第388話 糞運営乙

 各々の談笑も終わり大手クランメンバーたちが帰ったところで、努は百階層の映像を見ながら作戦会議をするためPTメンバーをギルドまで連れ出そうとしていた。


 その道中ではまだ情報伝達が上手くいっていない一般的な民衆から、未だに避けられているような雰囲気が感じられた。だが中にはそれでも無限の輪の者たちと関わっていこうと思う変わり者もいたようだ。



「ガルムさん! 買ってきました!」

「くりーむたっぷり!」

「……うむ」

「ダリル、心配した!」

「大丈夫なの? 取り敢えずこれ! 良かったら食べて!」

「だから、大丈夫って何度も言ってるじゃないですか……」



 特に孤児たちを中心に慕われているガルムやダリルへの信頼は半端なものではなく、彼らはギルドへの道中で幾度も声をかけられ次々と贈り物や手紙などを渡されていた。そして最後には抱えきれなくなり努からマジックバッグを借りるハメになっていた。



「ワンちゃんたちは対応がなってないねぇー」



 アイドル的な人気を未だに維持しているエイミーにもそういった応援の言葉や贈り物などはあったが、彼女はファンへの対応については徹底している。その場ですぐ済むような声かけやサインなどには応えるが、荷物になってしまう手紙や贈り物などに関しては直接受け取らず自宅へ送るように長い時間をかけてファンを躾けていた。



「あれ、おかしいなぁ? あれだけいた僕のファンがどこにも見当たらないようだけど?」

「ぷっ、くくくっ……」



 ガルムとダリルに対する贈り物の処理をしている努がわざとらしくきょろきょろとしながらそう言うと、彼から少し距離を離したところで歩いていたアーミラは思わず噴き出してしまった。その後無茶のある咳払いで何とか誤魔化しはしたが、努の視線は彼女に向いていた。



「ほら、アーミラも大して人気ないんだから手伝えよ。暇だろ」

「……てめぇよりはあるだろうけどな」

「お前の対応は悪い意味で雑だからなー。ガルムでも見習えば?」

「うるせぇ。外野なんて知ったこっちゃねぇよ」

「それじゃあガルムの方よろしく」

「……ちっ」



 先日の件で若干の気まずさを残していたアーミラは減らず口を叩きながらも、しょうがねぇなといった様子で努の手伝いを始めた。そしてガルムは見知った人々たちとの隙間を縫って努の方に顔を出す。



「すまない……」

「外出したらある程度騒ぎになることは予想してたし、気にしなくていいよ」

「金で人徳までは買えないってこった」

「アーミラも胸がもう少し母親に似てたらハンナみたいに人気あっただろうに、あぁ可哀想」

「殺すぞ」

「おっ、マルトーのワインまであるよ。それにイルラント牛の肉塊とか」



 殺気立っている彼女を宥めるようにガルムたちへの贈り物について適当に話を振りながら、努はそれらをマジックバッグに突っ込んでいく。そして騒ぎを聞きつけて警備団がやってきたところで努たちは解放され、ようやくギルドへと到着した。


 早朝から有名な探索者たちに百階層で起きた出来事について説明していたおかげか、同業者からの恐れるような視線は大分緩和されている。そのおかげかギルドでは特に騒がれることもなく個室の訓練場を借りる手続きを受付で終えた努たちは、各々食堂で適当な料理を頼んで一番台に目を向ける。



(弱体は今のところしてないっぽいな。糞運営乙)



 アルドレットクロウの二軍PTが情報収集のためか爛れ古龍に色々な魔道具での攻撃を試している姿を見ながら、努は爛れ古龍が弱体化されていないかを確認していた。


 この世界ではモンスターの強化こそあれど、弱体化したという事例はない。そうなると最後の強制退出に関しては黒の修正のために成されたのだと推測できるが、もしかしたら弱体化されているのではないかと努は期待していた。


 だがそんな期待もすぐに打ち砕かれたので、努は内心でそう毒づきながらダリルの頼んだポテトを一つ摘まんで食べた。グリバーガーを頬張っていたダリルは若干反応こそしたが、それを咎めることはなかった。



「何かしら変化があると思ってたんだけど、特になさそうだね。それなら個室が空いたらそこで作戦会議した後に挑む流れでいこうか。それまではこれに目を通しておいて」

「りょーかい」



 それから事前に準備していた資料を四人に読ませている間、努は一番台に映る爛れ古龍の観察に集中した。しかし特に収穫も得られぬまま時は過ぎ、個室の訓練場が空いたところで百階層の攻略についての作戦会議に入る。



「一先ず序盤戦はこのままで大丈夫だけど、問題は中盤からだね。爛れ古龍がアンデッド化してからの対策をしないといけない。ただ最後に足掻いた甲斐もあって、アンデッド化については対策が出来ると思う」



 臓器破壊の手順などについては血の分身を考慮したものに切り替えるだけで対処出来るが、一番の問題はPTメンバーのアンデッド化に尽きる。自分たちの戦力が減り、相手の戦力が上がるような状況だけは絶対に避けなければならない。


 だがアンデッド化については事前に聖属性の装備やスキルなどを使えば防げることは努自身が証明しているため、再検証すればアンデッド化対策については確立することが出来るだろう。



「今日はまずアンデッド化についての検証から入って、上手くいったならそれからは爛れ古龍の臓器蘇生についての検証も進める。あれも中々厄介ではあるけど、恐らく防ぐ術はある。直接見てた感じからしてレイズと同じみたいだったから、バリアでお団子にするっていうのが今のところ有力な対策ではあるね。まぁ、一発で出来るかはわからないから今日は検証日ってことで。何度か挑んでいって何かあれば改善していこう」



 味方がアンデッド化してしまった中でもアーミラとダリルのポテンシャルと努の支援回復で何とか戦況は維持していたものの、ダメ押しの肝臓レイズで再生能力を取り戻した爛れ古龍によって前回は敗北をきっすることになってしまった。


 だが味方のアンデッド化と臓器レイズの二つを対策することが出来れば、勝利の目は出てくる。それでもまだ爛れ古龍には隠し玉があるのかもしれないが、既に死を許容した努からすれば望むところである。


 今となってはもはや『ライブダンジョン!』でしていたことと何ら変わりはない。新しいモンスターが追加される度、努は最前線で真っ先に倒しては攻略法を丸裸にしてライブ映像にて情報を発信していた。それを何年もやってきた彼にとってすれば、こういった状況は手慣れたものである。



「大筋の流れとしてはこんな感じなんだけど、他に何かあるかな?」

「一つ、いいだろうか?」



 それからは細かいところをPTメンバーと一緒に詰めてく考えだったので、手を挙げたガルムに努は目でどうぞと促す。



「作戦について異論はない。だが、今日が検証日ということには異議を唱えたい」

「……ん?」

「確かに今までと既に状況が違うことは確かだ。だが恐らく周囲の者たちは、まだツトムが百階層を突破出来ず敗北したとは思っていないだろう。だからこそ私は、検証などと言わず百階層を今日で突破したいと考えている」

「それには俺も同感だな」



 真剣な目で努を見つめているガルムに続いてアーミラも挑戦的な笑みを浮かべて同意する。



「てめぇがどう思ってるかは知らねぇが、少なくとも周りの奴らはあの映像を見てお前が死んだとは思ってないだろうよ。つまりは、まだツトムの不敗神話は終わってないわけだ」

「うん、あとさ? その不敗神話が私のいたPTで終わっちゃったっていうのも、なんかさー、嫌な気分になるんだよね。だからわたしからもお願い! もう一回死なないように頑張ってみない?」

「僕もそう思います! それに今度は……今度はツトムさんが不安にならないよう頑張りますから!!」



 次々とPTメンバーが口にする言葉に対して、努は実に微妙な顔をしながら腕を組んでいた。



「……いやー、実際検証もしないでこのまま挑んでも厳しいと思うよ。それにさ、その不敗神話っていうのも地味にプレッシャーなんだよね。そろそろ楽にさせてくれてもいいんじゃない?」

「これが我儘だということは重々承知している。それにもし突破に失敗したとしても、ツトムを責めるようなことは絶対にしないし、させないつもりだ。だからどうか、考え直してはくれないだろうか……」

「僕からも、お願いします!」

「お前は取り敢えず乗っかってるだけだろ」



 ガルムからの重い言葉への返答を避けるようにダリルへ話を振ると、彼はとんでもないといった具合で両手を振った。



「ち、違いますよ! ……僕だって、責任は感じてるんですよ? もしあの時生き残っていたのがガルムさんだったらだとか、色々考えてるんです」

「別にあの時生き残っていたのがエイミーとガルムだろうと、自分が死ぬことが怖くて逃げていたことには変わらないよ」

「わかったわかった。よし、じゃあ作戦も決まったことだしさっさと行こうぜ」

「おい……」

「俺たちの意思は良い方向で固まってるんだ。それなら別に問題はねぇんじゃねぇか? 作戦には俺も従うからよ」

「いや、もうこれみんな何があっても絶対諦めない流れじゃん。検証終わったから死んでやり直そうって言っても聞かないだろうし、また装備の損失でオーリさんが困るぞ」

「だいじょーぶ! 今日に出た損失はわたしが全部カバーするから!」

「ぼ、僕も頑張って出します!」

「私も必要なら出せるが」

「いや、そういうことじゃないんだけど……」



『ライブダンジョン!』の時のように賢く引き際を弁えて何度か効率よく挑めば、百階層は余裕を持って突破出来るだろう。だがあくまでも努を死なせることがないままでの突破を目指している四人のPTメンバーたちを前に、彼はがっくりと肩を落とすしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る