第7話 街にやってきた

 昼食を済ませたて街へ行く準備も整った。プレシャスが小袋をくわえて歩いてきた。テーブルの上に乗ると小袋を置いた。

「イロハ様から預かりました。この世界の貨幣です。十日以上は暮らせる金額です」

「嬉しい。自給自足はできるけれど、日用品などを揃えるのに助かる」


 小袋を開けた。金色の硬貨が十枚入っていた。

「硬貨一枚あたりは、どの程度の価値があるの?」

「食事だけなら二日か三日分だと思います」

「高額そう。徐々に覚えていくね。私の準備は完了よ。出かけるね」


 プレシャスを連れてリガーネッタへ向かった。小袋も忘れずに持った。私が住んでいる家は城壁の外にあった。街と森の中間くらい。街の外には農地もあって行き交う人々の姿があった。


 街へ入るには門番に証明書を見せる必要があった。何もないと話したら金貨一枚で滞在証明書を発行してもらえた。ギルドの証明者でも代用できるみたい。

 街の中へ入った。目につく家は木や石で造られていた。プレシャスの話では一般的な中規模の街らしい。歴史の教科書に出てくる、中世ヨーロッパを思い出した。


 ごく僅かだけれど使い魔を連れている人を見かけた。どの使い魔の姿も通常の動物と異なっていた。通りを進むと広場に出た。中央には石像が建っていた。イロハ様だった。


「イロハお姉様よね。雰囲気が似ている。お祈りしても平気?」

「通常の人間は神殿でお祈りをしています。でもイロハ様はこだわりません」

 石像の前に立って両手を組んだ。目を閉じてイロハ様と本物のアイ様に感謝した。気のせいか体が温かくなるのを感じた。


 鐘の音で我に返った。周囲を見渡したけれど、驚いている人はいなかった。時間を知らせる鐘かもしれない。

「ふと思ったけれど、イロハお姉様がこの街を選んだ理由は何だと思う?」

「中規模の街で治安はよいです。イロハ様が直接会った、聖女の故郷だからかも知れません。この国では大聖女と呼ばれています」


「聖女様は神聖魔法を使える人? それとも神殿を管理する女性を意味するの?」

「神聖魔法と神殿を説明します。イロハ様を信仰している神殿があります。信仰心と本人の潜在能力で神聖魔法が使えます」


「イロハお姉様が与えた回復魔法よね」

「信仰心と潜在能力の高さで、神聖魔法の効果や威力が異なります。聖女は特別な神聖魔法が使えます。国に三人聖女がいれば多いほうで、聖女がいない国も多いです。聖女は国の要にもなるので、通常は王都に住んでいます」


「聖女様は貴重な存在なのね。ザムリューン国には何名の聖女様がいるの?」

「今は二人です。ザムリューン国は、建国から常に聖女がいる国として有名です。周辺国から一目置かれています。イロハ様への信仰が高いのでしょう」


 長い年月の中で聖女が存在し続けている。イロハ様への思いが強いみたい。

「そのうちの一人が、この街が故郷なのね」

「その通りです。イロハ様は、ほとんど人間に会いません。過去に遡っても数えるほどです。現存する聖女では彼女だけです」

 イロハ様のゆかりがある場所とわかった。

「いつかは聖女様に会えるかもしれない。楽しみ。ハンターギルドに向かうね」


 広場から移動した。お店の前で人垣ができていた。ハンターギルドの場所を聞けるかもしれない。近くの人に場所を聞くと親切に教えてくれた。場所が分かった。

 人垣が気になった。

「人がいっぱいだけれど、お店の中に何かあるの?」

「大聖女様だよ。本物を見るのは何年ぶりだろう。今日はよい日になりそうだ」


 近くの人が教えてくれた。イロハ様にお祈りした効果かもしれない。まさか大聖女様が近くにいるとは思わなかった。人垣をかき分けてお店の中を覗いた。

 ひときわ目立った服装の少女がいた。年齢は私と同じか少し幼いくらい。可愛らしい少女で、金色のツインテールが似合っていた。


 人波にもまれてお店の前から遠ざかってしまった。一目だったけれど印象に残った。

「イロハお姉様に会った大聖女様よね。プレシャスは会ったことはあるの?」

「直接会ってはいません」

「大聖女様といっても私と同じ年齢みたい。また会ってみたい」

「アイ様なら会う機会はあるでしょう」


「楽しみにしている。今はハンターギルドの場所よね」

 街の人に教わった道順に進んだ。迷うことなく目的の場所に到着した。

「この看板がハンターギルドみたい。中に入ってみる」

「言葉を話せる使い魔は珍しいです。ここからは口を閉ざします」

「危険なときは遠慮せずに声をかけて」


 扉を開けると賑やかな声が聞こえてきた。まだ昼間なのに、大声で騒いでいるテーブルがあった。酒が入っているようね。使い魔も見かけた。酒場との兼用みたい。

 私に視線を向ける人もいた。酒場の女性が私に気づいた。緑色のリボンがついたポニーテールを揺らしながら近づいてきた。私よりも少し年上で、栗色の髪が印象的だった。お盆を持っているから従業員みたい。


「どうしたの? 道にでも迷ったのかな?」

 少し腰をかがめて、同じ目線で話してくれた。きっと酒場の看板娘ね。

「ハンターギルドに用事があるのよ。受付が何処か教えてほしい」

「右奥に女性がいるでしょ。その場所が受付になるよ」


 視線を向けると女性が立っていた。今の私よりも年上で二十歳前後にみえた。栗色の髪に青色のリボンが似合っていた。女性の近くに戸棚があった。カウンターの外には掲示板がある。受付で間違いないなさそう。


 女性と目が合った。手を振っている。ポニーテールの女性にお礼を言って、受付の場所へ向かった。

「どうしたの? ここはハンターギルドです。わたしは受付のピミテテです。ハンターの知り合いでもいるの?」

 笑顔と一緒に優しく話しかけてくれた。


「私はアイよ。魔法で魔物を倒してみたい。魔物を倒すにはハンターギルドがよいと聞いたのよ。ハンターギルドの詳細を教えてほしい」

 驚いた表情だった。すぐに笑顔へ戻った。


「珍しい名前ね。髪の色もこの辺では見かけない。綺麗な色でわたしは好きよ。アイさんは話し方がしっかりしている。でも意味は分かっているの? 魔物は怖いですよ」

 想定範囲内の答えだった。私でも少女が来たら同じ反応だったと思う。でも私は攻撃魔法が使える。作戦も考えてきた。


「遠い国から一人で出てきたのよ。この街にも来たばかり。使い魔と一緒に暮らしているけれど、働いてお金を稼ぎたい」

「一人なのね。その年で使い魔とは凄いです。でも子供にできる仕事ではないです」

「魔物を見たいのよ。一度は倒してみたい。魔法も使えるから遠くからでも倒せるよ。それとも私を路頭に迷わすつもり」


 目を潤ませて訴えた。少女が向かないのはわかっている。それなら少女を強調して同情させるしかない。

「試験を受けさせて。魔物退治に見た目は関係ないはず。実力がなければ諦める」

「気持ちは分かるけれど大変よ」

 ピミテテさんが困った表情を見せていた。


「迷子のお嬢ちゃんかい」

 後ろから女性の声が聞こえた。振り向くと杖を持った女性がいた。元の世界で見慣れていた黒髪が、胸上くらいまで達していた。

「こちらの少女、アイさんがハンターになりたいそうです」


「アイちゃんというのかい。あたいはリリスールさ。ここのハンターギルドに所属している。アイちゃんは神殿で加護を受けたことがある?」

「神殿には行ったことはないよ。何でそう思ったの?」

「ちょっと気になっただけさ。アイちゃんはハンターになりたいのかい」


「魔物を退治してハンターになってみたい。この世界を楽しみたい」

 リリスールさんが私を見ている。本気かどうか確認しているかもしれない。視線が合うと見つめ返した。

「遊びではないようだね。ピミテテ、試験を受けさせてみなよ。責任はあたいが取る」


「本気ですか」

 ピミテテさんが聞き返していた。

「もちろん真面目さ。アイちゃん、試験に合格できてもギルド入会可否はマスターが判断する。それでも構わないかい」

「受けさせてもらえれば平気よ」


「試験を受けるだけでも金貨が一枚必要です。それでも平気ですか」

 お金が必要とは思わなかった。イロハ様にもらった硬貨を一枚だけ取り出した。

「この硬貨で足りる?」

「たしかに金貨です。この一枚で平気です。試験条件はリーフウルフ三匹です。自素石じそせきを持ってきてください」

「自素石って何? 私の国では聞かなかった名前よ」

 ピミテテさんとリリスールさんが驚いていた。私の顔を凝視している。


「どこから来たかは問わないさ。でもアイちゃんがこの街で暮らすのなら、もう少し常識が必要だね。自素石は魔物の核と呼ばれている石さ。魔物を倒すと自素石を残して消滅する。自素石は装備強化に使われる。魔法も付加できるから売れるのさ」

 動物とは異なるのね。消滅するとは考えていなかった。


「魔物を倒すと残るものなのね。でも魔物自体は何故消滅するの?」

「暴走した魔力がなくなるからだよ。運がよければ、皮や牙などの素材も残る場合があるさ。滅多に残らないから貴重だよ。動物の皮や牙に比べて性能がよいのさ。忘れずに持って帰りなよ」


 ハンターは自素石と素材が収入源の一つみたい。思えば、お金の価値も知らない。あとでプレシャスに聞く必要がある。今は試験が大事だった。

「教えてくれて嬉しい。常識も憶えていく。あと試験は今からでも平気よ。自分でリーフウルフを探して倒すのよね。知らない魔物だから時間がかかると思う」


「ピミテテ、リーフウルフの場所まで試験管が案内しても平気かい」

「探すのもハンターの能力ですが、アイさんはこの街に詳しくないようです。場所までの案内は認めます」


「残りの問題は試験管だね。アイちゃんを受けさせようとした私では、公平性に欠けそうだね。ライマイン、いるかい」

 酒場に向かって大声をだした。体格のよい男性がこちらに歩いてきた。働き盛りの若者だった。手には両手用の剣を持っていた。私には持てそうもない重さに見える。


「リリスールが俺に用事とは珍しい。飯でもおごってくれるのか」

「仕事だよ。このお嬢ちゃん、アイちゃんの試験管をしておくれ。常識を知らないから無茶はさせないでおくれよ。リーフウルフを三匹だよ。怪我もさせないでおくれ」


「嬢ちゃんのお守りか。リリスールは子供に甘いな」

「アイという名前があるのよ。攻撃魔法は使えるから大丈夫よ」

「しっかりしている嬢ちゃんだ。いや悪い。アイだった。でも俺が危ないと判断したら試験は中止だ。それで構わないか」

「初めての魔物退治だけれど、その内容で平気よ。場所は知らないから教えてね」


「使い魔がいるのに魔物退治はまだなのか。精霊と会った方法に興味あるが、試験を先に済ませたほうがよさそうだ」

「ライマイン、あとは頼んだよ」

 プレシャスと一緒に、ライマインさんのあとに続いた。

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