第393話 言い方!

「俺はまだまだいけっぞー!!」

「凄いですね。では、もう一杯どうぞ」



 アーミラたっての希望で行われた宴はつつがなく行われ、当の本人は調子に乗ってゼノの持ち込んだワインを一瓶空けるまで飲み干して騒いでいる。そんな彼女の空いたグラスに、リーレイアはソムリエのような振る舞いでワインを注いでいた。



(完全に酔い潰してからの介護コースに持ち込もうとしてるな。ゲスすぎる)



 アーミラと飲み比べているのでリーレイアも結構な量のワインを飲んでいるのだが、それでも彼女の目にはまだ獲物を付け狙う理性が宿っている。危ない気配がするので二人からは絶対に目を離さないようにしようと努は決意しながらも、オーリが用意してくれていたチーズをつまむ。



「ふっふっふ、次は私たちが突破したいものだね。アルドレットクロウも勢いが削がれているところだ。この機会を見逃すわけにはいかない!」

「アンデッド化は聖騎士のスキルで防げそうでしたしね。ただ、臓器蘇生の問題は残っていますけど……」

「確かにそれも懸念すべきところであるが、リーレイア君とディニエル君なら対応できる範囲なのではないかね? アンデッド化さえ防げてしまえば、あとは長期戦を見越せば突破は出来そうな気もするが」

「あの心臓を捧げる儀式? みたいなものの先は未知数ですからね。直接見られたらある程度わかるんですが、神台越しでは何とも言えません。私もバリアみたいなものが上手く使えるといいんですが……」



 王都にいた頃から酒の席にも慣れていたのか、ゼノとコリナは酔ってはいるものの嗜み程度に留めて正常な思考は働いているようで、百階層のことについて色々と話していた。そんな二人が話していたところに、白ワインを口にしていた一人のエルフが割り込んだ。



「そもそも祈祷師にはバリアに似たスキルもない。それに白魔導士の中でもあの精度でバリアを動かせるのはツトムだけみたいだし、考えるだけ無駄」

「そ、それはもうわかってますって……」



 正面に座っていたディニエルからの言葉にコリナはたじたじといった様子で答えた。しかし酒を飲んでいるからか目が据わり始めていたディニエルは納得していなかった。



「いや、わかってない。PTメンバーの私たちが認めているのに、まだツトムの劣化ヒーラーと当の本人が考えているのは腹が立つ。祈祷師の中では間違いなく一番で、PTを組む価値のあるヒーラーだとみんな伝えているはず。ツトムは関係ない」

「はい、すみません」

「その今でも自分は下だという態度が気に食わない。そんな態度を取っていいような時期はもうとっくに終わっている。立場を弁えて。貴女がそんな態度では他の祈祷師たちも不幸を被ることになる」

「……はい」

「まー、まー。ディニちゃん。言ってることは正しいかもしれないけど、もうちょっと優しく包もう? コリナちゃんも、そこまで落ち込むことないよ。まだ評価が上がって間もないんだから、気持ちが追い付かないのもしょうがないよ」



 無限の輪が百階層を突破した宴の場で本気の説教を受けたコリナは、完全に意気消沈といった様子だ。そんな二人を取り持つようにエイミーが会話に割って入る。



「……僕も、コリナさんの気持ちはちょっとわかりますよ。僕だって一年前とかは、孤児院の手伝いをしていたただの人でしたから。今でもたまに孤児院でお世話になりっぱなしで何も出来なかった自分に立ち返るような夢を、何度も見ますよ」



 カミーユとの飲み会で反省したのかちびちびとエールを飲んでいたダリルは、しんみりとした様子でぽつりぽつりと言った。



「今だって夢みたいですもん。僕が子供の頃に見上げるしか出来なかった神台にまで映るようになって、それも一番台に映るなんて。今でも実感がないです。だから、僕を探索者にしてくれたガルムさんと、こんな僕を無限の輪に入れてくれたツトムさんには本当に感謝してますよ」



 若干涙目になりながらダリルは隣に座っていたガルムを見上げた後、努の方にも向き直って頭を下げた。そんな光景を見てガルムもお酒が入っていることもあってかちょっと涙ぐんでいたが、努は呆れたように鼻で笑った。



「何? 僕が同情だけでダリルを無限の輪に入れたとでも思ってるの? だとしたらとんだ思い違いだね。そもそもジョブがタンク向きじゃなかったらガルムの推薦でも取らなかっただろうし、僕が育てれば成長する見込みがあったから入れたんだよ」



 そこまで言い切った努は、続いてエイミーにディニエルの対人力の無さを説明されていたコリナを見つめた。



「コリナもあの状況で腐ってる人も多かった祈祷師の中では自力で頑張ってたし、これならやり方を変えれば伸ばせると思ったから勧誘したんだよ。それにまさかそこまでとは予期してなかったけど、他人の死期がわかるとかいう意味のわからない能力まで持ってたしね。正直それがユニークスキル扱いされてない方が驚きなんだけど、その能力についてはもっと自信持った方がいいよ」

「ツトムも! 言い方~!!」

「私もツトムも事実を言ったまで。責められる謂れはない」

「あっはっは!! 二人ともばかっすね!! そういうことじゃないのに~!」



 そんな中完全に笑い上戸となっていたハンナは、青翼をばたつかせながらディニエルと努を指差して爆笑していた。



(……ダリルも、ちょっと怪しい感じがするな。いざ帰還の許可をするところで拒否してくる可能性も考えられる)

「うるさい」

「ぐえー!」



 ディニエルに翼を縛られているハンナをよそに、努は何故か生暖かい目でこちらを見ているダリルに対して帰還の秘密を話すのも躊躇った。



(それなら付き合いの長いガルムやダリルには事情を話すだけに留めて、許可は別の人に取らせた方がいいかも。そうなると……早くコリナたちにも百階層を突破してもらわないとな。幸い、あまり時間もかからず突破できる見込みはある)



 無限の輪で自分とあまり関係性が深くなく、それでいて常識的な判断の出来る二人。ゼノとコリナに許可を求める方向で決めた努は、べろべろになっているアーミラのお世話をしようとしていたリーレイアをやんわりと止めた。



「オーリさん。悪いんですが介抱をお願いできますか」

「畏まりました」

「リーレイア。次はハンナが飲み比べしてくれるってよ」

「……ちっ」

「おー!? あたしに挑むとはいい度胸っすね!! これでもお酒は強いっすよ!!」



 目論見を外されたリーレイアは舌打ちこそしたが、その行動は冗談でもあったのか特に気にしていない様子でハンナから挑戦的に出されたグラスを受け取った。


 それでも止めなかったら食いにいっていただろうな、という確信のあった努はハンナを生贄に捧げた。どうか安らかに眠ってくれと若干酔いの回った頭で思いながら、グラスを空にして一息つく。



「…………」

「…………」



 そしてお酒を飲むのを控えているエイミーと一瞬目が合うと努は人差し指を口の前で立てた後、逃げるようにトイレへと向かっていった。

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