第5話 温かな生活

 食事がまだだった。早めに夕食の準備をしたかった。プレシャスに聞いたら、イロハ様からお金を預かっていた。近くの森では食材も採れるみたい。自給自足ができる環境だった。今日の夕食は森で食材を確保する。プレシャスに案内されて森へ向かった。


「魔物は現れないよね。まだ攻撃魔法は作っていないのよ」

 運動神経は人並み以上にあった。でも素手で魔物は無理と思う。

「森には弱い魔物が生息しています。今日はわたしが倒します。安心してください」


「ハンターギルドに登録したら、一人でこの森を歩ける程度にはなりたい。プレシャスは強いの? 使い魔について知らないのよ」

「使い魔の強さは種族や個体で異なります。イロハ様の使い魔です。強いです。序列五番目のわたしは、普通の魔物や使い魔に遅れはとりません」


「とても心強くて安心した。森で何を見つけるの? 私には食材が分からない」

 毎日の食事よね。好き嫌いはないけれど、口に合うかは問題だった。

「わたしが食べられる食材を見つけます。アイ様は好きな食材を採ってください」


「見つけてくれると助かる。木々で薄暗いから魔法を使うね。輝きオパール」

 宝石魔図鑑を出さずとも呪文が成功した。唱えたと同時に宝石魔図鑑が現れた。ハートシェイプのルースに明かりが灯った。魔法を継続した状態で、宝石魔図鑑をしまっても平気だった。意外と自由に魔法が使えた。


「木の実を見つけました。食べられます。好きなだけ取ってください」

「プレシャスは食事をどうしているの?」

「不要です。イロハ様の魔力が源です。でも食べても支障はありません」

「これから一緒に暮らすから、食事も一緒にしたい。きっと楽しいよ」


 運よく小麦が手に入った。これでパンや麺を作れる。当分の間は森で食材が揃う。でも早めに買い物はしたい。私が食べるよりも多めに食材を確保した。森の中では魔物に遭遇しなかった。家に戻ったのは夕方だった。


 一人暮らしが役立つとは思わなかった。料理は食べられる味には作れる。プレシャスが気に入ってくれると嬉しい。

 水と火の魔法が役に立った。呪文を唱える前にオフの状態を想像する。詠唱後にオンすれば調整が楽だった。香辛料や設備は一通り揃っていた。イロハ様に感謝した。


 カレーライスに使えそうな香辛料もあった。あとで挑戦したい。

「食事ができたわよ。暖かいうちに一緒に食べようね」

「初めて見る料理です。興味があります」

「調味料が異なるから似た香辛料で作ったよ。メインはキノコを使ったスープね。野菜は木の実と一緒にサラダにしてみた。元の世界に近い味だと思う」


 椅子に腰を下ろした。プレシャスは口を付けずに座っていた。私が食べ始めるのを待っているのね。最初はスープを口に入れた。

「体が暖まって美味しいよ。プレシャスも食べてね」


 プレシャスがスープに口をつけた。こぼさないで綺麗に飲んでいる。器用にキノコも食べていた。サラダも食べてくれた。私の視線に気づいたみたい。

「人間の料理を初めて食べましたが美味しいです。他の料理も食べてみたいです」

 喜んでくれた。料理を作った甲斐があった。

「気に入ってくれてよかった。食材や香辛料を揃えて他の料理も作るね」


 久しぶりに楽しい食事だった。一人暮らしだったから誰かと一緒なのは嬉しい。

 食後の用事を済ませて、今は寝室のベッドに座っていた。明かり魔法が幻想的に照らしてくれた。近くにはプレシャスがいる。今日は初めて魔法を使った。


「街から離れているけれど魔物は平気?」

「この家にはイロハ様の加護があります。通常の魔物は近寄れません。魔物が結界に触ると浄化されます」

「イロハお姉様には感謝したい。安心して暮らせる」


「森の中や街までの道中では、魔物に遭遇する可能性もあります。弱い魔物ですが、アイ様には討伐できる力をもってほしいです」

「明日になったら攻撃魔法を憶えるね。街の雰囲気も早く知りたい」

 最低限の力は身につけたかった。毎回プレシャスに護衛させるのは悪い気がした。

「わたしはオパールを知りたいです。興味があります」


 プレシャスの顔が近づいてきた。

「昼間は中途半端になっていた。珍しい特徴があるよ。オパールは他の宝石と異なって水分をもっている。取り扱いに注意が必要だけれど、その分愛着がわく」

「魔法のように水が溢れるのですか」

「見た目では分からないくらい僅かよ。水につけると水分を吸収する種類もある」


「他には何かありますか」

「オパールは一つとして同じ表情がないと言われている。写真で見たように、斑の出方がルースによって異なるのよ。個性的な宝石で私は大好きよ。ルースをたくさん集めていたけれど終わりがなかった」


 ブラックオパールやボルダーオパールは、オパールの中でも表情の変化が激しい。

「オパールは奥が深いです。珍しい色や斑はあるのでしょうか」

「ブラックオパールは赤色が貴重で、裏側が黒色ほど高価よ。レッド・オン・ブラックと呼ばれている。斑の出方で貴重なのはハーレクインパターンね。両方が揃ったルースは高額よ。せっかくだからブラックオパールで、眺めて楽しむ魔法を作ってみる」


 起き上がって宝石魔図鑑を出現させた。オパールの頁を開いた。

「どのような効果を書くつもりですか」

「見た目の他に癒しも欲しい。指定した場所を中心に七色に輝く虹とオーロラが舞う。効果はみんなの心が清らかになる。周囲の邪気を払えれば、より清々しくなれそう」


 思いを枠の中に書き込んだ。最後に呪文を考えた。

「完成した。部屋の中だから威力を小さくして唱えるね。七色なないろオパール」

 ルースから七色の光がらせん状に舞い上がった。オーロラと虹が弾けるように七色の光が煌めいた。心が少し温かくなった。胸の部分に手を当てると、ペンダントトップにも暖かさを感じた。


「綺麗な魔法です。心が和みます。見て楽しめる魔法も素敵です」

「花火に似た感じにできたのも嬉しい。花火は空に咲く花よ。元の世界では夜空に打ち上げて、色や光を楽しんでいた」

「今度は外で見せてください。もっと大きいとさらに素敵でしょう」

「プレシャスが喜んでくれて作った甲斐があった。これからもプレシャスと宝石を語りたい。でも今日は初めてで疲れたみたい。急に眠くなってきた」


「アイ様、この世界は如何ですか。楽しめましたか」

「最初は驚いたけれどイロハお姉様が優しくしてくれた。魔法も使えて楽しかった。プレシャスと宝石で語り合えるのも嬉しかった」

「気に入ってよかったです。イロハ様も喜んでいるでしょう」

「イロハお姉様には感謝している。まぶたが重くなってきた。もう眠るね」


 異世界での一日目が終わった。望んだ世界ではなかったけれど好きになれそう。宝石を堪能しながら、魔法も使える世界に興味がつきない。プレシャスの気配を感じながら温かな眠りについた。

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