第390話 交差する二人

「ツトム!」

「あぁ、わかってる。ホーリー」



 飛来する血武器を捌いているガルムと血の分身に狙われているエイミーの叫びに、努はすぐに反応して二人にホーリーを衣のように纏わせた。それと同時に爛れ古龍からも禍々しさが溢れ出し、血武器の粘性が上がり始める。



「ダリル、いつものコンクラ三回。それで取れなかったらまた指示する」

「はい! コンバットクライ!」



 努の指示に従いダリルがコンバットクライを三度放つと、一瞬ではあるが血武器の動きが止まった。しかしすぐに動き出すとガルムとダリルの両方を均等に狙いだした。


『ライブダンジョン!』での数値を用いながらもこの世界独特の不規則な動きに合わせられたヘイト理論と、何百ものPTでヘイト管理をしてきた勘。努はそれにより爛れ古龍のヘイトをガルムとダリルで拮抗するような状況を作り出していた。


 前回はアンデッド化したエイミーと攻撃の勢いを増した血武器の二つにガルムが追い込まれてしまい、彼も瞬殺されるような形になってしまった。だが今回は血武器の攻撃をダリルも肩代わりしているため、万が一エイミーがアンデッド化しても即死させられるようなことにはならないだろう。



「自爆来るよ!」

「うん!」



 それにエイミーも血の分身が自爆することはもうわかっているし、アンデッド化しないための対策も済ませている。自爆の兆候を感知した途端にエイミーは飛び退き、努はその間に精神力を多くつぎ込んだバリアを挟む。


 事前にエイミー自身にもバリアを纏わせていたため、血の破片で多少傷付きはしたものの死には至らない。聖属性のホーリーで保護もしていたのでアンデッド化も起こらなかった。



「……誰かがアンデッド化するまで止まらないパターンか」



 だがすぐに血武器の一部が地面に突き刺さると、血の分身は湧き上がるようにして復活し、前回のように爛れ古龍の禍々しさが薄まることもなかった。このことは事前に想定して資料に書き記していたのでPTメンバーたちがショックを受けた様子はなかったが、努は面倒くさそうにため息をついた。


 恐らく誰かがアンデッド化しない限りこの攻撃が止むことはない。前回のように二人もアンデッド化させることになるのならこのまま無理にでも戦闘を継続した方がいいが、一人だけで収まるなら犠牲にしてしまった方が楽だ。



「んじゃ、わたし死んでくる!」

「悪い、頼んだ」



 明るい声でそう宣言したエイミーに努はそう返すと彼女に纏わせていたホーリーを解除した。もしアンデッド化しなければいけない状況になった時に誰が犠牲になるかは事前に決めていたため、エイミーは一瞬ガルムと目を合わせた後にダリルを模した血の分身に自ら突っ込んでいった。



「ツトム、一つ提案をしたい」

「何?」

「アンデッド化したあいつが私への初撃を終えるまで、手出しをしないでほしい。出来ればカウンターで戦闘不能まで追い込みたい」

「……まぁ、いいけど。もしそのカウンターが失敗した時は従来通りアーミラと僕で追い詰める形にするけどいい?」

「あぁ、失敗する可能性もある。その時は作戦通りで頼む」



 そうは言うものの失敗など絶対にしないような気概の感じられる表情のガルムに努は首を傾げたが、結局のところ初めにエイミーが狙うのはヘイトを取る彼であることに変わりはないので作戦に支障はないと判断しその提案を受理した。


 それを近づいてきたアーミラへと伝え、ダリルに爛れ古龍のヘイトを全て取らせている間にエイミーは血の小剣で腹を貫かれて死んでいた。


 そしてアンデッド化したエイミーは、ガルムの放ったコンバットクライを受けたと同時に、バネのように身体を跳ね上がらせて一気に距離を詰めてきた。その化け物じみた動きに努はギョッとしながらも杖を構えて攻撃の準備をしたが、アーミラは大剣を地に刺したまま微動だにしなかった。



「エンチャント・アース」



 地の力を大盾に付与して持ち手を握り直したガルムは、一直線に向かってくるアンデッド化したエイミーを迎撃する構えを見せた。すると彼女は右手に持っていた双剣の一つをガルムの眉間へ正確に投擲した。


 それを防ぐためにガルムは大盾を上に突き出して双剣の一つを弾き返したが、自身の大盾によって視界が遮られてしまう。それでもガルムはエイミーの足を見て動きを予測しようとしたが、既に彼女は一足飛びで空中に滞在していた。


 その砂を蹴る音の位置を正確に聞き分けたガルムの犬耳は、彼女が右に向かって飛んだことを掴む。実際に彼女は右に向かって飛び、左手に持つ双剣でガルムの首を刈り取ろうとしていた。



『…ブースト』



 しかしエイミーの小さな呟きと共に、彼女は尋常ではない速さを殺さぬまま左へとずれた。物理法則を完全に無視した動きで大盾を躱し、瞬時に右手へと持ち変えた剣でガルムの首を掻き切るように振り出す。


 もしガルムが自身に従って動いていたのなら、完全に裏を取られていたであろう駆け引き。



『……?』



 だがガルムはそのフェイントをまるで初めからわかっていたかのような足運びで位置取って身を屈め、大盾の鋭い下部分を前にする攻撃的な構えを見せていた。そして初めの助走とブーストにより最高速度を引き出していたエイミーの腹部を完璧に捉える。



「はぁっ!」



 大盾の下部分をエイミーに突き刺したまま、ガルムは身をひるがえしてそのまま背負い投げをするようにして彼女を勢いよく地面に叩き付けた。完璧に捉えた腹部への反撃とガルムの全体重を乗せた叩き付けにより、エイミーの腰骨と背骨は粉々に砕け散る。



「ツトム!」

「あ、あぁ。ホーリー」



 それでもまだジタバタと暴れているエイミーを大盾で上から押さえつけながら、ガルムは唖然としていた努に檄を飛ばす。まさか本当に一撃で終わるとは思っていなかった努はようやく反応した後、アンデッド化した彼女をホーリーで浄化した。


 するとエイミーの身体からは死亡判定と同じ光が溢れ、霧散して装備だけを残し消えていった。そして爛れ古龍の様子も目に見えて収まったことを確認してようやく力を抜いたガルムは、一仕事終えたように息をついた。


 先ほどの戦闘が従来通りならば、ガルムは最善の行動を取ったとしても相打ちが限度だった。それでもガルムが一撃で勝負を決することが出来たのは、事前にエイミー自身から助言を受けていたおかげだった。


 しかし本来ならこの立場は逆のはずだった。百階層へと潜る前に誰かがアンデッド化しなければならない状況が起きるかもしれないとわかった時、ガルムはエイミーに提案を持ちかけていた。アンデッド化した自分を殺してほしいと。


 前回にガルムはアンデッド化したエイミーに奇襲を受け、即死する形になってしまった。その責任を感じていたこともあってか、ガルムは自分が戦闘で意識している立ち回りや考えを全てエイミーに打ち明けた。その情報材料があれば彼女ならアンデッド化した自分を迅速に殺せると思っていたからだ。


 自分の弱点をべちゃくちゃと喋りだしたガルムにエイミーは最初呆けた顔をしていたが、それが自分の考えていたことと同じということに気づいてからは険しい顔つきになった。彼女もその時の状況を想定した時、自分を蘇生が可能である五分以内に殺せるのはガルムだと事前に考えていたからだ。


 それからはお互いに自分の弱点を話し合いながら私が死ぬ、わたしが死ぬ、などといった具合で争うことになったが、結果的には一度アンデッド化したエイミーと戦闘しているガルムが殺すことになった。


 その時にガルムはエイミーから『お前を殺すとしたら利き腕で確実に首を抉りにいく』と言われていたので、あの聴覚を逆手に取ったフェイントにも対処することが出来ていた。



「レイズ」



 そして浄化され完全に死滅したエイミーはレイズによって蘇生された。仰向けの状態で目を覚ましたエイミーの前に手が差し出される。


 だが彼女はその手を猫パンチでもするように弾くと、身体をのけぞらせた反動ですぐに起き上がった。



「これでわたしに勝っただなんて勘違いしないでよね」

「……わかっている。あの助言がなければ危うかった」

「あっそ」

「……あぁー。そういうこと?」



 上手く行き過ぎたガルムの戦闘と二人の会話を聞いてある程度の予測はついた努は、途端に微笑ましそうな顔になっていた。そんな努にイラッとしたのかエイミーは地面の砂を掴んで服に投げつけ、ガルムはもにょもにょとした顔をしていた。



「あ、あのっ!! そろそろ助けて頂けるとっ! 嬉しいです!」



 だが三人が話している間にも爛れ古龍との戦闘自体は続いている。特に凶悪化した血武器を一人で何とか抑えていたダリルにとってはたまったものではなく、すぐに助けを求めてきた。



「二人がそこまでやってくれたなら、僕も頑張るしかないね。うわ、プレッシャー凄いんだけど。久しぶりに怖いと思ってるよ」

「……期待はしている」

「次はわたしが殺すからだいじょーぶだよ!」

「よし、それじゃあさっさとダリルを助けて立て直そうか」

「は、早くしてくださーい!!」



 アンデッド化の壁をすんなりと越えられ、残すところは爛れ古龍の臓器蘇生を防ぐことのみとなった。バリアでの妨害が上手くいくかはまだわからないが、努は『ライブダンジョン!』でのTA大会ばりの緊張感を持ちながらボロボロのダリルにヒールを送った。



 ▽▽



(めっちゃ楽だな。前回とは大違いだ)



 前回のダリルとアーミラのみでアンデッド化した二人を抑えながら爛れ古龍の相手もしなければいけなかった状況に比べると、今は欠伸をしても憚られないほど余裕がある。既に臓器の破壊も済ませ、残す重要な器官は心臓のみ。脅威となる胃、肝臓、肺は既に完全破壊が成されていて、今は手強い腸に手を付けているところだ。


 可能ならすぐに心臓を破壊して早期の決着に臨みたいところではあるが、血を操作する臓器は胃よりも破壊にリスクがかかる可能性が高い。そのため努は心臓以外を徹底的に追い詰めて前回のような臓器蘇生を待っていた。



(来たか)



 爛れ古龍が自身の臓器を鷲掴みにしたと同時に、努はフライで一人上空へと飛んだ。脳内が張り詰めたような感覚。爛れ古龍が心臓を引き千切り、祈りでも捧げるようにうずくまる。そしてその時は訪れた。



「バリア」



 爛れ古龍から放たれるレイズに似た光。その出がかりに努はバリアを設置し、そのまま包み込むようにしてその光を押さえる。やはりレイズと仕様はほぼ同じなのか、その光がバリアを突き抜けることはない。


 努は確かに緊張していた。だがそれはむしろ彼の頭を鮮明にし、普段と違うお団子レイズで対応することに成功した。それを限界まで収縮して自分の手に収まるまで凝縮したところで、爛れ古龍を見下ろす。


 臓器は再生していない。そして心臓も再生する様子もない爛れ古龍の骨が、業火でも浴びているかのように焼け落ちていく。それと同時に蛍のような光が漏れ始め、それは次第に多くなっていく。



「まだだ! 完全になくなるまでは気を抜くな!」



 それを見て喜ぼうとしていたダリルに厳しい声をかけながら、努は追加のレイズが来ることも考えて気を抜いてはいなかった。左手で光球を抱えながら消えていく爛れ古龍を見据える。



「……あ?」



 すると左手に抱えていたバリア内の光が消えたと同時に、努の手元に突然何かが降ってきた。その手にかかったものはローブのようなもので、努には見覚えのあるものだった。



(百階層のクリア装備……?)



 それは『ライブダンジョン!』でもよく見た装備であり、努の入っていた効率重視のクランでは初心者脱却を示すようなものだった。下を見てみればPTメンバーたちも各々何かの装備を手にしている様子だった。



「あ……」



 そして努にとっては最も注目せざるを得ない現象が起きていた。二つの黒門が出現していること。それと帰還の黒門が今までにない白の輝きを見せていることだ。


 努はしばらくそれを呆然とした様子で眺めていたが、PTメンバーたちからの呼び声でようやく気を戻した。そして次の階層を示す黒門を何故か蹴っているアーミラの方へと向かう。



「おい、ツトム! これ開かねぇぞ!」

「……開かない?」



 普通の黒門ならば何が起きても開かないということはない。それにアーミラたちが帰還の黒門に異変が起きていることにまるで触れていないことからして、努は確信した。PTメンバーたちにはそもそもこの光が見えていないことに。



(……この装備を持っていれば帰れるってことか)



 恐らく百階層のクリア装備を持って帰還の黒門に入れば、元の世界へと戻れるのだろう。一度マジックバッグにクリア装備を入れてみたり地面に置いてみたりしてみたが、帰還の黒門に変化が起きることはない。


 恐らくこれに触れた時点で帰還の条件は満たされているのだろう。つまりはここでこの世界と別れなければいけないということだ。



(……少なくとも皆が路頭に迷うことはない)



 一ヶ月自分が行方不明になれば規定通りに財産分与されるようにはしてあるため、クランメンバーたちが損をすることはないだろう。努はPTメンバーたちが次の黒門が開かないことに気を取られている間に、帰還の黒門へと歩みを進める。


 そして帰還の黒門に手をかけようとしたその時、何故か急にその輝きが失われた。



(……? 時間制限でもあるのか?)



 試しにまたクリア装備に触ってみたものの、また輝きだすことはない。初めての仕様によくわからず努が困惑していると、後ろから服を思いっきり掴まれた。



「おい! 何一人で帰ろうとしてんだよ! みんなで触らなきゃ進めねぇかもしれねぇだろ!?」

「えっ? ……あぁ、悪いね」



 アーミラの核心を突く言動に一瞬ヒヤリとさせられたが、どうやら彼女は開かない黒門についてのことを言っているようだった。そのまま彼女に引きずられるままもう一つの黒門に連れていかれる。


 それから全員でその黒門に触ってはみたが、特に変化は訪れない。ただその黒門には見慣れない装飾が施されていて、その中で赤い光が一つだけ光っているのは窺えた。



「……多分、他のPTが百階層を攻略したら開くんじゃない? 推測でしかないけど」

「そういう感じか。んじゃ、俺たちが一番乗りだな! 次はあいつらが来るといいな!」



 先ほどの努と同じようにクリア装備に似た物を持っているアーミラは興奮した様子でエイミーと共に笑い、ダリルとガルムも一安心したようにしている。



「んじゃ、さっさと帰ろうぜ。リーレイアに嫌味の一つでもいってやりてぇしな!」

「あぁ、うん」

「なんだ? 浮かねぇ顔しやがって」

「いや、何でもないよ。帰ろうか」

「百階層の先があることもわかったことだしな! 今日は宴だろ!」

「やった! お腹ペコペコです!」



 テンション爆上がりのアーミラと腹ペコダリルに半ば引きずられるまま努は帰還の黒門へと向かう。そしてまだ先ほどのように輝く様子のない黒門に入り、努は疑問顔でそのままギルドへと帰還した。ガルムもそれに続く。



「何をしている? 装備の鑑定なら後ですればいいだろう。もう行くぞ」

「……あ、あぁ、……き、気にしない、で」

「???」



 エイミーのいつもとはまるで違う反応にガルムは困惑するように犬耳をひねらせたが、特に何も言うことはなく帰還の黒門へと入っていった。そして一人残されたエイミーは神の眼に見られていないことを確認した後、地面に置いていたクリア装備の下に隠していた不可思議な用紙を拾い上げた。

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