第175話 走るヒーラー
「ツトム! 朝ご飯食べ終わったらダンジョン行こっ!」
「今日は予定あるから。それにエイミーは荷物の受け取りあるでしょ」
「むー」
翌日の朝。むくれた顔をしているエイミーから視線を逸らした努は、欠伸をしながら三社の新聞を見ていた。うんにゃかんにゃと小言を口にしているエイミーに、隣のソファーに座っているハンナは苦笑いしている。
努が見ている新聞記事の見出しには、メルチョーが一人で八十階層に挑んでいることが大きく取り上げられている。昨日の夕方から八十階層に潜って今も一番台で戦っている姿が見られるため、神台市場は結構な盛り上がりを見せているようだ。
他に努個人として気になったのは、金色の調べのヒーラーが何やら見たことのないスキルの使い方をしていると取り上げられている記事だ。その記事には黄色い狐人が両手で泥団子をこねているようなイラストが描かれている。
(ユニスか。今日暇があったら少し見てみるか)
お団子を握っているようで可愛い、などとしか記事には書かれていないため、一度神台で確認した方が良いだろう。努はまだ眠いのか不機嫌そうな顔をしているアーミラに読み終わった新聞を渡し、忙しなく食卓へ運ばれてくる料理を眺めた。
オーリと見習い含めて総勢十二名。その食事を二人で用意するだけでも結構な重労働である。前日に仕込んでいたとしても、朝早くに起きて支度をしなければ間に合わない仕事量だ。
「これは温めるスープじゃない! これで三回目!」
「ひぇ~。すみません」
見習いの者はオーリの親戚であるため、彼女の口調もいつもより厳しめだ。冷製スープを温めてしまった見習いの女性は頭を下げ、お鍋を持って右往左往している。
そんな慌ただしい様子の見習いが準備してくれた朝食を、クランハウスに住み込んでいる者たちは一斉に手を付けていく。努もどんどんとなくなっていくパンを一つ手に取り、温かいスープに浸して食べた。猫舌のエイミーは熱心にふーふーと冷ましている。
「ごちそうさまです」
そして朝食を食べ終わった努は手を合わせ、食器を持って広い流し台に置いた。するとそれを見計らったかのように、クランハウスに呼び鈴の音が鳴り響いた。
「随分と早いな」
努はそうぼやきながら玄関に向かおうとしたオーリを手で止め、自分で呼び鈴の方へと向かっていく。玄関扉の覗き穴から外を見てみると、そこには息を切らした兎人であるロレーナの姿があった。
「おはよう。早いね」
「朝ご飯、一緒に、どうかなと、思って」
「もう食べたよ」
「えぇ!? 早いですね! まぁいいです! 行きましょう!」
白い兎耳を直立させて驚いたロレーナは、靴を履いた努の手を取って外に出た。努はぐいぐいと引っ張ってくるロレーナにげんなりしながら、彼女にされるがまま付いていく。
あっという間にシルバービーストのクランハウスに到着した努は、引き続きロレーナに連れられて中に入っていく。その内装は以前訪ねた時よりも綺麗になっていて、居住者も増えたように見える。廊下にいる小さい子供たちはロレーナと努を見ると丁寧にお辞儀していた。
他にも三角巾をした清掃の者やスーツを着ている者なども多く見かけた。シルバービーストも二番目とはいえ氷魔石の利益を得たようで、金回りは大分良さそうだ。
「儲かってるみたいだね」
「そうだね! 特に七十階層突破してから、お金も人もいっぱい増えたよ。その分ミシルは参ってるみたいだけど」
「全くだぜ」
話していた二人の後ろから疲れたような声が聞こえた。努が振り向くとそこには無精ひげを綺麗に剃っているミシルがいた。少し雰囲気の変わっているミシルに努は少し意外そうにしている。
「よう。久々だな、ツトム」
「お久しぶりです」
「中々挨拶出来なくてすまんな。七十階層突破した後は、色々と大変でよ。まぁ、立ち話もなんだ。取りあえず客室にでも行こう」
ミシルは以前のだらしない雰囲気が鳴りを潜めている。氷魔石を巡って様々な団体に揉まれ、更に人を受け入れて孤児院としての規模は拡大。氷魔石の利益で設備も拡大して背負うものが大きくなったこともあるのだろうか、ミシルの顔つきは引き締まっている。
綺麗な客室に案内された努がふかふかのソファーに座ると、すぐに給仕の者が出てきて茶を出した。ギルドの応接室でも見た高級そうなお茶である。
(随分と変わったもんだ)
努はそう思いながらお茶を口にすると、正面に座ったミシルとロレーナは落ち着いたようにソファーへ寄りかかった。
「今日わざわざツトムに来てもらった理由は、これだ」
ミシルは小さめのマジックバッグを広げて書類を出すと、それを努の方に差し出した。それを受け取って見てみると、その書類は八十階層主である冬将軍について纏められたものだった。
「……情報交換ですか?」
「いや、こっちはもう十分貰ってる。だから代わりになるかはわからんが、それは受け取ってくれや。多少は役立つはずだ」
シルバービーストが何十回と八十階層主に挑み、その経験を元に書かれた情報。神台だけではわからないような情報も載っているため、この書類は大いに役立つだろう。
「そうですか。では遠慮なく。……八十階層はやはり厳しそうですか?」
「厳しいなんてもんじゃねぇな。あれには勝てる気がしねぇや」
六十階層に続いて七十階層も良いペースで攻略し、このまま八十階層も突破する勢いのあったシルバービースト。その勢いを削ぎ落とすかのように、八十階層主である冬将軍が立ちはだかった。
まず開幕の居合い切りで二人が確実に死ぬ。そして冬将軍の殺気に当てられて正常な判断が出来ず、散り散りになって殺される。シルバービーストやアルドレットクロウが初期に挑んだ時は大体そのような結果になった。
その後もシルバービーストは色々と試しながら冬将軍に挑んでいるが、今のところ中盤戦でPTが壊滅している。アルドレットクロウも豊富な人材と物資を使って様々な方法を試しているが、シルバービーストの一歩先を行く程度で突破出来ずにいる。
六十階層突破から続いていた二つのクランの勢いはピタリと止まり、今は停滞状態である。ただ八十階層まで行けばレベル上限は九十まで引き上げられるので、アルドレットクロウは膨大な資金を使って探索者たちのレベリングを補助している。
対してシルバービーストは氷魔石で得た金で更に孤児を引き受け、子供たちのために教育施設の建設を行っている。それにシルバービーストは人材もアルドレットクロウよりは下であるし、クランの目的も孤児救済のためそこまでレベリングを重視していない。そこがアルドレットクロウとの大きな違いである。
「それに、調子に乗って手を広げすぎちまった。しばらく俺たちはガキの面倒を見るから動けねぇ。だから、ツトムに今まで得た情報は預ける」
「そうですか。んー、残念ですね。見ている限りでは良い線いってると思うんですが」
「いやまぁ、これからもダンジョンには潜るぜ。ガキ共のために金は稼がなきゃいけねぇしな。だけどやっぱ、アルドレットクロウにはかなわねぇわ。俺たちとは意識がちげぇ」
「あ! ツトムさん! そうなんですよ! 聞いて下さい!」
しみじみとした様子でミシルが視線を下げている手前に、ロレーナが思い出したように言うと前のめりになった。そしてわざわざ努の隣に移動してきて話し始める。
「あのステファニーと七十九階層で偶然会ったんですよ! なんかこっちの戦闘をわざわざ見てたみたいで! それで戦闘が終わったらこっちに近寄ってきて、なんて言ったと思います!?」
「さ、さぁ。何て言ったの?」
もの凄い剣幕でぺらぺらと喋りだしたロレーナに努が若干引きながら言葉を返すと、彼女は口元に手を当ててお上品そうな顔をした。
「秒数管理が甘いですわね、ですよ!?」
「あー……」
ステファニーの声真似をしたロレーナは同意を求めるように顔を近づけてくる。努はころころ変わるロレーナの表情に笑いを堪えながら相づちをうつ。
「その後もグチグチぐちぐちスキル操作ガー! 飛ばすスキルガー! って! 初対面なのにいちいちうるさいんですよ!?」
「お前がうるせーよ」
「ミシルは黙っててくれますか!? これはヒーラー同士の話だから!」
威嚇するように口をいーっとさせたロレーナに、ミシルは努に対して同情するような目をした後首を左右に振った。
「しかもね!? その後も何故か付いてきたんですよ! それで戦闘が終わるたびにいちいち口出ししてきたんですよ!? いい加減うるさいからもう無視してたんですけど、そしたら何て言ったと思います!?」
「何て言ったんですか」
「やはり貴女では至れないようですわね、ですよ!! 何なんですかあの人!? ちょっとスキル操作が上手いからって調子乗ってますよね!!」
「わかったけど、ちょっと耳邪魔」
「あひゃあ!?」
ロレーナが前のめりになると、彼女の頭の上にある長い兎耳が顔を突いてくる。努はうざったそうに手でロレーナの頭を押さえて遠ざけると、彼女は変な声を出した。
「つ、付け根は止めて下さい。弱いんですから」
「悪かったよ。それで、結局どうなったの?」
「私がちょっと言い返したら泣いて逃げていきましたよ」
「いや、なんか取っ組み合いの喧嘩にまでなったから俺が止めたんだけどな。あっちもルークさんが頭を下げてきて、何とか一件落着ってところだ」
「ふん、そうでしたっけね」
途中でミシルが補足するように口を挟むと、ロレーナはすっとぼけたように顔を背ける。努は呆れて物が言えないような顔をしていた。
「何やってるんだよ……。よく新聞に載らなかったな」
「ほんとだよ。アルドレットクロウと事を構えるなんて真っ平ごめんだから、あの時はヒヤヒヤしたぜ」
「だって、ツトムさんの一番弟子がこの程度とか言われたんですよ!? 私のことは別にいいですけど、ツトムさんのことまで言い出したのはあっちですからね!! グーパンを顔面に叩き込んでやりましたよ!」
「大丈夫かそれ……」
「一応この件はルークさんと解決したから問題はねぇな。こいつとステファニーも握手させて表面上は仲直りしたことになってる」
「私はだいっっきらいですけどねっ!!」
腕を組んでそっぽを向いたロレーナに努は苦笑いするしかなかった。その後も冬将軍のことや増えた孤児のことを話すと、ミシルは努を子供たちが遊んでいるところに連れて行った。
「あー! ツトムだ!」
「ほんものー?」
「どうだろー」
「本物だよ、本物。握手でもしてもらえ」
「わーい!」
子供に囲まれた努が困惑した様子でミシルを見返すと、彼は嫌な笑顔でサムズアップした。
「ツトムもファン、しっかり出来てるぜ」
「……いらないっての」
まだ覚えていたのかと努は毒づいたが、近寄ってくる子供に悪意はない。努は一人一人に握手を返した後に少し話をしてその場を離れた。
―▽▽―
その後はロレーナとミシル、タンク二人を連れてダンジョンに潜ることになった。そのタンクの二人である赤と青の鳥人は、ハンナを真似て避けタンクを練習しているらしい。
「ヒーラー二人、いる?」
「せっかくなんだし、いいじゃないですか! 行きましょう!」
「……うーん。じゃあ僕、サブアタッカーするよ。ヒーラーはロレーナに任せる」
「いいですよ! じゃあ交代でやりましょ! 私もツトムさんのヒーラー見たいし!」
ロレーナに背中を押されながらギルドの受付でPTを組み、努はシルバービーストに入って七十一階層を探索することになった。
初めに努がミシルをサポートするサブアタッカーになり、ロレーナがヒーラーでPTを組む。白魔道士もサブアタッカーならば務まるし、最近努もタンクを兼任していたところだ。アタッカーも経験出来るのならしておいた方がいいだろう。
努は白い杖を仕舞って
「それじゃあ、行くよ。ヘイスト」
ロレーナの立ち回りは努とは違い、スキルを飛ばさない。基本的に仲間へ触れて支援回復を行う立ち回りで、彼女自身は戦場を走り回る。元々はスキル飛ばしが苦手でしょうがなく行っていた立ち回りだが、それは今やロレーナを象徴するものとなっていた。
努と違って他の者たちは飛ばすヒールを使用する場合、エリアヒールを地面に設置して回復力を上げる必要がある。ステータスが上昇するにつれてその制限はなくなっていくだろうが、現在の七十レベルではエリアヒールを設置する方がいい。
だが直接触れてヒールを行うのならば、エリアヒールを使う必要はない。それに支援スキルも直接触れて使った方が効果は高いため、精神力消費とヘイト上昇を抑えることが可能である。
だがわざわざ走って仲間の下まで向かうのは効率が悪いし、ヒーラーの負担も大きいだろう。メディックによって体力は確保出来るが、使いすぎては抑えられていた精神力やヘイトが意味をなさない。
「ヘイストちょーだい」
「はーい」
しかしシルバービーストのPTは連携がとても滑らかだ。互いが互いを意識し、良い連携を生み出す。兎人という種族的能力によって素早く走れるということもあるが、その連携力によってロレーナは無駄に走らなくて済む。
「ヒールくれ」
「まだ耐えられますよね?」
「おいぃ!?」
「しょうがないなぁ」
そしてシルバービーストには特有の良い空気感があった。PTの中にある絶対的信頼。そのおかげでPTメンバーたちは力を十二分に引き出すことが出来ている。
良い空気感だけでそこまで変わるものかと努も考えた時期があり、実際に『ライブダンジョン!』で実験したことがある。そしてその実験でも空気が良い方がPTメンバーは力を引き出せる可能性が高くなったことを確認している。実際に顔の見えるこの世界では更にその可能性は高まるだろう。
一軍や二軍というシステムがあり、度々PTメンバーが入れ替わるアルドレットクロウでは生まれない長年の信頼関係。それがシルバービーストの強みである。
(僕、いらないな)
身内PTの野良募集に入ってしまったかのような気まずさを努は感じたが、取りあえずサブアタッカーとして輪を乱さないように立ち回った。
「はいタッチー! ツトムさんAGI上昇―!」
「どうも」
しかしそれでもロレーナに対して気を遣わせているな、という感覚はあった。恐らく努の代わりにシルバービーストのアタッカーが入ったならば、ロレーナは更に力を引き出せるだろう。
ただシルバービーストの欠点をあげるとすれば、集団戦に向かないというところだろう。身内と組まなければ力を引き出せないということは、不特定多数の者と組むレイド戦が不向きということである。
神のダンジョンでは今のところレイド戦が起こることは確認されていない。だがスタンピード戦がレイド戦のようなものなので、いずれは連携以外の力も鍛える必要はあるだろう。
(でも、いいよな)
この立ち回りはシルバービーストにしか出来ないため、唯一無二だ。努もある程度ならば再現は出来るだろうが、下位互換になることは間違いない。どのヒーラーにも真似出来ないという強みは大きいだろう。
それにロレーナは努がマウントゴーレム戦で行っていたバリアの自己付与も導入しているし、仲間に対しても触れて部分的に付けている。バリアを応用することは努も難しさを実感しているため、ロレーナも相応に努力して身につけたということはわかる。
神台で見て多少わかってはいたが、走るヒーラーの強さを努は改めて認識した。ただ飛ばすスキルや置くスキルを導入すれば更に良くなるし、ロレーナの秒数管理はステファニーが言ったように甘い。まだ改善点は多く見られるが、それでもロレーナは努が意識すべきヒーラーの一人に入るだろう。
「それじゃあそろそろ交代! ツトムさんヒーラーで!」
「了解ー」
ヒーラーのロレーナに気を遣わせて申し訳ない気持ちなっていた努は、役割交代の声を聞いて安心したような笑顔を見せた。いつも持つ
ヒーラーが代わりいつもとは違う立ち回りをしなければならないと思っている鳥人二人。そんな彼女たちが努を意識して合わせようとする前に、彼は寸分狂わず置くヘイストを当てていく。
PT特有の合図や声かけなど、連携があるに越したことはない。だが努は『ライブダンジョン!』で野良PT―いわゆる即席のPTでダンジョンを攻略することが多かった。そのため即席のPTと合わせるという能力が鍛えられている。
「エリアヒール」
努はエリアヒールを地面に設置してその上に立ち、そこから動かない。地上から四人とモンスターの動きを把握し、飛ばすスキル、撃つスキル、置くスキルを使い支援回復をこなしていく。
飛ばすスキルの操作は吹雪で飛ぶことの出来ない雪原階層で更に鍛えられ、視界の外にいるPTメンバーにすら予測して当てている。ぐねぐねと動いて次々と当たっていくスキルの群れに、ロレーナは引きつった顔をしている。
エリアヒールによって回復力が底上げされた撃つヒールは、被弾してしまった避けタンクをすぐに癒す。メディックもどんどんと撃って消耗した体力を回復させていく。
置くヘイストは速く動く避けタンクに対して有用で、鳥人二人は戦闘中にいつの間にか青い気を受けてAGIが上昇した。そして息が切れてきた時にはすかさず撃つメディックが飛んでくる。もはや寒気すら覚えるような支援回復に、鳥人二人は奇妙な顔をしている。
そしてヘイト管理に自信のあるロレーナは、努の支援回復の多さを見て惚れ惚れするように息を吐いている。普通これほど支援回復をすれば努に対してモンスターのヘイトが向く。しかし努はタンクがモンスターのヘイトを稼いだことを随時確認し、スキルに込める精神力を調整して支援回復を行っている。そんなことをすれば効果時間も変わってしまうのだが、努の時間管理は狂わない。
それにヘイトを良く感じられるロレーナからすれば、努に対するヘイトは表面張力で持っているコップの水のようだ。溢れてしまえば努にヘイトが向くのだが、その水が溢れることはない。その瀬戸際を見極めている努にロレーナは、はらはらしながらわくわくしていた。
「エアブレイド」
それに加えて攻撃にまで参加するのだから、よくヘイトが溢れないなとロレーナは感心しきりだった。それから何戦かしても努に対してヘイトが向くことはない。偶然ではないのだ。それに努はロレーナと違ってほとんどその場から動かずに支援回復を行っていた。
戦闘が終わるとロレーナは集中を解くように息を吐いている努に近づいた。
「あれですか。これは暗に、無駄に動きやがってこのウサ公め! 精進しろ! ってことを言いたいのですか?」
「被害妄想だよ」
「私だって練習してるんですよ! 置くヘイスト! まぁ出来ないんですけど!」
エリアヒールの上から全く動かない努にロレーナは地団駄を踏んでいる。ロレーナは飛ばすスキルはある程度出来るが苦手で、撃つスキルや置くスキルに関しては出来ない。だからステファニーの言葉に反感は持ったものの、その通りだと思うこともあった。
だがそれらのスキルはロレーナが練習してもあまり成果は出なかった。しかしステファニーはそれらが使えるため嫉妬していた部分もあったのだろう。
少し自信を無くした様子のロレーナに、努はフォローするように口を開く。
「でもバリア付与は出来てるよね。あれは僕も苦労したからなぁ。最初全然出来なかったんだよ」
「あ、そうなんです? こっちは私にも出来たんですよね」
「それは凄いことだよ。だからロレーナは自分の立ち回りを極めればいいと思う。それに結局、楽しいのが一番だし」
「……ですかね」
「出来ないことを考えてもしょうがないしね。その分ロレーナは違うことを伸ばせばいいんじゃない。走るヒーラーとか、何か格好良くない?」
「……可愛い方向でお願いしたいですけどね」
真剣な顔で聞いていたロレーナは最後の言葉でくしゃっとした笑顔を見せた。そして雪の上にある自分の足跡を振り返ると、ぐっと手を握った。
「ありがとうございます。私、走るヒーラーで頑張ります!」
「そう。あ、そろそろ時間だから、これラストで」
「はい! 行きましょう!」
ロレーナは迷いを捨てたように雪の中を跳ねるように走って行った。するとミシルが努の肩を軽く叩いた。
「サンキューな。あいつ、ステファニーに言われたこと気にしてたみてぇだったし。でもツトムに言われて吹っ切れたみたいだ」
「いえ。まぁ、一応ロレーナも弟子みたいなもんですしね。何かあったらいつでも呼んで下さい」
「そうか……。なら、ステファニーのところにも行った方がいい気がするぜ」
「え?」
「あいつ、ちょっと様子がおかしかった。なんつーか、目が怖かったし。それに、そんな突っかかってくるような奴じゃなかっただろ?」
「……確かにそうですね。わかりました。どうせ七十九階層に行けば会うでしょうし、その時に様子を探ってみます」
「そうした方がいいぜ。いや、マジで怖かったからな。夢に出そうなくらい」
気温によるものではない寒気を感じているミシルに、努は首を傾げる。神台で見たステファニーにそんな様子はなかったからだ。
だがミシルの忠告をしっかりと聞いた努は、夕方までに探索を終わらせて黒門でギルドへと帰った。
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