第385話 頭撫でれば一発
「何か凄い騒ぎになってるっすね? 何処もかしこもツトムだらけっす」
努が百階層から強制退出させられた翌朝。自分の記事があがった時くらいしか新聞を読まないハンナは、どこを見ても載っている努の写真やイラストを見せびらかすようにひらひらとさせている。そんな彼女から新聞を奪って朝食の席についた努は一つの記事に着目する。
「ピコさんの記事ちっさ」
「ツトム君! ソリット新聞に迷宮マニアの記事が載っていること自体が凄いのだぞ!?」
「それはそうなんだろうけど、果たしてこれを普通の人が読むのかどうか……。でもないよりは大分マシだろうし、ゼノも徹夜で頑張ってくれたようだし感謝はしてるよ」
ゼノは昨日努が黒門から吐き出された時、専門用語とネットスラングを羅列して解説した百階層での出来事を何とか言語化することに成功していた。そしてピコはソリット社にその情報を用いて交渉し、記事をソリット新聞の朝刊に載せる準備は整えていた。
だが夕方に起きた努から改めて説明された内容はそれと大分違うものだったため、昨日はその記事の修正で夜を越しそのままソリット本社に赴いて入稿したところだった。それでもまだ元気そうではあるゼノは煌びやかな歯を全開にサムズアップした。
「次は一面を飾るよう努力するよ! ……して、今日は休日になったりは」
「しないね」
「オーマイガッ」
「でも今日はいつも通り動けないだろうから、これから何時間か仮眠したら他の階層でのんびり資金稼ぎでもするといいよ。取り敢えず夜まで頑張って起きてれば明日からは楽になるだろうし」
「……そうだね」
「あ、今日はサラダと飲み物だけでいいです。食べると眠くなるんで」
かくいう努も生活習慣を戻すために徹夜しているが、『ライブダンジョン!』をプレイしていた時と同じようにぶっ続けスタイルである。とはいえ高校生の時と比べると徹夜する頻度は落ちていたので、久々の寝不足で朝日を迎える感覚は中々に辛かった。
「おかわり」
「あ、私もお願いします」
アーミラは百階層で起きた感情の大きな揺らぎで昨日は食欲が減退していたようだが、もう問題はないようだ。そのことに見習いの女性は少し安心した顔でお椀を受け取り、コリナには既に準備していた湯気立つ山盛りのご飯を渡した。
「…………」
そんな中、ダリルは珍しくおかわりもせず根野菜の酢の物をぽりぽりと食べて神妙な顔つきをしている。結局あの後も努に無視を決め込まれた彼は完全に拗ねた様子だ。その隣にいるガルムはその表情こそ変わらないが、頭上にある犬耳は忙しなく動いておっかなびっくりといった反応を示していた。どうやらここまで拗ねたダリルを見たことがないようだ。
「なんか大分根に持たれてるみたいだけど?」
「僕にはよくわからないけど」
「師匠、素直に褒めてあげればいいじゃないっすか。ついでに頭でも撫でてやれば一発で収まるっすよ」
「ゼノかガルムに任せるよ。あ、オーリでもいいか」
ひそひそ声でそう言ってくるエイミーとハンナ。しかし僕は不機嫌ですよ、というオーラ全開のダリルを努は気遣うこともなく、誰かに後処理を任せる気満々だった。
「ディニエル、顔でも洗ってきたらどうですか」
「んー」
「ほら、行きますよ」
半分寝ている調子で食卓についている寝間着のディニエルが船を漕いでいる様子を見て、リーレイアは彼女が頭で倒しそうになったグラスをすかさず遠ざける。そして介護でもするかのようにディニエルへ肩を貸すと、一緒に洗面台へと向かっていった。
(一先ずクランは安定したと見てもいいかな。後はメディアも何とかしたいところだけど、探索者とギルド押さえれば問題はないか。前と違って楽でいい)
新聞記事は各々情報と共に記者たちの憶測を交えて目に付くような編集をしているため、例えば努に関わればダンジョンに潜れなくなるかもしれない、などの危険を思わせるような見出しも見られる。
かつては自分の信頼を貶めるような記事の撤回を求めるため、革新的であった火竜の三人PT討伐をして自身に探索者として大きな影響力を付けることが必要だった。だが今となっては努自身の影響力はもちろんだが、その他にも大手クランの者たちとの関係性が築けている。
そのため好き勝手記事を書かれようが大手クランにさえきちんと説明してしまえば、影響力を持った者たちによって探索者全体に正確な情報が伝わる。そうすれば探索者たちが利用している場所にも自然と伝わり、かつてのようにPTが組めない危険や施設が利用できなくなるといったことも起きないだろう。それに最悪自分のクランメンバーだけが信じてくれれば神のダンジョン攻略は進められる。
「ん?」
軽めの朝食を終えてからは昨日夜通しで書き込んでいた爛れ古龍についての情報を整理していると、クランハウスの呼び鈴が鳴った。それにオーリがすぐに反応して玄関へ向かって確認した後に戻ってくる。
「お客様が御見えです。……大手クランの人たちが大勢と、バーベンベルク家や警備団の者などもいます。恐らく全員ツトムさんに用があるのかと」
「了解です。……入るかな」
「部屋の方はこちらで準備しておきますので少しの間お待ちいただくようお願いしています。ツトムさんはその間にお話しされてはいかがでしょうか」
「そうですね。みんなも二階に行っててくれ。ゼノは今のうちに仮眠取ってくるといいよ」
窓から玄関先を覗くと数えるのが
「せっかくだしあたしはララとかと話したいっす」
「初めに何かしら説明したら後は大体用がなくなるだろうから、好きにしなよ」
「いぇーい」
「ぐぉぉぉ……これは色々な探索者と交流できるチャンスなのではないかね?」
「寝とかないと午後からしんどくなるよ」
「……カミーユさんも来ているのですね」
「やめろ」
何やら交流のチャンスだと目をギラつかせているリーレイアを牽制しながら、努は玄関先に向かって扉を開けると誰かが口を開く前に百階層での出来事を説明し始めた。
▽▽
新聞記事を見て真相を知るべく無限の輪のクランハウスを訪ねてきた者たちは、努の説明を受けてからはそのことにある程度は納得した様子だった。バーベンベルク家の代表としてきたスミスはぐちぐちと心配事を言いながら、警備団代表のブルーノはたとえ探索者の力をなくそうともこの筋肉はなくならないと豪語しながら去っていった。
「……なるほどなのです。そうなるとお団子レイズも使えそうなのです」
「別に何をしようが構わないけど、それで追放なんて形になっても僕は責任取らないからな」
「…………」
しかしその中でも努の弟子であったステファニー、ロレーナ、ユニスはまだ議論したいことがあったようなので、努はクランハウスの中で三人と同じ席で百階層について話し合っていた。ついでにルークやビットマン、レオンにヴァイスなどもお邪魔して各々無限の輪のクランメンバーたちと話しているようだ。
「試せないことは残念なのですが、可能性があるのは良いことなのです」
ユニスはお団子ヒールを片手に満更でもない顔をしながらふかふかとした尻尾を揺らしている。彼女は紆余曲折があったものの、今では努に対して小憎らしい面を残しつつも前よりは素直になっていた。そのため努が百階層で起こした勝ちとも負けともいえない奇妙な結果に対して喜んでいるようだ。
「神様もまさかここまでされるとは思ってなかったでしょう! あ、ついでに賭けにも勝ってきましたよ! 全額ツトムの名前で孤児院に寄付してきました!」
「全額僕にくれた方がありがたかったよ。こっちは装備回収があまり出来なかったから大赤字だ」
「……いくらくらい赤字だったのです?」
「まだ概算は出てないけど、億は越えてるんじゃないの。まぁ安心安全のエイミー積み立てのおかげで問題なさそうだけど」
「うわ、エイミーさんに貢がせるなんて最低です」
「エイミーが自分で出すって言って聞かないんだからしょうがないでしょ。それにGの稼ぎなら僕も同等くらいだしクランから出してもよかったんだ」
「……無限の輪って、本当に稼ぐ人多いですよね」
「資金面が無限の輪なのです」
「あ、うまーい!!」
「やかましい」
「ツトム様、少しよろしいでしょうか?」
話が脱線したままロレーナとユニスが盛り上がっている中、先ほどまで爛れ古龍について話してくれていたステファニーは申し訳なさそうに努へ声をかけた。
「今回の出来事に関しては私も驚きました。まさかあの黒を越える方法があるとは思いつきもしませんでした。それによって私たちが百階層での戦闘途中でいきなりギルドへ戻されたことに関しても、アルドレットクロウとしてはツトム様に責任を追及するつもりはないそうです」
「それは有難い限りだよ。改めて言うけど、今回は巻き込んだ形になって申し訳なかった」
「いえ、そもそも勝てる見込みのなかった戦いでしたのでお気になさらず。……それよりもお一つお聞きしたいことが。ツトム様は百階層での行動を、ご自身でどのように評価しているのでしょうか?」
ステファニーがそう言うとそれを自慢の狐耳で聞きつけたユニスが途端に割り込んできた。
「最高に決まってるのです! ……正直、二十四時間が経過して黒が迫ってきた時は、誰もがツトムの死を疑わなかったのです。でも、ツトムはそれすらも覆して神様すらも騙して……みんな本当に驚いてたし、神台市場からは凄い声が聞こえてた! 本当に凄かったのです!」
「私には、そうは思えませんでした」
「……えっ?」
ステファニーの思わぬ言葉にユニスは目を点にする勢いで呆然とした。だがそれもつかの間に彼女は思いついたように狐耳を立てた。
「ステファニーは直接見ていないからわからないかもしれないのですが、あれは本当に凄かったのです!!」
「ツトム様が最後に起こしたことの凄さは理解しています。探索者として尊敬に値することも。ですがあれは、果たしてヒーラーと言えるのでしょうか? それに私はPTメンバーが三人になった時、ツトム様がヒーラーとして最善を尽くしていたとは思えませんでした。その直前までが完璧だったからこそ、余計にそこが目に付きました」
努が死を恐れて爛れ古龍のヘイトを取るまいとしていた時に起きた立ち回りの乱れを、ステファニーは見づらくされていた神台映像からでもしっかりと感じ取っていた。
「ユニスについてはよくわかりませんが、少なくとも貴女は気づいていたはずですよ。だからこそ貴女もダンジョンに潜ったのでしょう」
「…………」
そう指摘されたロレーナは先ほどの明るさとは打って変わって黙り込む。そしてしばらく視線を彷徨わせた後、困ったような顔で努の方へと向いた。
「な、何でツトムを責めるような感じになってるのです!? おかしいのですよ! ツトムはとんでもない偉業を成し遂げたのですよ!? 凄いことなのです!」
突然のことにユニスはあまり理解が追い付いていなかったが、それでも努が責められていることはわかったのか彼を庇うように前へ出た。そして以前のように冷めた目のステファニーを威嚇するように睨み付ける。ロレーナは腕を組んで努の出方を窺うように兎耳をアンテナのように動かす。
そして努は久々の徹夜で欠伸を噛み殺しながら、ロレーナに何とかしてくれとアイコンタクトで頼む。すると彼女は嫌だと言わんばかりに兎耳を曲げた。
いやいやそこを何とかといった具合でしばらくロレーナと無言のやり取りをしていると、それに気づいたステファニーは少し表情をしかめた。そんな彼女の表情を見て何かおかしく思ったのかユニスが振り向くと、そこには随分とふざけた様子の二人がいた。
「な、何を呑気にしてるのですぅぅー!」
「うるさいな」
「えっと、大丈夫?」
そんなユニスの金切り声を聞き付けてエイミーが階段の方からにゅっと現れてそう言うと、彼女はここには大勢の探索者がいることを思いだして恥ずかしそうに顔を俯かせた。
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