第19話 マサキの命日まで、あと352日。

「さて、気に入ってもらえたかな?この”試練ミッション・コンソール”は。

 私の可愛い英霊戦士エインヘリヤルよ」


 真っ白な空間。

 音もなく、匂いもない。



 ひたすら静かなこの場所で。

 真っ白な少女が語りかけてきた。



「な、だ、誰だアンタは。

 ここはどこだよ。一体なにが起きているんだ!」



 状況が全くわからない。

 今は、いつだ。ここは、どこだ。こいつは、誰なんだ。



 頭を振ってなんとか記憶を呼び覚ます。

 ええと、確か。



 シズクと一緒にエクストラボスのオーガ・レンジャーを倒したところまでは覚えている。


 それで無事、ギルドに生還して。

 泣きじゃくってすがり付くメディナを引き剥がして。

 首尾よく、D級昇格の申請を済ませたんだっけか。



 疲労がすごいんで予定していた打ち上げはキャンセル。

 シズクにも、また明日と言って解散し。


 帰り道で、心配してるであろうミナと店長にも簡単に報告したんだったな。

 喜んでくれる二人に、詳しくはまた報告に行くと告げ、手短に帰宅したんだった。



 家に着くと残ってた僅かなデイリーミッションだけは決死の思いで終わらせて。

 久々に開けた缶ビールを半分も飲まない内に布団に倒れ込んだんだっけか。



「なんなんだよここは……夢の中か?」



 奇妙なほどの、現実感覚のなさ。


 白すぎるほど、白い肌。

 銀糸のような、艶のある髪。

 目が冴えるような蒼い甲冑。



 初めて見るはずの相手だが、不思議な既視感がある。

 半神半人の戦少女ヴァルキュリアが。



 二人っきりのこの空間で、楽しげに俺に話しかけてくる。



「そう慌てるなよ、私の眷属。

 

 気を楽にして、思ったことを話してくれ。


 どうだ?“ミッション・コンソール”の指示に従う今の生活は」



 訳がわからないが、ともあれ俺は返答する。



「そうだな……とにかく、充実しているよ」


「ほう、充実か」


「ああ。

 もちろん、ボーナスやジュエルを貰えて強く慣れてるのが嬉しんだが……それだけじゃない。

 毎日の過ごし方、簡単な鍛錬や瞑想、栄養や睡眠。一つ一つはそれほど難しいことじゃないんだが、全部をきちんと継続しようと思うと、なかなか大変でさ。

 時間の使い方をすごく工夫しなきゃとても回らないんだよ」


「そうか、それはまた忙しいことだな」


「ああ——



 率直な思いを語る。



 そう。ここ最近の、デイリーミッションをこなし続ける日々。

 もちろん、長年上がらなかったレベルが上がっているのが何よりも嬉しいんだが、それだけじゃなく。

 生活そのものにハリが生まれたのがとにかく楽しかった。



 これまでの、死んだような日々とは格別だ。

 努力するでもなく、かといって思い切ってサボっているわけでもなく。


 ただなんとなく、生活や人生を改善することもなく、いつも通りの労働をこなして眠る日々。

 いや、しっかりと眠るのならばまだマシで、過ごしたその一日に満足がいっていないからか、夜もダラダラと遅くまで非生産的に過ごすのが常だったよ。

 それで、翌日は覿面に疲労を持ち越すことになるので、日中の活動がさらに能率が落ちて。



 それが、今では。



……って感じがするよ。

 気合を入れて生活すると、一日が、二十四時間がこんなに短いのかって驚いた。

 不思議なもんだ。これまでだって、同じ二十四時間を過ごしていたはずなのに。一体なにをやって生きていたのかわからなくなっちまったよ」


「ほう、そうか。」



 戦少女が、なぜか意地の悪い顔を見せる。

 俺はそれを無視して語り続ける。



「だから、俺は感謝してるぜ。この”ミッション・コンソール”を与えてくれた奴にな。

 おかげで、人生が変わったよ。この先ずっとデイリーミッションを達成することで、俺の人生は充実したものになってくれる。

 そうだよ、要は、行動なんだよ人生は。

 俺の人生を変えられるのは俺だけなんだから、幸せになりたければ四の五の言わずに行動すればいいってことが、”ミッション・コンソール”のおかげでわかったから……」



 ハハハ。アハハハ。アハハハハハハっ!



 セリフの途中で、戦少女が声を上げて嗤いだす。


 な、なんだよ。人が話してるのに。流石にいい気はしないぞ。



「ああ、失礼。笑ってすまなかったな。

 そうかそうか。それほど充実しているか。

 その充実した生活が、是非続けば良いと私も思うよ」


「お、おう……」



 訳のわからないことを言う。

 続けば良いもなにも……、この生活を。


 そもそも続かない理由がないだろう。

 これほど明らかな、明白なメリットがあるんだから。

 普通に……普通に損得勘定を働かせれば、サボる理由がないよ。

 この充実した生活を手放す自分なんて、想像すらできない。



 ……やめよう。こいつも状況がわかってないんだろう。

 俺がこの”ミッション・コンソール”からどれほどのものを得ているのか。


 何しろ、俺もついにD級冒険者だ。

 しかも、単純なスペックならば既にC級冒険者にも引けを取らない自信がある。



 S級冒険者。

 勢いで決めて、シズクにも話してしまった目標だが、決して荒唐無稽な夢でもないんじゃなかろうか。

 具体的にS級と呼ばれるためになにをすれば良いのか全く想像がついていないが、この調子で頑張っていけば一直線で駆け上がっていける気しかしない。



 そうなれば、周りの俺を見る目はどうなるだろう。

 誰もが俺を尊敬する。今、俺を軽く見てる冒険者達やギルドの連中も態度を変える。


 育ててくれた孤児院、シスター・ステラ。そしてミナ。

 大恩ある彼女達に対して、やっと胸が張れる。一人前の男として、堂々と接することができる。

 そして俺は……。



 クックック。クックックック。

 戦少女の、人を見下したような笑い声が溢れる。


 クソ、なんなんだよこいつは。



「ああ、やはり面白いな人間は。貴様を選んで本当によかった。

 さて、明日からは新しい生活だ。

 心機一転。これまで以上にこの私を楽しませるように励むことだな」


「……わかってるよ。お前に言われるまでもない」



 いや、なにが私を楽しませるようにだ、と言い返そうとした瞬間。



 がしり。その両手で俺の顔を掴む。

 真っ白な細腕からは信じられないような腕力で、微動だにすることができない。



「おやすみ、私の可愛い英霊戦士エインヘリヤル

 せめて今夜は、よく眠れますように」



 なすすべもなく唇を奪われる。

 すると全身に全く力が入らなくなり——俺の意識は闇に落ちた。




 ——

 マサキの命日まで、あと352日。



 ——

【作者より】

 ご愛読いただきありがとうございます。

 これにて第一章『E級編』完です。

 次回からは第二章『D級編』となります。

 ストックがないのでここからはまったり更新になるかと思います。


 とりあえず明日の更新では第一章終了時点でのマサキ、シズクのステータスとミッション・コンソールの設定に関する説明、そしてちょっとしたご報告をします。



「第一章面白かった」「続きが気になる」「とりあえず二章までは読んでみる」、あるいは「ここがわかりにくかった」「戦闘シーンが多すぎないか?」「このギャグは滑ってた」などあれば応援コメントやレビュー(星)でお伝えください。


 では、第二章でもよろしくお願いします!

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