第241話 変革の時
冬将軍とアルドレットクロウの近距離アタッカーやタンクが加わったことにより、オルビスは苦戦を強いられていた。一度ポーションで回復したとはいえ、追い詰められた先ほどより更に相手の戦力は増えている。また傷を負い始めれば追い詰められるのは時間の問題だった。
「よし! これで全部割り終わったぞ! おっと、大丈夫か!?」
「……ブルックリン」
そしてブルックリンに障壁で圧殺されかけていたバーベンベルク家当主も、周りの探索者に救出されていた。黒杖を抱いて意識を失っていたユニスを連れて帰った後、金色の調べのアタッカーと共にブルックリンの障壁を割るのを手伝っていたレオンはふらついた彼の身体を支える。支えられた彼はオルビスの近くにいるブルックリンを遠目で見ながら、残念そうな顔をしていた。
「すまない。助かった」
「ま、これでおあいこだろ? 気にすんなよ」
「そもそもレオンはあんまり障壁割るのに貢献してなかったしね」
「それは言うなよ……」
「でもそんな貴方も好き!」
「俺も!」
アタッカーの嫁と軽くいちゃついたレオンは、近くにいたヒーラーを呼び始める。この状況であまり緊張感のないレオンを見てバーベンベルク家当主は何とも言えない顔をしながら、自身の魔力量を確認する。
もしブルックリンとの純粋な障壁魔法勝負であればバーベンベルク家当主は死んでいただろうが、クリスティアの指示を待たずに金色の調べの他にも複数の探索者たちが助けに来たので一命を取り留めていた。探索者たちは暴食龍襲来の際に守られた恩義を感じていたため、バーベンベルク家当主の救出は迅速だった。
「ありがとう」
そして周りにいた探索者たちにも改めて礼を言った彼は遠くに障壁を構築し始め、オルビスとブルックリンが簡単に逃げられないよう地面から空まで囲った。ただ先ほどブルックリンの攻撃を障壁で受けた分内臓にダメージを負っているため、その表情は苦しげだった。
「良かったらヒール、いりますか?」
「……頼めるか」
苦しそうな顔を見かねた女性探索者の申し出に、彼は少し戸惑ったがすぐに頼んだ。今までは医者や専属の白魔道士などに回復をしてもらっていたが、バーベンベルク家当主はここで初めて神のダンジョンを攻略している探索者からの回復を受けた。
「……変わらないな」
「え?」
普段受ける回復とそこまで変わらない心地のヒールを受けて思わず呟くと、女性探索者は何か機嫌を損ねたかと思い怯えた様子で聞き返す。アルドレットクロウ所属の彼女はレベル七十を越えているため、ヒールの回復力は高い。内臓系への怪我はスキルの方でも補助されるし、貴族専属の白魔道士とレベルの差もあるので回復力はむしろ上だ。
「変革の時か……」
バーベンベルク家当主はいつもより回復の早い自分の身体と、遠くに行ってしまったブルックリンを眺めながら、時代の変わる様を肌で感じていた。迷宮都市を治める立場から神のダンジョンを取り巻く環境を見て薄々感づいてはいたが、それでもいざ現実として突きつけられることは彼にとって心苦しさを感じることだ。
これからは貴族という枠組みに収まってこの世界を生きていくことは出来ないだろう。今となっては自分のことなど、どうでもいい。ただ代々障壁魔法を受け継いで自分に託してくれた先祖たちと、これから先に貴族として生きていくことの出来ない子供たちの未来を思うと彼は心が苦しかった。
「もう、大丈夫だ。ありがとう」
「あ、はい」
バーベンベルク家当主は回復してくれた女性探索者にそう言って自分の足で立ち上がると、すぐに障壁の展開を早めた。更にブルックリンの張る障壁に合わせて魔力干渉を起こし、彼女を好きに動かさないよう妨害し始めた。
「オルビスは、あのモンスターが足止めするだろう。その間にアタッカーたちは攻撃準備せよ。遠距離から確実にオルビスを殺す」
迷宮制覇隊の二人に肩を支えられているクリスティアは、潰された足をぶらつかせながら未だに指揮を執っている。彼女はブルックリンの不意打ちに対して瞬時に矢を穿つことで障壁を破壊していたが、それでも下半身は守れずに潰されていた。
普通ならば気絶してもおかしくない痛みだろうが、もはや執念のみで意識を保っている彼女の左肩には弓もかかっている。スタンピードに対しては人並み外れた意識のある彼女は、まだ戦闘すらこなす気概があるようだ。
そんなクリスティアに触発されるように遠距離アタッカーたちもキビキビと動き、彼女が指示する配置について準備をし始める。そして準備が整うとクリスティアの指示が響き、オルビスの近くで戦っていた探索者たちは徐々に引き始める。
「……ははは、強いですね」
オルビスはそんな探索者を追撃しようとしたが、思いのほか馬に騎乗している冬将軍が手強い。氷系魔法のように放ってくる攻撃に、近距離での斬り合いも馬と合わせればオルビスに負けない力を冬将軍は持っていた。更に冬将軍へ指示を出しているルークの実力に、殿を務めている高レベル探索者たちも援護してくるため迂闊に攻められない。ブルックリンも高レベル探索者を相手にするのは初めてらしく、コンバットクライに翻弄されている。
そして殿を務めた探索者たちも王都の障壁内へと撤退し、遠距離アタッカーたちは既に一斉射撃の準備を整えている、冬将軍も既にルークの指示で自身の死地を悟ったのか、先のことを考えずに全力を尽くしてオルビスを足止めしていた。
恐らく腰を据えて戦えばオルビスは勝てただろうが、自身の身体を顧みず足止めに注力している冬将軍相手ではどうにも攻めきれない状況が続いた。そしてじりじりと王都の方へ近づいてくるオルビスを見て、クリスティアは攻撃準備の手を上げた。
しかし強烈な打撃を受けてボロボロになっている冬将軍と組み合っていたオルビスは、思いがけない言葉を口にした。
「降参しますので、攻撃は止めて頂けませんか?」
「…………」
突然の降伏宣言に、クリスティアは何も言わずにオルビスを睨んでいる。他の探索者たちはよくわからないような顔をしているが、何かの作戦だろうと思い動かない。
「は……?」
その降伏宣言に一番驚きを示したのは、ブルックリンだった。
「どうやら、ここまでのようです」
「なっ、お前、あれはどうした!? 魔袋というものがあるのだろう!?」
ブルックリンは自身の最高傑作である障壁を破った、魔袋という切り札がオルビスにはあると踏んでいた。だがそんなブルックリンの声にオルビスは首を振った。
「あれはそもそも作成に長い年月が必要ですし、その中に膨大な魔石も詰め込まなければなりません。一度限りの切り札ですよ、あれは」
「なっ……何故、そんなものを……」
この決戦の場に取っておかなかったという言葉を、ブルックリンは口にすることはなかった。それよりも既に攻撃準備を整えている探索者たちの方が恐ろしい。二度も見せつけられたあの破壊力から逃げなければならない。ブルックリンはすぐにその場から逃げ出した。
「……どうしますか?」
「情報は既に確保している。オルビスを確実に拘束する手段がない以上、この場で殺す。総員、一斉射撃を行う。構えろ」
情報については既にミナを確保しているし、何より障壁を破れるであろうオルビスを安全に拘束することが出来る保障がない。クリスティアは判断を迷った探索者たちが落ち着くのを待った後に、手を下ろした。
「放て」
同時に王都前面にあった障壁が解除され、探索者たちの遠距離スキルが一斉に放たれる。炎系と風系のスキルを織り交ぜて放たれた一斉攻撃で、冬将軍と組み合っていたオルビスの姿は見えなくなった。
それから三分ほどは焼却するかのように炎系のスキルが王都の前面を包んだ。そしてその場に残ったのは黒くなっている冬将軍の兜と、原型の残ったまま焼け焦げているオルビスだけだった。
▽▽
あの強烈なスキルの中で原型を残していたオルビスに、タンクたちは警戒しながら近づく。そしてオルビスが確実に死んでいることを確認した後は、少し遠くまで逃げていたブルックリンへの追撃が始まった。
しかしブルックリンはバーベンベルク家の障壁をそう簡単に打ち破ることは出来ないため、見失うほど遠くには逃げられない。そして最後は自身の魔力が尽きるまで抵抗したが、障壁を破れる探索者たちに敢え無く捕縛された。
そうして王都を襲撃したスタンピードは幕を閉じた。しかし襲撃が終わった後の事後処理の方が、王都に関わる者たちにとっては遙かに大変だった。
王都内部でモンスターが暴れたことによる被害に、王都防衛にかかった莫大な費用。そして二大貴族の一つだったカンチェルシア家当主の裏切りに、王都を守る障壁魔法への不信感。王都の安全保障や貴族の情勢が一気に傾き、王都内は混乱の一途を辿っていた。
「凄い騒ぎだなぁ」
「ですねー」
そんな王都の情勢を他人事のように聞いていた努は、宿屋の窓から外を眺めてぼけっとした顔をしている。その隣には同室で泊まっているダリルが窓の淵に手を当てて、顔を少しだけ外に出していた。
宿屋の外では建物の修繕工事が多くの箇所で行われていて、人が働き
ただそれでもスタンピードの騒ぎに乗じて窃盗や暴行などの事件が王都内で多発していたそうだが、そういった犯罪者は王が持つ軍隊が規律を持って制裁を加えていたらしい。それにその軍隊の幹部には古参の神のダンジョン探索者もいるらしく、知り合いだったヴァイスやルーク、それにガルムやエイミー、ゼノとリーレイアも治安維持の手伝いにいっていた。
(……まぁ、王都内も大事だろうけどさ)
王の軍隊にはカミーユと同期であるユニークスキル持ちの者がいたようで、その者はこの騒ぎに乗じて顔を出した犯罪者たちを摘発していたらしい。とはいえその人くらいは外の防衛に割り振ってもよかっただろうと、努は王都の見回りをしている膨大な数の王軍を見て内心思っていた。結果的に無限の輪から死人は出なかったものの、危ない橋を渡ったことは事実だ。
(アルドレットクロウが王都にいる間には帰りたいなぁ。九十階層辺りで抜かしておかないと、一番に百階層へ行けないだろうし。もういっそのこと王都に人材引き抜かれてくれないかな)
ただもうスタンピードについての騒ぎは努の中で完結していて、既に頭の中では神のダンジョンの攻略で埋め尽くされていた。そしてあわよくばアルドレットクロウの一軍が王都に引き抜かれてくれないかと考えながらベッドに寝転がっていると、ダリルの垂れた犬耳が異常を感知したようにぴくぴくと動く。そして扉をノックする音が部屋に響いた。
その前の足音で誰が訪ねてきた気づいたらしく、ダリルは黒い尻尾を振りながら扉の前に軽い足取りで向かっていった。そして扉を開けると、地味な茶色の髪色をした至って普通の顔と体型をした女性が立っていた。
「こんにちは、ダリル」
「オーリさん、こんにちは! どうしたんですか?」
「ツトムさんにご報告したいことがありましたので伺いました」
王都内で情報収集を行っていたオーリは、主人が帰ってきて部屋を駆け回る子犬のような目をしているダリルに苦笑いしながらそう言った。そしてばたばたと足を動かして近くに寄ってきたダリルに、努は鬱陶しそうな目を向けた。
「それで、報告したいこととは何です?」
「王城へ探索者たちを招こうとしている動きが見られます。恐らく無限の輪へも後日に招待状が届くでしょう。そのために王城へ着ていく衣装の仕立てと、王に誤解を受けないよう軽いマナーを知っておいた方がよろしいかと思いまして」
「そうですか……」
「……招待を断るのは、駄目ですよ。これには他のクランも出席を決めていますし、貴族の立ち位置が危うい状況で探索者が王の招待を断るとなれば、いらぬ誤解を招いてしまいますから」
「わかってますって。わざわざ用意してくれてありがとうございます」
疑うような目で念押ししてくるオーリに、努も観念したような顔で言葉を返す。オーリはモンスターが王都に侵入していた時すら一人で自身の安全を確保し、貴族に仕えていた時に出来ていた人脈を使って情報収集に務めていた。外から帰ってきた直後に現在の王都の正確な状況を整理して伝えてくれたことには、努も感謝していた。
その話を聞いた後にオーリは洋服の仕立てにかかる金や、王都でのマナーを教えてくれる人物への報奨金などを合わせての見積もり表を努に提出した。努は数千万Gかかる見積もりに少し驚いたが、すぐに了承してこれで進めてもらうようにオーリへ言った。
「それじゃあ、僕はハンナの様子を見てきます。ダリル、ディニエル呼んできて」
そして大事を取って病院に担ぎ込まれていたハンナの様子を見に行くため、努はダリルとディニエルを護衛にして外へ出ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます