第163話 妻との和解

 ダリルはマウントゴーレムへの対策が施された新装備を手にし、二着ある灼岩のローブはゼノとコリナに支給された。そしてダリルを中心に七十階層へ向けた作戦も決まり、全員がそれを把握した。



「楽だね」

「あはは……」



 ゼノとコリナは王都の学園を卒業しているので一定の知識があり、作戦を把握する能力も高い。ハンナに何度も作戦内容を言い聞かせていたディニエルの言葉にダリルは苦笑いを返す。彼もアーミラに何度も作戦を言い聞かせていただけに実感があったのだろう。


 今回の作戦はアルドレットクロウが七十階層を突破する際に使用していたものを、少し改良したものになる。前回と違い避けタンクなしでの攻略となるので、後半に動きが速くなるマウントゴーレムをいかに抑えるかがカギとなるだろう。


 だがアルドレットクロウの時はそもそも熱線攻撃を完璧に防ぐ手立てがなかった。そのためタンクは死ぬ前提で立ち回り、ヒーラーが死んだ方を蘇生させて戦況を維持するという作戦だった。ただしそれには優秀なヒーラー、最低でもステファニーくらいの実力者がいなければ不可能なことである。


 しかし今回はドーレンが以前の反省を経て作成した対マウントゴーレム用の重鎧に、ダンジョン産の耐熱装備である灼岩のローブがある。それらの装備があれば多少タンクが楽になるため、死なないように立ち回ることも可能になるだろう。


 とはいえ普通のタンクでは終盤のマウントゴーレムをハンナのように一人で抑えることは不可能なため、いかに二人が負担を分担して崩れないかが重要である。



「ゼノさん、交代です」

「了解した」



 終盤の動きが速くなったマウントゴーレムのヘイトを片方に集中させすぎてしまえば、たとえダリルでもすぐに死んでしまうだろう。その前に控えのタンクがヘイトを奪い、消耗した方を休ませるという流れを形成する必要がある。その流れを戦闘中に淀みなく行う必要があるため、ダリルとゼノは連携を密にする必要があった。


 だが試しに二人はボルセイヤーで連携を確認したところ、意外にも息は合っていた。ダリルは今まで身勝手な行動が多かったアーミラに合わせていたため、動きを合わせることは得意だ。ゼノもアーミラ同様一人で何とかしようとする節はあるものの、当時の彼女よりかはダリルに合わせる気持ちがある。そのため連携に関しては特に問題なかった。


 アタッカーはディニエルがマウントゴーレムを担当し、メルチョーは湧き出てくる雑魚敵の処理を担当する。優秀な二人ならば特に問題はないだろう。


 問題は今回初めて七十階層に入る祈祷師のコリナである。タンク二人が優秀とはいえゼノもマウントゴーレムと戦うことが初めてであり、ダリルは前回の苦い経験がある。そのためタンク二人が一気に崩れてしまう可能性も考えられることだ。


 そうした場面こそヒーラーの真価が問われるわけだが、今のところコリナはこのPTでそういった危機的状況を経験したことがない。そのため危機的状況に瀕した際にコリナがどうなるのかはまだ誰にもわからない。


 それに祈祷師というジョブは白魔導士のように即時蘇生が出来ない。そのためもしどちらかのタンクが死んでしまった場合、非常に辛くなる展開は予想出来た。


 祈祷師の蘇生手段としては蘇生の祈りというスキルがある。しかしこれは祈りの言葉というスキルの発動時間を早めるものを使っても即時発動することが出来ない。そのためその間はタンクが一人でマウントゴーレムを受け持たなければいけなくなるので、下手をすると総崩れになってしまうだろう。



「要は、タンクが崩れなければいいのだろう? なら問題あるまい」

「そうですね」



 自信たっぷりの表情で言い放つゼノにコリナは白い目で言い返す。勿論それに越したことはないし、一度七十階層を越えているダリルがそう言うのならばコリナも納得しただろう。しかし六十階層の時とは違い今度は自分と同じ立場であるはずのゼノがここまで自信満々なのが腹立たしいのか、コリナは冷めた顔をしていた。



「一応、チャンスは二回もらっていますから失敗しても大丈夫ですよ。初回はマウントゴーレムの動きを把握して頂ければ問題ないので、コリナさんはいつも通り支援して頂ければ大丈夫です」

「ふぅむ。どうせならば華々しく初回攻略したいのだがね」

「勿論、勝ちにいきますよ」

「……ほう?」



 ダリルの強気な発言にゼノは面白そうに片眉を上げる。このPTで七十階層に挑むことが決まった後のダリルは雰囲気が変わり、何処か頼りないような表情を見なくなった。それでもゼノに楯突くような言動をするのは珍しかった。


 絶対に七十階層をこのPTで突破するという気概がダリルからは感じ取れる。それはこのPTに良い意味で緊張感を与えていた。ゼノは後ろから追い上げてくるようなダリルの迫力に笑みを深め、コリナは緊張しながらも期待に応えようと首に提げているタリスマンを握っている。



「ほっほっほ。いいのう。若い者はああでなければ」

「…………」



 メルチョーは気合いの入ったダリルを見てからからと笑い、ディニエルだけは良くも悪くもいつも通りである。だが彼女の内心は良いものではなかった。


 七十階層をこの面子で突破することを、ディニエルは難しいと感じていた。メルチョーが本気でも出せばすんなりと突破出来るだろうが、この様子を見ればそういったことはしないと予想がつく。となると頼りはマウントゴーレムと戦闘経験のあるダリルとなるが、以前の震えて縮こまっていた姿を見ていたディニエルからすれば信用するのは無理な話だ。


 もう立ち直ったようには見えるし練習も積んでいることは知っているが、また崩れてしまう可能性も十分に考えられる。だからディニエルはダリルのことがあまりアテに出来ないと思っている。


 残ったあとの二人も優秀ではあるが、努やハンナのような可能性は感じられない。恐らく何度か挑めば突破出来る人材ではあるだろうが、初回突破はあの二人のような者がいなければ無理だと彼女は確信していた。


 それに何より、ディニエルは努やメルチョーの行動に腹が立っていた。そもそも七十階層はゼノとコリナを抜いて努とハンナがPTに加わる予定だったのだ。それを努が変更し、更にメルチョーがそれを許可した。ディニエルは努にそのことを提案された時、口には出さなかったが内心嫌だった。


 以前のようにハンナがマウントゴーレムのヘイトを取れば楽に戦闘が進むし、万が一誰かが死んでも努なら容易にPTを立て直せる。しかしゼノとコリナにはそれが期待出来ない。その分自分が働かなければならない。



(めんどくさ)



 そんな心境のディニエルは盛り上がっている三人を何処か白けた目で見た後、黒弓の調子を確認するように弦を引いた。



 ――▽▽――



「では、さらばだ!」



 ダリルとの連携も確認し終わり、七十階層に向けての作戦内容が書かれた書類を受け取ったゼノは四人に別れを告げた。そして無限の輪のクランハウスとは逆方向に胸を張って歩いて行く。


 ゼノの自信溢れる雰囲気に通り過ぎた人々は思わず彼に振り返る。中にはゼノのことを知っている者もいたようで、何度か彼は声をかけられていた。そんな者たちといつも通り握手を交わしてウインクしたゼノは、その後も何度か対応しながら妻の待つ一軒家に帰宅した。



「ただいま帰ったぞ!」

「…………」



 帰ってきたゼノに対する妻の反応は非常に冷めたものだった。一度ゼノに目を向けた後、彼女は無言で記事の続きを書き始める。


 カリカリと紙に羽ペンを走らせる音だけが部屋に響く。しかしこれでもゼノが無限の輪へ入ると告げた頃よりかは、比較的マシなものであった。その当時は瞬く間に家から叩き出され、ゼノは一度無限の輪のクランハウスに泊まっている。


 無限の輪がPTメンバーを募集し始めた時の少し前、ゼノは大手クランのアルドレットクロウからスカウトを受けていた。


 それはゼノの毎日積み重ねてきた努力によるものもあるが、大部分は妻による功績が大きい。がむしゃらに努力を重ねていたゼノに明確な行動指針を与え、それは成果に繋がった。自身の仕事で稼いだ金も投資し、そしてアルドレットクロウに対する根回しも妻は密かに行っていたのだ。


 そうして手に入れたアルドレットクロウへの切符。ゼノがその切符を持って帰った時、妻は柄にもなく大喜びして舞い上がった。彼も妻が自分に対して色々としてくれ、今まで支えてくれていたことを感謝していた。


 だがその翌日、無限の輪がPTメンバーの募集を開始した。七十階層を初見で突破してからかなり話題になっているクランで、ゼノが勝手にライバル認定しているガルムが入ると噂されている所である。


 ゼノは無限の輪の募集要項にタンクがいることを確認し、受けてみたいと思ってしまった。アルドレットクロウに入った方がいいとはわかってはいたが、天啓を受けたような感情に任せてゼノは一度妻に相談した。


 そこからは揉めに揉めた。元々王都の学院の後輩であった妻は大人しい者で押せば引くという印象がゼノにはあったのだが、ここでは一歩も引くことなく正面から反抗した。そして今までの努力や過程を一から理論立てて説明する論法でゼノはこてんぱんにされ、危うく心が折れそうになっていた。


 しかしゼノはすんでの所で挫けなかった。アルドレットクロウより無限の輪の方が可能性があると、根拠のない直感があったからだ。



「だからアルドレットクロウの方がいいのっ!」

「しかしっ! それでも私は無限の輪に入る!」

「この、わからずやぁぁぁ!!」

「ぐへぇ!?」



 最終的にゼノは妻に頬をぶん殴られ、綺麗に吹き飛ばされた。そして勝手にしろと言い残されて家を追い出される結末となった。


 しかしゼノも妻に対して罪悪感はあったので、そこからは毎日家に通った。だが最初は家に入れてくれなかったので無限の輪に一度だけ泊まった。


 それからは寝袋や防寒器具を準備して妻の家の前で野宿するようになった。今は冬の季節なので非常に寒く、外での野宿は体に堪える。だがゼノは自分が悪いことはわかっていたので、毎日妻の家に欠かすことなく通った。


 そうして一ヶ月が過ぎた頃、妻は大きなため息を吐きながらゼノを家に入れた。態度は先ほどのように冷たいままだが、一ヶ月謝り倒したおかげか多少話が出来るまで関係は回復している。



「明日、七十階層に挑んでくるよ」

「そう」

「必ず突破してみせるさ。そうしたら、私を許してはくれないだろうか?」

「…………」



 正面に跪いてプロポーズするように言ってくるゼノを、妻は冷めた目で見下ろす。だが彼女はゼノを家に入れた時点でもう彼を許している。だがこの怒りを振り下ろす場所を見失ってしまい、引っ込みがつかなくなっている状態だった。


 そんな中訪れた七十階層突破という場所。これでようやくこの気まずい関係も終わりだと、妻は内心ホッとしていた。



「じゃあ……」

「おぉ!! なんだね!?」

「もし明日突破出来なかったら、私の言うことを何でも一つ聞くこと。いいわね?」

「……それは無理な提案だ。もし君に別れろとでも言われたら、困る」



 ゼノのほとんど見たことがない悲壮に満ちた顔を見た妻は、瞳を震わせて口を押さえる。そして振り切るようにゼノの手を握った。



「あぁー!! もう!! じゃあ突破出来なかったら今度デートして!! それでいいでしょ!!」

「……いいのかい?」

「もう! 何で貴方が辛そうなの!? 私の方がもーっと辛いのに!! ずるいよ!!」



 顔を真っ赤にしてゼノの手を取って立たせた妻。そんな彼女をゼノは正面から抱きしめ、安心したように涙を流した。



「本当に、すまなかった。勝手なことをして」

「もう、いいわよ。貴方が身勝手なことは痛いほど知ってるし。ほら! こんなことしてる場合じゃないでしょ! すぐに明日の対策をするわよ!」

「……しかし突破出来なかったらデートなのだろう? むしろ負けた方が――」

「また殴られたい?」

「す、すまない」



 拳を握って顔の前に持ってきた妻にゼノは平謝りする。そして呆れたようにため息を吐いた妻は、事前に纏めていた七十階層の情報と対策装備をゼノに渡しながら明日の対策を詰めていった。

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