幕間の物語6.借金奴隷は五体投地して命乞いする
ドラゴニア王国の南に位置するダンジョン都市ドランにはたくさんの人が出入りする。
特にちょっとお金に余裕のある冒険者や、商人は日ごろの疲れを癒すためにも南門の近くにある歓楽街で楽しく羽目を外すのだ。
ただ、そんな楽しい人たちの中でも楽しくない者は当然いる。
とある奴隷商人に飼われているぼさぼさ頭の奴隷もそうだ。
ちょっと趣味に没頭しすぎた事と、騙された事によって借金が大変な事になった。ただ、その趣味が幸いして扱いは奴隷の中ではマシな方だ。彼女はおそらくその趣味の部分のせいで嵌められたんだろうな、と理解していたので素直に喜べないが。
ガラス部分にひびが入っている丸眼鏡を身につけたその奴隷は、見本をもとにせっせと作業をしていた。
見本にしているのは最近ドランに現れた人物が売っていた魔道具の浮遊ランプ。
「これを複製しろ、って言われても人には出来る事と出来ない事があるのをわかってほしいっすね、全く」
与えられた道具は奴隷になる前には扱えなかった高級品ばかり。
特殊な液体をペン先につけ、魔力を込めて魔方陣をただのランプに刻む。
刻まれている内容は奴隷にはわからないが、やらなければ飯抜きだ。
必死にお手本通りに作ってみた。
出来上がったランプにスライムの魔石を入れてみるが、動きすらしない。
奴隷は「やっぱ無理っすわー、知ってる知ってる」とか独り言を言いながらスライムの魔石を抜き取り、1ランク上のゴブリンの魔石を入れると淡く光る。
はぁ、と奴隷はため息をついてお手本の浮遊ランプにスライムの魔石を入れると、明るく部屋を照らした。
室内は小さな物置で、そこで奴隷商人から魔道具を作れと言われ、売れた分だけ借金が減る。微々たる量だが、何もしないよりはましだ。売られてしまったらどんな扱いをされるのか、まったく分からないのだから。
売らずに魔道具を複製しておけば物置だけど個室だし、足枷ついてるけど歩き回る事もできるし、いつ洗ってくれるのかわからないけど固いベットと掛布団もある。
だから奴隷はせっせと浮遊ランプを作る。
それがお手本と数段劣るものだと分かっていても、色々な気持ちを押し込めて作る。
魔道具を作る事だけは自由だから。
浮遊ランプもどきの売れ行きは好調らしい。
夜の街で最近勢力を拡大している裏社会のお偉いさんが奴隷に会いに来たのを知り、奴隷はいろいろ察した。
そろそろ自分も売られるのだと。
ただ、売られた先は奴隷にとって悪いものではなかった。
きちんとした個室を与えられ、足枷もなくなり室内だったら好きに歩き回っていい。布団はたまーに世話人が来て綺麗にしてくれる。
室内で浮遊ランプもどきを作り続ける必要はあるが、少なくとも借金奴隷の扱いの中では上の方だろう。
「だからってこんなもん持ってこないでほしいっすねー」
ぶつぶつ文句を言いながら目の前の紙と睨めっこする。
オートトレースと呼ばれているそれは、紙に書かれている物の複写を簡単にできるものらしい。
これがあれば王立図書館の持ちだし禁止の物を複製できる。作れたら自分で使ってるわ、と奴隷はぶつぶつ言いながら魔法陣を眺める。
その他にもいろいろ使い道はあるが、その利便性と引き換えに、刻まれた魔方陣は複雑なものだった。
何度書いてもどうしても線でつぶれてしまって描けない。
果たしてこれをどうやって刻んだんだろうか。
ちょっと現実逃避をしつつ、ぼーっと過ごしていた奴隷だったが、「せめてなんか作っとかないとやばいっすよねー」と、呟いて浮遊ランプもどきを作った。
浮遊ランプもどきを作り始めて1週間ほど経つと、今度は沸騰魔石というものを作れと言われた。
水に入れると数分で沸騰するその魔石に付与された魔法を読み解き、用意された魔石に付与する。
魔法陣を刻むのと、魔法を付与するのは違うが、魔道具を欲しい飼い主にとってはどっちも同じなんだろうなー、とかなんとか悶々と考えながら奴隷は魔法を付与した。
案の定うまくいかず、ぬるま湯が1時間ほどで出来上がるだけだった。
「まあ、これはこれで使いようはある。今日からはこれも作れ」
「へへーー!!! わっかりましたー」
奴隷は魔法ペンを握っては浮遊ランプを作り、飽きたら魔石に魔法を付与するのを繰り返した。
「同じ事ばっかだった前と比べたら楽しいっすねー」と、独り言を呟きながら。
魔道具作成をしばらく続けていた奴隷に、変化が訪れたのは1カ月ほど経った時だった。
奴隷が浮遊台車というものに刻まれている魔方陣を板に模写している時に扉が音を立てて壊れた。
外から吹っ飛ばされてきた奴隷の飼い主が、床に転がる。
ただ、奴隷はそれに気づいた様子もなく、ぶつぶつ言いながら作業を続ける。
「やっぱうまく浮かねえっすね。まーた、作れなかったのか、って言われるじゃないっすか。これを作った人がおかしいんすよ……って何事っすか!?」
奴隷が振り返ると血まみれで横たわる飼い主がいた。
部屋の出入り口にはこの領主の子飼いの私兵がたくさんいて、どんどん中に入ってきては、部屋にあったものを押収していく。
「ボク、なんもしてないっすよ! ただの借金奴隷っす! 殺さないでほしいっす!」
奴隷は訳が分からないが、相手が武器を持っているのを見ると、床とぴったりくっついて勇者が伝えたとされている最大限の謝罪のポーズをしながら彼女は命乞いをする。
それを全身鎧を身につけた人物が静かに見ていた。
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