第256話 猫と犬
ギルド職員にカミーユが何処にいるのか聞いて案内されたガルムの前には、白い尻尾を逆立てているエイミーも何故かいた。その事情を察して思わず顔を
「何であんたがここにいるわけ?」
「それはこちらの台詞だ」
「まぁ、ガルムもここに座れ。同じ悩みを抱える者同士、少しは仲良くしたまえ」
昔からお世話になっているカミーユに手招かれたので渋々座ると、エイミーは少し驚いたように指差してきた。
「は? ってことはこいつも?」
「ガルムも同じようなことを今日相談しに来たんだ。エイミーは恋愛の相談だと思っていたから残念ではあるが、丁度良いだろう。意見交換をしてはどうかな?」
手を組んで顎を乗せながらニコニコとしているカミーユの両隣では、嫌いな食べ物を目の前にした子供のような顔を二人ともしていた。そして話し合う気のない二人を見てカミーユは一つため息をつくと、左にいるガルムの方を向いた。
「しかしエイミーはまだわかるが、ガルムはそこまで心配することか? 少なくともあのゼノという男と、弟子のダリルには勝てそうだがな」
「……それは、ツトムにも言われました。そこまで焦らなくとも大丈夫だと言われましたし、自分が目指す方向性も一緒に考えてくれました」
「は? ならいいじゃん! 贅沢な悩みだねっ!」
「黙っていろ」
噛みつくように言ってくるエイミーをじろりと睨んだガルムは、困ったように眉を曲げながらカミーユを見据えた。
「私は満足です。ツトムに付き従うことに何の不満もないし、ツトムが考えてくれた方向性も喜んで目指します。恐らくそうすれば、間違いなく一軍にはなれるのでしょう。そう断言出来るほどツトムは綿密な指示と励ましをくれました」
ガルムは以前に努にもこのことを相談していて、その時に彼は自分の方向性とやるべきことを明確に示してくれた。そして『ライブダンジョン!』の知識に神のダンジョンの情報を持っている努の示した道は、最善といってもいいだろう。
犬人という種族柄もあるだろうが、ガルムは自分の認めたリーダーの指示に従うことはむしろ喜びすら感じるほどである。なので努が示した方向を目指して動くことに不満はないし、その内容にも納得していた。
「ですが、ツトムにとっては良くないことだと思います。いつまでも私がツトムの世話になるというのは、恐らくクランとしてもよくない。ツトムが私のことを贔屓しているとクランメンバーたちから見られるでしょうから」
しかしそれが努のためになるのかが気掛かりだった。努は初期に関わった者、無限の輪でいうと自分やエイミーに対して特別良い感情を向けてくれることはわかっていた。幸運者という立場でろくなPTを組めない時期があった努は、その時に関わってくれた者に対しては甘い。
自分も既に何度も世話になっているし、当時は問題児だったアーミラもカミーユの娘ということで無限の輪に入れた。森の薬屋には品切れであるにも関わらず通っているし、シルバービーストも大分気にかけている様子だった。
だがこれからもそれに甘んじていいのか、ガルムは迷っていた。ガルムは確かに一番最初に努へ声をかけた。しかしそれは完全に善意でしたわけではなく、金の宝箱から出た黒杖を売った彼だからこそギルド職員として声をかけた側面もある。だから特別慕ってくれる努の厚意に甘えるのは
それにあのなよなよとしていたダリルですら、無限の輪に入ってからは自分の道を自分で決めたのだ。そんな弟子に負けていられないという気持ちもあった。
「だから私も、ツトムに頼らず自分で道を切り開きたい」
「大した自信ですこと」
ただその宣言に対して刃物のように鋭利な目でエイミーはそう返した。そんな彼女にガルムも不愉快そうな顔をしながら言い返す。
「あまり言いたくはないが、貴様もツトムから
「はぁー!? わたしだってしないし! っていうか、ツトムはそんな甘くないし! わたしが利用しようなんて魂胆で近づこうものなら簡単に切ってくるよ!」
「……どうだろうな。以前のツトムならば確かにそうしただろうが、今はわからん」
そう言うとエイミーは露骨に顔を歪めて馬鹿にするような表情で指差してきた。
「うわ、わかってないなこいつ。まー、あんたはツトムに、一軍に入るタンクになるにはどうしたらいいんだワン! って泣きついたからまだセーフだろうけど、贔屓がどうとか思って泣きついたらツトムは絶対見抜いて切ってくるから。やるとしても、あんたと同じ手口で行くしかないでしょ」
「……私が、ツトムに媚びたとでも言いたいのか?」
「実際そうでしょ。一軍決めるツトムに直接聞くとか、狙ってるとしか思えないし。あれだけ私に媚びがどうとか言ってたくせして、自分はツトムにふりふり尻尾振って助けてワンワン! だもんねー。いいご身分ですこと」
そんなエイミーの煽るような言葉に乗せられたガルムは、額に青筋を浮かべながら噛み殺すような目を向けた。そしてすぐに自分が思っていたこともぶちまけた。
「……貴様こそ、一軍がどうこう言っている割に王都では楽しそうに歌っていたな? ツトムのためだと周りに
そう言われたエイミーも完全に瞳が猫のようにアーモンド型に変貌し、すぐにでも腰にある双剣を抜くような雰囲気になった。
「……は? いい加減なこと言うな」
「貴様こそ、的外れなことを言うのは止めろ」
「まぁ、落ち着け」
どんどん剣呑な雰囲気になってきた二人の頭をカミーユが無理矢理押さえつける。今にも席を立ち上がろうとしていた二人はその手に押さえられ、踏みとどまることになった。昔のように喧嘩を止めようと近づいてきていたギルド職員たちも目で制した。
そしてお互いに痛いところを突かれて怒ったような様子に、カミーユは盛大にため息をついた。
「ガルム。エイミーもお前と同じように、ツトムに頼り切りは良くないと考えている。だからわざわざ私に相談しにきたのだろう。そこはわかってやれ」
「…………」
「やーい、怒られてやんの!」
「エイミーもだっ! いい加減にしろ!」
「ふぎゃ!?」
「お前たちは本当に、ちっとも仲良くならんな。無限の輪に入ってから少しはマシになったと思っていたのだが」
「…………」
猫耳の間をチョップされて痛そうに悶えているエイミーと、主人に頭を押さえられて待てと言われている様子のガルム。そんな二人をカミーユは困った顔で見つめた後、机を軽く叩いた。
「お前たちは仲が悪いが、共通の目的は出来た。ツトムに頼り切りになりたくないということと、無限の輪の一軍になりたいということ。そしてお前たちはアタッカーとタンクだ。協力しなければ一軍は勝ち取れないだろう」
「でも……冬将軍の時、一応一緒だったし」
「その冬将軍戦で、エイミーは不安になったんじゃないのか? ガルムもそうだろう」
「…………」
エイミーは下から追い上げてくる竜人アタッカー二人に、そしてガルムは同じPTだったゼノに対して脅威を感じていた。
冬将軍戦の終盤、ガルムは体力を減らすことで入れる限界の境地の際に被弾して危うく死ぬところだった。そしてその時、常に一定の体力をキープして戦うゼノにカバーされる形となった。
マウントゴーレム戦を見てから、ガルムはゼノを無意識的にだが下に見ていた。ダリルにすら絶対敵わないだろうとすら思った。だが今のゼノは明らかに違う。欠点だった痛みへの耐性をすぐに上げてきて、ダリルに劣らない安定さを身につけてきた。
それに自分と違ってPTの中でも存在感を放ち、決して折れないような精神も垣間見えた。それは冬将軍戦の際によくわかり、だからこそガルムはゼノに対抗心を抱くようになった。
ハンナについては言わずもがな、最初から脅威を感じている。避けタンクという自分には出来ない立ち回りをし、更に魔流の拳という技術も拙くはあるが習得してきた。少し考え足らずなところはあったが、スタンピードが終わってからは少ししっかりしたように見える。
「何も仲良しになるというわけじゃないと、ツトムも言っていただろう? それにPTは個人力だけで強さは決まらない。アタッカーとタンクのお前たちが協力すれば、PTもより強力になる。協力すれば強力になるんだ」
「重要なところでそういうの挟むの、つまらないよ」
「……ツトムだったら、愛想笑いはしてくれるぞ」
「愛想笑いじゃん」
「大事だぞ、愛想笑い」
最近は周りの者が慣れすぎて無反応を返されることが多いカミーユは、やけに実感の籠もった顔でうんうんと頷いている。
「それよりもだ、二人共一軍になりたいのならばまずは協力からだ。暴食龍と戦った時には出来ていたのだから、無理だとは言わせんぞ?」
「…………」
「…………」
「二人が協力しないのなら、私も協力しないからな」
「……ちぇっ! わかったよ! やればいーんでしょ! やれば!」
「……はぁ」
不本意感満々ではあったが、二人共目的は同じである。その後無理矢理握手をさせられた二人は、カミーユからどう力を上げていくかを教えられることになった。
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