幕間の物語17.魔法生物の日常

 ドラゴニア王国の南に位置するダンジョン都市ドランの周辺には複数のダンジョンがある。

 主に狩場として使われているダンジョンでは毎日たくさんの戦利品が市場に流れている。

 そのため、マーケットはそこかしこで広げられていて、住民同士の売買も活発だった。


 そんなダンジョン都市ドランには少し前から魔道具を売る女性が話題になっていた。

 とんがり帽子を目深に被り、特徴的な紫の瞳は売買をする時か覗き込まないと見る事が出来ない。

 体型を隠すかのようにローブを身にまとっていて、それだけではどこにでもいる魔法使いだった。ただ、黒くとても長い髪が特徴的だったため、街中で見かけてもすぐに彼女だと周りのものは判断できた。

 最近話題の浮遊台車を押して周りを気にせずに進む彼女の名前はホムラ。魔道具商として少しずつ有名になっていた。

 彼女がいつものように冒険者ギルドの中に入ると、その瞬間騒がしかった室内が静寂に包まれた。

 固唾をのんで見守る冒険者たちを気にも留めずに最短で彼女の主から頼まれたことを終わらせるために一番空いていた受付へと進む。

 その受付にいたのはこのギルドのトップであるイザベラだった。今日も銀色の長い髪を後ろで束ね、赤い瞳がまっすぐにやってくるホムラを見ている。目の前までやってきたところで、イザベラから声をかけた。


「おはようございます、ホムラさん。本日も納品ですね? では、こちらの受領証をどうぞ」


 ホムラは返事もせずに受け取ると、そのままギルドから出ていく。

 イザベラは特に気にした様子もなく、納品された浮遊台車をカウンターの内側に運び込んだ。

 ホムラが次に向かうのは、今住んでいる屋敷から近いマーケットだ。

 担当の者に商人の証を見せ、販売の準備に入る。日々の場所代はすでに一括で払い込んでいたので誰からも注意される事もなく品物を並べ終わると、敷物の中央に座って特に呼び込みとかもせず彼女はその場で日向ぼっこでもしているのかと思うほどじっと動かなかった。

 しばらくそうしていた彼女だったが、客がやってきた。近所で働いている使用人で、良くここにやってくる客の1人だった。


「この前の魔道具とっても良かったわ! お風呂の準備の手間が減って楽にできたし、ご主人様には『いい匂いだ』って喜んでいただけているし。アレってまだあるのかしら?」

「ええ、ございますよ。沸騰魔石と入浴魔石は最近の売れ筋ですので。ただ、値が張りますが大丈夫でしょうか?」


 ホムラは使用人を見て問いかける。

 使用人はちょっと困ったような表情で「もう少し安くなるといいわね」という。

 ホムラは尤もだ、と口元を緩めつつ頷いた。


「そんな貴女にこちらはどうでしょうか? 劣化版になってしまいますが、最近魔道具師のもとに使い勝手のいい助手が入ったのです。その助手の腕は未熟で、沸騰魔石は水を沸騰させるほどの効力はなく、入浴魔石も香りが弱くなって香りも少々変わってしまいましたが、セットで金貨1枚で販売しております」


 セット価格で言うならば、元々の魔道具の10分の1だった。

 使用人は「とりあえず試してみようかしら」と、購入していった。

 後日、入浴魔石もどきで香りづけをされた飲料が屋台で販売され始めたが、ホムラは彼女の主に報告とかは特にする事はなかった。




 夕方以降もマーケットで商売をしている露天商は多いが、ホムラは決まった時間に手早く広げていた品物を片付けていく。アイテムバッグの中に無造作に突っ込んでいくと、すぐに終わってしまった。

 家路に向かう彼女を後ろから追い抜きがてらアイテムバッグをひったくろうとした男がいたが、ホムラがその手を離すことはなく、引っ張り合いの形になった。


「くそ、離せよ!」

「邪魔です」


 ホムラは目にも止まらぬ速さで懐に入り込むと、男を投げ飛ばした。

 放物線を描きながら落ちていく男のその後の結末を見る事はなく、彼女は帰宅した。

 彼女が帰宅すると、彼女のマスターであるシズトはヘロヘロな状態で幼女を追いかけていた。

 幼女はまだまだ元気でちょろちょろ走り回っている。流石、冒険者の娘だ。

 ホムラが変な所で感心をしているとヘロヘロな彼女のマスターが彼女の体に触れながら息も絶え絶えに「ほ、ホムラ……タッチ……」と、言ってその場に座り込んだ。


「鬼ごっこですね、マスター。お任せください」


 そういった数秒後には、幼女を捕まえ、シズトの側に置く。


「シズトさまとたくさんおにごっこした!」

「そうですか。マスターは最近運動不足を気にされていましたので、良かったです」


 ゼェゼェハァハァと呼吸を整えているシズトの様子を見守りつつ幼女とお喋りをするホムラ。

 彼女の主人であるシズトから特に指示をされていない限りは余計な事はしないようにしよう、とホムラはシズトが回復するのを見守っていると、しばらくして息を整えたシズトがお風呂に入るから、と彼女を置いて歩き始めた。


「お背中お流ししますね、マスター」

「いや、必要ないからね!!」


 結局、ホムラはシズトが出てくるまで脱衣所の外で立って待っていた。

 その後は用意されたご飯を食べ、寝室で魔道具作りのサポートをする。

 最近は作成時のサポートだけではなく、出来上がったものをハーフエルフで魔道具作りが趣味のノエルに渡しに行くのも彼女の仕事になっていた。

 今日も新しく作った魔道具を彼女が寝泊まりしている部屋に持っていく。

 元々その部屋はシズトが自分用の部屋として作ったため、少し作りが異なる。

 ノックもせずに扉を開けて中に入ると、まず靴を脱ぐ。靴を脱ぐのはこの部屋だけだが、もしかしたらマスターはこういう部屋の方が落ち着くのかもしれない。そう考えたら今後の何かの参考になるかもしれないので記憶に残しておく価値はあるだろう、と部屋に入るたびに思うホムラだった。

 ホムラが入ってきてもその部屋の仮の主は気づいた様子もない。作業台であーでもないこーでもないとぶつぶつ言いながら一心不乱に魔道具を注視しているノエルの机の上に魔道具を置く。


「わっ! あ、ホムラ様!? え、もうそんな時間っすか? も、もうちょっとだけ待ってほしいっす! あと少しでこれの仕組みが分かりそう……って、なんで何も言わずに枕を持つっすか!? 少しは話スヤァ」


 慣れた手つきでホムラがノエルの後頭部に枕を押し付けると、先程まで騒がしかったノエルが寝息を立て始めた。

 その場で放置でもいいが、あんまり扱いを雑にするとシズトが困った顔をするので、彼女はさっさとノエルをベッドに置いて部屋から出る。

 足早にホムラが3階の寝室に戻ると、シズトはベッドの上でゴロゴロしていた。


「あ、早かったね? ノエル魔道具について何か言ってた?」

「何も言ってなかったです、マスター」


 嘘は言ってない。魔道具については何も言っていなかった。


「そっかー。じゃあ、魔道具複製は難しいかなぁ」

「そうかもしれませんね、マスター。さて、マスター。そろそろお休みの時間です」

「えー、もうちょっと起きててもよくない? って、ちょっとまっスヤァ」

「早業」

「お褒め頂きありがとうございます」


 いつものようにごろごろしていたシズトを無理矢理膝枕をして寝かしつけたら、ドーラがちらりと見てぽつりと呟いた。

 ドーラはシズトが眠りについたのを見てから、ベッドの縁の方に潜り込み、目をつぶった。無理矢理寝かしつけられると不測の事態に備えられない。そのためドーラは寝るのにはまだ早いと感じつつも大人しく従っている。

 ただ一人起きているホムラはずっとシズトの寝顔を見つめていた。時々髪を撫でたり、顔に触れたりしつつ、静かに見つめ続け夜は更けていった。

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