第126話 ヒーラー三強

 その後もギルドに帰って休憩を挟みながら、火山階層の素材と魔石を回収。火山のモンスターにも慣れてきたところで、もう遅い時間であることに努は気づいた。



「帰るよー」

「あ、もうそんな時間っすか」



 朝早くから潜って休憩を挟んでいるとはいえ、もう時刻は二十時を過ぎている。スポンサー契約を結び観衆の多い時間にモニターへ映ることが求められるため、今回はかなり長くダンジョンに潜っていた。



(明日からは昼から潜るか)



 観衆が比較的少ない朝の時間帯はもう切り捨ててもいいだろう。努はこれからの活動時間変更を考えながら、頬に流れる汗をタオルで拭ってから黒門に入ってギルドに帰還した。周りの四人は努ほど疲れた様子はなく、むしろ元気そうだった。


 クランハウスに帰宅した努は先に風呂へ入ってさっぱりした後、マジックバッグから今日入手した素材や魔石を数えて報告書に記した。その素材はオーリに備品管理を任せた時新たに購入した、大容量の大きいマジックバッグに入れておく。


 ドーレン工房から火山階層の素材や魔石は優先的に買い取らせてほしいと依頼も来ていたので、それは今度の休みにまとめて持っていく予定だ。夕食をとった後にオーリへ報告書を渡した努は、どっと押し寄せてきた疲れに任せてソファーへ勢い良く座り込んだ。



「今日も行こうぜ」

「流石に今日はパス」

「……そうか」



 いつも行っていた龍化練習を断られたアーミラは残念そうに肩を落とした。そして一人で身支度をするとギルドの訓練場でフライの練習をするために出て行った。



「よくやるなぁ」

「スタミナ凄いっすよねぇ。ダリル並みじゃないっすか?」

「あまり無理はしないで欲しいんだけどね」



 ハンナとそんなことを話しながらアーミラを見送ると、努は疲れていたので今日は自室へ帰って就寝した。


 その翌日からも無限の輪PTは火山階層で素材集めをしつつ階層更新を続けた。各々のレベルも少しずつ上がり、ディニエルは七十一レベルとなって新しいスキルであるストリームアローを習得した。


 アーミラは五十レベルを突破し、レベルが極端に上がりにくくなる域に到達した。他の三人は二、三レベル上がったが新しいスキルは習得していない。



「ストリームアロー」



 ディニエルがスキル名を発すると彼女は自動的に動く手に任せて矢を上空に放った。その矢が青く光ったと思うと、細かい光の矢が地上に降り注いだ。周りの四人がおー、と軽い歓声を上げる。



「うわっ。すごい精神力吸われる」

「でも威力は凄いね。属性矢使ったら楽しそう」

「……こういうスキルは苦手」



 ストリームアローに似通ったスキルであるレインアローもディニエルはほとんど使っていない。上空に矢を射ってから降らせるスキルは制御が効かないので、どうしても味方への誤射が起きやすい。連携が取れていれば使えないことはないが、そこまでの労力を割くほどレインアローは強くない。



「ハンナと連携出来るなら組み込んでみたら? この様子なら多分マウントゴーレム戦でかなり使えると思うよ」

「んー」

「あたしは大丈夫っすよ! 多分言ってくれれば避けられるっす!」



 身軽にぴょんぴょんとその場で飛びながら答えるハンナに、ディニエルは目を閉じて考え込んだ。そして気怠そうな目でハンナを見返した。



「三日くらいはスキル把握に使うから無理だけど、それが終わったらやってみよう」

「わかったっす!」



 ハンナもこれまで一度も誤射をしていないディニエルの腕を信頼しているため、特に怖がりもせず了承した。そんな二人の様子を羨ましそうに見ていたダリルはその後チラチラとアーミラに視線を送っていたが、当の彼女はフライ練習に集中していて全く気づいていなかった。


 その後も数日に一階層のペースで更新していき、あっという間に休日となった。その際に努はドーレン工房へ溜まった炎魔石や鉱石を持っていく。すると職人達がお菓子を前にしたありのように群がってきた。



「こんなに持ってきてくれるとは……。助かる。これでいくらか試作にも回せそうだ」

「いえ、その代わりダリルの装備とアーミラの大剣、お願いしますね」

「任せろ。完璧に直してやるよ」



 工房の長であるドーレンというドワーフのお爺さんは、努の声へ答えるように腕をまくった。すぐに鉱石の加工を始めるようで、職人たちが火をくべ始める。努は持ってきたダリルの鎧とアーミラの大剣を職人達に運んでもらうと、熱を帯びてきた工房から出て行った。


 その後は森の薬屋でお婆さんに新作の進行状況を聞きつつ世間話をしたり、魔石換金所のドワーフ少女に絡まれたりしていた。どうやら彼女はドーレンの孫だったようで、スポンサードを受けてくれたことに感謝したかったらしい。



「だから、魔石はうちで売りなよ。ギルドより高く買い取ってやるからさ」

「そうですか。まぁ確約は出来ないですが、考えておきます」



 魔石換金については全てオーリに任せているので、最終的な判断は彼女任せだ。私服のドワーフ少女と別れると努はモニター市場でいつものようにダンジョンへ潜っている探索者を観察した。


 アルドレットクロウはようやく氷魔石の利権争いから解放されたのか、ルークが雪原の七十一階層で戦っている姿が見て取れる。氷魔石の騒動はダンジョン新聞だけでなく一般の新聞も取り上げるほどの社会現象となっていたので、それを片付けるのには相当骨が折れたことだろう。


 その苦労の甲斐があってアルドレットクロウは莫大な資金を調達することが出来たが、億を越える資金を得たとなると様々な団体が干渉してくる。その対処にアルドレットクロウの事務員は追われ、死んだ魚のような目をしていた。


 そんな事務員とは打って変わって一軍のPTメンバーは楽しそうな表情であった。マウントゴーレムは相当苦労して倒したし、後追いの心配もそれほどない。それに七十階層突破で一軍メンバーにはファンが急上昇した。タンクのビットマンに、マルチウエポンアタッカーのソーヴァ。ヒーラーのステファニーも大分有名になった。


 ステファニーはほとんど切らすことのない支援効果時間に適切な回復、他にも置くスキルや撃つスキル、フライを使った視野を広げての支援などなど、努が与えた教材に忠実なヒーラーだ。それに加えて今はルークの召喚したモンスターにも支援回復を行っていた。



(おー、凄いな)



 ルークもそれに合わせて生き残りやすいモンスターを召喚しているようで、ステファニーは実質五人への支援回復を実現させていた。その安定した立ち回りは努の目から見ていると感心させられる。


 それに比べて二番台に映っているシルバービーストのヒーラーは、縦横無尽といった表現が正しいだろう。兎耳が特徴的なロレーナの立ち回りは基本に忠実なステファニーとはかけ離れていた。


 ロレーナはフライで上から支援するのではなく、自らが走り回って支援を行っている。それに飛ばすヒールを使うことを最低限にし、直接触れて回復することが多い。


 努と違いロレーナやステファニーはエリアヒールの上でなければ、飛ぶヒールの回復力が落ちる。直接触れてヒールを行う方が回復力は高いため、ロレーナは出来る限り直接触れて回復させていた。


 そして特筆すべきは努に匹敵する精度のヘイト管理と、PTメンバーとの連携力だ。ロレーナは仲間と連携することがとても上手く、声かけも的確だ。それにロレーナだけでなく仲間全員が一体となって動くので、モニター視点から見るとそれがよくわかる。


 多くの実力者の中から選抜された者が集まるアルドレットクロウと、長くから同じメンバーでダンジョンに潜ってきたシルバービースト。今のところアルドレットクロウが一歩リードしている形だが、これからどうなるかに観衆はとても注目している。


 ちなみに現在のヒーラー評価は迷宮マニアの中でも割れているが、やはり今一番深い階層に到達しているステファニーを評価する声が多い。しかしロレーナと努の名前も多く出てくるので、実質その三強と今朝のダンジョン新聞には報道されていた。



(僕も負けてられないね)



 二人の成長はとても嬉しいが、まだまだ置いていかれるつもりは毛頭ない。努は二人の活躍を目にして気合を入れ直すと、意気揚々とクランハウスへ帰っていった。

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