝手に開く。そこから出てくるのは『なくならない飴』と呼ばれる魔道具だ。
「何か商売の役に立つかもしれませんね。初めてですし、おまけとして二週間効果があるものをお渡ししておきます」
「あんまり高く買ってもらったのか分からないんだけど、他の貰っている子たちはどのくらいの期間効果があるものを持ってるの?」
「子どもたちは一日で切れる魔道具しか手に入れる事ができていない、と言ったらそれがどれくらいの価値か分かってもらえると思います」
「そう、分かったわ。それじゃ早速……!? 甘いわ!」
「飴ですから当然ですね。それはおそらく苺味ですね。魔道具の注意点なのですが、それは魔力を勝手に使って甘味を感じさせる代物です。ですので、魔力切れには気を付けてください」
そうホムラは忠告したが、その次の日、使用人の女性が昼間の掃除中にいきなり倒れて大騒ぎになった。
ぶつぶつと文句を言う使用人の女性に対して、ホムラは特に何も反応をしなかった。ただ、彼女の帰り際に飴には他の味がある事を伝えた。
使用人の女性がしばらく魔力切れでだるそうに仕事をする事になったのは言うまでもない事だった。
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