第386話 流石です、一番弟子様!

「……あ、多分大丈夫ですー!」

「あ、そう? ならいいけど」



 慌てたようにロレーナがフォローするとエイミーは少しだけ怪しそうな目をしたが、ヒーラー談議の邪魔をしては悪いと思ったのか潔く引いた。そして努もそろそろダンジョンに向かう準備でもしようと何気ない顔で席を立ったが、ステファニーはそれを見逃さなかった。



「まだわたくしの質問に答えて頂いておりません」

「……はぁ、そんなに忠告されなくても自分の立ち回りくらい把握してるよ。確かにヒーラーとして見ればガルムとエイミーがアンデッド化した後の立ち回りは消極的すぎた。で、それがどうかした?」

「……どうか、とは」

「こういったことを言えばユニスが難癖つけてきそうってことは、少なくとも貴女は気づいていたはずですよー」



 皮肉めいた口調でそう言った努を見てロレーナは笑いそうになったが、ステファニーの表情が冷えきっているのを見て唇を噛み締め何とか堪えた。ユニスはまだ状況を理解していないが自分の名前が上がったことで考えるように狐耳をへならせている。



「誰のことが気に食わないのかは知らないけど、そういう手段で他人を貶めようとするのは一番下らないと思うよ。それに僕が乗っかると思われてたのも腹が立つしね」

「…………」



 ステファニーの指摘は正しいものではあるが、わざわざこの場で言う必要はなかったはずだ。それこそ自分を貶めたいと考えているならまだ理解は出来るが、彼女の様子からしてその気がないことはわかっている。では何故ステファニーがこの場で自分のことを指摘したのかは、『ライブダンジョン!』で暇を持て余した主婦たちの蠱毒ガールズトークを嫌というほど見てきた努には想像が出来た。


 努に残念そうな目で見つめられたステファニーは、ただ黙り込むことしか出来なかった。何か言えば更に墓穴を掘るような形になることが想像出来たからだ。そんな二人の心理をユニスは推測できていなかったが、取り敢えず努が勝ったということはわかったのかその表情は一安心といった具合だった。



「あ、ちなみにユニスも下らないからね」

「……はぁっ!?」



 突然味方に銃口でも向けられたかのようにユニスは驚きの声を上げた。だがそんな抗議の声を聞いても努は標準をずらしたりはしなかった。



「実際に僕の立ち回りが鈍ったことは事実だからね。それを見抜けもしないでただ感情的に擁護されてもこっちとしては気持ち悪いだけだし、無能な味方ほど扱いづらいものはない。はっきり言って迷惑なだけだから味方面して近寄らないでくれる?」

「なっ……ななっ……」



 全く予想していなかった自分への辛辣な言葉の数々に、ユニスは言葉を失い尻尾をわなわなと震えさせている。すると努は突然ロレーナに笑顔を向けた。



「やっぱその点、一番弟子のロレーナは違うなー」

「……はい?」

「いやーそろそろ百階層にも辿り着けそうだしこれからも期待してるよー。それじゃあ僕はこれからギルドに行く準備するから、後はよろしく」

「えっ、ちょっ……!?」



 期待を込めて頭をぽんぽんとされたロレーナは少しだけ放心しかけた後にすぐ努を止めようとしたが、既に彼は二階へと上がっていってしまった。流石に人様のクランハウスでは好き勝手に動けないため、彼女は努を追うことは出来なかった。



「…………」

「な、なんなのですぅ~~~!! あいつ~~~!!」



 残されたのは目にじんわりと涙を浮かべて立ち尽くしているステファニーと、ソファーに顔を埋めて叫び声を何とか押さえているユニス。そして完全にその後始末を押し付けられた形となったロレーナだけだった。



「わ、私は絶対引き受けませんからねーーだっ!! あれだけでこんな重労働負わせられるなんてたまったもんじゃありませんよ!!」



 ロレーナは最後に悪あがきでもするように叫びはしたが、流石に最近仲が良くなってきたユニスを置いていくことは出来ないだろう。それに努が爛れ古龍から逃げたことが判明した後、並々ならぬ思いで百階層に潜ったステファニーの気持ちもある程度わかっている。だからこそ彼女だけを放っておくようなことも良心が痛んで出来そうもない。


 結局のところロレーナは二人を残してこの場を去ることは出来なかった。そして家政婦のようにその様子を陰から観察していたエイミーは、そろりとその場を去った。



 ▽▽



 それから少しして名の知れたヒーラーの三人がクランハウスを出て行くまでの間、努は他に来ていた者たちとも会話を交わしていた。



「……貴方ね。クラン内は上手く収められたみたいなのに、何であの三人にはそれが出来ないのよ」

「セシリアさん、何だかんだで色々と出来ますよね。お団子レイズとかどうやってイメージしてますか?」

「ちょっと!!」



 紅魔団のヒーラーであるセシリアは今のところ目立った活躍こそないが、スキルの技術自体はユニスやロレーナ以上のものを身につけているように努には見えていた。そのため今日は彼女とスキルの使い方についての意見交換をしたいと考えていたため、努はアルマに対して無視を決め込んでいた。


 そのことに彼女は憤慨したように叫んだが、途中でセシリアに止められて耳に顔を寄せられる。



「アルマ、申し訳ないけどここは我慢して。こんな機会滅多にないんだから」

「止めときなさい。こんな奴にセシリアが毒されたらヴァイスも悲しむわよ」

「九十階層もヴァイス無双で乗り越えるつもりなら止めはしないけど」

「よ、余計なお世話よっ! 貴方には関係のないことでしょ!」



 途中で口を挟んできた努にアルマは言い返すが、すぐに呆れたような嘲笑で返される。



「お前もこの前余計なお世話を押し付けてきただろ。なんか自分は上手くいってるみたいな口ぶりで上から話してきたけど、僕から見ればそっちの方が危うく見えるね。未だにヴァイスがガルムにお熱な時点でタンクが決定的に不足してるのは明らかだし、ヒーラーもアタッカーも噛み合ってない。人間関係だけは改善されたみたいだけど、結局のところヴァイスに頼り切りのワンマン体制に変わりはない。だからファレンリッチの突破にすら苦労するくらい停滞してるんだろ。それで良くもまぁ、黒杖を貸すだとか言えたもんだな」

「……あぁ、今なら三人の気持ちもよくわかるわ。今この場で消し飛ばしてもいいかしら?」

「お前がスキルを口にしようとする前にディニエルが顔面でも射抜いて止めてくれるだろうよ。それでも良ければお好きにどうぞ」

「こいつ……! 男として情けないとは思わないのかしらねっ!!」



 この部屋には彼女たちの他にもディニエル、エイミーと金色の調べに在籍しているタンクのバルバラがいるため、アルマがこの場で実力行使に出ることはない。ちなみに努が来るまでその四人はアクセサリーなどのエイミーが持っているコレクションの試着会をしていて、今もエイミーはバルバラを着飾らせて楽しんでいる。



「……それじゃあ、ツトムさんはどうすれば解決できると思いますか? もし何かあるのなら教えて頂けないでしょうか」

「ちょっと、セシリア!?」



 そしてアルマへの意趣返しも済んで努が満足していた手前、セシリアは思い詰めたような顔のまま深々と頭を下げてまでそう言った。そんな彼女にアルマは驚き、努も若干意外そうな顔で彼女を見つめていた。



「紅魔団は元々アタッカーに向いているジョブの人たちだけで構成されてるし、探索者の人数も十人しかいない。だからタンクに向いているジョブの人がいない。その中で唯一ヴァイスだけはタンクを出来る素質もあったけど、向いてはいなかった。だから何か戦略でもない限りは今すぐにでもタンク向きのジョブ限定でメンバー募集かければいいんじゃない? ヴァイスは今でも知名度と人気あるし結構有望な人材は集まると思うし」

「……でも、それは」

「仲の良い身内だけで回していきたいならこのままでもいいと思う。それにもしかしたら百階層で神のダンジョンも終わるかもしれないんだし、それなら猶更かもしれない。でももし百階層の先もあるのだとしたら、このままシルバービーストとアルドレットクロウに離され続けるだろうね。それでいつしか他の中堅クランにも追い抜かれて忘れ去られていくんじゃないかな。今の中堅クランも大分仕上がってきてるしね」

「…………」

「それが嫌ならリスクを取ってでも変化するしかない。あ、ちなみに金色の調べも同じだから、他人事みたいに聞き流さない方が賢明だと思うよ」

「…………」



 エイミーに髪をセットしてもらって新鮮な気持ちになり気分が良さそうだったバルバラは、まん丸の熊耳を恐る恐るといった具合で下げた。

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