第164話 威勢の良さ

 そして翌日の朝、ダリル、ディニエル、コリナの三人はクランハウスで最終確認を行っていた。七十階層には様々な物を持って行くため、今はオーリが忘れ物のないよう確認をしている。その間ダリルはハンナやアーミラと話していた。



「お、今日七十階層行くんすね! 頑張るっす!」

「はい。頑張ります」

「どうせまたぷるぷる震えて縮こまるんだろ」

「しませんよ!」

「どうだかな」



 冗談交じりの言葉にダリルは言い返したが、アーミラは馬鹿にしたように鼻で笑った。その言葉にむっとした顔をしたダリルを彼女は睨み返す。



「悔しかったら突破してこいや」

「勿論、そのつもりですよ」

「……はっ。そうかよ」

「素直に応援すればいいのに、ほんと捻くれてるっすね」

「うるせぇ」



 ハンナに見上げられたアーミラはくだらなそうに視線を切ると自室へ帰っていった。そんな彼女を見て肩をすくめたハンナはダリルにあれこれアドバイスした後、自分も装備に着替えるため自室へと帰っていった。


 その間にコリナは努へ色々と確認するように質問をし、ディニエルはオーリと矢の在庫について話し合っている。ゼノとメルチョーはギルドで集合することになっているので今はクランハウスにはいない。


 そしてオーリが装備やポーションなどの備品を確認し終わると、それらが入ったマジックバッグをコリナが背負う。まるで莫大なGゴールドに押しつぶされているような顔をしているコリナに努が安心するように声をかけている。



「確認が終わりました」



 そんな光景をダリルが眺めていると、後ろから音もなく近寄っていたオーリが声をかけた。気配をまるで感じなかったオーリにダリルが驚いている間に彼女が赤い鎧を持ってくる。



「では早速、装備しましょうか」

「はい。お願いします」



 ダリルはオーリに赤の重鎧を装着させられながらコリナとディニエルの状態を見ていた。相変わらずディニエルは変わらない様子だが、コリナはやはり緊張しているようだ。ただ同じヒーラーである努はそういったコリナの気持ちがわかっているのか、落ち着かせ方が上手かった。どんどんと顔色が良くなっていくコリナを見てダリルは大丈夫かなと思った。



「いよいよですね。ダリルさん」

「へ?」

「七十階層を越えた時から、貴方は努力してこられた。きっと上手くいきますよ。ご武運を祈っております」

「……ありがとうございます」



 思わず力が抜けるようなオーリの囁き声にダリルは少し照れながらも頷き返した。そして赤の鎧を装備し終わると一歩前に出る。そしてコリナとディニエルを連れてクランハウスの玄関へ向かった。



「それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃいませ」

「頑張ってー」



 オーリと努に見送られた三人はギルドへと向かう。そしてゼノとメルチョーと合流した後は受付に並び始める。



「おや? ダリル君、随分と派手な装備になったものだね」

「あれ、ゼノさんも少し変わってます?」

「ふっふっふ。愛しの妻が密かに準備してくれていたようでね」



 ダリルの新しい赤い鎧とは対照的に、ゼノの銀鎧には以前と違い紋様を形取った青の線がいくつか入っている。それには鎧を冷却する機能と、熱線攻撃をある程度防げる効果が備わっていた。


 二人が新しい装備談義をしている間に順番が回ってきたので、紙を噛んで受付嬢に渡してPT契約を済ませる。そしてギルド内の魔法陣から六十九階層へ転移した。目指すは七十階層に続く黒門である。


 コリナがダンジョンの地形効果を和らげる冒険神の加護を全員に付与する。その間にディニエルが矢で索敵して進む方角を決めると、のんびり準備運動をしていたメルチョーが重い腰を上げるように立ち上がる。


 そして依頼組PTのダンジョン探索が開始した。ディニエルを先頭にモンスターを避けながら黒門を探していく。



「みっけ」



 少ししてディニエルが黒門を発見した後は、道中のモンスターを身体慣らしに狩っていく。ゼノは先日の出来事で以前より更に自信を持ったのか、その輝きは心なしか大きい。ダリルも大分落ち着いた立ち回りを見せ、緊張しているのはコリナくらいだった。


 黒門にたどり着くとコリナの精神力が回復するまで待機となり、確認の意味も含めて作戦をダリルが話していく。そして全員が作戦を確認して精神力を回復した後、準備を済ませて七十階層へと入った。



 ――▽▽――



 前方に広がる溶岩から巨大な足音を響かせながら近づいてくる、黒ずんだ体のマウントゴーレム。まるで建造物が動いているような光景を直に見たコリナは唖然とし、ゼノは恐れを吹き飛ばすように笑顔を見せた。



「コリナさん。まだマウントゴーレムが来るまで時間があるので、今のうちに支援お願いします!」

「は、はい。冒険神の加護」



 ダリルの声にハッとしたコリナはすぐに全員へ支援を行き渡らせる。そして全ての者の準備が整う頃には、マウントゴーレムが巨大な腕を振って岩を辺りに撒いた。



「ゼノさんは中型ゴーレムたちの引きつけをお願いします。メルチョーさんはその処理を」

「任せたまえ」

「わかったぞい」



 ゼノは銀髪を払ってひび割れた岩が落ちた場所へ颯爽さっそうと向かい、メルチョーも無色の魔石が嵌められた籠手こてを打ち鳴らす。



「ディニエルさんはしばらくボムゴーレムを中心に処理。コリナさんはいつも通り支援をして頂ければ大丈夫です」

「りょーかい」

「わかりましたぁ!」



 ディニエルはすんなりと頷いて早速地面についたばかりの岩へ矢を放ち、コリナは神の眼に写っている一桁の数字に若干テンションを上げながら答えた。


 そしてダリルはゆっくりとした動作で溶岩から上がってきたマウントゴーレムへ、藍色のコンバットクライを飛ばしてヘイトを取る。淡い赤の光を放っているマウントゴーレムの目がダリルを見下ろす。


 だが序盤のマウントゴーレムの脅威度はさほど高くない。乱戦になった場合は脅威になり得るだろうが、きちんと分断さえ出来ればコリナですら引きつけ役を全う出来るほどである。そのためダリルは問題なくマウントゴーレムを引きつけることが出来る。


 問題はマウントゴーレムが放った中型のモンスターたち。まるで戦車を守る歩兵のような役割を持つ様々なゴーレムたちの方が序盤は厄介である。



「コンバットォ! クライ!!」



 いつにも増して銀色に輝くコンバットクライがゴーレムたちの視線を集める。その視線の先には手盾とショートソードを交差させ、歯並びの良い白い歯を煌めかせているゼノがいた。



「かかってきたまえ! 土人形共! このゼノがお相手しよう!」



 その声と同時にゼノへ岩が投擲されたが、彼は短い声を上げてそれを手盾で受け流した。その後も爆弾岩などを複数投げられてゼノは爆発に巻き込まれたが、砂埃の中からすぐに出てくる。



「ふっ、浴びるのは歓声だけで充分なのだがね」

「やかましいわい」



 爆発を受けても笑顔を崩さないゼノにメルチョーはすれ違いざまにそう言いながら、ゴーレムの胴体に拳を叩き込む。その魔力が乗った打撃はゴーレムの体の奥にある核を的確に破壊し、動作を停止させた。



「相変わらずかったいのう」



 道中の火山階層でもゴーレム相手に同様のことを呟いていたメルチョーはすぐに次の獲物へと目を向ける。メルチョーはダリルから遠距離攻撃を得意とするスロウゴーレムを倒すように指示を受けていたので、腕が大きいものに目をつけて攻撃していく。


 ディニエルもボムゴーレムを中心に氷矢を使って爆発させないように倒していく。一度やったことなのでディニエルは以前よりも早くボムゴーレムを処理していった。


 そして途中で鏑矢を放ってダリルにストリームアローを撃つ合図を知らせ、マウントゴーレムにもダメージを与えていく。マウントゴーレムと雑魚敵を同時に相手取れるアタッカーというのは非常に頼もしい。


 ダリルは安定した働きを見せるディニエルに安心した後、誤射しないように細く研ぎ澄まされたコンバットクライを中型のゴーレムへと飛ばす。そしてスロウゴーレム五体がダリルの方へ向かって岩を投げ始めた。



「よっと」



 ダリルはその優れた聴覚のおかげでモンスターが挙動の際に起こす僅かな音を聞き逃さない。そのため背後からの攻撃も瞬時に聞き分けて察知出来るため、乱戦が得意な方である。


 そのためマウントゴーレムを引きつけながら数体の中型ゴーレムも引きつけるという、一見無謀にも見えることをしても問題はない。たまにスロウゴーレムの投げる岩に当たることはあるが、彼には高いVITがあるのでさほど支障はない。マウントゴーレムの攻撃も今はゆったりとしたものなので、AGIの低いダリルでも当たることはないだろう。


 序盤戦は雑魚敵を担当する方が負担は大きく、それは以前のダリルも身をもって体験している。そんな彼だからこそこの戦法を思いついたし、これは事故が怖い避けタンクのハンナでは出来ないことだ。



「これは中々楽しいのぅ」



 徐々に数を増していくゴーレムたちの対処にメルチョーは追われているが、幸いにもゴーレムは二足歩行をする人型である。対人の達人であるメルチョーにとってはそれだけでも優位。それに加えて魔流の拳によって威力も申し分ないため、雑魚敵の処理に関してはアーミラを越えていた。


 ダリルの雑魚敵を引きつけつつマウントゴーレムの囮となる戦法に、ディニエルとメルチョーの殲滅力。それにゼノも爆発を受けてすぐ倒れるほどやわではない。



「コリナさん! 光下さい!」

「祝福の光」



 そのため序盤戦は思ったよりも楽に進み、更に指揮はダリルが執っている。それはヒーラーのコリナへ考える余裕を与えた。



「守護の願い。治癒の願い」



 迅速の願いをアタッカーにかける余裕はないが、タンクに支援回復をかけるだけでも十分役割は果たせている。序盤戦でいつも通りの支援を行えているコリナはだんだんと緊張が抜けていった。


 そして増え続けていた雑魚敵は増加が止まった後に一匹ずつ数が減っていき、その分マウントゴーレムの動きがだんだんと滑らかになっていく。そのことを察したダリルはゼノに一度ウォーリアーハウルで全体ヘイトを取ってもらった後、マウントゴーレムのみに集中するようになった。


 それからはゼノが一度ゴーレムに囲まれてしまい集中攻撃に遭ったが、彼は銀色の光を放って目を眩ませた後に離脱して難を逃れた。一瞬ゼノに死の予知が見えていたコリナは蘇生の願いを使おうとするのを止め、治癒の願いと祈りの言葉のスキルコンボですぐにゼノを回復させていく。



「助かった! あと二回ほどかけてくれるかな!?」

「……無駄によく聞こえるなぁ」



 遠目なのにやかましく聞こえるゼノの声にコリナは少しうんざりした様子で手を組み、彼に対して治癒の願いを捧げる。そして聖なる願いで精神力を確保しながら祈りの言葉を使うと、願いが叶ってゼノの身体に緑の気が舞い降りた。それはゴーレムに殴られて受けた打撲を癒していく。


 ただ先ほどのようにタンクが身動き出来なくなってしまった場合、祈祷師は白魔道士のように即時攻撃が出来ないためモンスターに対する手立てがない。攻撃スキルとしては破邪の祈りというものがあるが、願いではないため祈りの言葉でも即時発動は不可能である。


 そのため祈祷師は戦闘に介入出来る手立てに乏しいので、近接系の武器を手にする者が多い。代表的な武器としてはモーニングスターなどがあるが、コリナは首から提げているタリスマンで願いの効果時間を上げる選択をしている。



「大丈夫ですか!?」

「問題ない! 君は前の敵に集中したまえよ! 余所見出来る相手ではないだろう!」



 マウントゴーレムの方も雑魚敵の排出を止めてからはだんだんと速くなってくるため、ダリルも油断出来ない状態にはなっている。転がってきたボムゴーレムを弾きながらの言葉にダリルは集中するように視線を戻す。


 その直後に頭上を飛んでいく鏑矢の音を察知したダリルは、出来るだけその場からマウントゴーレムを動かさないように立ち回る。



「ストリームアロー」



 そしてディニエルが氷矢を放った音を聞いた瞬間にダリルは離脱する。ストリームアローは座標を指定して放つ砲台のようなものなので、放った後に標的が動くと降り注ぐ矢が全て当たらない場合がある。


 しかしダリルは直前までマウントゴーレムをその場に留まらせるため、ディニエルからすれば狙うのが楽である。そしてストリームアローを放った瞬間をダリルは察知して離脱するため、きちんと全ての矢がマウントゴーレムへ降り注ぐのだ。


 それは以前よりもストリームアローの精度を高めることとなり、当然与えるダメージも上がる。そのため予想より早く序盤戦が終わることとなった。



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