第173話 狂犬乱舞
クランハウスで努がオーリと備品を確認している間、四人は雪原階層用の装備に着替えて各自リビングで喋っていた。
「ガ、ガルム様。今日からよ、よろしくお願いするっす!」
「あぁ、よろしく頼む。以前から君のことは神台で見てはいたが、共に戦えるとは心強い限りだ」
「そ、そんなことないっすよ!? あたし、ガルム様を見てタンクになりたいって思ったっすから!! こっちこそ頼もしすぎて涙が出そうっす!!」
というよりもう既に感激で涙が零れているハンナに、ガルムは要領を得ないような顔をしている。それに二人の身長差は凄まじく、ハンナは話す時に首をほぼ真上へ向けていた。
「あ、これ知ってるよ。サラマンダーでしょ?」
「はい」
「ほーら。炎の魔石あーげる」
「ビャー」
エイミーは精霊術士のことを多少知っているため、サラマンダーの存在にも特に驚いた様子はないようだ。早速小さい粒状の魔石をサラマンダーにあげて交流を図っている。エイミーの手から魔石を口で受け取ったサラマンダーは、それを飲み込むとゲップするように小さな火を吐いた。
「はい、じゃあそろそろギルドに行きますよー」
「おー!」
「おーっす!」
備品の確認を終えた努の声に、テンションの高いエイミーとハンナは高々に手を上げた。ガルムは大盾を背負い直し、リーレイアはきりっとした表情になった。
そして努は最後にオーリから用紙を二枚受け取ると、それを持ってエイミーとガルムに近づいた。
「あ、エイミーとガルムはギルドでこれ書いてね」
「ん? これは……?」
「クラン加入の用紙。今日中に提出しといて」
「……あー。そっか、うん。そうだよね」
エイミーはその用紙をじっと見つめると、喜びを噛み締めるように両手でしっかりと握った。ガルムは無限の輪について色々と書かれた用紙を澄ました顔で見ながら、後ろの尻尾をぶんぶんと振っていた。
「二人とも無限の輪にようこそ。改めてよろしく」
「……でもまだ入るとは決まってないじゃん?」
「エイミーは除外、と……早く代わりのアタッカー見つけないとな」
「わーーー!! 待って待って! 冗談だよ、冗談!!」
エイミーの突っ込みに何処吹く風といった顔でそんなことを言った努に、彼女は慌てて訂正して詰め寄った。すると隣のガルムが不満そうに鼻を鳴らす。
「ふん。一向に辞めてもらって構わなかったのだがな」
「うるさい。そっちこそ辞退しなくていいのかな? 足手まといにならないうちに辞退した方が身のためじゃない~?」
「それはこっちの台詞だ。貴様こそ―」
「はい。ストップ」
言い争いを始めた二人の間に入った努は、相変わらずのやり取りにもはや安心したようなため息を吐いた。そして四人を連れてギルドへと向かっていった。
「お二人は、ギルドを辞めて探索者に復帰するんっすよね?」
その道中でハンナは露骨に機嫌良さそうに歩いているエイミーと、犬耳を立てて辺りを窺うように歩いているガルムに尋ねる。するとエイミーがピコンと猫耳を立てて振り返った。
「わたしはそうだよ! まぁ、ギルド長が困ってたらちょっとは助けてあげるつもりだけどね~」
「私もだ。とはいえ後ろも育っては来ているから、問題はないと思うがな」
「はぇ~。でもわざわざギルド職員を辞めるなんて、凄いっすねー」
「ツトムが辞めさせたんだから、責任取ってよね! ね!」
「まぁ、生活水準が変わらない程度には稼がせてあげますよ。だから叩くな」
責め立てるように白い尻尾でぺしぺしと叩いてくるエイミーに、努は白けたような目で制した。するとエイミーはその返事に満足したのか、ひょろりと尻尾を離して上機嫌そうに鼻歌を歌い始める。
ガルムはそんなエイミーに対して興味がなさそうに目を閉じ、ぼそりと答える。
「私は好きで入っただけだから、特に何もない」
「流石ガルム様っす!」
「よーし、じゃあ無給でこきつかっちゃうぞー」
「師匠!? 駄目っすよ!?」
「別に私は無給でも構わんがな。食い物と寝床があれば十分だ」
「さ、流石ガルム様っす?」
「真に受けるなよ」
ガルムは本心でそう言っていることがわかっている努は、何でも肯定しているハンナを白い目で見ながら足を進める。
そしてギルドに着いてクラン加入の用紙を提出すると、ガルムとエイミーは職員から色々と声をかけられていた。探索者に復帰したことを改めて祝う言葉にエイミーはニコニコと笑い、ガルムは新人の門番にあれこれと言っていた。
「よし、じゃあ今日は、ハンナはエイミーと。リーレイアはガルムと組んで」
「りょーかい。ハンナちゃん、よろしくね!」
「よろしくお願いするっす!」
「避けタンク? ってのと組むのは初めてだから、迷惑かけたらごめんね」
「大丈夫っす! 多分!」
「じゃあ大丈夫だ! 頑張ろぉー!!」
「おーっす!」
そう言って二人は勢いでハイタッチしている。お互い性格が明るいためか、努からは先日まで組んでいたPTより二倍増しで眩しく見えた。
「よろしく頼む」
「はい。よろしくお願い致します」
対してガルムとリーレイアはお互い真面目に頭を下げて挨拶している。どちらも至って真面目という雰囲気があるため、ハンナやエイミーとは対照的であった。ガチ勢とエンジョイ勢を見ている気分になった努はその考えを払い、ギルドの受付でPT契約を済ませる。
「よーし、行こうか! ツトム! 手! 手繋ごう!」
「いや、そろそろ繋がなくてよくない?」
「よくないの~! もしかしたらはぐれちゃうかもしれないでしょ~?」
「何回潜ってもそんな現象はなかったよ」
エイミーに無理矢理右手を取られた努はげんなりとした様子で見返す。するとそれを見たハンナが首を傾げた後、閃いたように顔を輝かせると努の左手を取った。
「おぉ! 円陣っすか! いいっすね、いいっすね! ほら! リーレイアとガルム様も!」
「う、うむ」
元気なハンナに呼ばれてガルムも三人の方に向かう。ただ久々に正式なPTメンバーとして参加するのだし、どうせならば以前のように努と手を繋ごうと思っていたガルムは、少しだけ残念そうに犬耳をもたげながらハンナの手を取った。
するとそれを見ていた努は仕方なさそうに首を振った後、少ししゃがんでハンナに耳打ちした。すると彼女は慌てて努から手を離してガルムと位置を入れ替わった。
「気が利かなくて申し訳ないっす! どうぞどうぞ!」
「いや、まぁ、うむ」
恐縮して何度も頭を下げているハンナにガルムは気まずそうに言葉を返す。そしてエイミーと努に嫌な目で見られていることに気づくと、ツンとしたように視線を逸らした。
「子供じゃあるまいし、別に手など繋がなくともよい」
「まぁまぁ、そう言わずに」
「うわ~。もしかして照れてるの? きもちわる~」
「一度死ね」
「そっちこそ」
「はい、じゃあ飛びますよ」
「はいはーい! あたしも混ざるっす!」
「……では、せっかくなので」
ハンナとリーレイアも手を繋いで五人は魔方陣の中で円陣を組むと、努は宣言した。
「七十一階層へ転移」
その言葉と共に五人は雪原階層へと転移していった。
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