第49話・親子コーデ

 マンガマーケット一日目当日、起きたのは午前5時のこと。夏だ、日が長くて、空はもう明るかった。


 準備は既に万端。CDはRyuさんが現地に宅配便で送ってくれたし、着て行く服も既にハンガーにかけてある。


 僕は服はゴシックロリータしか持っていない。だからいつでもどこでも、ゴシックロリータだ。当然、3Dモデルも。


「おはよ! さぁ着替えるよ! 今日は忙しくなるからね!」


「はい!」


 満さんの言うとおり、グズグズしている暇はない。東京トライアングルサイトに午前七時三十分に集合だ。


 跳ね起きて、服を着替えてお化粧をする。この時僕は、防音室を使わせてもらって着替えた。


 お化粧も、外出の時は毎日で慣れたものだ。だって、ゴシックロリータなのにノーメイクじゃ映えないから。最初は恥ずかしかったけど、慣れてくると可愛い自分になるのが楽しくなった。慣れたといっても、それなりに凝ったお化粧をするから30分位はかかってしまう。


 お化粧が終わると、部屋の外で満さんと合流して、トライアングルサイトに向かう、僕の外見が有名なためタクシーで。この時満さんは普段の手荷物とは別に紙袋を持っていた。僕もコスプレ用に買った安物のギターを持っているし、気にもとめなかったけど。


 ちなみに、そのギターには音が出ないようにサウンドホールカバーと弦のミュートをつけている。音を出さずに演奏っぽい動きをするためだ。これならギターからは、話し声より小さな音しか出ない。


 タクシーだと満さんの家からトライアングルサイトまではすぐに到着する。時間にして、わずか20分だ。


「えっと……ブースは……え!? 壁!?」


 マンガマーケットでは壁際に配置されるサークルは壁サークルと呼ばれる。実力派のサークルばかりで、初参加である秋葉音楽隊がそうなるのは予想外だった。


 でも、classicbandや海賊楽団はマンガマーケットこそ参加しないものの、委託販売で実績を積んでいる。その二組みが手を組んでの参加だ。よく考えたら、壁にならないわけがなかった。


「お客さん、アレでしょ。今流行りの、秋葉リンちゃん! それのレイヤーさんでしょ! 気合入ってるねぇ! そっくりだもん!」


 なんて運転手さんが言う。


 レイヤーじゃなくて本人なんだけどなぁ……。それに気合が入ってるんじゃなくて、服がこれしかないだけだし。だから、ちょっと恥ずかしくなった。


「そうそう、それで私はみっちーママをやる予定なんですよー!」


 満さんが話を適当に合わせてくれる。本人だということはどうやらばれずに済みそうだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 会場にたどり着くと、満さんは言った。


「先に、ブースに向かってて。ママもすぐ行くから!」


「わかりました。ブースで搬入の手伝いをやってますね!」


 そこで、満さんと別れて、僕はブースに行く。


 ブースには既に数人の人がいる。みんな海賊の格好ですぐに誰かわかった。


「海賊楽団のみんなじゃないですか!?」


「おうとも!」


 定国さんが僕の問い掛けに答えて、みんなこっちを見て手を挙げた。


 彼らの団結力はとても硬い。だから、数人でも百人力だ。それに、海賊を名乗っているだけあって海賊らしい体力をしてた。僕なんてひと箱運ぶだけでへとへとだったのに、海賊楽団はどんどん運んでいく。CDが満載された重い箱をだ。


 搬入の途中、定国さんは急に僕に言った。


「おい、歌姫! お前ちょっと、ブースで待ってろ!」


「はい!」


 きっと僕の体力不足で戦力外通告を受けたのだと思って、ブースに座ってうなだれていた。


「おまたせ、リン君!」


 すると、すぐに満さんの声がして僕は顔を上げることになる。


 そこにはDarkAliceのゴシックドレスに身を包んだ満さんがいた。


「どう……かなぁ?」


 息を呑むとは本当にこのことで、僕はびっくりして呼吸を一瞬忘れていた。それは、地上に舞い降りた女神のようで、それでいてどこか堕落的で。


 つまり……。


「すっごく綺麗です!」


 この世のものとは思えないほどだった。


「よかった! ママこんなの着るの初めてだから、緊張しちゃって……。でも、ほら! 親子っぽいでしょ?」


 確かに親子コーデのように見えるかも知れない。


 そこに、さらに一往復した定国さんが戻ってくる。


「おうおうおう! いいじゃねぇか! お似合いだ! ザ・親子だな! おい、お前らも見ろ!」


 その一声で、近くにいた海賊楽団の人たちが一斉に僕たちの方をみる。


「おぉ! 活力沸くぜ!」


「さながら応援団ですね!」


「このマンケ、勝ったな! ガハハハハ!」


 と、僕たちにそれぞれの感想をくれた。


 それからの僕の仕事といえば、みんなを応援すること。そうすると、みんなすっごく笑顔になってくれた。僕は、体力がなかったけど、MVPだと定国さんに言われてしまった。


 だけど、マンケ初参加にしては、すごく持ち込んだ商品の量が多かった。ダンボール50箱も持ち込んでいる。開けて、陳列するときにちょっと数えてみたけど、ひと箱200枚だった。つまり、一万枚……。


 僕は本当にこれが売れるのか、心配で仕方が無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る