幕間の物語21.ストリートチルドレンと魔道具

 ドラゴニア王国の南に位置するダンジョン都市のドラン。

 国境付近にあるこの街にはたくさんの人が住んでいる。ダンジョンで一獲千金を夢見た冒険者。隣国の都市国家ユグドラシルへの交易を目標として資金を溜めている商人たち。

 その誰もが成功をする訳ではない。中には奴隷落ちする者もいる事を考えたら、路上生活者はまだましな方なのだろうか。

 以前までのドランであれば、答えは否だった。

 古びた住宅街の路上に身を寄せ合って住む路上生活者たちは、犯罪者予備軍と見られていた。実際、裏ギルドとつながっている物がほとんどだった。裏ギルドと関りがない者には体を少し休ませる事すらも難しい場所だったからだ。

 そんな場所で親を失った子どもたちや捨てられた子等も身を寄せ合って生活していた。

 裏ギルドから盗み方を学び、住人や旅人相手にスリとして生計を立てる子もいれば、マーケットに並べられている食材を盗んで仲間の食い扶持を稼ぐ子もいた。そういう犯罪行為をせずに、非合法のポーターとして冒険者に扱き使われて帰ってこない子もいた。

 公爵が代替わりしてもその状況は変わる事はなかったが、外壁を作り始めてしばらくして、大きな変化があった。


「おにい。ぼくもできるの?」

「ああ、問題なくできるはずさ。みんなで交代しながら魔道具を使ってレンガを運ぶんだ」

「私にもできるかなぁ」

「レンガを積むところまではギルドの人がやってくれるって! 俺一人でも稼ぎが数倍になったんだ!」

「昨日の昨日からご飯たくさん!」

「パンだけじゃなくって肉だって分け合えばちょっと食べられるさ! ほら、早くいくぞ!」


 面倒を見ていた最年長の男の子が眠たそうにしている幼い子たちを急かしているのには訳があった。

 しばらく前から公爵様が始めた仕事のレンガ運び。貧困者や駆け出し冒険者に向けた体力さえあればある程度日銭を稼ぐことができる公共事業だったのだが、今では力がない幼子でも仕事をする事ができるようになっていた。

 少し前から冒険者ギルドが貸し出しを始めた浮遊台車を使えば、非力な子どもたちでも問題なくレンガを運ぶ事ができる。

 しかも、地面を蹴って浮遊台車に乗れば、ある程度の速さが出る。歩幅が小さくても関係なかった。


「おう、チビ共。間に合ったな、お前たちはこれを交代で使え」


 子どもたちを出迎えたのは顔に傷がある男性だった。

 彼はちびっこがこちらに駆け寄ってくるのを見て、残っていた最後の浮遊台車を彼らに渡す。


「あ、あいつらもきてる」

「きっとわるさするつもりだよ、きをつけておじさん!」

「お、おじさん!?」

「みんな、あいつらの事を気にせずに仕事するよ。レンガ乗せておいてくれてありがとう。お兄さん」

「ああ、どういたしまして。一応お前にも注意事項伝えるからしっかり聞いとけよ。その浮遊台車を使う時は速度に注意しろ。何か壊れても自分たちで弁償とかする事になるからな」

「分かってるって!」

「あとは途中で魔力が切れる前に引き際をしっかりと考えておけよ。戻って来れそうになかったら外で受付してるやつに渡してくれればいい」

「もういい?」

「ああ、あとは物を大切に使えよ。その魔道具壊したら大変な事になるかもしれねぇんだから」

「「「「はーい」」」」

「ったく、返事だけはいいんだからなぁ」


 子どもたちが一緒に台車を押す様子を見ながら受付を担当していた彼は、別の人相手に説明をし始めた。

 最初はおっかなびっくり魔道具を使っていた幼い子たちだったが、子どもたちの順応力はとても高かった。

 一生懸命取り組んだ事で、今までにない報酬をたくさん手に入れる事ができた。

 ただ、子どもたちですら現金で受け取ってしまうと奪われてしまう事が分かり切っていたので、報酬は現物だったが、子どもたちはそれでとても満足していた。

 子どもたちの話はグループの垣根を越えてストリートチルドレンに広まっていく。

 たくさんの子どもたちが詰めかける事態になったが、冒険者ギルドはそれを見越してグループで浮遊台車を貸し出し、レンガを運ばせた。

 結果的に犯罪をするしかなかった子たちにも生きていく方法ができたので、子どもたちが犯罪行為をする事はどんどん少なくなっていった。誰も好き好んで命がけの犯罪行為をしたいとは思ってやってたわけではないのだ。

 浮遊台車が出回ってからしばらくして、裏ギルドが軒並み粛清されたのを知った子どもたちは、より一層元気に街を駆け回るようになった。

 レンガの荷運び以外にも浮遊台車は使われるようになり、細々とした街の依頼が解決される事が多くなって冒険者ギルドも街の住人達も子どもたちを見る目が好意的なものばかりになってきている。

 ドランは孤児が住みやすい街らしい。そんな噂がいつしか広まっていった。




 食に困る事がなくなった孤児たちは着る物も報酬として貰うようになった。住処である路地裏もちょっと自分たちなりに拾ってきた物で改造して雨風を凌げる程度のものを作って昔とは考えられないくらい生活が豊かになっていた。

 そんな孤児たちも経験した事がない物がある。ご飯を恵んでくれていた大人たちも味わった事のない物。甘味である。貴族街や愛妾屋敷地域を通るたびに香ってくる何とも言えないいい匂い。

 「あまーい!」と言いながら嬉しそうに食べる着飾った女性たちを彼らは別世界の事だと思って気にした事はなかった。

 ただ、ある日幼い女の子が変な魔道具を咥えているのを見て状況が変わった。


「おにい、ミーがへんなのたべてる」

「え? あ、ほんとだ。ミー、何舐めてんだ? 鉄?」

「もらった」

「貰ったって、誰に?」

「おねえちゃん。おみせがいっぱいあるところでおはなししたらくれた」

「ちょっとそれ貸して」

「や! やなのー---!」


 一心不乱に舐めるその姿が、危ないって言われてた薬を使っていた大人たちの姿と重なって、リーダー役の少年は強引に奪って確かめた。

 謎の文様が丸い部分に刻まれているが、それ以外は普通の鉄だ。間違って飲み込まないか少し心配だが、少年が舐めてみて問題ないと判断して、ぴょんぴょん自分の周りを飛び跳ねて取り返そうとしていたミーに返した。

 涙目の少女はそれをもごもごと口に含むと「おにいもおはなししてくれば?」とそっぽを向いてしまった。


 翌日、ミーが言った通り、レンガ運びは他の当番の子に任せてミーと一緒に謎の人物に会いに行く少年。

 朝早くに案内されたのはスラム街に近いマーケットだった。

 いろんな屋台が出ているが、その中でも異質な店が存在を主張していた。

 敷物だけを敷いたそのお店は何もしていないのにぷかぷかと浮いているランプが女性を取り囲んでいる。

 他にもいろいろ置かれていたが、ミーは少年をその女性の前に連れて行った。

 とてもきれいな女性だった。黒い髪はとても長く、敷物の上に広がっていて、端正な顔で少年を真っ直ぐに見ている。


「おねーちゃん、おはなし!」

「昨日の方ですね。今日はどんなお話をしに来たのでしょう?」

「おにい!」

「そちらの方がお兄さんなのですか? そのくらいの話ならまた今日も1日分ですね。また明日、面白いお話をしに来てください」

「あい!」

「飲み込んではダメですからね」


 そう言いながらミーが持っていた物と同じものを取り出し、交換した二人を見て、見惚れていた少年がハッとした。


「それ! それって何?」

「これですか? これはなくならない飴という魔道具です。舐めると魔力に反応して甘さを感じるものです。お腹が膨れる事はないのでこれをご飯代わりに使わないように。あら、他のお客様が来たようですね」

「ねーちゃん! これ甘くなくなったんだけど!」

「期限が切れたのでしょう。またほしいのなら有益な情報かお金を頂きましょう」


 そう言って提示した代金は到底そのマーケットにやってくる人たち向けの値段ではなかった。

 新しくやってきた少年と同じくらいの年頃の子どもたちの集団は矢継ぎ早に話をする。

 誰と誰が喧嘩をしていただとか、いつもうざい衛兵のおっさんが色街にいたとか、どうでもいいような話を黒髪の女性は聞いていって、それぞれにミーに渡していた魔道具と同じ物を渡していく。

 少年は好奇心を抑えられず、何か話のネタになるようなことはないだろうか、と思考を巡らせる。


「ねえ! 俺もそれが欲しいんだけど」

「そうですか。では、お話……情報を頂きましょう」

「……俺の名前はコジー。あっちの路地裏で子どもたちのまとめ役をしているコジー」


 少年コジーは自分たちが住んでいる場所とは違う方向を指しながら平然と言ってのけた。

 バレるか不安な気持ちを押さえつけて反応を待っていたが、女性は特に疑う様子もなく頷いた。


「そうですか、そのお話であれば1日分ですね。使い方は舐めるだけでいいですが、魔力を無理矢理使ってしまうものなので、使いすぎてしまうと魔力切れで倒れますので注意してください」

「わかった。あと気をつける事ってある?」

「そうですね。それは一番最初に使った人以外ではただの鉄になるので、他の子たちにあげても意味ない、って事でしょうか。私は明日まではここにいるので、明日以降にまたほしくなったら探してください。私の主人の知人を探しているので、加護持ちの人の情報を持ってきてくれたら嬉しいです」

「わかった。ミー、帰るぞ!」


 ミーを引っ張って離れていくコジーを気にした様子もなく、女性は他の子どもたちの相手をしている。

 コジーは住処とは逆方向に向かって歩きながらなくならない飴を口に含んだ。


「これが、甘さなんだ。ミーが病みつきになるのは分かるなぁ」


 コジーはレンガを運んでいる子たちになんて言い訳をしようか考えながら、街の雑踏に消えていった。

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