第120話 女オークめ

 アルドレットクロウがマウントゴーレムを突破した翌日。努はこれから本格的に動き出すことをクランメンバーに伝えた。



「今日から本格的に動こうと思う。取り敢えず、火竜を突破しようか」

「待ちくたびれたぜ」



 アーミラはソファーに座りながら両手を握ってパキパキと関節を鳴らす。彼女が龍化解除後も意識を失わないようになってから一月。無限の輪は地道な特訓や活動を繰り返していた。


 階層主のいる階層は帰還の黒門が消滅するため、途中帰還することが出来ない。そのため少なくともタンクの実力が信頼出来なければ努は階層主に挑みたくなかった。だがこの二ヶ月でダリルとの連携は深まってきたし、彼は以前のガルムより実力があると感じている。ハンナも避けタンクが様になってきたので、努は火竜に挑むことを決めた。


 それに先の火山階層からも様々なモンスターが出てくるため、今のうちに慣れさせておくという目的もあった。ディニエルは探索者古参でハンナもそこそこ長いので問題ないだろうが、ダリルとアーミラはあまりダンジョンを深くは知っていない。ダリルはガルムにタンクを教えられるまでは荷物持ちだったし、アーミラは意識を失う龍化でダンジョンを素早く攻略してきた。


 そんな二人には当然戦ったことのないモンスターが存在することになる。特にレアモンスターや荒野の裏階層主であるデミリッチ。それらはこの先の階層で戦う機会があるので戦闘経験を積ませておきたかった。


 それとスポンサードについても一度腰を据えて考えるため、努はこの期間中エイミーに話を聞いている。エイミーは自分の得意分野について聞いてくれたのが嬉しかったのか、したり顔でスポンサードについて教えてくれた。


 更にクランハウスの経理をしているオーリにも努の資金に頼った運営は良くないと助言された。なので努はスポンサードを受けることを決め、オーリにクランの資金運営を任せることにした。



「というわけですので、ツトム様より私がクランの備品管理を任されることになりました。よろしくお願いします。まずはディニエルさん。矢の購入費があまりにも高すぎます」

「必要経費」

「貴女が金色の調べで使っていた矢の平均額は既に調べがついております。それと比べると明らかに無駄がありますね?」

「……ちっ。女オークめ」



 ディニエルは毎日無理やり風呂に入れられているので、オーリのことがあまり好きではない。それにオーリは力がかなり強いため、名前をもじってオーク呼ばわりしていた。だがディニエルの暴言に反応したのはオーリではなく、ダリルとハンナだった。



「何てこと言うんですかディニエルさん! オーリさんに謝って下さい!」

「そうっすよ! オーリを酷く言うことは許さないっす!」

「オークの手中に落ちている二人の言うことなど聞くに値しない」

「な、なんすかその言い草ぁ!?」



 ダリルはオーリに胃を掴まれ、ハンナはマッサージや羽繕いなどが気に入っている。アーミラも胃を掴まれてはいるが、口うるさく言われることを鬱陶しくも思っていたので見て見ぬ振りをしていた。ディニエルは冷めた目で二人を見据える。



「まるで餌を貰う飼い犬と、オークに発情している鳥だ。欲にまみれている典型的な例。恥ずかしいと思わないのか」

「怒るっすよ!」

「ま、まぁまぁ。落ち着いて下さい」



 顔を真っ赤にしてディニエルに詰め寄ろうとしたハンナをオーリが押さえつけ、その後も話し合いは続けられた。そして結局ディニエルは予算の都合上、矢の購入本数を減らすことになった。


 クランハウスでそんな騒動が起きている中、努はダリルやガルムが装備を買っている店――ドーレン工房とスポンサード契約を結んでいた。契約内容は装備やマジックバッグなどに店の刻印を入れて宣伝すること。これならばそこまでスポンサーのことを意識する必要もないし、装備も縛られない。


 クランメンバー全員の装備やマジックバッグなどに店の刻印を入れる代わりに、ドーレン工房は上昇した売上の一定割合譲渡と、鎧の整備代割引や新作の提供を行う。その契約でダリルの重鎧にかかる費用は大分軽減出来る。それにスポンサード契約でドーレン工房と繋がりが出来たというのも大きい。


 そのおかげでアーミラも鋼の大剣を無料で打ち直してもらえることになったので、かなりご機嫌の様子だった。彼女は毎日装備点検を欠かさず行っているが、やはり職人の手で整備して貰えるのならそれが一番である。


 様々なモンスターとの戦闘にクラン運営の正常化。ドーレン工房とのスポンサー契約。この一月はその三つを中心に行った。その分最高階層は全く動いてはいないが、十分な成果があったと言えるだろう。



「火竜か」



 ディニエルがリビングで弓の整備をしながらポツリと呟く。アルドレットクロウの七十階層突破で霞んでしまっているが、金色の調べも先日火竜を突破している。そのことを気にしているのかと努が声をかけようとした時。



「もう、弱く見える。スタンピードの後だと」



 暴食龍に加え、雷竜氷竜黒竜。それらを直接見てきたディニエルにとって火竜は取るに足らない存在に見えていた。彼女の言葉に努は腕を組む。



「まぁ、この面子なら安定して勝てるでしょう。気楽にいきましょ」

「……そうですね」

「そっすね」



 ダリルとハンナは火竜に挑むことが不安なのか、いつもより元気がない様子だ。火竜を突破しているのはシルバービーストを除き全て大手クランである。ギルドと迷宮制覇隊も金色の調べと同時期に火竜を突破していて、警備団もそろそろ突破しそうな気配はあるが、まだ火竜突破は難しい部類に入るだろう。



「大丈夫だよ。この二ヶ月で二人は成長してる。特にハンナはもう別人みたいだし」

「そ、そうっすかねぇ? でも、火竜っすから……」



 ハンナは自信なさげな顔で頬を掻く。いつも元気に跳ねている青髪も何処となくしょんぼりとしている。彼女はアルドレットクロウへ在籍していた時に火竜とは何十回と戦っているが、全滅で終わっていた。勝てる見込みが浮かばない絶対強者。そんな認識がハンナには染み付いていた。



「万が一ハンナが崩れても、ダリルやディニエルがカバーするから大丈夫だよ。気楽に行こう」

「お、おっす」

「……ちなみに僕が崩れたらどうするんですか?」

「ダリルが崩れたらその時点で試合終了だから、絶対崩れないでね」

「……胃が痛くなりそうです」



 ダリルは平気な顔でプレッシャーを与えてくる努に苦笑を漏らしながらお腹をさすった。ダリルはそもそも火竜と相対することが初めてであるので、むしろカバーされるのはハンナより彼の方に思えるだろう。だがダリルならば問題ないということを努はこの二ヶ月で確信していた。



「アーミラは……その調子だと大丈夫なのかな?」

「あ?」

「いや、カミーユも自信満々の様子だったけど、いざ戦闘になると心折られてたからさ」

「はっ! ババァと一緒にすんなよ。俺はあんなトカゲ如きにビビらねぇ」

「確かに、アーミラは暴食龍も経験してるしね。あれに比べたら本当にトカゲみたいなものだよ」

「…………」



 アーミラはスタンピード防衛に後衛付近のアタッカーとして参加していた。そして暴食龍の気配を直に受けているため、カミーユとは状況が違う。とはいえその時のことは思い出したくないのか、アーミラは露骨に視線を逸らした。



「よし、それじゃあ行こうか」



 火竜戦での連携練習も済ませているため、特に不安要素はない。努は自信を持って皆とギルドへ向かい、受付を済ませると五十九階層へ転移した。



 ――▽▽――



 五十九階層を探索して六十階層への黒門を見つけて無限の輪PTは、火竜のブレス対策である赤糸の火装束を身につけた。ハンナだけは背中の翼を阻害しないように腰へ巻きつけている。



「行こうか」



 緊張している様子のダリルとハンナ。威勢の良い顔つきのアーミラ。いつもの様子と変わらないディニエルを連れて努は六十階層への黒門を開いて進んだ。


 転移した六十階層には高い崖がいくつも立ち並ぶ峡谷の風景。そして前方にある崖の谷間から火竜が姿を現し、咆哮を上げる。


 その咆哮は暴食龍よりかは迫力がないが、それでも常人ならば畏怖して動けなくなるほどである。咆哮を受けたディニエル、ハンナは特に動じた様子はないが、ダリルとアーミラは目に見えて浮き足立っていた。



「龍――」

「待て」



 火竜の咆哮を受けてすぐに龍化しようとしたアーミラの口を努はすぐに押さえた。スキルは口に出して発しなければ効果を発揮しない。なので途中で口を塞がれれば当然龍化も発動しない。


 もがもがしているアーミラから手を離し、滑空してくる火竜を見て定番のブレスが来ることを予測するとすぐに指示を出した。



「いつものパターンですね。ブレス来ますよ。各自火装束で身を守るように」

「はいっす!」

「はい!」



 ハンナはすぐに腰へ巻いていた火装束を取って被った。まるで防災頭巾を被っている小学生のようである。ダリルも努の指示を聞いて落ち着いたのかすぐに火装束のフードを頭に被せた。


 ダリルはプレッシャーに弱い部類ではあるが、他人の指示があれば素直に従えるし動きも早い。なので指示さえあれば彼は止まることはないだろう。



「アーミラ」

「……すまん」

「いいよ。竜人なら皆そうなるみたいだしね」



 アーミラは咆哮に感化されて無意識に龍化をしようとしてしまったことを恥じ、努に頭を下げた後にすぐ火装束を被った。



「ディニエル――」



 三人を見て問題ないと確認した努は最後にディニエルの方を見て、思わず息を飲んだ。あのディニエルがやる気のなさそうな目をきりりとさせ、火竜を見据えて集中している。



「……やることは、わかってますね」

「うん」

「なら、任せます」

「まかされた」



 弓を少し上向かせながら答えたディニエルは向かってくる火竜へ矢を番える。他の四人がブレスに備えて身を屈めている中、彼女だけが堂々と立っていた。



「パワーアロー」



 口から赤い炎を漏らしている火竜に怯むことなく、ディニエルは一本の矢を放つ。それは火竜の眉間にある緑の石を正確に貫いた。矢を打ち終えたディニエルは素早くフードを被って蹲ってブレスを防ぐ。


 火竜は飛行能力を失い滑空しながら地面へと巨体を滑らせて降りる。閃光弾すら使わずに火竜の額を正確に射抜いたディニエルは、ブレスが止んだことを確認するとすぐに立ち上がった。



「ダリル!」

「コンバットクライ!」



 努の声へ応じるようにダリルがコンバットクライを火竜へ放つ。そして無限の輪での火竜戦が幕を開けた。

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